「ウクライナは国家ですらない。ロシア軍がキエフに入れば、ナチズムの圧政に苦しむ市民は歓声で迎え入れる。ゼレンスキー政権はすぐ崩壊する」というプーチン氏の願望を前提に作戦は立てられた。
プーチンは本気で「歓迎」されると思っていた...幻想を打ち砕かれ、本格攻撃へ
ロシア軍がここまで苦戦する背景には、「クリミア併合を大型バージョンで再現する」というロシア側の甘い見通しがある。現実を思い知ったロシアの出方は?>
西部の都市ジトーミルで、ロシア軍侵攻に備えて火炎瓶を投げる練習をする市民たち Viacheslav Ratynskyi -REUTERS
[ロンドン発]ウクライナ軍の激しい抵抗に直面しているロシア軍は今後24~96時間以内にウクライナの首都キエフに攻め入る態勢を整えようと東、北西、西方面に兵力を集中させている。物資や援軍を増強するとともに、ウクライナ軍やキエフ市民の士気を削ぐため砲撃、空爆、ミサイル攻撃を行っている。【木村正人(国際ジャーナリスト)】
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ロシア軍に詳しいキエフ出身の米シンクタンク海軍分析センター(CNA)ロシア研究プログラム部長、マイケル・コフマン氏は英シンクタンク、王立防衛安全保障研究所(RUSI)のオンライン講演会でロシア軍の初期のパフォーマンスが戦前の予想をはるかに下回った理由をこう分析した。
「大きなポイントは2つある。まず統合した作戦が行われなかった。この作戦の背後には2014年のクリミア併合を大型バージョンで再現しようという計算と仮定があった。ロシア軍は戦闘を回避して、2~3日のうちにウクライナの政権交代を実現するつもりだった。私たちが予想していたような合理的な軍事作戦や兵力投入は初期の段階では行われなかった」 「2つ目は、ロシア軍は戦争のための準備をしていなかった。軍事作戦なしにウクライナへの全面侵攻を始めた。そして部隊にも伝えていなかった。下級将校が知ったのはせいぜい前日の夜だったのは明らかだ。兵士に演習だと嘘をついてウクライナに侵攻させた。これは士気に関わる問題だ。多くの兵士が完全に機能する装備を放棄して逃げ出した」
■侵攻4日目にスーパーに買い出しに走ったロシア兵
ロシア軍は、道路網の要衝にある街を押さえて主要都市を孤立させれば作戦は成功すると考え、進軍した。しかしウクライナ軍の猛烈な反撃にあって「ロシア軍は鼻血を流した」とコフマン氏は表現した。ロシア軍は物資を3日分しか準備していなかったため、4日目には兵士がウクライナ各地のスーパーに買い出しに走った。
先陣が先に進みすぎているため、補給が追いつかない。ロシア軍の戦車、装甲車、牽引砲からなる60キロメートル以上の隊列がキエフに向け進軍を始めたものの、燃料や食料、水不足で立ち往生し、ウクライナ軍に狙い撃ちされている。2~3日置きに攻撃を止めて、作戦の立て直しを図らざるを得ないのがロシア軍の実情だ。
プーチンの「願望」に基づいた作戦
ウクライナのセルギー・キスリツァ国連大使は国連総会で、一人のロシアの若い兵士のメッセージを読み上げた。兵士は「まだ演習に出かけているの」と尋ねる母親に「今、私が望む唯一のことは自殺することだ。ママ、僕はウクライナにいる。これは本当の戦争なんだ。怖い、みんなに発砲している。民間人にも」と答えた。
コフマン氏によると、ウクライナ軍に待ち伏せされたロシア軍の将校は自分の部下を見捨てて逃げ出している。兵士は装備を捨て、森の中に逃げ込む。破壊された車両より放棄された車両の方が圧倒的に多く、そのまま放置されている。「嘘をついて戦場に連れてこられた部隊の士気が低いのは当たり前だ」という。 ロシアの法律では徴兵制の兵士(18~27歳の男性全員、1年間)を前線に送り出すことは禁じられている。このためウラジーミル・プーチン露大統領は3月8日、国際女性デーを記念してTV放映されたメッセージで「徴兵制の兵士は敵対行為に参加しておらず、今後も参加しない。予備役の追加招集もない」と強調した。
