半グレの集団がヤクザを利用する!? 元・知能犯捜査担当刑事が語る“半グレ”と“ヤクザ”の意外な力関係とは から続く
3・1・2022
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刑務所から出所した人や少年院を出た人、執行猶予判決を受けた人のうち、自立した生活が困難な人たちを対象に社会復帰を支援する「更生保護施設」。年間約1万人におよぶという支援対象者たちは、施設内でどのようなサポートを受けているのだろう。
ここでは、日本を揺るがす重大事件の数々を捜査してきた刑事たちが、小説家・誉田哲也氏のインタビューに答えた対談集『 誉田哲也が訊く!~警察監修プロフェッショナルの横顔~ 』(光文社)の一部を抜粋。
女子刑務所の運営管理に長年携わり、現在は保護司として更生保護法人施設の施設長を務める木下登志美氏へのインタビューから、更生保護施設、刑務所で過ごす女性たちの実情に迫る。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
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知られざる女性受刑者たちの就職事情
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誉田 木下さんが現在お勤めのこの更生保護施設は、どのような施設なんですか?
木下 刑務所を出た人や保護観察中の人を受け入れる、女性専用の更生保護施設です。つまり、刑務所を出たあとの行き場のない人たちが、一定期間ここで暮らしながら、社会復帰を目指すことになります。現在も20代から70代までの女性が生活を共にしています。
誉田 なるほど。何らかの事情で行く宛がない人というのがやはりいるんですね。
木下 そうなんです。また、刑務所でも少年院でも、身元引受人がいなければ仮釈放にならないので、本人が望むのであれば我々が面接をして、身元を引き受け、ここで仮釈放の期間生活することになります。
誉田 そして、ここで生活の面倒を見てもらいながら仕事や次の居場所を探す、と。
木下 こういう施設が全国に103あるのですが、女性専用施設は7つだけなんです。そして7つのうちの3つが東京都内にあり、1つがこの施設です。
仕事は探せばいろいろある
誉田 そんなに少ないんですね。数としてはそれで十分なんですか?
木下 十分とは言えないかもしれませんが、とりあえず足りていないわけではないようです。行く場所がない受刑者にもいくつかのパターンがありまして、もともと身寄りがない人もいれば、何度も罪を重ねているうちに歳をとり、行き場を失ってしまう人もいます。そういう人が女性受刑者の中のうち、だいたい1割くらいを占めていると思います。
誉田 この施設ではある程度、生活や行動に制限が設けられているということですか?
木下 施設としてのルールもありますが、それぞれ仮釈放を受けるにあたって遵守事項が設定されています。「犯罪者に近づいてはならない」とか、「薬物売買の場に行ってはならない」とか。たとえば薬物で保護観察中の人であれば、月に一度は保護観察所に出頭して薬物検査を受けますが、それ以外は皆さん、頑張って仕事に励んでいます。
誉田 しかし、仕事を探すのもなかなか大変でしょうね。男性であればとりあえず肉体労働でも凌ぐこともできそうですけど、女性の場合はどういう仕事に就く人が多いですか。
木下 幸いここは都市部で場所に恵まれていますので、探せばけっこういろいろあるんですよ。ホテルのベッドメイクとか飲食店とか。
平均3、4ヶ月で施設を出る
誉田 それは皆さん、それぞれ自分で見つけてくるんですか?
木下 ハローワークに特別窓口というのがあって、そこから斡旋してもらうことが多いです。あるいは、そういう経歴の人を積極的に支援してくれる協力雇用主というのがいて、そちらでお世話になる人もいますね。しかし、なかには受刑者であることがバレたくないという人もいますから、その場合はハローワークで不開示で探してもらったり、自分で就職雑誌の求人を見て応募することになります。
誉田 なるほど。ただ、やはり理想としては、事情をすべて知ったうえで働かせてもらうに越したことはないんでしょうね。
木下 本当はそうなのですが、なかなか自分から履歴書に保護観察中とは書きにくいですからね。自分で仕事を見つけてくる人は、そのあたりには触れず、黙って働かせてもらっていることが多いようです。とにかく自立するお金を貯めなければならないので。
誉田 この施設にはどのくらいの期間いられるんですか?
