城台山日記

 城台山の麓で生まれ、毎日この山に登り、野菜・花づくり、読書、山登りをこよなく愛する年寄りの感動と失敗の生活日記です。

忘れることの効用とは 20.7.12

2020-07-11 19:21:46 | 面白い本はないか
 雨が降り続き、屋外での活動がほとんどできない。「おじさん殺すにゃ刃物はいらない、雨の三日も降ればいい」という格言をご存じだと思う。もちろん、おじさんは大工とか船頭に置き換えられる。幸いなことに読書が趣味なので、そういう事態にはならないが、時間がありすぎても充実した読書はできない。むしろ、時間がないときこそ難しい本も読めるような気がする。
 さて、県図書館で借りた本で久しぶりに目から鱗という本に出会った。飯田芳弘著「忘却する戦後ヨーロッパ」。このドイツ政治史を専門とする著者がスペインの政治史ー内戦時代(今日経新聞で「太陽の門」という内戦時代の小説が掲載されている)からフランコ独裁そして民主体制」への変遷の中で、フランコ独裁から民主化へスムーズに体制変換ができた理由の一つに過去の忘却そして恩赦ということに気づいたことにある。スペインの政治家あるいは国民は再び内戦という国民が互いに戦うという歴史を繰り返さないために、内戦時代、独裁体制下の反体制派に対する弾圧の歴史を意図的に忘れることにした。このことに著者は注目し、スペインばかりでなくフランス、イタリアそして旧東欧諸国の戦後の歴史を「過去の忘却」という観点から比較検討した。

 ギボウシ この時期山でよく見かける

 フランスは第二次大戦の戦勝国であるが、ナチへの協力(ヴィシー政権)をできるだけ極小化し、レジタンス運動中でもドゴールの功績を大きくした。イタリアは、途中まで枢軸国側で戦い、途中から連合国側で戦った。戦後自国が有利になるよう、ドイツに騙されたとかファシズムへの協力を最小化(すなわちムツソリーニに全ての罪を負わせる。ドイツでも同様なことが行われた。すなわちナチに全ての罪をかぶせるような言動を作り出した。)し、レジスタンス運動を過度に評価する。 しかし、スペインにおいても2007年「歴史記憶法」が制定され、忘却の政治の見直し、フランコ体制の犠牲者の把握や補償の問題の検討がなされつつある(ある程度時間が経たないと、すなわち関係者がいなくならないとできないとも言える)。

 シモツケ

 この本を読みながら、日本のことを考えた。日本だけではなくヨーロッパ各国でさえ都合の悪い歴史は忘れるのだと思う一方で、その忘却と日本の忘却は少し違うような気もしてきた。すなわち、政治の場において忘却ということについて十分な議論が行われた形跡がないことである。日本の場合、戦後も官僚制あるいは政治家なども大きくは変わらなかった。これでは自分たちに都合の悪いことはすべて隠しておくことになるのは当然だろう。したがって、戦争責任問題や慰安婦問題で自国の中から問題提起することは難しく、対外圧力といういかにも情けない力でしかその責任を認めることはできないように思われる。東京裁判などもいずれ忘れられるだろう。また、アメリカや中国と戦争したことも忘れられてしまうだろう。また、歴代大統領の訴追が日常化しているお隣の国は、一方で「忘却」ということの効用を知らないのかもしれない。一時的な政治家や民衆のルサンチマンにより、国益がうしなわれてしまっているのではないかと嫌韓ではないおじさんは思うのだが。
 
 アガパンサス

 皆さんご存じの若者、古市憲寿著「誰も戦争をおしえてくれなかった」から。今から7年前の本、かれも今や35歳前後(昔だったら中年、今だとまだ若者?)。彼によると日本は戦争についての「大きな記憶」が確定していない。もちろん東京裁判、歴代首相のお詫び、河野談話、村山談話などでの「日本は侵略戦争をして、アジア諸国に多大な迷惑を掛けた」というのはあるが、一方でこれに反するような言動や行動を公人である政治家たちさえ自ら行う。大きな記憶が確定していないから、歴史認識をめぐる事件が延々と生まれ続ける。こうした理由からか日本にはきちんとした「戦争博物館」ができない。

 クレマチス白万重

 また、こうも考えた。過去の忘却が存在する限り、書かれる歴史には、ある特定の歴史に全く触れないか、真実とはかけ離れた歴史が書かれる可能性が高くなるということになる。ある歴史はブラックボックスにように一般の国民には知ることができないことになる。日本の場合、大きな記憶を確定しにくいのはアジア太平洋戦争をめぐる解釈の違いということがある。しかし、ヨーロッパの難しさに比べればそれほど難しくないとも思える。日本もかりにEUに加盟することになれば南京虐殺などを否定する(EUの場合はホロコースト)ことはできなくなり、ある意味東京裁判史観に沿った歴史が確定するかもしれない(これは旧ユーゴスラビア諸国のEU加盟時にあったこと)。

 少し柄にもなく難しい話を書いてしまった。エンディングまで読む人は少ないと思うが、今日は美化デーで地元の神社の清掃を行い、その後3日ぶりに城台山に登ってきた。

 久しぶりの青空も見える一心寺 

 

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