遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『メルトダウン 放射能放出はこうして起こった』 田辺文也 岩波書店

2013-03-07 14:44:43 | レビュー
 本書はそのタイトルどおり、福島第一原発の3つの原子炉におけるメルトダウンのプロセスに焦点をあて、それぞれの放射能放出プロセスについて著者の見解を明らかにしたものである。「まえがき」に著者自身が本書の目的を明記する。
 「原発外部で観測される放射性物質とその空間放射線量と、簡単な手計算で事態が推測できるものの、なぜ東電や保安院はそのことをひた隠しにし続けたのか。今では誰でも認めざるをえなくなっているメルトダウンはどのようにして起きたのかを明らかにしたい」そのための方法として、著者は公開されているすべての事故調査報告書と観測データという限られた情報に基づき、著者自身の設定した簡単なシミュレーション計算とデータ分析による推論を本書で行ったのだ。巻末の付録2「自力分析のすすめ」に、著者が行った計算方法と分析を開示している。シミュレーション計算がどのような考え方で行われたのかが理解できる。つまり、同様の発想でアメリカをはじめ主要各国の研究機関、調査機関は東電や保安院がどう否定し誤魔化そうとも、メルトダウンの推論を確実に行っていただろうということが、併せて推定できる。蚊帳の外に置かれていたのは、日本の我々一般市民だったのだ。

 まず、著者のプロフィールを奥書から要約しておこう。1945年北海道生まれ。京都大学大学院で原子核工学を専攻した工学博士。1975年に日本原子力研究所入所、その後日本原子力研究開発機構上級研究主席などを勤めた後、退職し、社会技術システム安全研究所を主宰するという。原子力ムラの中で研究に携わってきた経験の持ち主だ。スリーマイル島事故の進展プロセス解析、JCO臨界事故の原因分析などに従事と記されているので、まさに本書は著者の長年の研究を基盤にしたものであり、専門家の見解ということになる。
 本書の構成を「目次」のままにご紹介しよう。
第Ⅰ部 総論 - メルトダウンはなぜ、どのように起きたか。
 1 福島第一原発と地震・津波の影響
 2 炉心溶融事故の進展と放射能放出
 3 東電の事故対策は適切だったか
 4 福島第一原発はなぜ起きたのか
第Ⅱ部 詳論 - 放射能放出はどのように起きたか
 5 2号機で何が起きていたのか
 6 福島第一原発の放射能放出はどうなっていたか
この本文に「まえがき、参考文献、あとがき」が付されている。そして、
 付録1 社会技術システムの安全管理
 付録2 自力分析のすすめ
が掲載されている。

 第1章では福島第一原発の原子力発電のしくみ、原発建屋と原子炉の構造及び地震・津波来襲時の要点がまずアウトラインとして押さえられている。

 第2章では、3つの原発の状況が違うので、1号機、3号機、2号機の順番でそのふるまいと放射線放出状況が詳細に検討される。「崩壊熱除去に最小限必要な注水率と実際の注水率の比較」グラフ、原発敷地内及び近隣地域の空間放射線量率グラフ、格納容器放射線量率のグラフ、「炉心物質平均温度(露出部分)の時間変化(筆者の簡易モデル計算による推定)」グラフなど、時間軸に沿った変化図を使いながらの詳述であり、そのプロセスがわかりやすい。

 第3章では、東電の事故対応の適切性について、著者の見解が論じられている。
 事故運転操作の手順書には、「炉心損傷前に参照すべき徴候ベース手順書」と「炉心損傷後に参照すべきシビアアクシデント手順書」の2種類があるようだ。著者は1号機について、「徴候ベース手順書を参照しなかった可能性が高い」(p57)と推論する。3号機では、「急速減圧」手順の実行(p58)がなされていたら炉心溶融を防げた可能性が高いと言う。2号機についても、「徴候ベース手順書を参照しなかったと思われる」(p60)と分析している。「これら、東電および保安院の対応は、炉心損傷前の参照すべき徴候ベース事故時運転操作手順書の記載手順と矛盾しているとともに、事故対応として事態を悪化させる働きをしたと考えられる」(p62)と結論づける。