木下 基本的には仮釈放の期間のみですが、その期間が短かったり、何らかの事情のある人は半年間は生活できます。平均的には3、4カ月で出ていく人が多いです。
なかには同じ罪を繰り返してしまう人も
誉田 ご飯も食べられてお風呂にも入れて、こんなに好待遇なのに意外と早く出ていかれるものなんですね。場所だって駅前の一等地じゃないですか。
木下 仮釈放の期間がばらばらなので平均するとその程度になりますが、なかにはやはり集団生活になじめない人もいますからね。お風呂やトイレは共同ですし、それに職場で、住所から素性がバレてしまうこともあるようです。施設の名前を書いていなくても、地域の事情に詳しい人には住所でわかってしまうんです。
誉田 ここを出た皆さんは、きちんと更生して暮らしている方が多いんですか?
木下 大半の人はそうですが、なかにはそうではない人もいます。私たちとしては当然、更生して自立することを目指してやっているわけですが、たとえば薬物であったり窃盗であったり、同じ罪を繰り返してしまう人がいるのは残念ながら事実です。
女子刑務所での刑務官も務めていた木下さん
誉田 これほどあちこちへ異動していると、行った先で昔の同僚と再会するようなこともありそうですね。
木下 それはよくありましたよ。というのも、わりとどこへでも自由に転勤できる人材というのは、ある程度限られているんです。たとえば結婚して子供もいる人は、その場所に残ることが多いです。
誉田 だから木下さんの場合は栃木刑務所4回も配属になるようなことが起こり得るわけですね。
木下 そうですね。そこでよく知っている職員と一緒に勤務していました。それに、女子刑務所はその地域で犯罪を犯した人がその地域の近くの刑務所に入ることが多いので知っている受刑者に会うことはよくありました。
誉田 待遇や環境の面で、男子刑務官と何か違いはあるものなんですか?
木下 私は女子専用施設ばかりだったので、基本的に男子刑務官が何をやっているのか、あまり知らないのですが、たとえば高等科研修などで男性の話を聞くと、やはり細かな違いはありそうでした。たとえば飲み会とか業務外の立ち回りで心象が左右されて、それが配置に影響したりなんてことは、女子ではまずあり得ません。
女子刑務官の離職率の高さ
誉田 それに、ライフステージごとの働き方の違いはやはりありそうですよね。
木下 そうですね。結婚して家庭を持ったらたいてい官舎を出ていきますし、そもそも育児に追われて仕事を続けられなくなる人だって少なくありません。女子刑務官の離職率の高さに関しては、よく男子刑務官から「ええ、毎年そんなに辞めるの?」とびっくりされました。時代も時代でしたから仕方のないことなんですけど、今もさほど事情は変わらないのではないでしょうか。
誉田 つまり世に言う働き方改革はあまり進められていない、と。
木下 それでも、今はいろいろと取り組んでいると思います。結婚後も夫婦共働きでやりやすいように配置を考慮したり、休みも取りやすくなっていると思います。もっとも、私の立場からすると、離職率の高さが咎とがめられること自体に違和感がありましたけど。
誉田 それはなぜですか?
木下 男の人からすると、女子ばかりの世界では陰湿ないじめがあってすぐ辞めていくのではないか、といった偏見があるんですよ。こういう誤解はあまり面白くないですね。
誉田 まあ、そうですよね(苦笑)。
木下 そもそも、女子刑務所は辺鄙な場所に多いんです。栃木刑務所にしても栃木市内にあるとはいえ、遊びに行くにも一苦労な不便な場所でしたし、仕事を続けたくても続けにくい事情はあったと思います。実際、札幌刑務所や和歌山刑務所みたいな都市部にある施設では、離職率が低かったように思います。
環境改善が進められる女子刑務所
誉田 それでも、木下さんのキャリアを通して、女子刑務所を取り巻く環境というのは少しずつ良くなっていっているんですか?
