生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアの眼シリーズ(128) 拡張の世紀

2019年07月04日 15時44分51秒 | メタエンジニアの眼
メタエンジニアの眼シリーズ(128)「拡張の世紀」 KMB4123

このシリーズは文化の文明化プロセスを考える際に参考にした著作の紹介です。『』内は,著書からの引用部分です。
                                                         
TITLE: 拡張の世紀
書籍名;「拡張の世紀」 [2018] 
著者;ブレッド・キング 発行所;東洋経済新報社
発行日;2018.4.12
初回作成日;R1.6.29 最終改定日;R1.7.4



 副題は「テクノロジーによる破壊と創造」で、まさにクリスチャンセンの「破壊的イノベーション」を思い起こさせる。「訳者あとがき」には、
 『この書籍は、さまざまな業界、組織でテクノロジーの活用に携わる人たちが、自分たちが関わる以外の領域で何が起こっているのかを知り、新しい商品、サービス、ビジネスの発想を広げていくための格好の触媒となるだろう。
テクノロジーの進歩が過去に例を見ないほど速いために、ヒトや組織、産業、社会がこれから激変に直面していくことは間違いない。しかしだからこそ、キング氏のように、常にそれらをポジティブにとらえ、前向きに行動していくという心の持ち方が求められるのだと思う。』(pp.564)とある。

 巻頭の「推薦の言葉」には、このようにある。デジタルテクノロジーという一つのテクノロジーが、世の中のすべてを代えてしまう、まさにメタエンジニアリングの仕業であり、ハイデガーが予見した世界だ。
 
『本書ではキング氏得意の金融分野をはるかに超えて、モバイル、IOT、AI、ナノテクノロジー等のデジタルテクノロジーの最前線で何が起こっているのか、そしてそれらが医療、交通、金融、都市、教育と
いった分野に及ぼす影響が、テーマ別に実例を挙げつつ具体的に語られています。テクノロジーの速度が歴史上初めて人間の世代交代速度を上回った現代社会において、その破壊的なイノベーションが私たちの暮らし、仕事、生き方にどのような変化をもたらすのか。本書の特徴として、 序章では、4人のペルソナを用いてそれが生き生きと描き出されており、私たちの未来の生活のありさまが垣間見えます』(pp,002)

「はじめに」は、先ずテクノロジーの過度の拡散による問題点を明らかにしている。2008年のオバマ大統領当選を後押ししたSNSの様々な事例を紹介した後で、
『しかしそれは最近、憎しみに満ちた人種差別的な悪口雑言の存在場所を生んでもいる。ネットいじめが登場して以降、数多くの犠牲者が生まれ、有名人の詳細な私生活や政府機関の秘密が暴かれている。
これらすべてのテクノロジー進歩は、私たちにとってそれ自体が善なのか、それとも悪なのだろうか?
顕われつつある変化は、新たな黄金時代なのか、それともはるかに大きな破壊につながるものだ ろうか?』(pp.006)

 本文は先ず、1800年以降のテクノロジーの歴史に関する詳細な解説が延々と続く。そして、最新のテクノロジー競争の場面をいくつか紹介してゆく。

 『イーロン・マスクとNASAの間では、どちらが先にそこに到着するかの競争となっていて、レースのダークホースは中国だ。スペースXとNASAは係争関係にあった。両者は地球の低周回軌道では協力関係にあったが、話が火星になったとたん、マスクはNASAの技術者を引き抜くのを急ぎすぎた。そのため彼は、一般人も火星植民地化に手が届くようにするという.自分の名声をリスクに晒すことになった。スペースXは今のところ順調だが、スペースXがプログラムを加速させたことに潜むリスクのために、いくつか大きな失敗を経験するだろうとNASAは見込んでいる。
マスクのアプローチは繰り返し型で、ドラゴン計画の開始当初から、初期のプロトタイプを複数打ち上げてテストするのに前向きなことが知られていた。最初の何回かは失敗したとしても,そのアプローチを通じてチームはより早く学習するはずだという見通しに基づくものだ。』(pp,027)

これは、アメリカ人が好みそうな手法だ。つまり、最新テクノロジーの適用の歴史では、常に的確なリスクを負ったものが勝者になる確率が高い。

18世紀の「機械化の時代」が社会に与えた影響については、このようにまとめている。
『産業革命が生活の質を引き上げたことは、広く認められている。1750年以前は、フランスや英国のような一般に生活の質がよい場所でも、平均寿命は35歳程度だった。質の向上の主な要因は、農業経営および技術の改善と、生鮮食品がより広く入手可能となったことによって、食品の腐敗が減したことだ。蒸気機関の利用と工場の創造によって、例えば導管の大量生産が可能になり、それが農業や下水処理に使用された。』(pp.076)

