生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアの眼シリーズ(144)スポーティーゲーム 

2019年10月30日 07時15分57秒 | メタエンジニアの眼
メタエンジニアの眼シリーズ(144) 
TITLE: スポーティーゲーム

書籍名;「スポーティーゲーム」 [1998] 
著者;J.ニューハウス、監修;石川島播磨重工広報部、発行所;学生社
発行日;1998.12.20
初回作成日;R1.8.14 最終改定日;
引用先;民間航空機用エンジン技術の系統化
 
このシリーズは経営の進化を考える際に参考にした著作の紹介です。『 』内は引用部分です。



副題は、「国際ビジネス戦争の内幕」で、原著は1982年にアメリカの週刊誌New Yorkerに4回にわたり連載された「A Sporty Game」。当時はBoeing747が盛んに飛んでいた時代だが、ダグラス社のMD10,ロッキード社のTristar(L1011)としのぎを削っていた。ちなみに、このTristarのエンジンに採用されていたRolls-RoyceのRB211エンジンは、複合材製のファンブレードの開発に失敗し量産が約1年間遅れた。そのために、倒産し1971年に国有会社となってしまった。国有株が放出されて、民間会社に復帰したのは1988年で、17年間を要した。

 この著者は『高いリスクと低落一途の収益』と題して、このビジネスの特異性を語っている。つまり、『民間航空機ビジネスを、他のビジネスと違ったものにしているのは、それに付帯するけた外れのリスクと、巨額のコストである。』(pp.17)としている。このことは、40年近く経過した現在でも変わりがない。

 しかし、『計画が達成された場合の報酬は巨額なうえ、世界的スケールのパワーと影響力をもたらす』と記している。『10億ドル単位の開発費を投入してた機体やエンジンが市場で競争に敗れ、はかなく消えて行き、開発を担当した会社の命運を決めてしまった事例は少なくない』(pp.3)
『1952年の英国デ・ハビラントのコメット機(金属疲労による事故で二機が空中分解を起こした)以来、22機種の民間ジェット機が作られているが、これまでに利益を上げているのは、そのうちわずか二機種であると信じられている。』(pp.19) これは、Boeing707(長距離機)とBoeing727機(中距離機)を指している。
 
 さらに、技術的には『ジェット旅客機ほど冶金工学やエレクトロニクスおよびコンピューター等のハイテクノロジーが結合された技術手法で進歩と改善が行われている工業製品は他にあるまい。』(pp.22)とあり、これも現代に通じる。
 世界最先端の技術を必要とし、かつ世界市場と巨大な開発資金を手に入れなければならない事情から、この分野では国際共同開発が古くから定式化している。『すべての大手機体メーカーとその政府は、自分たちの製品から国籍上の色彩を薄めることを認めている。』(pp.25)、がこのことを明確に示している。

 エアラインが新たな機体の導入を決めた後に、エンジン選定が行われる。その際に、エンジン・メーカーは巨大なコンセッション(値引きなどの優遇条件)を強いられることになる。しかし、それを受け入れられる条件がエンジン・メーカーにはある。『エンジンは、高価なうえに複雑でおまけに傷っきやすい。 エンジンの補修の頻度は、他の部品での割合よりもずっと高い。つまりエンジンは非常に高度なアフター・サービスを要するのである。これはプロダクト・サポートと呼ばれている。エンジン・メーカーは、補修用の予備部品の販売により、機体メーカーよりもずっと大きな金を稼ぐ。エアラインが保有機材に費やす額の半分以上が、エンジン・メーカーに支払われる。旅客機の価格の四分の一が搭載エンジンと多数の予備部品である。しかし、一五年あるいはそれ以上の旅客機の寿命を通じて、エアラインはその搭載エンジンと予備部品の価格の二倍ないし三倍の金額を支払うことになる。』(pp.123)

このために、エンジン・メーカーと機体メーカーの中はあまりよくない。機体の性能が思ったよりもよくない時の問題がそれである。
『エンジン・メー力ーが競争提案の中で提唱するエンジンの推力と燃料消費量に関する主張には慢性的な論争が存在している。ボーイングはエンジンも含め旅客機全体の性能を保証しなければならない。だから、エンジン・メーカーの主張をう呑みにせず懐疑的に取り扱う。エンジンの推力は正確に測ることができないので近似値に過ぎないし、おまけにエンジン・メーカー三社はそれぞれ違ったやり方で測っている。ボーイングの技術者は”エンジンの推力にはハートフォード・ポンド(P&W)、シンシナティ・ ポンド(GE)およびダービー・ポンド(RR)の三つがある“と厳しく指摘する。(訳注ー通常、エンジンの推カはポンドで表示される)。』(pp.124)というわけである。

