1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。及ばざるは、過ぎたるより、勝れり。

2023-01-17 13:50:23 | 法話
法話の読者達が時折「SNSに投稿出来ない話って、ありますか」と問い掛けをしてきます。対し、拙僧「結構にあるよ。投稿したら、間違いなく炎上する様な話が。炎上する様な話は、語句の1つ1つを拾っても危ない物ばかり。だけど、そんな話の方が間違いなく面白いし、教訓も沢山あるんだよね。檀家さんや知人の中にも『私が死んだら、本やSNS に書いてもいいよ』と許可を得ている話も幾つかあります。実に面白い話。その人より拙僧の方が長生き出来たら、の話だが。世に出るかどうかは、その人達との長生きが勝負。そういえば『太閤(秀吉公)とは、長生きが勝負』と言っていた家康公の教訓『人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望み起こらば、困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くる事を知らざれば、害その身にいたる。己を責めて、人を責めるな。及ばざるは、過ぎたるより勝れり』は、今でも日本人にとっては、良き教訓かな。

更に、読者達が「そんな炎上必至話は、封印してるんですか」と。「してないよ。1対1の相談を受けた時に、例題として使ったり、お寺の法要の時に使ったり、講演会の講師で呼ばれた時に使ったり、と。そういう場所では、活字や録音で残らないから、切り取られて、好き勝手に演出されて、別の話にならないでしょ。思う存分、話をしてるよ」「会場で文句や非難は出ないの」「全く出ないよ。SNSの『陰口言いたい放題』と違って、皆、面と向かって話を聞いている状況でしょ。余程の意見(建設的意見を含んだ)を持たない限り、参加者は軽々な言葉は発せないよね。発した途端に、他の参加者から『何言ってんだ。読解力はないのか』と白い目で見られ、超恥ずかしい思いを大衆の面前でする事になるからね。神妙な顔して皆、聞いてるよ。結局、炎上話というは、人がやったリアルな体験話でしょ。いつ、自分に降り掛かってくるかわからん内容だもんね。皆、興味津々で聞いておられるよ」と。

更に、読者達に「昨今、世の中は『コンプライアンス』が超過激時代になり、1人1人の主観が無造作に飛び交い、自分の考えと違う意見が出ようもんなら、陰口のツール(SNS)を使って、言いたい放題。その大半が自分の心の中で、処理出来る物、折り合える物、ばかりなのに。これって、損をしてるよね。非常に面白い話(昨今の世相の流れでは、炎上必至話)が、聞けない状況(社会)を自分らで作り上げて。恐らく世の中には『これ、面白い話なんだが、煩い連中がいるから、話しをするは、やめとくか』と、封印している人達が山ほど、おられるのではないかな。日本は今、どこを向いても、自分達で自分達の手足を縛って、動けなくしている状況。国(政治)も、国民の顔色ばかりを気にして、やらなきゃならん議題(憲法改正を含)が停滞状態に。何かあってからでは遅いのだが」「ねえ、住職。1つでもいいから、その炎上話とやらを、聞かせてくれないかな」と。「そうね、じゃ、軽めのやつを」と。

読者に「これは、40年以上前の話。当事者も年齢的に、もうこの世にはおられないだろうから、まあ、いいかな。拙僧が学生時代にバイト先で縁あった、金貸業の方々から聞いた話。その人達が『水は、高い所から低い所へと流れていくが、お金は、低い所から高い所へと流れていく。利子の低い銀行から借りて、それが滞って、サラ金へ。それが更に滞って、高利の闇金へと。結局、お金にルーズな人間達が、わしらの所へやって来る。そういう連中は時間が経てば、借りとる事すら忘れよる。よって、最後の最後は、痛い思いをしてもらって、保険金か慰謝料で回収する。娘がいたら、風俗で泣いてもらう。人間は裸で生まれて来たんだ。やり直させるには、丸裸にしてやるが、1番てっとり早い』と言われていたよね。現在の金貸業の事情は拙僧、あまり知らないが、当時の拙僧の知る金貸業のその人達は、結構、温情があった印象がある。この様な話を、お金にルーズで、サラ金に手を出し続ける、檀家、知人に、話して聞かせる事が、今でも頻繁にある。ここでは、君ら(SNS)に生々しい話は出来ないが、お金をなめたら、大変な事になるという事だけは。この様に、世の中を甘く見てる姿勢もまた、この国の『平和ボケの1場面かな』と、感じる事が多々ある様な気がする」と読者達に。

【追伸】
前回、1月20日に法話を投稿、と言っておりましたが、明日は仕事の事情で投稿出来そうにないので、今日、投稿させて頂きました。次回は、1月25日に投稿させて頂きます。また、今日の投稿写真は、誰が書かれたかは知りませんが、受け取り方によっては、考えさせられる風刺画ですよね。批判(反発)の目で見るか、平和ボケの戒めとして見るか、は、人それぞれにて。