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▼福島の子どもと被ばく「出産に影響はない」
“ネットでしか“話題にならない重要報告
「福島原発事故による公衆への健康リスクは極めて小さいといった予測結果」がまとまって紹介されている。
科学者たちが積み上げたデータ
不安が根強い、胎児への影響については、実証されたデータを取り上げている。引用しよう。
「福島原発事故から一年後には、福島県の県民健康調査の結果が取りまとめられ、福島県の妊婦の流産や中絶は福島第1原発事故の前後で増減していないことが確認された」
「そして死産、早産、低出生時体重及び先天性異常の発生率に事故の影響が見られないことが証明された」
報告ではデータで明らかになっていることを並べて、専門家の認識をこう紹介する。
「『胎児影響』に関しては、上記のような実証的結果を得て、科学的には決着がついたと認識されている」
健康影響で比較されることが多かったチェルノブイリ原発事故についても、事実をもとに、こう指摘する。
「福島県の県民健康調査によると、比較的被ばく線量が高いと予測された川俣 町(山木屋地区)、浪江町、飯舘村住民(放射線業務従事経験者を除く)の調査結果では、合計9747人の約95%、9歳以下の748 人の99%が5mSv未満であった」
これは「ベラルーシやウクライナの避難者集団の平均被ばく線量と比べるとはるかに低い」というのが事実だ。
福島県内で子どもを対象に検査されている、甲状腺がんついてはどうか。こんな議論が紹介されている。
「今まで検査が施行されたことが ない対象者・地域に、初めて精度管理された超音波画像診断が導入されたことによるいわゆる“スクリーニング効果”であると考えられている」
「事実、UNSCEAR や IAEAの福島報告書からも被ばく線量の低さから、放射線の影響は想定されていない」
課題として挙げられているのは、データが揃ってから先、つまり「伝え方」であり、コミュニケーションの問題だ。
「地域に密着したニーズ対応ときめ細かいリスクコミュニケーションを実践することが重要である」
つまり、科学的に積み上げられたデータそのものへの疑義はないのだ。
まず、この報告は早野さんが積み上げてきたデータ、実測に基づく見解と一致しているのかどうか。
《僕が直接関わってきたのは、放射性セシウム由来の内部被ばくと外部被ばくの調査です。
前者はほとんど無視できる値でしかなく、後者は日本や世界各地の自然放射線量と比較して大差ないことをいくつかの論文で明らかにしてきました。
学術会議の報告ではこのようなことが述べられています。
1:食品中の放射性セシウムから人が受ける放射線量は、現行基準値の設定根拠である1mSvの1%以下であり、極めて低いことが明らかとなっている。
2:空間線量率から推計された追加線量よりも 個人線量計での計測値が少ない。
またUNSCEAR(国連科学委員会)の「放射性セシウムによる低線量・低線量率の被ばくでは、将来のがん統計に有意な変化はみられないだろう」という予測も引用しています。
これまでの6年半に蓄積された実測データ等に基づき、しっかりとした報告になっていると評価できます。》
現場で奔走してきた、早野さんの目から見ても評価するポイントの多い報告だという。では、この中で特に大事な点はどこか。
《この報告は【「子どもの」放射線被ばくの影響と今後の課題】というタイトルにも表れているように、子どもへの影響に特化してまとめたことに特徴があります。
報告書の冒頭に「単に放射能不安や恐怖だけではなく、この「子ども」を守るための自衛手段が随所に垣間見られる」と明記されています。
その通りで、福島の抱える困難な問題の多くは、放射線そのものというよりも、子どもを守らんがための社会的心理的なものが根底にあることが、正しく捉えられていると思います。》
さらに、続ける。
《この報告が「子どもの放射線被ばくによる健康影響に関する科学的根拠」にとどまっていないことも重要です。
「福島原発事故による子どもの健康影響に関する社会の認識」というセクションを設け、国際機関、国、県、などが発表してきた公式見解「以外」にどういう見解や説があるのか、その代表的なものを論じています。
胎児影響はなんの心配もする必要はないし、「科学的には決着がついた」と専門家は認識していても、ネット上では依然として、奇形や、子どもが産めない、といった言説が飛び交っています。》
報告書には、こんな指摘がある。
「福島原発事故後、主にはソーシャルメディアを介して、チェルノブイリ原発事故の再来とか、チェルノブイリや福島で観察されたものとして、動植物の奇形に関するさまざまな流言飛語レベルの情報が発信・拡散され、「次世代への影響」に関する不安を増幅する悪影響をもたらした」
《報告書では、実際に県民健康調査で「回答者の約半分が『次世代への影響の可能性が高い』と答えている」と記すなど、この問題が深刻であることがきちんと書かれています。ここも大事なことです。》
明確な根拠がないまま、人々を脅すような言説もなくならない。報告書では、こうした言説の問題点も指摘されている。
そして、この報告はほとんど報道されなかった……
ところが、である。報告書の報道は、限定的なものにとどまっている。
地元紙、全国紙の県版など一部のメディアが報じただけで、例えばヤフーニュースで検索をしても、この件を報じたニュースは1本しかでてこない。
ニュースとしては専門家がみても重要なのに、まだ一部でしか報じられていないのが現状だ。
早野さんは、ここに大きな問題意識を持っている。
《僕の知るところ、これを大きく報じているのは全国紙の福島県版、福島民友と福島民報など、福島県内のメディアが中心です。
テレビキー局なども、大きく報じる動きはなさそうです。
全国紙も「福島が危ないかもしれない」というニュースは、大きく取り上げてきていたのに、多分野の研究者が集い、丁寧に検討されてきた基本的かつ重要な報告を全く取り上げないのはなぜでしょうか?
