読み始めて、一瞬デジャビ感を抱いた。なぜだろう・・・?
そこで思い出した。「渋谷署強行犯係」シリーズだった。これは『拳鬼伝』シリーズの改題として同じ徳間文庫から2008~20114年に出版されたものだ。
竜門整体院の院長・竜門光一が主人公であり、渋谷署強行犯係の刑事辰巳吾郎が、竜門から腰の治療を受けながら、武術・武闘の関連する事件の話をそれとなく伝え、竜門の武術家としての側面を引き出すという発想のシリーズだった。
本作品は、2001年にこのタイトルで文庫版としえ出版された長編アクション書き下ろしである。つまり、『拳鬼伝』シリーズ(1992~1993年)出版から、しばらく時を隔てて新たに出版された作品。同工異曲と言える。人物設定がほぼ似ていて、武術が絡み、そのテーマには趣の異なる色調が幾重にも重ねられている。いわば兄弟シリーズとも言える。
つまり、主人公は「美崎整体院」を営む美崎照人。広尾駅から徒歩10分。港区元麻布二丁目にある4階建ての小さなマンションの1階にある仕事場兼住居の整体院という設定。 そこに、能代春彦という私立探偵を生業とする男が治療に通っている。また、警視庁の刑事で45歳の警部補、赤城竜次という中年男も腰の治療に通っている。
「渋谷強行犯」と対比してみれば、美崎照人≒竜門光一、私立探偵能代春彦(+赤城警部補)≒刑事辰巳吾郎ということになる。警察という法執行の局面を赤城竜次に振ったという構成だ。
かつては武術家、今は整体師という設定は同じだが、そのキャラクターはかなり変容されている。美崎は若い頃空手の世界大会を目指して修拳開館で猛練習に日々励んでいた。だが20歳の年の予選で左膝にもろにローキックを食らい入院。膝を痛め夢を絶たれる。杖をついて歩く身になる。当時付き合っていた女性・能代育子が自殺したことで、彼女も失う。自殺の原因は不明。能代育子は能代春彦の娘である。自分を責めた美崎は修拳会館を辞し、逃げるように沖縄に行く。酒に溺れホームレスに。それを救ったのが具志川市に住む上原正章老人。この上原老人から修拳会館とはまったく違う空手、伝統的な沖縄の空手を教えられ、棒術と整体術も同時に習う。その結果、「美崎整体院」を開業しているという設定である。武術を捨てきれないという点は竜門と同じ。違うのは身体的な差異と、美崎は竜門の様に武術家に意識を切り替えるための変身の儀式めいた行為はとらないところ。武術家として行動するときは己の意志で、身銭をきって行動するのは同じである。
私立探偵の能代が美崎の武術家としての側面を引き出すという手法は同じである。刑事ではないため、その扱う課題の枠が広くなった。作品のテーマ設定が広がったように思う。シリーズ化されることを期待したいのだが・・・・。
では、本作品についての本筋の読後印象に移りたい。
本作品の見かけのテーマは人探しであるがそこには秘められた思いがあったというもの。少しひねった展開を含ませた構成がなかなかおもしろいところ。そのネタばらしは勿論しない。武闘シーンを絡めていくところがやはり著者の得意とする次元に導いている。
冒頭は、もう20年もサンシャイン60から駅へ向かう道を利用するサラリーマンの池谷昭治が、この道の途中でオヤジ狩りの対象にされるというシーンだ。「電車賃、貸してよ」「ふざけるんじゃない」のやりとりからおきまりの暴力沙汰へ。そこに人間離れした体格の男が現れて、少年たちの暴力行為を力で阻止する。そして即座にその場から立ち去ってしまう。そこにTシャツの上に迷彩のベストを着て、黒いキャップを被った集団が入れ替わるように現れて、池谷と少年たちへの事後処理-警察と救急車-をする。このことで池谷は救われる。池谷が目にしたのは狼男つまり人狼なのだ。迷彩Tシャツ・黒キャップの集団はCR(シティーレンジャー)、いわば自警団だった。この自警団の一部が後ほど「人狼親衛隊」という集団に先鋭化していくことになる。
この作品には、現代の都会に集まってくる若者世代の社会風俗や暴力行為という実態が描き込まれている。現代社会の持つダークな局面を著者は見つめている。
なぜこのイントロが語られるか。それは人探しのテーマになるからである。能代が美崎整体院に一人の患者を紹介する。それはかつて修拳会館で指導員をしていて、今は独立して道場を経営する黒岩豪である。腰の治療が目的であるが、実はそれに加えて、もう一つねらいがあった。私立探偵の能代は黒岩から人探しの仕事の依頼を受けたのだ。能代はこの人探しのプロセスに、亡くなった娘の彼氏であった美崎の手助けを得たいという腹づもりがあったのだ。
黒岩の依頼とは真島譲治という弟子を探してほしいということ。黒岩は今話題になっている狼男、人狼が多分真島だと思うので、狼男を見つけて、それが真島であれば大事が起きる前に止めさせたいというのだ。真島が練習に出なくなり、アパートも引き払い突然失踪した時期と町の不良をやっつける狼男の出現時期が重なるという。
真島は黒岩が鍛えあげた弟子であり、黒岩が独立した時、修拳会館に残らず黒岩に随行した。修拳会館がオープン・トーナメントを開催した時、真島は出場を拒否されたという。苦しい練習を積み上げてきたのに、試合に出て腕試しをする機会は閉ざされた。黒岩は真島の実力、肉体は凶器そのものだと断定する。その責任をも感じるというのである。取り返しのつかない事態が発生する前に、真島を見つけて話し合いたいと言う。真島と戦わなければならない場面を想定し、己の体をベスト・コンデションにしておきたくて整体治療を受けたいともいう。勿論、美崎は整体治療を引き受ける。
