つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所)

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テラハ事件を考えてみる(3)

2020-06-06 21:57:00 | 日記
今回は、【3】木村花さんに対して実際に誹謗中傷をしていた臆病者たちの責任について考えてみる。
 
匿名でしか人を誹謗中傷できない。
ネット上で多勢の陰に隠れてしか意見を言えない。
そして問題が起こると慌てて自分のコメントを消して逃げ出す。
彼ら彼女らは人間として救い難いクズだ。
 
クズではあるが、可哀そうな人たちだとも思う。
自分のしていること、しようとしていることの意味を正しく考えられない低い知能。
リアルな世界で他者との健全な関係性を構築できない歪んだ人格。
行き過ぎた行為を諫めてくれる友人のいない孤独な人生。
一人寂しくスマホやパソコンに向かって、誰かを攻撃する言葉を打ち込み続けるだけの毎日。
 
「憐れ」という言葉は彼らのためにこそある。
 
 
この「憐れなクズども」に木村花さんの死に対する責任があるのは言うまでもない。
言うまでもないのだけれど、その責任を法的に問うのは実はとても難しい。
法的な責任を問いうるだけの発言なのかという問題と、法的な責任を問うための時間的な制約という二つの壁があるからだ。
 
マスコミでもネット上でも、「木村花さんを追い込んだ誹謗中傷」という一括りの言葉で彼らの(主として)Twitterにおける書き込みとその責任が論じられているけれど、問題の書き込みが「テラハという番組や出演者である木村さんへの感想」だったのか「批判」だったのか「意見」だったのか「脅迫や名誉棄損や侮辱」だったのかは、結局のところ、一つ一つの書き込みを確認していくほかない。
「匿名」という表現方法がどれほど批判されようと、「感想」や「批判」や「意見」を表現すること自体は犯罪でも何でもない。
そして、困ったことに、この「感想」なのか「批判」なのか「意見」なのか、それとも「脅迫や名誉棄損・侮辱」なのかの線引きはとても難しい。
 
例を挙げよう。
「テラハでの木村さんの振る舞いには正直、強い嫌悪感を覚えました」
というのは単なる「感想」に過ぎない。
「どんな理由があれ、彼の帽子を叩き落すという暴力行為をテレビで放送すべきじゃない」
というのは「批判」
「木村さんみたいなキャラは早く卒業させた方がいいんじゃないか」
「意見」だ。
逆に「死ね」は「脅迫」、「ゴリラ女」は「侮辱」だろう。
さらに真実に反する事実の摘示があれば「名誉棄損」だ。
 
では、「気持ち悪い」「卒業してほしい」「消えてほしい」は?
言葉としては木村さんを傷つける表現だけれど、書き込んだ人間にとっては単なる「感想」「意見」だ。
こういう表現に対してまで法的責任を追及する、というのはやはり行きすぎだろう。
 
さらに言えば、木村さんはたった一つのコメントに屈して死を選んだわけではない。
積み重なり続ける何十何百という言葉の暴力が遂に彼女の心の堤防を決壊させてしまったために彼女は死を選んでしまった。
だとしたら、彼女の死に対して責任を負うべきは、「最初に書き込みをしたクズ」か?
それとも「耐えに耐えてきた彼女を追い込んだ最後のコメントを書き込んだクズ」か?
あるいは「その間の無数の書き込みをし続けていたクズたち」か?
非難されるべきは、堤防に蟻の一穴を開けた者か、ロバが膝を折る直前に最後の羽根をロバの背に乗せた者か、ロバを鞭打ち歩かせていた者たちか。
 
自分以外の他者の表現の数や、その表現が向けられている被害者の心の限界度合いをリアルタイムで、あるいは正確に把握することなど誰にもできない以上、書き込みをしたすべての人間が等しく木村さんの死に対して責任を負うべきだというのも、それはそれで一つの結論ではあるけれど、集団リンチというやつは、責任を負う人間の数に反比例して責任を問われた人間が感じる罪悪感を希釈化してしまう。
数十人、数百人のクソ野郎が、
「ちょっと、今回はやりすぎちゃったね。でも、まぁ、俺一人で彼女を自殺に追い込んだわけじゃないから」
と思うのでは木村さんは浮かばれない。
 