■プーチン氏の願望に基づいて立てられた作戦
戦争では戦果を過大に、損害を過少に発表する傾向が強いため注意が必要だが、ウクライナ軍参謀本部が毎日、ロシア軍の損害をフェイスブックで更新している。それによると、2月24日から3月7日にかけロシア軍は兵士1万1千人以上と戦車290両、戦闘装甲車999台、大砲117門を失い、航空機46機、ヘリ68機、無人航空機7機を撃墜されたという。
ロシア軍は上級の将軍が命令を出さないと動かない。そのため前線に出た副司令官級の少将らが次々と命を落としている。初期の作戦で航空戦力が動員されなかったのは、主要都市を攻撃してウクライナ国民の反発を招かないためだった。北大西洋条約機構(NATO)を牽制するため航空戦力や精密誘導弾(PGM)を温存しているとの見方もある。
そもそも作戦が軍事戦略ではなく、政治的な思い込みに基づいて立てられたことに問題がある。
「ウクライナは国家ですらない。ロシア軍がキエフに入れば、ナチズムの圧政に苦しむ市民は歓声で迎え入れる。ゼレンスキー政権はすぐ崩壊する」というプーチン氏の願望を前提に作戦は立てられた。
側近中の側近であるセルゲイ・ショイグ露国防相はプーチン氏への忠誠を示すため、荒唐無稽な作戦に同意したとみられる。しかしウクライナ侵攻作戦が最終的に失敗に終わればプーチン氏はスケープゴートを探す必要性に迫られる。ショイグ氏が「戦犯」として真っ先に処分される可能性はかなり高いだろう。
「ロシア軍は巨人でも子供でもない」
コフマン氏は「ロシア軍を過大評価したとの声が多いが、まだわれわれの知らないことがたくさんある。ロシア軍は初期の作戦で航空戦力を使っていない。これまで他の作戦でロシア軍が航空戦力を使うのを見てきた。これだけ大規模の作戦を実施した経験を欠いていたのは間違いない。
しかし、ロシア軍は身長4メートル近い巨人ではないものの、1.2メートルの子供でもない」と慎重な見方を示す。 ロシア軍は適切に組織され戦争の準備を整えさえすれば、持続的な作戦や攻撃を遂行できる。初期作戦の失敗でウクライナ国民の支持を得られるというシナリオが妄想に過ぎないことを思い知らされると、今度は一転して主要都市に対し砲撃や空爆、ミサイル攻撃を始めた。
ロシア軍は、無差別に被害を広げるクラスター弾や「真空爆弾」と呼ばれる人体に致命的な損害を与える燃料気化爆弾も使用している。シリアのような凄まじい破壊を見るのはもはや避けられないだろう。悲しいことだが、それはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とプーチン氏が話し合うきっかけになるかもしれない。
「私はこの戦争がどのように進展しようとも、親露派政権の樹立という政治目標を達成できるとは思わない。軍事的な目的は達成できても、政治目標は達成できない。
ロシアは全面戦争を秘密にしようとしていた。東部ドンバスの特別作戦だと偽って、ウクライナへの全面侵攻を開始した。だから今、この戦争を再ブランド化し、ロシア国民の支持を得ようとしているが、もう遅いだろう」とコフマン氏は言う。
ウクライナ戦争はさらに激化し、血で血を洗う市街戦に発展する恐れが膨らむ。しかしウクライナ軍とウクライナ国民の健闘は称賛に値しよう。
「ウクライナの教訓は非常にシンプルだ。違いをもたらす戦術的な能力を与えるだけでいい。目が飛び出すほど高価でピカピカの装備は必要ない。戦術的な能力を与えれば自国を守ることに熱心な国なら自国をしっかり守れるだろう。簡単に破壊されるような大きくてピカピカの兵器をカタログショッピングで買いたがるのは大きな無駄だ」