問題の「拡張(ディスラプションは分裂、混乱だが、訳者は拡張としている。これは、分裂しながら拡散し、混乱を引き起こす現象を,一言で表そうとしている。)」については、過度な競争がその分野の急成長をもたらし、それがもとで世界各地に急拡散されてゆくプロセスについて、例を挙げて説明している。

例えば、ロケットについてはこんな具合である。
『NASAはビーク時に約40万人を雇用していて、さらにその先には世界中に2万の大学、下請企業、 製造業者がいた1960年代半ばには、米国労働力の4.5%が何らかのかたちで宇宙競争に携わっていると言われていた。これは、さまざまな業界の盛衰とその経済成長への貢献度合いの変化からみても、未曾有の異常値だった。』(pp.85)

そして、デジタル技術による急速なコスト削減が進み、新興国から、さらに全世界にも拡散してゆくというわけである。
『現在インドでは、5000ルピー(約100ドル)以下で入手可能なスマートフォンが40種類以上ある。しかしながら、プリエコノミクス社の調査では、これらの電話の再販価値は、わずか18カ月後には平均で60%以上下落してしまうと予測されている。スマートフォンの現在の普及速度から推測すれば、2020年にはほとんどの発展途上国で、初心者向けスマートフォンが20~25ドルで手に入るようになる。つまり、わずか5年のうちに、世界の85%以上がインターネットにつながるモバイルデバィスを持つことになるのだ。』(pp.95)

そして、人間の本性と拡散の関係について語っている。
 『私たち人間には、変化に対する葛藤がある。種としての私たちは、発展し、前進し、進化し、富を生み出し、知識を探索・発見・向上させて生活をリッチで豊富でよりよいものにしようと常に試みている。しかしながら、その変化の影響が自分の仕事、家や家族に個人的に及ぶとなると、私たちは怯え、まごついてしまいがちだ。例えば、より効率的な製造工程や先進的なコンピューター・ アルゴズムのために自分が余剰人員になって仕事を失うとなれば、私たちはおそらくそれを非常に腹立たしく思うだろう。その特定のテクノロジーやビジネスモデルの法的禁止や規制を求めて抗議の声を上げるか、政府に対して関税や免税を要求して、自分たちの従来型のアプローチが実質的には旧態化しているのに、時代後れの事業手段の競争力を確保しようとさえするかもしれない。これが非常に典型的なリアクションである。』(pp,109)

最近のテクノロジーについて、もっとも詳細に分析をしているのは、ロボット(アバダー)についてだ。それは、他のテクノロジーと同様に、人間にとって便利な部分と危険な部分が併存している。
 『映画『エクス・マキナ』では、女性のロボットが、わずか6回の出会いを通じて若くて賢いプログラマーを自分の虜にして、自分の発明者である地上で最も裕福な男である彼の雇い主と対立するように仕向け、億万長者の裏をかいてだますことに成功する。この物語は警鐘としで、ロボットが私たちにますます似てくると、私たちを互いに競い合わせて分断し、場合によっては私たちを征服さえすることが可能かもしれない
と告げている。』(pp,194)

 「スマートワールドの進化の仕方」として、冒頭に挙げられたあらゆる産業、文化の分野について実例を挙げて、100ページ以上にわたって丁寧に説明をしている。ここが、本書の売り処の様だが、それぞれの分野は、その専門書によって紹介されているので、割愛する。

 物の拡張だけでなく、「人間の拡張」も存在する。サイボークもそうなのだが、もっと現実的なものが多く存在する。事故で下肢を失った登山家が、最新技術で前以上の脚力を持った登山家として復帰した様子が克明に描かれている。しかし重要な問題は、人間に代わって行われる「意思決定」にあると思われる。

 『次の重要領域は、意思決定の補助機能だ。これには、状況の認識と日々の行動シナリオのナビゲーションが含まれる。情報の補強によってリアルタイムの意思決定が容易になる。そのほとんどは設定変更と選択が可能だ。以下にこの種のPHDUシナリオをいくつか示そう。
・歩行中のGPS携帯方式での道筋案内(GPSによる運転アラートは、状況に合わせてクルマのディスプレイに表示されるか、自動運転AIからのフィードバックに委ねられる)
・ドップラーレーダーのアラートによる落下物や人の往来等の警告
・天候、毒物、気温等の環境要因アラート
・運動や活動のリアルタイム・フィードバック
・小売店で手にとっているか目を留めている商品のレビュー
・支出/資金アラートによる通常外活動や購買行動のリアルタイム表示
・外国語環境における重要情報の翻訳。例えば、立入禁止区域、電気ショック危険区域、有毒物環境への露出、食物中のアレルゲン等』(pp,331)
 
