素材表紙は湯弐さんからお借りしました。
「天上の愛地上の恋」「薔薇王の葬列」二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
両性具有・男性妊娠設定ありです、苦手な方はご注意ください。
二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。
1855年10月2日、バイエルン王国、シュタルンベルク湖畔の小さな村で、黒髪に黒と銀の瞳を持った赤子が生まれた。
その赤子は男女両方の性器を持つ、所謂両性具有者だった。
赤子の両親はほどなくして流行病に罹りこの世を去り、残された赤子はリヒャルトと名付けられ、教会へと預けられた。
その赤子の誕生から数年後の1858年8月21日、オーストリア・ウィーン郊外にあるラクセンブルク宮殿にて、欧州随一の美女と謳われたフランツ=カール=ヨーゼフ一世の后・エリザベートは待望の皇太子であるハイリンヒとその弟・ルドルフを出産した。
だが二人の皇子達は生後間もなくエリザベートの手から、彼女の姑に当たるゾフィー大公妃によって取り上げられた。
金髪碧眼である二人の皇子達の性格は全く正反対だった。
兄のハイリンヒは争いを嫌い、信心深い性格だったが、対して弟のルドルフは先進的な考えを持ち、9歳の子供でありながらも己の意見を教師達に理路整然と主張し、6ヶ国語を流暢に操ることが出来た。
そんな優秀な弟と、病弱で臆病なハイリンヒは常に周囲から比較されながら育った所為か、いつしか彼は心を病んでいった。
(お父様もお母様も、ルドルフだけが可愛いんだ。僕は、要らない子なんだ・・)
夏の避暑に皇帝一家がこの村を訪れると知った村人達は、皇帝一家を手厚くもてなす為に慌ただしく動き始めた。
そんな中、12歳となったリヒャルトは、農作業で掻いた汗を洗い流す為、シュタルンベルク湖で水浴びをしていた。
ここは余り人が近寄らず、リヒャルトにとって唯一の憩いの場だった。
村の大人達や、自分の養い親である教会の神父は自分によくしてくれているが、一部の心無い者達が自分の事を「悪魔」と呼んでいる事を、リヒャルトは知っていた。
そして、小さな村の教会が二人の育ち盛りの孤児を育てる金銭的余裕がない事も。
「リヒャルト、ここに居たんだね。」
「誰かと思ったら、アルフレートか。」
湖畔の方から声がしてリヒャルトがそちらの方を向くと、そこには自分と一日違いで生まれた黒髪に翡翠の瞳を持った村の天使・アルフレート=フェリックスが立っていた。
悪魔と罵られる自分とは対照的に、アルフレートはその清らかな心と容貌故に天使と村人達から呼ばれ、可愛がられていた。
そんなアルフレートの両目蓋の下が少し腫れている事に気づいたリヒャルトは、彼が神父の話を聞いてしまったのだと勘で解った。
「僕達はこれからどうなってしまうんだろう?神様はどうして、僕達を大人にしてくれないんだろう?」
「そんな下らない事を考えても無駄だ。」
水浴びを終えたリヒャルトが、そう言いながら持って来た布で濡れた髪と身体を拭いていると、不意に向こうから一発の銃声が聞こえた。
「何だろう、僕ちょっと見て来るよ。」
「おい、待て!」
アルフレートを慌てて止めようとしたリヒャルトだったが、自分が裸である事に気づき、慌てて初潮を迎えた後微かに膨らみ始めた乳房を隠す為、晒しを胸に巻き付けた。
その時、白い毛皮の塊のようなものが自分に突進してきたので、リヒャルトはそれを避ける間もなく全裸のまま草むらの上に倒れてしまった。
「エドワード、ステイ!」
甲高い変声期前の少年の声が頭上から聞こえ、その直後金色の髪を揺らしながら仕立ての良い服を着た貴族の子息と思しき少年が現れた。
「ごめんね、怪我はなかった?」
少年は蒼い瞳でリヒャルトを見つめながらそう言ってゆっくりとリヒャルトの方へと近づいて来た。
「来るな!」
リヒャルトは布で全身を覆い隠し、少年が何処かへ立ち去ってくれるのを望みながら、ゆっくりと目を閉じた。
だが再びリヒャルトが目を開けると、そこには先ほどの少年と、彼の従者と思しき軍服姿の男が立っていた。
「近くの村の子供でしょう。おい貴様、名を何という?」
「リヒャルトだ。俺に用がないのなら早くここから立ち去れ。」
