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英語と書評 de 海馬之玄関

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渡辺明永世竜王誕生に思う「定跡」と「人格」の弁証法的交錯

2009年01月25日 11時03分09秒 | 日々感じたこととか


2008年12月18日、将棋の最高位タイトル「竜王」戦第7局:deciding Game 7。渡辺明竜王が挑戦者の羽生善治名人(棋聖・王座・王将)を降し竜王戦5連覇を達成。これにより渡辺竜王は史上初めて永世竜王の有資格者となりました。渡辺竜王は1984年、東京都葛飾区生まれ。Topの画像はKABUが仕事で通りかかったJR駒込駅近辺で偶然見かけたもの。渡辺竜王の母校「聖学院」のオフィスの一つと思しきビルに吊るされていた幟です。

連続5期(渡辺)か通産7期(羽生)で与えられる「永世竜王」の名誉が両対局者ともにかかった今期の竜王戦。今期の竜王戦全7局を通じて私が興味を持ったのは「永世竜王」を巡るヒューマンな側面です。もちろん、将棋の素人の私にはそれを判定する棋力はありませんけれども、強い強い、それこそ鬼より強いと称された髭の元名人升田幸三より多分強い羽生名人も、他方、竜王戦開始時点でその羽生名人に5勝6敗とほぼ互角の戦績を残している稀有の棋士の一人だった渡辺竜王も「今期の七番勝負はプロ的に見ると、いい内容の将棋は少なかった」「特に第7局は振り返ってみれば互いに悪手の多い将棋でした」、しかし、それがゆえに「ファンの方には二転三転の熱戦が楽しめたのではないか」そして「それだけ2人にとって懸かっていたものが大きかったという証だった」(橋本崇載七段・『週刊将棋』2009年1月21日号)という状況だったらしい。

例えば、羽生三連勝で早くも竜王位と永世竜王に文字通り王手がかかった第4局は終盤まで素人目には「羽生必勝形」(通常、将棋の形勢判断は、「互角<指しやすい<優勢<勝勢<必勝形<勝ち」と表現しますが、第4局はプロの目にも少なくとも「羽生勝勢」で間違いなかったらしい。)からのまさかの大逆転劇。「永世竜王ゲット!」となればプロ将棋界の全7タイトルで「永世称号」有資格者となる所謂「永世七冠」がかかっていたとあっては歴戦の大豪羽生名人もなかなか平常心を保つことは難しかったのか。他方、強い強い羽生世代の強豪、森内俊之・佐藤康光の両元名人を竜王戦で三度撃破してきた羽生世代キラーの渡辺竜王も自身の「永世位」とともに羽生名人の「永世七冠」に対する世間の注目の高さの前にはこれまたなかなか平常心を保つことは難しかったのだと思います。

実際、渡辺竜王は上で紹介したのと同じ号の『週刊将棋』に掲載されているインタビューで、今期の「竜王戦は多くのメディアが詰め掛けましたね。羽生挑戦者に永世七冠が懸かっていたこともあり、第7局終局後は多くの報道陣が対局室になだれ込んだと聞きます」という質問に対して、今までの竜王戦に比べて「とにかくすごい熱気だった。やはり羽生さんの知名度はすごいなと改めて感じました。普通はあそこまで取材には来ないですから」、と答えているのですから。

当たり前のことですが将棋は人間が行なう競技である。而して、いささか希望的観測気味に先回りして結論を述べれば、将棋の世界も再度「定跡」の時代から「人間力」や「人格」がその勝敗を左右する時代に回帰しつつあるのかもしれません。今期21期竜王戦を通じて私はそんなことを考えました。尚、将棋の世界を巡っては下記拙稿およびタイトル保持者一覧をご一読いただければと思います。それこそ羽生名人やその羽生世代の活躍によってTVでも時々取り上げられるようになったとはいえプロ将棋の世界はまだどちらかと言えばマイナーな世界でしょうから。

・女流プロ将棋界の独立に暗雲
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/1900745dc101a8114eac067703c745bd

・将棋のタイトル在位者一覧 (2)
 http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/%8F%AB%8A%FB%82%CC%83%5E%83C%83g%83%8B%8D%DD%88%CA%8E%D2%88%EA%97%97_%282%29/

定跡か人格か。しかし、将棋が最終的には「制限時間内にアウトプットされた技量の優劣」を競うゲームである限りこれらは二者択一的なものではありえません。定跡も人格も重要である。このことは棋士の個性、すなわち、生き方や哲学が濃厚に漂っていた戦前や戦後も高度経済成長期までの将棋界、例えば、木村義雄永世名人・塚田正夫名誉十段・升田幸三実力制第四代名人・大山康晴永世名人も各々その日頃の研究に裏付けられた技量のゆえに歴史に名を残す強豪足りえたのであり、他方、定跡の権化の如き、森下卓九段・藤井猛九段・丸山忠久元名人も「定跡」を追求し続ける「人間力」があればこそこの情報化の時代(=情報消費が加速してとどまることを知らない時代)に20年近くTopクラスの棋士として活躍していられるのだと思います。

けれども、今年から数年の内に40歳になる羽生世代。羽生善治名人・森内俊之元名人・佐藤康光元名人・郷田真隆九段・藤井猛九段・丸山忠久元名人・先崎学八段・深浦康市九段という羽生世代が、羽生世代前後の「定跡開発時代」の空気を呼吸しつつ技量の研鑽と人格の練磨薫陶に励まざるを得なかったのも事実でしょう。1990年代初頭までの数年間、無敵の様相を呈していた谷川浩司元名人が無冠に陥り、他方逆に谷川元名人の更に上の世代に属する米長邦雄九段が1993年度に名人位を獲得できたのも当時の「序盤定跡研究」に対する谷川元名人の対応の遅れと米長元名人のキャッチアップの結果であるとしばしば語られることですが、而して、これら谷川・米長シンドロームの実体は羽生世代前後の手によって1980年代後半から1990年代を通して急速に進んだ「序盤定跡」の研究とその常識化があったと言えるだろうからです。