 しかし、なんでも瞬時に詳細な情報が分かり、瞬時に意思決定をする社会は、安全とは言えない。さらに話は「人間の知性」に及んでくるのだが、これは更なる不安全な社会を創りだすように思える。

『私たちは数千年の間、知性の向上に取り組んできた。認知の限界の克服を目指してあらゆるものを 採用してきた。それらは、文字、言語、瞑想テクニックから現在の向知性薬までひたすらに続いている。しかし、それらのいずれも、現在店頭に並ぶものにはかなわない。
人類の一部で人工知能が追求される一方で、社会の他の部分では、私たちが生来有している知性プラットフォームの活用が探索されている。この研究領域は一般に知性増幅またはIA時代(Intelligence Amplification )と呼ばれる。この研究のゴールはシンプルで、スーパー・アインシュタインまたは過去に生きていたどんな人間よりも質的にスマートな人たちの世界を作り出そうとするものだ。』(pp.346)

そして、究極の結論としては、次のように述べている。
 『イーロン・マスクとスティーヴン・ホーキングのように、ロボットがAIを暴走させて、そのハイパーィンテリジェンスで世界を征服してしまうと予想する向きもあるが、私たちはAIとアバターが私たちと恋愛する、つまりアタマだけでなくココロまでとらえてしまうこともあると予想することも、あって然るべきだろう。これは文化面の探求が始まりつつあるということだけでなく、明らかに可能性として存在するのだ。』(pp,373)

 最期には、著者の専門分野の貨幣の話になっている。
『紙幣は現在でも競争力を有しているものの、デジタル世界が広まるにつれて、携帯電話や、より円滑な通信手段や、ビットコインのようなグローバルコミュニティーの価値交換手段としてより適切なものが普及して、時代遅れとなってしまう可能性は大きい。では、ビットコインは新たなグローバル通貨となるだろうか?最近の変化の大きさをみればそれはかなり難しそうだが、おかげでコマースにおける新たな可能性について私たちの目が開かれたわけだし、 マネー2.0の展開においてビットコインの後に続く取り組みがあることは確信できる。 ビットコインの動きから生まれてきたより興味深い展開は、実はビットコインの取引と記録を支えているテクノロジーにある。それはブロックチェーンと呼ばれるもので、スマートで取引を行うデバイスに満ちた世界に対する解答となりうる可能性が高い。』(pp,437)

そして、「フィンテック」の話になると、俄かにハイデガーの技術論と同じ結論になってくる。
 『これは、資本とテクノロジーが注入されて変革と自動化が起こった結果、どんな業界もテクノロジーベースの産業へと変貌しつつあるという根本命題を裏づけるものだ。現実には、金融サービスのような産業が有する商品や構成物は何百年前の古いものであり、その状況下ではそんなに大量のテクノロジーがなくてもディスラプションが起こる。』(pp,452)

 最後は、生活全般としての「スマートシティ」の話になる。
『スマートシティは大気汚染を討測し、先回りして対応し、それを安全なレベルに引き下げる。自治体や公益企業が意図的にデータを捏造する場合には、住民は汚染センサーを活用して、真正な報告を発信するソーシャルメディアサイトに参加すべきだ。スマートフォンに接続された大気汚染センサーによって、クラウドソーシングを通じた環境マップ作成が可能になり、それを大衆が自由に利用できる。汚染は地理的領域や時間によって変化が大きい可能性があるため、このマップは、都市全体だけでなく、大都市内の地域の汚染レベルを報告することも可能だ。』(pp.498)

この書は、10年後の世界が最新テクノロジーの拡散によって、どのように変化するかを、具体例を示しながら説明している。快適でスマートな世界になるのか、今よりも巧妙で複雑な犯罪の温床になるのか、どちらもあり得るとの結論のように思う。
最近の新聞記事に、このようなことが書かれていた。

「ディープ・フェイク・ニュース」についてなのだが、例えばアメリカの大統領の画像と音声としぐさの特徴などをAIに覚え込ませて、任意のフェイク・ニュース動画を作り、それを全世界に一斉にながす。その真偽は、動画からは誰も判断できない。このようなテクノロジーを開発する人が100人いるとすると、その真偽判断を可能にするテクノロジーの開発者は、一人という割合だそうだ。そのようなことが数年続けば、世の中の変化の方向は、自ずと決まってくるように思う。