『生物はなぜ死ぬのか』著者 最も進化した生物はヒトではなく昆虫!?24時間足らずで脱皮、交尾、産卵して老化するカゲロウから見る<死>の意味
2022年2月10日に発表された「新書大賞2022」。20年12月から21年11月に刊行された1300点以上の新書について、有識者、書店員さん、各社新書編集部などに投票してもらい、見事第2位になったのが『生物はなぜ死ぬのか』です。生物が免れることのできない「死」の意味に正面から向き合った同書は14万部を超えるベストセラーとなり、21年4月の刊行から約1年を経た今も版を重ねています。その本によれば、もっとも進化して複雑化した生物は「昆虫」だそう。同書より“昆虫の死”について解説した部分を特別に掲載いたします。
【図1】動物の系統樹。昆虫は無脊椎動物の枝の頂点に
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◆昆虫は、もっとも進化した生き物?
地球には、名前のついているものだけでも約180万種の生物種が知られています。その半分以上の約97万種は昆虫です。つまり、地球上で最も多様化し繁栄している生物が、昆虫といってもいいのかもしれません。 動物の系統樹(図1)を見ると、無脊椎動物の枝(図1の左の枝)の頂点に位置するのが節足動物であり、昆虫はそこに含まれます。
昆虫の死に方は、「食べられて死ぬタイプ」と「寿命を全うするタイプ」の2通りあります。 しかし同じ節足動物でも、水の中で暮らしているエビやカニ(節足動物甲殻類)に比べると、食べられて死ぬ割合はずっと小さいです。
陸上のさまざまな環境に適応して、例えば高い飛翔能力などを持ち、敵に食べられにくい個体が生き残り、進化したのでしょう。 昆虫の特徴は何と言っても変態することです。そのための準備期間である幼虫の時期の占める割合が長いです。
図2:ヘッケルによる脊椎動物各群の発生過程(『生物はなぜ死ぬのか』より)
◆なぜ昆虫は変態をするのか
ここで少し脱線しますが、なぜ昆虫はこのような変態をするのか、進化の観点から考えてみましょう。エルンスト・ヘッケルというドイツの生物学者が1866年に「反復説」という進化の説を提唱しました(図2)。
この説は「個体発生は系統発生を繰り返す」というもので、例えば哺乳動物の胎児は水かき、えらや尾があり、両生類や爬虫類と似た特徴を持っています。彼の説では、哺乳動物は両生類、爬虫類を経て進化したため、このような特徴を維持しているということです。 私の解釈としては、脊椎動物の体を作り上げていく過程は、母親のお腹の中や、卵の中の「守られた環境」で起こるため選択がかかりにくく、ご先祖様と同じ姿のままでも特段の問題はなかったのでしょう。加えて、初期発生は個体の基本構造を組み立てていく過程なので、変更しにくいところでもあります。
そこで、このヘッケルの反復説を無脊椎動物の昆虫に当てはめると、幼虫は彼らの祖先であるセンチュウのような線形動物的な形態を繰り返しているのでしょう。
さて、昆虫の死に方の話に戻ります。カブトムシを見てもわかりますが、硬い兜かぶとに包まれた成虫に比べると、軟らかいイモムシのような幼虫はかなり無防備です。 土や枯れ木の中に隠れてはいますが、モグラの大好物です。
食べられて死ぬのもこの時期が多いです。成虫は木の上や、枯葉の下などの浅い地中にいるのでカラスやネコに狙われますが、食べられるリスクはずっと低いと思われます。 捕食されるリスクのみならず、幼虫は行動範囲が狭いという点がデメリットです。もし幼虫のまま成虫になれないとすると、近くにいる遺伝的に非常に近い個体との交尾しかできないため、多様性の確保という面ではいまいちです。
◆「幼虫の時期」に秘められた大切な意味とは
そこで、より運動性が高く捕食されにくい硬い体を持った「成虫」になるように進化したのでしょう。つまり交尾のために変態するのです。 それなら変態などというめんどうくさいことをしないで、最初から成虫の形で生まれてくればいいじゃないかと思う方もおられることでしょう。
バッタの仲間はそれに近く、幼虫と成虫が似ていますが、何度も脱皮する必要があり、そのときに動けない時間があるため捕食されるリスクはやはりあります。
一方、カブトムシのような硬い殻(兜)を持つ昆虫(甲虫)が脱皮するのは、現実的に不可能です。そのため、幼虫、蛹さなぎというリスクの高い形態を経る必要があります。それ以外にも幼虫の時期に大切な意味があります。
成虫になってからの食料やメスを奪い合う戦いに勝つためには、大きな体と長いツノが有利です。そのためには、モグラに食べられるリスクはあっても、長期間にわたる幼虫の時期にたくさん食べて体を大きくしておくほうが結果的には正解だったのでしょう。
繰り返しになりますが、進化が生物を作ったのです。たまたまこのような発生過程をもつ生き物が、生き残ってこられたのです。
子供の頃、カブトムシの幼虫の重量感に驚いた経験のある方もおられることと思います。カブトムシや他の昆虫にとって、大きくなれるのは幼虫のときだけなのです。 つまり幼虫の仕事は、食って大きくなることです。
成虫になった昆虫の仕事は、他の生き物同様、生殖です。 同種の異性の個体を探して動き回りますが、そのための運動・闘争能力、フェロモンの探知能力は驚異的に発達しています。例えばトカゲなどの生餌(いきえ)として売られているトルキスタンゴキブリは、100分子以下の超微量のフェロモンも感じ取ることができ、遠く離れた異性を追跡することができます。
これも繰り返しになりますが、いきなりこのような超高感度の検知能力を得たわけではなく、より交尾相手を見つけやすいものが選択されて、結果的にこうなったのです。
◆昆虫の死に方は究極に進化した「プログラムされた死」
多くの昆虫は、交尾の後、役割がすんだと言わんばかりにバタバタと死んでいきます。それまでの活発な行動は嘘だったかのようです。
カゲロウの成虫の寿命はわずか24時間足らずで、脱皮して交尾、産卵のあとは急速に老化し、まるで終了プログラムが起動した機械のように死んでいきます。
なんと彼らには口がありません。ほんのわずかしか生きないので、ものを食べる必要すらないのです。このように成虫の寿命は、子孫を残すためだけに使われるのです。無駄に生きないという意味では、積極的な死に方であり、究極に進化したプログラムされた死と言ってもいいです。
◆最後に著者からのご挨拶 女性だったり、男性だったり、人間だったり。私たちは偶然この世に生まれてきました。そして奇跡的な出会いで、こうして同じ時間を過ごしています。 これはすごく幸せで、楽しいことです。
ただ、生きているもの、自分にも、周りの人にも、やがて死が訪れます。これは必然です。
ではなぜ私たちは死ななければならないのでしょうか? 実はそれには誰もが納得する生物学的な理由があります。
『生物はなぜ死ぬのか』が、やがて訪れる死への恐れをほんの少しでも和らげ、現在の「生」をより意味のあるものにする手助けになれば、この上のない幸せです。
※本稿は、『生物はなぜ死ぬのか』(講談社)の一部を再編集したものです。