私が小学4年生の確か夏休み前だったと思う。
お袋は私だけを連れて家を飛び出した。離婚を前提に親父とは別居する、という。
一緒について行こうと玄関まで走って追いかけてきた摂子に向かってお袋は、
「奥でお父さんが呼んでるよ」
と嘘をついた。
「はーい」と明るく答えて摂子は家の奥に走っていった。
その隙に、お袋は私の手を引いて家を出た。
お袋は連れて行く私を女手一つで育てていかなければならなかった。
障害を持った摂子を連れてはいけない。
だから摂子に嘘をついて、親父に摂子を押し付けた。
事情は分かる。
当時のお袋には他に選択肢がなかったのかもしれぬ。
それでも。
お袋が摂子を捨てて私だけを選んだ、という事実は変わらない。
お袋は、あの時、摂子を捨てた。
お袋が死ぬまで、私はお袋を許せなかった。
先日の摂子の誕生日。
ココスで誕生祝いをした後で、親父の墓参りに行く前。
お袋が息を引き取った老人ホーム(その後、経営者が夜逃げをしてしまったために今は空き家になっている)に摂子と行った。
摂子に、
「ここでお母さんは死んだんだよ。
お母さんは摂子にはずいぶん意地悪だったけど、もう、許してやろうな。
お母さんは、摂子に意地悪してた罰を受けて、ちゃんとそれを償って、一人ぼっちで死んでったんだから。」
と話した。
摂子に話した、というより私の中のけじめのようなもんだ。