木下 それは制度的な面も設備的な面も含めて、間違いなく良くなっていますね。かつての刑務所はとにかく閉鎖的で、実態のよくわからない領域でしたけど、それでは世間の理解が得られないということで、どんどん開かれていっているんです。
誉田 それは具体的にはどのような点ですか。
木下 たとえば、刑務官以外にも様々な民間の方々が関わるようになったのもその一端です。社会復帰を円滑にするために必要なケアを、いろいろな機関や協力者と一緒に取り組んでいます。
誉田 なるほど。そういう取り組みは更生のための一助にもなりそうですね。
木下 それから、平成25年(2013)には当時の千葉県知事だった堂本暁子さん主導で、「女子刑務所のあり方研究委員会」が設立されています。これはその名の通り、女子刑務所の課題を洗い出して改善に取り組むための研究会ですね。堂本さんの知事ネットワークを生かして、全国で地域の支援体制を構築する、いいきっかけになりました。
日本の刑務所は非常に穏便で良心的
誉田 こうしてお聞きしていると、刑務所というのが単に罰を与える施設ではないことがよくわかります。
木下 そうなんです。刑務所はあくまで受刑者に対し、罪と向き合わせて更生を促すための施設ですから。そのためには、なぜ罪に手を染めてしまったのか、きちんと受け止めて自省しなければ、本当の意味での再犯防止には繫がりません。薬物などはとくに、人から「やめなさい」と言われるだけでやめられるものではないですからね。
誉田 海外の映画を見ていると、バカでかい吹き抜けの施設に、物々しい武装をした刑務官が立っているような刑務所がよく出てくるじゃないですか。あれが現実に即しているかはさておき、日本の刑務所は非常に穏便で良心的に思えますね。
5メートルの高さから飛び降りて脱走した例も
木下 そうですね。欧米は人権にうるさいお国柄であるはずなのに、ドラマなどで見る監獄はトイレやベッドなどすべて丸見えの状態ですものね。あれは日本では無理だと思います。
誉田 そのあたりの意識は日本のほうが敏感なんですね。
木下 なにしろ昔は着替え部屋が別に用意されていたくらいですから。さすがに管理上、無理があるということで廃止されましたが。
誉田 今は個室が中心なんですよね?
木下 そうですね。時代によっては6人部屋に8人収容するようなこともありましたけど。
誉田 一方で、受刑者だけでなく刑務官に対するケアも必要な気がします。罪と向き合う受刑者にふれるうち、刑務官が心を病んでしまうことはないのでしょうか。
木下 原因は様々でしょうから一概には言えないですけど、たしかにそういう人もいます。鬱とか適応障害とか。でも、それは民間企業も同じですよね。
平穏な状態が長く続くと、気が緩んでしまうところもある
誉田 脱走を試みる人もいるんですか?
木下 私は直接関わったことはありませんが、長い歴史の中ではそういった事故もあります。
誉田 ああ、やはり実際にいるんですか。そういえば少し前に、警察署で留置されていた被疑者が、面会室の扉を蹴破って逃げた事件がありましたが、刑務所でも逃げられることがあるんですね。
木下 10年近く前に、広島刑務所から男性の外国人受刑者が逃げたことがありましたけど、あの時は5メートルもある高さを飛び降りて逃げているんです。
誉田 さすがに想定外だったんでしょうね。
木下 何より、平穏な状態が長く続くと、刑務官の側もどこかで「たいてい大丈夫だろう」と気が緩んでしまうところもあるんですよね。
【前編を読む】 半グレの集団がヤクザを利用!? 元・知能犯捜査担当刑事が語る“半グレ”と“ヤクザ”の意外な力関係とは