散歩道 - いつもと違う角を曲がればそれは新たな発見の始まり♪♪

休日には趣味の園藝と散歩で楽しみ♪
時々・・・自分の病気や障害の事でも・・・

道程 - 人生もあと少しで折り返しかな・・・

2007年01月02日 21時43分03秒 | 病気の事(Diabetes Mellitus)
写真:クリスマスローズ・ホワイト

自分の辿って来た人生を振り返って見る事も多くなりましので、新たな気持ちで、自分の歴史を振り返ってみました。これって、懐古主義なんでしょうかね? 振り返って、思うことは、良い意味でも悪い意味でも哲学的になってしまいますが、今までの自分の人生ってなんだったんだろうかと言うこと。今までに、これだけのハンデを背負ってまで生きてきた自分の人生って何なんだろうか?

神様は私に何を求めているのだろうか? 自分が生きている意義を書くと、奥が深く、哲学的に暗くなりそうだから、今回は単純に生きてきた軌跡を辿って見ました。第三者的な立場で、一歩離れて、自分の今までの人生を振り返るのも新鮮でよいですね。未来の向けて、新たな創造性が生まれるような気がします。そこから見えたものはなんだったのか?今後の道標になりそうな予感が・・・

こう見ると人生の転機は、実に4回(将来的にもう一度ありそうな)もあったようです。喜怒哀楽も多かれど、自分的には波乱万丈な人生かもしれませんねって、自分で言ってどうするってか!!! 

19XX年5月17日に本州の最西端で誕生・・・あれから四捨五入すれば50年の人生!!!実家に18年近く住んで、関東では20数年。・・・生活圏が完全に逆転したようです。

人生の転機:
第一の人生の転機:
小学生の頃、約1.5年の闘病生活の間に、大・小手術を30数回こなして、左上肢切断及び諸々の一部障害を背負い、機能回復訓練を六ヶ月程度続け、障害者として生き抜く決意をする。合わせて母親も障害者な人生を追随し、親子して障害者な人生を歩み始める。

ハンディ!何するものぞ!普通中学校/普通高校へ入学し、悪友に恵まれ、普通の生活を満喫し、楽しい学生生活を送り、無事卒業する。当時のご時勢から思うとハンディを持つものは閉じこもり気味になっていたので、ひょっとしたらあほな異端児だったかも知ませんね。

第二の人生の転機:
自立を目指し、両親の心配をよそに障害者として完全自立する事を決意し、親離れを敢行。多摩動物公園付近にある東京の大学へ入学。心配症の親の為に賄い(朝晩2食付)つき三畳一間(当時9000円也)の下宿生活開始。完全自立にほど遠く、もやもやし続ける。

大学2年の時にもやもやからの脱皮を計り、親を説得し、完全自立を目指し、同じく、程久保の小さなアパートに引っ越しを敢行。自炊開始。当時の仕送りで45000円、そのうち家賃が26000円でした。当然、生活出来ないので、スマート・ボールで日銭を稼ぐ毎日。この辺りから料理作りに嵌る。アパートそばにあった「いなげや」に食材求めて入り浸る。基本的には片腕さえあれば、皮もむくことから始まり、自分で、ほとんどの料理を作れる事を発見し喜ぶ。一時期、料理が趣味と化す。

第三の人生の転機:
大学卒業後、親の仕送りから脱皮して完全独立を計り、地元に帰らず、東京のとある金融会社に入社。程久保から国分寺→横浜→横浜と渡り歩き、順調に出世!と思いきや、とある時に、旧来の日本型会社に疑問を持ち、1989年12月にトラバーユ(ふる~!)して、金融会社に就職(現職)。一生涯自立すべしと結婚を放棄したにも関わらず、相方と出会い、1993年10月に結婚。更に横浜→国分寺→国分寺(現住所)と渡り歩き、引越し魔と化す。バブル崩壊で資産の株式地獄を見るも結婚後、奥方指導の元に立ち直りを計り成功し、現在に至る。

第四の人生の転機:
2004年10月下旬に、飛び込んだ病院で病気が発覚。有給を使い、心臓のカテーテル検査&教育入院&1週間のインスリン治療を導入し、血糖が安定したので、2週間で退院。薬と食事療法と運動療法行い、入院当時から2ヶ月程度でHbA1Cが16.2%から一気に10%以下へ、2005年2月には、5%台に落ち着き、現在も5%台を維持。

退院後に母親も同様の病気を背負い、人生を歩んでいた事が判明。親子して、障害者であり、この病気!そして、自立心旺盛な精神も一緒。 そのまま、母親の遺伝子を濃く引き継いだ事を改めて認識。2006年、曖昧だった将来の夢に向けて、現実的に歩き始め、今に至る。

第五の人生の転機:(今後の予定)
2XXXX年、会社を退職し、住居を○○○に移し、植物を育て、愛でつつ、半自給自足の生活スタート。

この病気とつきあっていくために、他の方と引退後の生活への思いが少し違うと思う事がままあります。それは、私の場合、前提に片腕と言うハンディキャップを背負って、この病気に向き合っている事実。 それは、自己血糖測定やインスリンを打つ行為をしようにも片腕だけでは簡単ではなく非常に困難が伴うこと。

また、自分のポリシーとしての自立心「人の手助けを基本的に受けたくない」があり、出来る限り、自分の事は全て自分で完結したいと言うこと。と思いつつも、背負ったハンディは、将来的には、確実に人の手助けが必要になると思われる。それまでは、自分自身で自己完結できるよう頑張れるだけ頑張りたい。

母親を見ていると、発病時、また、発病前からどんなに田舎暮らしの摂生生活をしていても年を取るごとに徐々にこの病気が進行しているのがわかる。 母親の血を完全に引き継いでいる自分自身に置き換えると、やはり、どんなに摂生して、頑張っても、徐々に進行していくのは確実だと思っています。

そのため、出来るだけ現状のままをキープし、人の助けを受けない期間を引き伸ばしたいのです。その為には、日ごろから生活習慣や心がけが重要と思っています。今、自分で出来る事は全て習慣化して、また、日常生活に組み込み、精一杯生きる日々でありたい。精一杯生きることが重圧としてではなく、現在、日々の生活が充実している事の証になっているような気がします。 

改めて、人生を振り返って見ると、過去には様々な苦難があったのだと思うのですが、今はもう忘却の彼方! 川の流れに身を任せて、流れ切ってしまった感があります。今、この時こそ、今までの人生で、一番楽しく、また、生きている実感/生きがいを感じ、充実した日々を送っているのだと思います。

奥方に出会い、ネットを通じてたくさんの園芸仲間に出会い、また、病気な方々と出会い、人との繋がり/輪が一気に広がり、今が本当に生まれてよかったと実感している日々かも知れません。こんな人生、私だけが味わえる特権かも知れませんね。そんなことを思う日々かも知れません。

追伸:今日、西友で、キュウリ3本パックを買ったら398円だって。。。398円ですよ・・・1本132円!!!・・・世の中何かが間違っているかも・・・

天気:晴れ
気温:最低温度4.5℃ / 最高温度10.9℃
ウォーキング:25621歩 / 消費カロリー:477.0Kcal
歩行距離:約16.65km