「こいつ、生意気な!」
男はリヒャルトを睨みつけ、手袋を嵌めた手でその頬を張った。
「やめて、僕がエドワードを見ていなかったから悪いんだ!その子に乱暴しないで!」
「ですが、ハイリンヒ様・・」
男が少年の言葉を聞いてリヒャルトと彼を交互に見ていた時、銃声が聞こえていた方向からアルフレートの声と、もう一人の少年と思しき泣き声が聞こえた。
「お前も服を着て我々と一緒に来い。」
リヒャルトが服を着て男達と一緒にアルフレートが居る場所へと向かうと、そこにはアルフレートと泣き声の主である少年が、彼の乳母と侍女と思しき数人の女性達に囲まれ、一人の男と対峙していた。
「伯爵は、突然僕の前でピストルを咥えて・・そのまま、引き金を・・アルフレート、君も彼が自殺するところを見たよね!?」
「伯爵は敬虔なカトリックだ、自殺なんてあり得ない!」
「いい加減にしてください、ゴンドレクールト大佐!ルドルフ様はショックを受けておられるのですよ!」
女性達の一人がそう声を上げて男を睨みつけると、彼は少し怯んだ様子でそのまま黙り込んでしまった。
「はい、僕は見ました・・」
アルフレートの言葉を聞いたリヒャルトが、ふと女性達の腕に抱かれている少年の顔を見ると、彼はリヒャルトに気づき、微かに口元を歪めて笑った。
「さぁ、ルドルフ様を早くお連れしなければなりませんわ。」
「ハイリンヒ様、こちらへ!」
突然自分達の前に現われた少年達の正体を、アルフレートとリヒャルトが数日後に知ることになったのは、彼らが暮らす教会の前に一台の壮麗な馬車が停まり、その中から軍服姿の男が降りて来た時だった。
「アルフレート=フェリックス様、リヒャルト=プレトリウス様、ハイリンヒ様と、ルドルフ皇太子様の命により、お二人をお迎えに参りました。」
馬車に乗せられ、美しい館にある一室へと通された二人を出迎えたのは、寝台の上で本を読んでいるルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ=フォン=オーストリア、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子その人だった。
「ねぇアルフレート、伯爵は何故自殺したと思う?」
「それは、僕にはわかりません。ですが自ら命を絶つことを、神様はお許しにはなりません。」
「はは、神様ねぇ・・ねぇアルフレート、神様は嘘を吐く事もお許しにならないんじゃないかい?」
そう言ってアルフレートを見つめるルドルフの目は、冷たかった。
「失礼します・・僕、もう帰らないと。リヒャルト、行こう。」
「誰が勝手に帰っていいと言った?君達は僕達と一緒にウィーンへ行くんだ。」
「何故、俺もお前達と一緒に行かなくてはならないんだ?」
「兄上がお前に興味を持っている。安心しろ、お前達には僕達の方から口煩い大人達に釘を刺しておく。これから味気ない宮廷での日々が楽しくなりそうだな、アレクサンダー?」
ルドルフはそう言って自分の胸元へと乗ってきた黒い犬の頭を撫でた。
こうしてアルフレートとリヒャルトは、ルドルフ達と共に故郷の村を離れ、ウィーンへと向かう事になった。
「君達の事は、きっと神様が守ってくださる。だから何も心配せずにウィーンへ行きなさい。」
「はい、神父様。」
「リヒャルト、ウィーンへ行ったら毎日手紙を頂戴ね。」
「わかった。」
「アルフレート、わたしにも手紙を頂戴ね、約束よ!」
二人は教会の前で幼馴染のローザとアンとそれぞれ別れの抱擁を交わし、故郷の村を後にした。
バイエルンから遠く離れたウィーンの街は喧騒に満ちた、美しい都だった。
その中心部に立つ白亜の宮殿・ホーフブルク宮殿で皇帝夫妻と二人の皇子達と彼らの姉であるジゼル皇女と暮らすことになったアルフレートとリヒャルトは、アウグスティーナ教会の司祭であるマイヤー司祭の下、互いに切磋琢磨し合いながら勉学に励む日々を送った。
「リヒャルト、ハイリンヒ様がお呼びだ。」
「わかりました。」
宮廷での暮らしに漸く二人が馴染めてきたある日の事、王宮図書館で本を読んでいたリヒャルトは、あの湖で起きた事件から二週間ぶりにルドルフ皇太子の兄であるハイリンヒと再会した。
「やっと会えたね、リヒャルト!」