男子クラスと一輪挿し事件
私の母校は、今年創立130年を迎え、夏の甲子園にも出場した熊本県立済々黌高校である。
私の現役だった頃の昭和40年代後半は、男女共学ながら女子は1学年5百数十人の中の1割強だった。したがって質実剛健、バンカラの校風がまだ色濃く残っていて、腰に手拭を下げ、素足に下駄履きで登下校をする生徒がいた。
私が入学する数年前まで男子は全員坊主頭の校則があったが、長髪解禁後に入学した私達の学年の生徒には時代を反映してロングへアも出現していた。済々黌の男子生徒の象徴であった「キナセン」と言われるスクールカラーの黄色の1本線が入った帽子を被らない生徒が出現しはじめ、校則の帽子着用が生徒集会で問題になったりした頃だ。
今や校則は変わっていることと思うが、その前に入学の際に生徒が購入しているのか、そもそも買うことが出来るのかさえ怪しい。少し前に学生服の胸のポケットに1本、キナセンが入り、夏は白いシャツの胸に済々黌の校名が刺繍してあるようだ。
自由の校風は変わらず、男子よりも女子に人気があるそうで、男女の比率は半々になったどころか、学年によっては女子の数が上回る年もある位で、前クラスが男女共学となっているようだ。
私の現役時代は、圧倒的に女子が少なかったので、男子クラスと共学クラスがあった。共学クラスは学年に4、5クラス位だったと思う。私自身は、1年生が共学クラスで2年3年は男子クラスだった。
1年生のときの共学クラスはやはり女子がいて華があり楽しかったが、2年生になって生まれて初めて経験した男子クラスは、また共学クラスでは経験出来ない別の楽しさがあった。
その一つは、先生達が授業中に女子には聞かせられない下ネタを披露するようになったことで、先生によっては何となく男子クラスの授業の方がリラックスされて、くだけた雰囲気があって面白かった。
その男子クラスの教室は、当然掃除等は形ばかりで、上履き無しの白いソックスで歩こうものなら、あっという間に黒く汚れてしまうことは間違いなかった。
冬の寒い時期にインフルエンザが流行し、他のクラスが学級閉鎖になったことを知ると、単純な男子クラスは「休みになる」ということだけに心を奪われ、休み時間の度に「皆が早くカゼをひくように」せっせと窓を開放していた。結果、おろかな我がクラスだけ一人もカゼをひく者が出なかった。
食べ盛りで、2時限目の授業が終わった休み時間には、弁当箱を机の上に出して女子に気兼ねなく早弁をした。
マラソンの授業は、近くの立田山という山を登り降りするコースが設定されており、ただでさえ長距離走が苦手だった私は、「心臓破りの坂」と呼ばれる坂道を走りながら、その時だけは済々黌に入学したことを後悔した。不思議だったのは、マラソンの授業で黌門を出る時は、確かに私の後方にまだ3分の1の生徒が走っていたのに、立田山を登り下りし、途中、数人に追い越されもするのだが、黌門をくぐる前には、私はほとんどビリになっていたことだ。
「おーい、大丈夫か。次の授業に間に合わんぞ」と自転車に乗った体育教師に毎回尻を叩かれた。
私の後方にいたかなりの数の生徒は、いつどこで私を追い越したのか。
まあおそらく教師にバレないように巧妙に近道をしていたんですね。
そんな男子クラスの教壇の上に、ときどき一輪挿しが飾られたことがあった。
水仙やフリージアやリンドウやキクの花。生花店で求めたものではなく、家の庭に咲いた花を一輪摘んで来て、素朴な細い花瓶に挿しただけのもの。
先生達には好評だったが、クラスの生徒達は男子クラスに似合わぬ出来事をとても不思議がった。
「我がクラスの誰かを好きな女子がこっそり持って来ているに違いない」
いつしかそういうストーリーが囁かれはじめ、誰が誰にという当事者捜しが行われたようだったが分からなかった。
この事件は、とうとう迷宮入りのまま3年生に進級した。
ずっとその真相を知っていたのは、私自身であった。卒後30年の2004年に開催された記念同窓会のときに、「今だから言えること」という告白企画があって、その真相を語った。
私は美術部に属していて、自由な時間があれば、教室にいることより、図書室か美術部の部室にいることが多かった。
そして毎日学校に来る事が楽しみで、早く家を出た。学校でも何番目かに、クラスでは一番早く登校していた。自転車置き場から玄関の靴箱で靴を上履きのサンダルに履き替えると、ホームルームには顔を出さずに美術部の部室で始業直前まで過ごすのが常だった。
最初は絵のモチーフに家の庭から持ってきた花だった。
たくさん持ってきた水仙を部室の花瓶につっこんだ後、ふと思いたって、部室にあった一輪挿しに1本の水仙を入れて、まだ誰もいないホームルームの教壇に置いたのだ。
その後は、クラスメートの反応が面白くて、悪戯心で時々花を持って行った。
覚えている人も少ないと思うが、これが40年前の一輪挿し事件の真相です。
(2012.11.8)
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