印象に残っている出来事を時系列に沿って書いている。
2000年9月某日・・・
オリエント治療院を開業して2ヶ月以上経っていた。
オープニングスタッフのジャキット氏は1ヶ月ほど経った時、辞めたいと言ってきた。
理由はマッサージ師をやることをご両親があまり良く思っていないとのことだ。
確かに大学まで出した息子がマッサージ師になるなんて・・・・この辺の事情は日本とは全く違う。
日本では大卒のマッサージ師なんかいくらでもいるが、タイでは珍しいというかまず居ないだろう。
マッサージ=売春と混同されていることもある・・・・そのような店が多いのだから仕方が無い。
実際に・・・この頃から数年後だが、常連のタイ人のお客様がマッサージを受けている時に
その奥様が店に乗り込んできたことがあった。
「うちの旦那がしょっちゅう来てるみたいだけど、旦那に会わせて!」
何もやましいことはないので、部屋まで案内した。
施術中の様子を一目見ていただき、その奥様にも安心して頂けたようだ。
お帰りの時は何か安堵したような恥ずかしいような表情をされていた。
話が逸れたが・・・・・・そういうわけで、ジャキット氏が辞めてしまいスタッフはヌイさんだけとなってしまった。
俺は相変わらず忙しかったから、こんな状況でもやっていけた。
そんなある日・・・・
電話が鳴る。
「キティポンと申します・・・・キティちゃんじゃないですよ、、、ヘヘヘ」
電話での第一印象は、何だ?この怪しいタイ人!・・だった。
話を聞くと・・・この治療院のことを知り合いの日本人から聞いたとのこと。
日本ヘレンケラー財団の奨学生として日本の鍼灸学校に留学したとのことだ。
大阪の学校で学び鍼灸マッサージ師の国家試験にも合格しタイに帰ってきてからはタイの盲学校で教員をしているそうだ。
記憶が曖昧だが・・・・学校が休みの土曜日曜に仕事をさせて欲しいということだったと思う。
早速、その週に来てもらった。
直接会って話をすると日本語はかなり流暢だ。
日本語検定1級取得しているとのことだ。
鍼灸マッサージ師の資格は俺と同時期に取得したらしい。
早速、土日のみ来てもらうことになった・・・・・
これがキティポン氏と出会ったときの話だ。
キティポン氏は昨年訪タイした時にYAOさんから聞いた話では、もう店には来ていないらしい。
土日仕事をすると疲れて本業の盲学校の仕事に差し支えるからとのことだった。
・・・・・歳だからな。
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