責任追及のための時的限界というもう一つの問題もある。
 
少し専門的になるがしばしお付き合いを。
 
インターネット上の違法な匿名書き込みというのは、(1) 書込人が、(2) 自分の使っている通信キャリア(auとかドコモとかJCOMとか)を使って、(3) TwitterとかYahooや5chの掲示板などにアクセスして行われる。
だから被害者が書込人を特定しようと思ったら、この流れを逆に辿らなければならない。
まず、書き込みがされた掲示板やサイトを運営している事業者(Twitter社とかヤフーとか)に対して、各事業者ごとの専用の「発信者情報開示請求フォーム」を使って、問題の書き込みが行われた際に利用された通信キャリアの情報(IPアドレス)を開示するよう請求する。
たいていの運営事業者はこの請求に応じないから、次に、この運営事業者を相手方として裁判所に「発信者情報開示の仮処分」を申し立てる。
裁判所が申し立てを認めて開示命令を発令してくれれば、運営事業者は情報の開示に応じてくれるけれど、ここで開示されるのは「問題の書き込みが行われた際に利用された通信キャリアのIPアドレス」に過ぎないから、WHOISなどを使って開示されたIPアドレスがどの通信キャリアのものかを調べなければならない。
通信キャリアを特定したら、今度はこの通信キャリアを相手方として、裁判所に「発信者情報削除禁止の仮処分」というのを申し立てる。この場合の「発信者情報」は、IPアドレスだけでなく、それに紐づいている書込人の住所とか契約者名といった契約情報だ。「近いうちに正式な訴訟を起こして開示を求めるから、それまではこれらの情報を削除してはならない」という仮処分命令を裁判所から出しておいてもらうのだ。
この「発信者情報削除禁止の仮処分命令」が発令されたら、通信キャリアを被告とする正式な訴訟(「本案」という)を裁判所に起こす。
「被告の通信キャリアはこれこれこういう書込みに関する発信者情報(=契約者情報)を開示せよ」という本案判決をもらって、ようやく(1)の書込人が(たぶん)特定できることになる。

民事上の損害賠償請求をする場合だけでなく、告訴して刑事上の責任を追及しようとする場合でも同じ。警察は告訴状を持って行っても、よほどのことがない限り、「民事の手続きで発信者情報を開示してもらってくれ」と門前払いに近い塩対応しかしてくれないからだ。

最大の問題は、掲示板やサイトを運営している事業者も、通信キャリアも、IPアドレスといった書込みに関する通信ログを通常は3か月程度しか保存していない、という点だ。保存期間は1か月、なんていう事業者もある。
この1か月とか3か月というわずかな期間内に、被害者は手続きをすべて取らなければならない。
学校に行ったり仕事に行ったり、という日常生活を送りながら、素人がこれをするのはまず無理だ。
なので、結局、お金を払って弁護士に手続きを依頼することになるが、弁護士が手続きをしたからといって通信ログの保存期間が延長されるわけではないから、「時間切れ」で書込人にたどり着けないことも多い。
 
法的な責任が時間切れで問えなかったとしたら、あとはクズ野郎たちの人間としての責任を問うしかない。

「人間としての責任」?
人間としての良心も矜持も持ち合わせていない彼らに対して?
そもそも彼らは、そういう感情がないからこそ、安易に指先一つで木村さんを死に追い込んだのではないのか?
 
テラハ事件を受けて、現在、国会でこの発信者情報開示請求手続の改正が議論されているが、一番手っ取り早く、かつ、効果的な改正は、掲示板やサイトの運営事業者や通信キャリアなどのインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)に対して、法律で通信ログの保存期間を「一律5年とか10年」と罰則付きで義務付けてしまうことだ。
それだけの時間があれば、被害者はゆっくり発信者情報開示手続きを取ることができる。
いったん、書き込みをしてしまえば5年あるいは10年間は法的な責任追及を受ける可能性がある」ということは、匿名で誹謗中傷を書き込む人間に対する心理的な抑止効果にもなるだろう。

良心の呵責というものが期待できない人間に対しては、結局、こういう方法で対峙するしかない。
 
このブログで再三再四書いてきたとおり、匿名で、インターネットというツールの陰に隠れて、ぐちゃぐちゃと人を誹謗中傷する人間を私は断じて認めない。
彼らのしている行為は表現の自由でもなんでもない。
 
けれど、そういう卑劣で臆病で無責任な人間はどんな時代のどんな社会にも必ずいる。
ITリテラシーの向上とか、綺麗ごとを並べ立てても彼らがいなくなることはないだろう。絶対に。
誤解を恐れずに言い切ってしまえば、私も含めて人間というのは、そういう卑劣で臆病で無責任なダークサイドを心の中に持っている生き物だからだ。
 
アナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に走ってダース・ベイダーに堕ちたように、人間は誰もがクソ野郎になる資質を持っている。
木村花さんは、無数のダース・ベイダーによって殺された。
第2の木村さんを出さないために今、必要なのは、性善説に立って愛と教育とフォースの力でダース・ベイダーたちをジェダイの騎士に戻すことではなく(それが大切なことは否定しないけれど)、ダース・ベイダーのマスクをはぎ取って素顔を晒すための時間的余裕を被害者たちに与えることだと私は思う。
 
 


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