谷間の小さな段々畑

山畑の四季を写真とともに発信します

挨拶は いい陽気になったネ

2017-03-04 18:19:44 | 日々のこと

自分史年表に 昭和32年(1957)3月10日 (記念すべき日 初出勤)を加えた。

昭和32年3月、私は松本工業高等学校定時制電気科を卒業した。

当時農家は長男が家業を継ぎ、家を守ることが規定路線で、その方向に進むことに何ら抵抗を感じることはなかった。

しかし 戦後の社会変化は急で、小規模農家は生活安定のため、否応なしに兼業農家の道を選ぶ人増える時代に変わっていた。

中学生のころから理科が好きで、電気や器械に強い興味を持ち、高校に通う姉の教科書から三極真空管の増幅作用や、4サイクルエンジンの動く仕組みを知り、工業高校に強い憧れを抱いており、高校進学は兼業農家として就職に有利と思われる実業高校を躊躇なく決めた。

そして卒後 松本市中町に店舗を構える老舗、中島尚誠堂医療機器器械店に職を得た。

尚誠堂は長野県全域の医療関連機関に医療用品の販売をしていたが、医学の進歩に伴い、扱う商品構成が消耗品から器械備品へと移行し、ユーザーの医療機関から納品後のアフターサービスが強く求められていたようだ、私は納品した医療機器の保守管理要員として採用され、何と56年間をこの企業とともに歩むことになる。

アズマイチゲ咲くと春はそこまで来ている。

 

金よりも金色に近い花