蓋し、「定跡」が「常識」となればその情報価値はゼロになる。畢竟、定跡開発が一段落した段階では情報の非対象性が将棋の勝敗を決する状況は少なくなるということ。而して、1990年代後半時点では、プロ将棋では(1局の平均手数150手の内)「序盤の50手は定跡研究により両対局者の指す手はほぼ決まっており、終盤の50手も詰みに向けたプロ棋士の寄せの技量をもってすればほぼ道なりに推移する。よって、プロ棋士の腕の見せ所は中盤の50手前後、双方25手ずつしかない」(島朗九段)とさえ言われていた「定跡優位」の時代が、定跡開発の昂進とその定跡の常識化によって終わりを迎えつつあるのかもしれない。今期の竜王戦の棋譜を並べてそう感じた素人の予感も満更荒唐無稽なものではないとすれば、そこには定跡を巡る将棋の弁証法的発展ともいうべき現象があると言えるかもしれません。

繰り返しになりますが、定跡開発の昂進が原因となり定跡優位の時代が終焉を迎える現象。社会思想の領域に例を取って敷衍すれば、「疎外」「物象化」「物神性」「商品の価値形態と貨幣の成立」「剰余価値」を鍵概念とした所謂「科学的社会主義」という名の「イデオロギー的嵌め手」の威力をロシア革命からの半世紀に亘って欲しいままに享受してきたマルクス主義も、それらの論理のパーツが左右-保革を問わず常識化することによって(所謂「労働価値説」の誤謬や所謂「史的唯物論」の無根拠性を曝け出しつつ、1989年-1991年の社会主義崩壊に先立つ遅くとも20年前には)社会思想の領域での影響力を失っていたのと同様の事態が現下の将棋の世界でも起こっているのではないか。

あるいは、現存するおそらく唯一の科学方法論である分析哲学と現代解釈学もその知見が(その一見おどろおどろしい論理学を援用した表現を乗り越えて)これまた左右-保革を問わず理解され常識化されるや否や社会思想の領域の共有財産となり、例えば、新カント派や構造主義や現象学との併用、更には、(マルクス・エンゲルスの原典の文献学的の理解からは贔屓の引き倒しに近い暴挙と言わざるを得ないと私には思われるのですが)マルクスを「関係主義的に読み替える」アルセチュールや廣松渉や柄谷行人の如きマルクス主義と分析哲学・現代解釈学とのハイブリッドも20世紀の最後の20年間以降珍しくなくなったのと同様に、定跡開発の昂進が進み定跡が常識化することで逆に定跡優位の時代が終焉を迎え論者の個性、想像力や創造力がその作品形成においてより大きな比重を占める現象は寧ろ人類の知の発展の歴史においては常態というべき事柄ではないか。と、そう私は考えるのです。尚、ここで触れたマルクス主義の常識化に起因する衰退の弁証法、および、「哲学と将棋のアナロジー」や「文化としての哲学」に関しては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

・哲学と将棋のアナロジー遊び
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-90.html

・哲学と地ビールと
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-92.html

・完全攻略夫婦別姓論-マルクス主義フェミニズムの構造と射程(上)~(下)
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-398.html

・帝国とアメリカと日本
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-164.html


囲碁や将棋の棋譜は、カール・ポパーが"Objective Knowledge,"Oxford Univesity Press,1972(『客観的知識』森博訳・木鐸社・1974)で彫琢を重ねた用語を借りれば(客観的な外界である「世界Ⅰ」、主観的内面の領域たる「世界Ⅱ」に対して、人間が創った公共的な諸作品によって形成される)「世界Ⅲ」の典型的な要素といえるでしょう(カール・ポパーに関しは下記を参照いただければと思います)。

・日本ポパー哲学研究会総合メニュー
 http://www.law.keio.ac.jp/~popper/popperindex-j.html

・ポパー:その人と業績
 http://www.law.keio.ac.jp/~popper/popper-j.html

而して、周期的な氷河期の到来、あるいは、マルクスが『資本論』を書いた頃に観察されていたほぼ10年単位の恐慌の到来のように「世界Ⅲ」としての将棋の棋譜に及ぼされる序盤定跡研究のブームもまたこれからも繰り返されるのでしょう。けれども、その序盤定跡研究のブームは「世界Ⅱ」たる定跡研究に寄せる棋士の熱い思いを動因としながらも、定跡の常識化が一定程度普及した局面では、「世界Ⅰ」たるプロ将棋界の現実的な様相色彩動向の中では退潮するのではないか。これが私の現在の所の取り敢えずの結論です。

同じプロ棋士の中にもその華麗な美しさにファンの多い(他のTop級棋士が気づく3手から5手前の時点で詰み筋を発見して最後は手許に1歩も余さず最短距離で詰めあげる)谷川元名人の「光速の寄せ」。愚直なまでに得意戦法を貫く藤井九段(四間飛車)や丸山元名人(角換わり戦法・横歩取り8五飛車戦法)の姿勢、そして、ある意味究極の愚直とも言うべき羽生名人の「得意・不得意戦法なしの全天候型棋風」や佐藤元名人の「相手の得意戦法を必ず受けて立つ美意識」は「定跡」全盛時代においても棋士の「人格」を通して将棋の魅力を感じさせるものだった。而して、今年2009年からの数年間は「定跡」よりも「人格」が「世界Ⅲ」としての棋譜により大きな比重を占める将棋ファンとしても見応えのある状況になるのかもしれない。そう私は期待しています。



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