城郭 長谷川博美 基本記録

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大津ホット情報

2021-10-24 04:50:39 | 規矩術、ビイスタ工法、城郭平面幾何学、
城郭ビイスタ論 上文字クリック

◆長谷川
大津ホット情報と題していますが厳密には
滋賀県大津市内のホットな熱い城郭情報と
言う意味で簡略化したブログ題名記事です。

本投稿で重要項目は★★★★★で表示します。

◆打出浜【匿名】
長年大津に居住して年月が経過しているのですが
この様な城郭や寺院に放射状の設計が施されてい
た講演や講座を私は一度も受けた経験が無いです。
偶然目にした記事を読んで長谷川先生の遺跡認識
観点「遺跡遺構平面認識能力」が卓抜非凡なもの
を持っておられ改めて驚いているところです。

◆一般者
長谷川先生!ウチの町の寺や城にもビイスタが
存在しますか?是非ウチの町の歴史会の講師と
してウチ町の城の幾何学解説して欲しいです!

◆長谷川
貴方の街が善良かつ虚心坦懐で向学心に富む素晴
しい気風の町ならば、私は必ずや善なる人々の前
へと慎ましやかなに地道、地味ながらも、訪れる
る機会があろうかと思います。なにしろコツコツ
の基本はコツコツにあると一般に言われています。
▼著者本人


◆大津市在住者様
市内に住んでいます。長谷川先生のビイスタ論
非常に興味深く読ませて貰っております。動画
も1400人を超える視聴者様があるようですね?

◆長谷川
それ何かの間違いかと思いますが?私は無名
で人気知名度全くない事には自信があります。

大津市内の遺跡のビイスタ工法として
1坂本城
1坂本城 別図

2大津城

3膳所城

▲膳所城の寛文期の本丸図面です。図面を
見ると方眼紙状のグリッド線が描写されて
います。当然90度の角度を用いて膳所城を
築城すれば良いのに本丸右半分は城郭とし
の基本理念構想として扇型の縄張を用いて
いる事に気付く事が重要です。★★★★★

4宇佐山城 端城
4宇佐山城 端城 別図


4宇佐山城 本城
▲織田氏の志賀郡支配確保の為の城郭が宇佐山城と
言えます。城郭瓦も発見さりており石垣は大津方面
を正面とした光背効果を目的とした見事なビイスタ
工法を施した遺跡と言えます。現在残る主要な石垣
は全山に用いられた訳ではなく所謂千鳥状に配置し
ています。▼千鳥型
       ーーー   --ー   
    ---   ーーー

5歓喜寺城

6比叡山一本杉西の城

7志賀南廃寺「古代」


などのビイスタ工法を先生のブログで見て
驚きましたが比叡山東塔の遺跡にビイスタ
工法は使われているのでしょうか?

◆長谷川
先ず東塔北谷遺構の長谷川博美イラストで
遺跡の立体地形を認識確認して下さい。

◆米原市民様
うあーつ!伊吹山弥高百坊遺跡の形状にも
似ていて本当に驚いてしまい楽しいですね!

◆長谷川
土塁には横矢や虎口そして城道たる通路も
完備しており見事な遺跡と言えます。

◆反論者
この遺跡にビイスタ工法など絶対ないぞ!

◆対談者
即断家は物事をイメージ論や印象論や既知
概念で早計に物事を判断する傾向にあるわ。
少数でも慎重な遺跡検討を一度はすべき事
ではありませんか?全て打消しの発想して
たら研究や新視点の考察は万年進展しま
せん。遺跡見学もイボルーシヨン「進化」
すべき時節に達していると私は思います。
学習研究学門は保守ではなく進展する事
が本来の学究の進歩でしょう?否定ならば
誰でも軽く出来るわ!挑戦や調査や進歩や
進展とは誰も絶対に望まない事なのですか?
◆長谷川★★★★★
赤線のビイスタ、青線のビイスタWビイスタ工法
が採用されている。つまり2極の測量点から遺跡が
測量され計画されていると私は推測しております。



◆反論者
ふん!なんじや!そんなもん!
日本の測量文化には2極の測量手法存在せんわ!

◆長谷川★★★★★
本当に、そうでしょうか?日本の伝統的測量や
文化は学門上無視され続けたのではないですか?
◆質問者
道路工事で消滅した大津市の生津城にも
比叡山系の高い築城技術が存在したので
しょうか?いわゆる城郭幾何学の存在は?
比叡山の解釈として私は現在の大学院や
学術研究所という認識を持っています。
志賀の宮や伝説の高穴穂の宮など大陸か
ら伝播した築城や建築指南手書は比叡山
にストックされていたのではないでしょう
か?あの明智光秀が安土城に先行して天守
と小天守を坂本に築城できたのは叡山山麓
に蓄積された土木技術集団の巧み「匠」の
なせる技だと思いますが?


◆長谷川
生津城は
緻密な測量に裏打ちされた高い測量技術
を誇る本当緻密な縄張の城郭遺跡でした。

◆反論者
そんな遺跡取るに足らない城郭遺跡だったよ!

◆長谷川
城郭は慎重に検討しましょう。さまざな放射状
測量点を組み合わせて生津城が築城されている
事が解ります。一筋縄だけで築城はされてない。

◆長谷川★★★★★
発掘された地下遺構の櫓台石垣、礎石建物遺構、
排水溝「青線」は私の挿入した赤線の放射測量
方法「ビイスタ工法」を用いて中世の城が築城
されている事が客観的に理解できると思います。

▼生津城

◆長谷川
また滋賀郡比良山系の歓喜寺城の縄張にも
放射状縄張線を読み取る事は可能な事です。

◆反論者
コジッケだろう付会だ!ビイスタ論など勝手な決め付
け論だ城址武家の邸宅に放射線測量や配置など存在せん!

◆長谷川
本当に、そうでしうか?私が信じられらませんか?
例えば貴方は安土城の伝前田利家邸に何の為に行き
ますか?
◆長谷川
観光旅行ピクニック歴史探訪様々な目的が人々に
ある事でしょうが、伝前田利家邸の建物配置には
1、2、3、4、5と放射状に建物が配置されてる事
を率直に素朴にシュアーに気付く事は果たして悪
い事でしょうか?学門への素直さは罪悪ですか?
習い=記憶=暗記=優等生=コピー人間 物真似
気付き=研究型=進歩発展=発想の転換 新視点




◆一般者
長谷川先生の城郭ビイスタ論は全国区で通用す
る汎用性ある稀代の城郭理論として今日本中で
話題騒然となっていますよ!私は応援致します。

https://youtu.be/i1CnB7XQwGk
城郭ビイスタ論 上文字クリック

◆生津城概要
1723年膳所藩編纂地誌「近江輿地志略」に
「生津村の城山」と記され、城主は延暦寺に属し
た「林宗林坊(はやしそうりんぼう)」と伝わる。
県教委が1980年代に行った分布調査で堀切跡
などが見つかったため遺跡として認知されたが、
築城時期や城郭構造は不明のままだった。伊香立
浜大津線補助道路整備工事に伴い、7月から15
00平方メートルを調査している。櫓台の遺構は
曲輪(くるわ)北隅の最も高い場所で見つかり、
斜面部2カ所には石垣が残っていた。石垣は直径
50センチの築石の間に小さな石が詰め込まれた
野面積みで、同地域が延暦寺の荘園だったことか
らも寺院に用いられた高い技術が城郭にも導入さ
れたと見られる。土塁や深さ4・5メートルの堀切
のほか、16世紀の土器片なども出土した。
コメント (1)
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