滝本坊 松花堂昭乗 空中茶室を読み解く
◆対談者
さてさて無名城郭研究家の長谷川
先生が米原で講座講師として推薦
された事は我々にとり予想外の事
◆長谷川
私は米原に何十年住まいして身
です?しかし米原で私が歴史と
城郭の講師に起用される事機会
は先ず100%有りえない事です。
他所の都市に講師として招かれ
る事はよくあるが先ず米原では
あり得ない珍事と言う事になる
しかし、推薦された以上は米原
市民として「まいはら」の為に
貢献しなくてはならないと思う
◆質問者
松花堂弁当と言う名前の起源は
何処にあるのでしょうか?
◆長谷川
一説に松花堂昭乗にあるとか?
以下ウイッキペデイア引用します。
松花堂昭乗(しょうかどう しょうじょう、天正10年
(1582年) - 寛永16年9月18日(1639年10月14日))は、
江戸時代初期の真言宗の僧侶、文化人。姓は喜多川、
幼名は辰之助、通称は滝本坊、別号に惺々翁・南山隠士
など。俗名は中沼式部。堺の出身。書道、絵画、茶道に
堪能で、特に能書家として高名であり、書を近衛前久に
学び、大師流や定家流も学び,独自の松花堂流(滝本流
ともいう)という書風を編み出した。近衛信尹、本阿弥
光悦とともに「三筆」と称せられた。茶道は小堀政一
に学んだ。なお松花堂弁当については、日本料理・
吉兆の創始者が見そめ工夫を重ね茶会の点心等に出す
ようになった「四つ切り箱」、それを好んだ昭乗に敬意
を払って「松花堂弁当」と名付けられたとする説がある[1]。
◆質問者
石清水八幡の瀧本坊には空中茶室
閑雲軒と言う珍妙な茶室が存在し
たとされますが長谷川先生の城郭
ビイスタ論は汎用性が広く閑雲軒
は北近江出身の小堀遠州と松花堂
が共同設計したとされ、この瀧本
坊にビイスタ工法が存在しますか?
◆長谷川
これは困った質問ですね。解りま
せんと答えたい所ですが瀧本坊の
の石垣に典型的な重複ビイスタが
読み取れます。また閑雲軒の室外
の展望つまりビイスタ的視覚をも
意識しているかもしれませんね?
原図は「石清水八幡宮境内 範囲確認調査 現地説明会資料」
八幡市教委、2010/11/06 よりに瀧本坊跡発掘調査に加筆
◆長谷川
歴史的建造物の大坂城天守
や石垣山天守台も重複形式
のビイスタ工法なのですよ。
▼秀吉天正大坂城天守台ビイスタ
▼秀吉 天正石垣山城天守台ビイスタ
竹生島宝厳寺のビイスタ工法 - 城郭 長谷川博美 基本記録
◆初めてブログを見た人天下人ま信長や秀吉の城の構図が存在する事を初めて知り仰天してます!竹生島には千度行っている。安土城にも千度行ってる。でもこんな大切な城郭ビイ...
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日本の城の縄張の真髄重複ビイスタの類例 - 城郭 長谷川博美 基本記録
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◆長谷川
数学的な解説で表現するならば
直角三角形、三平方の定理、俗
に言うピタゴラスの定理で設計。
◆長谷川
また空中茶室、閑雲軒「みどり色」も
ビイスタを意識して作事されていると
思われます。
◆長谷川
また主要建物群二棟が短冊状
に著洋服配置設計されてます。