・エンジン技術の系統化の大きな流れ

 第2次世界大戦中に活躍をしたのは、プロペラ機であったが、戦争中に各国で開発されたジェット機は、終戦後まもなく民間航空機として驚異的な発展を遂げた。ジェット機は、プロペラ機に比べて、巡行飛行速度を2倍に、1マイルを飛行するための座席当たりのコスト(座席マイル・コスト)を半分にしたからであった。
 さらに、エンジンの前面にファンを取り付けるアイデア(ターボファン・エンジン)は、エンジン性能を飛躍的に向上させた。このアイデアは、ジェットエンジンの生みの親のホイットルにより1940年代に示されていた。このエンジンために、効率の向上と共に、エンジン推力の巨大化が可能になった。それを実現したのが、米軍の輸送機ギャラクシー(C-5A)プロジェクトだった。要求されたのは、当時の最大推力エンジンの約3倍であった。このために最も重要であったのは、タービンの高温化であり、タービン翼の冷却技術の研究と開発が一気に加速された。(pp.251-254)
 この時開発されたエンジン技術を、民間機に適用してB747のエンジンが生まれた。、

・日本のエンジン・メーカーの国際共同開発への参加(その時代の国際間の事情)

 『あらゆる新しい旅客機プログラムは、他の何にも増して、高額の賭け金のかかったポーカー・ゲームに似ている。そして、一五〇席機の賭け金は最終的にはかつてないほど高いものになるかもしれない。この特別なゲームで、もし切り札があるとすれば、それは日本である。米国と欧州の三大機体メーカーは、いずれも日本の政府および業界と真剣な交渉を行ってきている。前にも述べたように、米国も欧州もたがいに、相手が日本とパートナーシップを組むのを思いとどまらせようとしている。 大型の民間航空機にかかわるゲームに日本が参入しようと決意していることを疑う者は誰もいない。民間航空機は、日本がこれから獲得せねばならない最先端技術を結集したものである。これに挑戦すること、すなわち、先端技術を組み合わせることを十分マスターすることは、日本の他の先端産業に大きな利益をもたらし、その結果、日本経済を全般的にバックアップすることにもなろう。日本は、自国の経済とその永続性に効果のある事柄については、戦略的に考えている。』(pp.493-494)

 これはまさに、当時の通産省の考え方だったと思われる。
さらに日本については、『米国のパートナーと仕事をしたいと望んでいる。おそらくもっとも重要だと思われることは、日本が旅客機ビジネスのあらゆる面、すなわち、設計、組立、マーケティング、プロダクト・サポートのすべてにわたって学びとろうと望んでいることである。世界中で数社の企業は、これらのうちのいくつかの点ではボーイングと同じくらいにうまくやっているが、全部にわたって同じようにやれるところはないのである。』(495)
 
また、『日本は米国同様、強情なまでに独立心が強く、また自信も強いので、ボーイングにとって日本とのパートナーシップは両刃の剣である。それを避けることは、競争相手に大きな利点をくれてやることになるし、日本を受け入れることは、日本が次に来る旅客機でボーイングと競争するのに必要なすべて手法を学ぶのを手助けすることになる。パートナーシップは、両者が競争するよりも一緒に仕事をしたほうがお互いに大きな利益になる場合にこそ、長続きするものである。しかし、米国の航空機メーカー達は、日本がこの難しいビジネスをマスターしたあと、独力でやり出すのではないかと考えている。』(pp.497)
 
そして、米国が持ち続ける日本に対する脅威としては、明確にこのように述べている。
 『日本は、先端技術産業の分野で主要な勢カになるための、そして潜在的には支配的勢力になるための 、たしかな技術を持っている。MITIの名前で知られる日本の通商産業省は、新しい分野へ進出するために数社の大企業を選び出し、その初期段階では、これらの企業のやることの大部分に資金援助を行う。技術は海外から買い入れるか、あるいはMITIによって奨励された合弁企業により吸収する。やがてこれらの企業は、少なくとも欧米のそのうちのいくつかはこれまで日本を手助けしてきた。同種の先発企業と同等の技術力を身につけ、同じ競争力を持つようになる。』(pp.497)
 
 この著書が発表されてから40年近くが経過した。その間に、民間航空機製造の分野は驚異的な技術革新を経て、十分な採算性を得るに至った。それに伴って、『計画が達成された場合の報酬は巨額なうえ、世界的スケールのパワーと影響力をもたらす』は実現した。
一方で、「米国が持ち続ける日本に対する脅威」は当たっていた。繊維に始まり、鉄鋼、造船、家電、自動車、エレクトロニクスと次々と日本のメーカーは必要な技術と市場を獲得した。しかし、最後の砦となる民間航空機に対する欧米の防御は堅く、日本は、特にエンジン分野では、もはや覇権争いに参加することは不可能な状態に押しやられた。



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