遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『戦国武将の合戦図』 小和田哲男監修   新人物往来社

2013-03-19 13:01:30 | レビュー
 以前、『古代エジプト3000年史』(吉成薫著・新人物往来社)の読後印象をご紹介した。本書もそのビジュアル選書の一冊である。
 有名な戦を題材にした戦国合戦図屏風を採りあげ、その屏風に描かれた戦闘の内容と、当該屏風の見所などを簡潔に説明した図像主体の編集本である。有名な合戦の概略を学ぶことができるとともに、描かれた合戦図の見方、読み方を楽しめるようになっている。
 
 冒頭に源義家の「後三年合戦絵巻」が紹介されている。これは「この合戦についての詳細な記録や絵がないのを惜しんだ後白河法皇が院宣で作成を命じ、承安元年(1171)に完成させたといわれている」(p4)そうだ。縦が30~40cmという絵巻物の形式では大規模な合戦は描き難い。その短所を克服したのが、屏風絵ということになる。これで大きさがかなり柔軟になる。
 つまり、六曲一双、六曲一隻(せき)、八曲一双、八曲一隻・・・というふうに。
 
 屏風は基本的には長方形の絵などを描いたものを折り畳めるようになっている。1つの長方形を扇と呼び、屏風を立てたときに右から第1扇、第2扇・・・・と数えていく。通常は6つあるいは8つが一つのまとまりである。6つのまとまりを六曲、8つのまとまりを八曲という。そして六曲だけで描かれた、あるいは書かれたものが独立して完結する作品なら、六曲一隻(せき)と称される。六曲を左右に2つ双(なら)べて立てかけた形で完結体となる場合、六曲一双と呼ばれ、それぞれの六曲が屏風に向かって右側を右隻、左側を左隻と呼び分けられる。

 本書を通読して、学び理解した要点をまず列挙しておこう。その具体的な説明は本書の屏風絵を見ながら読み込み、合戦図を鑑賞していただくとよい。その導入の一助になれば幸である。

1) 誰が作成させたか。
 もともとは、多くの大名家が主な発注者のようだ。
2) なぜ合戦図を作成させたか。
 *合戦の記録を残すことを目的とする。
 *特定の軍の顕彰を目的とする。例えば、徳川軍の顕彰。
 *その合戦において、発注者が己の戦働きを記録させる目的
   → 己の戦功を具象化(=事後の評価への情報)
     自家一族の誇りの継承
 *文学作品の絵画化を意図する。(例 p134)
 など。勿論、目的は複合されているのが普通だろう。
3)見どころはなにか。
 屏風の描かれたシーンがどの場面か。その史実を背景として、なぜその場面を描いているかを読み取ると、どう描かれているかとの関連で見ると絵が動き出す。
4)着目点
 史実に対する描き方の忠実さ。いわば、5W1Hの切り口で史実資料・記録と整合するか。 あるいは、デフォルメしているならば、それはなぜかに着目する。
 また、その描き方がどこまで当時の状況に整合するのか、に着目する。
 例えば、武士や足軽の装束の正確さ。城や建物の描き方。刀の差し方。地理的な配置など。
 さらに、戦闘方法や戦闘具がどのように変遷しているかも、時代が異なるものをいくつか見比べられるときには、着目すべき観点になる。
5)本書を読み共著者のそれぞれの解説文からの感想
 専門家の観点で見たとき、次のような共通の観点があるように感じた。
 *特定の戦記記録との整合性 例えば、『甲陽軍艦』を底本にした合戦図(p16-19)
 *類似本との比較検討 どの屏風が祖本か。合戦図のどこが同一で、どこが異動か。
 *作成指示者(発注者)と所蔵者の変遷とその理由
 *絵画による記録性と絵師の創作性、あるいは実像と虚像の識別
 *戦いの記憶が残る期間(時代)に描かれたか、後世に何かを底本に描かれたか
 *戦闘場面としてのリアルさ
 *書き物にほとんどなく屏風絵に残された歴史の裏付け(証言)となる描写
   → 戦場における「鼻削ぎ」の風習(p86)

 大変参考になったのは、合戦図の場面の中に、その合戦のプロセスが凝縮されたかたちで、異時刻のものが併存する形で描かれているのが普通だということ。これを「異時同図法」と称するそうだ。そして、ふつうは右隻の第1扇・右端が時間的には一番早い。一般的な時間経過は右から左へ、つまり第1扇、第2扇・・・・と進んで行くのだ。だから、同一人物が複数回、屏風絵に描かれることもある。焦点をあてるために、周囲の情景の細部が省略されたり、雲形でスキップすることで、場面を切り換えたり簡略化される。
 何となく全体を眺めて終わってしまいそうなところから、一歩二歩踏み込んで鑑賞する視点を得られた。合戦図の部分に着目したときに、その合戦全体の中で、どのプロセス、時刻をその部分に描いているかを読み込むことで、理解を深められるということだ。戦の始まる前の状態と、戦の最盛期の場面、敗退場面が併存して一隻あるいは一双の合戦図屏風にえがかれてのである。各章、実例でその説明をしてくれているので、合戦図屏風鑑賞の手引きとして有益である。
 