僕には非常に疑問です。》
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▼福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん
大事なポイントはここ。2巡目の検査で「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供は68人の中に、1巡目の検査で「A判定」とされた子供62人が含まれているということだ。
62人のうち31人は、「A1」で結節やのう胞を全く認めなかった。全くの正常と言っていい。「A2」は、結節5.0㎜以下、甲状腺のう胞 20.0㎜以下のごく小さな良性のものである。
甲状腺がんの発育は一般的にはゆっくりである。これが1~3年くらいの短期間に、甲状腺がんになったことは、どうしてもふに落ちない。
被ばく影響、科学界の結論
<坂村健の目>
https://mainichi.jp/articles/20170921/ddm/016/070/003000c
毎日新聞2017年9月21日 東京朝刊
今月1日に日本学術会議から「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」という報告書が発表された。日本学術会議は我が国の人文・社会科学から理学・工学までの全分野の代表者からなる、いわば「学者の国会」。政府に対する政策提言から世論啓発までを役割としている。
報告書が対象としている東京電力福島第1原発事故については、既に多くの論文や調査結果などが蓄積されている。国連科学委員会の報告でも、放射能由来の公衆の健康リスクについて「今後もがんが自然発生率と識別可能なレベルで増加することは考えられない」と結論が出ている。
学術会議の報告でも、被ばく量はチェルノブイリ原発事故よりはるかに小さいという評価が改めて示されているが、特に不安の多い子どもへの影響に焦点を絞っている点が重要だ。「福島第1原発事故による胎児への影響はない」としており「上記のような実証的結果を得て、科学的には決着がついたと認識されている」とまで書いている。
報告書を読むと、不安論者のよりどころとなる内部被ばくから、福島での甲状腺がん検査の評価まで、考えられそうなポイントはすべて丁寧に押さえている。
その意味で、この報告書はいわば、事故後6年たっての科学界からの「結論」。これを覆すつもりなら、同量のデータと検討の努力を積み重ねた反論が必要だ。一部の専門家といわれる人に、いまだに「フクシマ」などという差別的な表記とともに、単に感覚にすぎない「理論」で不安をあおる人がいるが、そういう説はもはや単なる「デマ」として切って捨てるべき段階に来ている。
マスコミにも課題がある。不安をあおる言説を、両論併記の片方に置くような論評がいまだにあるが、データの足りなかった初期段階ならいざ知らず、今それをするのは、健康問題を語るときに「呪術」と「医術」を両論併記するようなもの、と思ったほうがいい。
そういう転換点になりうる重要な報告なのに、毎日新聞を含めて報道の少なさはなんだろう。この報告書を、本コラムを読んで初めて知ったという読者も多いと思う。それも当然で、新聞でいえば、福島の地方紙以外は全国紙の福島版とデジタル版で一部報道された程度。子どもに焦点を当てたという点でも十分に「ニュース性」があるのに、だ。ネットでは、この報道の少なさに違和感を覚えるという多くの書き込みがされている。
この報告の題名に「今後の課題」とあるのは、既に決着のついた科学分野についてではない。科学的には結論が出ても無くならない不安、さらにそれをあおろうとする言説だ。「子どもが産めないの?」という不安を福島の子どもたちに抱かせないようにするため、学術会議の「結論」をどう広く伝えるかが「課題」。マスコミができることは、もっとあるはずだ。(東洋大INIAD学部長)