 第4章では、事故がなぜ起きたのかの分析である。著者は6つの観点を指摘する。
1)津波への備えの欠如、2)全交流電源喪失事故への備えの欠如、3)シビアアクシデントへの備えの不十分さ、4)深層防護戦略の強化に関する不作為、5)安全規制の問題、6)リスク顕在化の切迫感の欠如、である。詳細分析は本書をお読み願いたい。なすべき事がなされていなかったことがこの一連の原発事故を招いたのだ。想定外の事故ではなく、想定を無視した結果の事故というしかないように感じる。「人命軽視・安全軽視の対応に終始してきた」(p79)罪が追及されるべきではないだろうか。今まで読み継いできた関連書籍や本書を読み、やはりこの事故は備えの強化を怠った東電と保安院の馴れ合いが引き起こした人災なのだという思いを強めた。
 「深層防護戦略」はIAEAが1996年に5つのレベルとして報告書を公刊したものだという。日本再建イニシアティブが発表した『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』にも、p34~36にこの考え方について触れている。本書p72には、その概要が表形式で掲載されていもいる。この深層防護戦略は現在の他の原発ではどこまで強化されているのだろうか。気になるところである。フクシマ同様の不作為がありはしないか。

 第5章以下は第Ⅱ部であり、放射能放出の詳論である。
 第5章では、2号機原子炉のふるまいについて、巨大地震発生から炉心完全露出までの時々刻々と推移する状況を著者がまず報告書やデータを踏まえて推定し、リアルに分析描写していく。まさに分きざみのレポートである。

 第6章では、福島第一原発からの放射能放出の仮説的シナリオをもとに、放射線量率の変化が詳述されていく。公表のモニタリングポストでの計測値、著者の計算プログラムからの逆算推定値などが駆使され推論されている。
 2号機、1号機、3号機からの放射能放出の推移をそれぞれ論じたあと、3月17日以降の放射能放出状況や総放出量が分析されている。著者は、総放出量として、「セシウム137が16.3ペタベクレル(ペタベクレルは1000兆ベクレル)、ヨウ素131が206ペタベクレルである」(p116)と結論づける。ここには、他の研究者や東電の推定値も併述されている。
 
 メルトダウンと放射能放出に焦点が絞られているので、各種報告書類と補完関係にある情報として読むことができ、有益である。

 付録1「社会技術システムの安全管理」は著者が約10年前にまとめた論説で、出版機会を逸したものの掲載だという。スリーマイル島原子力発電事故、JCO臨界事故の事例を利用しながら、深層防護戦略の深化もしくは高度化のための課題を論じている。独立した内容である。この論説自体も読み応えがある。


ご一読ありがとうございます。

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公表された調査報告書を今までに検索していた。関連事項も含めて一覧にしておきたい。
政府
東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 2012.7.23
 最終報告(概要)
 最終報告書(本文編)
 最終報告(資料編)

国会事故調 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会
  報告書
 ダイジェスト版

福島原発事故独立検証委員会  RJIF
 調査・検証報告書
 プレスリリース

東京電力
 福島原子力事故調査報告書  2012.6.20

ISSUE BRIEF 国会図書館  調査と情報 第756号
 福島原発と4つの事故調査委員会  2012.8.23

尚、次のサイトに中間報告や英語版も含めて、集約されていることもみつけたので、ポータルの提示として、序でに挙げておく。
事故調、日本政府、東京電力発表報告書 :「JAEA図書館」(日本原子力研究開発機構)

「福島第一原子力発電所から何を学ぶか」中間報告書  2011.10.28
 -チームH2Oプロジェクト-

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『原発をつくらせない人びと -祝島から未来へ』 山秋 真 岩波新書

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』 鈴木智彦 文藝春秋

『官邸から見た原発事故の真実』 田坂広志 光文社新書

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新1版)