 本書の目次を紹介しておこう。監修者・小和田哲男の「はじめに 戦国合戦屏風に秘められた『美』」の後の目次項目が本書で採りあげられた合戦の一覧にもなっているからだ。以下のとおりである。
川中島合戦図屏風  甲陽軍艦を描いた傑作       平山 優
姉川合戦図屏風  徳川軍の顕彰を目的とした秀作    太田浩司
長篠合戦図屏風  鉄砲隊と馬防柵の威力        内田九州男
耳川合戦図屏風  「九州関ヶ原」合戦記        鈴木景雲
山崎合戦図屏風  『絵本太閤記』の屏風仕立てか    跡部 信
賤ヶ岳合戦図屏風  兵装備を知る一級資料       内田九州男
小牧長久手合戦図屏風  発見された戦の風習      内田九州男
朝鮮軍陣図屏風  戦国武将の武烈称の図        富田紘次
関ヶ原合戦図屏風 津軽屏風の謎を解く         土山公仁
長谷堂合戦図屏風 軍記に沿う絵物語          土山公仁
大阪冬の陣図屏風 攻城戦の防御と攻撃拠点       佐多芳彦
大阪夏の陣図屏風 大阪落城の激闘と悲哀        内田九州男

 一方で、その限界が解りながらやはりちょっと残念なのは、屏風全体を本に入れると写真が小さくなることだ。絵巻では無理だから屏風仕立てで描くのだから、まあ当然なのだが。各章の解説ではピンポイントの部分拡大図で説明が成されている。だが、それ以外のところを屏風で見ようとするとピンポイント箇所が小さすぎてわかりずらくなる。
 現物の屏風を鑑賞できる機会があれば、本書を携えて行き、現場で解説文を読みながら鑑賞すると、理解と味わいが深まっていくのではないだろうか。ガイドブックとして便利な書といえる。

 解説文を読みながら、もう一つ思ったことがある。史実、神話や伝承・伝説に関連する絵画・彫刻などに共通のことなのだが、その対象物(今回なら合戦)に関する資料・文献・関連本などで背景知識を持っていることが望ましいと。絵画に描き出された内容の細部に深く入り、その世界をより深く、広く理解し、関係性のなかで味わい、鑑賞するには背景知識を蓄えることが大事だなということだ。合戦図屏風でいえば、史実資料や軍記物、関連書籍で合戦のプロセスの知識を持っていたり、武家の家紋や旗指物の図案が誰のものかを知っていれば、ミクロの部分が識別でき描かれた人物群がそれぞれ特定の人の働きを見るものとして、脈打ってくるだろうということだ。解説文を読みながら、なるほど・・・そこから、そういう解釈になるのか、ということが多々あった。
 鑑賞力を高めるヒントを得られる本でもある。しばし、楽しむことができた。


ご一読ありがとうございます。

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 ネット上で、合戦図屏風が楽しめるものか、この興味から検索してみた。

後三年合戦絵巻 :「e国宝」(国立博物館所蔵国宝・重要文化財)

川中島合戦図屏風 :「岩国美術館」
川中島合戦図屏風 :「文化遺産オンライン」
紀州本 川中島合戦図屏風 :「インターネット安曇野」

姉川合戦図屏風 :「ブルボンクリエイション」
 このサイトに、「特集・合戦ダイジェスト」として、いくつかの合戦図屏風が掲載されています。賎ヶ岳、小牧長久手、関ヶ原、大阪冬の陣、大阪夏の陣
 屏風の合戦図の雰囲気は味わえます。

「姉川合戦図屏風」を初公開6月16日から歴博で姉川合戦企画展
 :「近江毎夕新聞」

長篠合戦図屏風 :「文化遺産オンライン」

山崎合戦図屏風 ← 豊臣秀吉と大山崎:「京都で遊ぼうART」

賎ヶ岳合戦図屏風 ← 6.七本槍の戦功:「余呉の庄と賤ヶ岳の合戦」
  空撮・決戦賎ヶ岳
賎ヶ岳合戦図屏風 動画 :Frequency
  屏風図を動画化していて面白い!もちろん、合戦経緯の説明入りです。

小牧長久手合戦図屏風 :「三河武士のやかた家康館」
長久手合戦図屏風 ← 国宝 犬山城 :「城郭・城趾の散歩道」
 このサイト記事の前半に屏風の写真が掲載されています。

朝鮮軍陣図屏風 :「文化遺産オンライン」
 部分図の拡大ができます。
朝鮮軍陣図屏風 :「徴古館 伝来資料の歴史博物館」
朝鮮軍陣図屏風 :「国立歴史民俗博物館」

関ヶ原合戦図屏風 :「文化遺産オンライン」
関ヶ原合戦図屏風 :「福岡市博物館」
 Facata(博物館たより)の第二章として屏風の写真が載っています。

関ヶ原合戦図屏風 :「行田市教育委員会」

長谷堂合戦図屏風 :「最上義光歴史館」
  長谷堂合戦図屏風について ― 軍記と屏風 ― 
長谷堂合戦図屏風 湯沢市指定有形文化財  :「山形合戦」

夏の陣合戦図屏風 :「OOSAKA-INFO」
大坂夏の陣図屏風 (大阪城天守閣・国指定重要美術品):
大坂夏の陣図屏風の世界【黒田屏風】 大坂の役 大阪の陣 動画 :Woopie

館蔵品図録 戦国合戦図屏風 :「岐阜市歴史博物館」
 図録がpdfファイルで公開されていました。すばらしい!
 部分拡大図です。よく分かります。説明文もついています。秀逸です。

「景観に刻印された人間の諸活動の痕跡を辿る 倭城・租界」
 神奈川大学

   インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。 

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