狼男は本当に真島譲治なのか。真島の武術家としての力量はどこまでなのか。
能代の巧妙な持ちかけ方は、美崎の心を動かし始める。育子の件で能代に負い目を感じているという心理も内奥にある。さらにCR、人狼親衛隊がどういう組織で、どういう機能を持ち、真に何を狙っているのかも気になる点なのだ。
知らぬふりができなくなった美崎は、能代に連絡する。そしてまずは、能代が調べたCRの代表者の事務所に同行し、代表者の徳丸忠から話を聞くことから始める。
そうこうしているうちに能代がある少年グループにオヤジ狩りに遭う羽目になる。能代はその結果入院。いよいよ、美崎は己が繁華街に出て行き、狼男に遭遇する機会を作らざるをえなくなる。実際に活動を始めて、いろいろな疑問が噴出してくるのだ。ストーリーは思わぬ方向に展開していく。
本作品では竜門整体院のような女子事務員は美崎整体院には居ない。代わりに、笹本有里という新体操の選手で大学生が登場している。体を酷使する新体操のせいで、笹本有里は美崎の治療を受けに来ているのである。この笹本有里が人探しのプロセスに、一色添えていく役回りとなる。美崎と都会の少年たちとのリンキング・ポイントになるのだ。
美崎はCRの代表者と会った後には、赤城警部補にCRの代表者や狼男の件で関わりを持っていく。
後は本書をお読みいただき、ストーリーの意外な展開を含めて、お楽しみいただくとよい。尚、本作品では能代育子の自殺理由は明かされない。笹本有里は美崎の治療を受ける患者という域を出ない。赤城警部補もちょとしたサポート役割になっている。
育子の自殺理由がストーリーに関わったり、赤城警部補が積極的に美崎にかかわったりすることが、今後の作品であり得るのだろうか・・・・。継続作品に期待したい。
ご一読ありがとうございます。
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いくつか関連する語句を調べてみた。一覧にしておきたい。
おやじ狩り :ウィキペディア
ストリートギャング :ウィキペディア
少年犯罪データ・ベース 主宰・管賀江留郎氏
オープン・トーナメント :「空手道禅道会」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『フェイク 疑惑』 講談社文庫
『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』 双葉社
『エチュード』 中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』 徳間文庫
『龍の哭く街』 集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』 新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』 徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』 集英社
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新2版
そこで思い出した。「渋谷署強行犯係」シリーズだった。これは『拳鬼伝』シリーズの改題として同じ徳間文庫から2008~20114年に出版されたものだ。
竜門整体院の院長・竜門光一が主人公であり、渋谷署強行犯係の刑事辰巳吾郎が、竜門から腰の治療を受けながら、武術・武闘の関連する事件の話をそれとなく伝え、竜門の武術家としての側面を引き出すという発想のシリーズだった。
本作品は、2001年にこのタイトルで文庫版としえ出版された長編アクション書き下ろしである。つまり、『拳鬼伝』シリーズ(1992~1993年)出版から、しばらく時を隔てて新たに出版された作品。同工異曲と言える。人物設定がほぼ似ていて、武術が絡み、そのテーマには趣の異なる色調が幾重にも重ねられている。いわば兄弟シリーズとも言える。
つまり、主人公は「美崎整体院」を営む美崎照人。広尾駅から徒歩10分。港区元麻布二丁目にある4階建ての小さなマンションの1階にある仕事場兼住居の整体院という設定。 そこに、能代春彦という私立探偵を生業とする男が治療に通っている。また、警視庁の刑事で45歳の警部補、赤城竜次という中年男も腰の治療に通っている。
「渋谷強行犯」と対比してみれば、美崎照人≒竜門光一、私立探偵能代春彦(+赤城警部補)≒刑事辰巳吾郎ということになる。警察という法執行の局面を赤城竜次に振ったという構成だ。
かつては武術家、今は整体師という設定は同じだが、そのキャラクターはかなり変容されている。美崎は若い頃空手の世界大会を目指して修拳開館で猛練習に日々励んでいた。だが20歳の年の予選で左膝にもろにローキックを食らい入院。膝を痛め夢を絶たれる。杖をついて歩く身になる。当時付き合っていた女性・能代育子が自殺したことで、彼女も失う。自殺の原因は不明。能代育子は能代春彦の娘である。自分を責めた美崎は修拳会館を辞し、逃げるように沖縄に行く。酒に溺れホームレスに。それを救ったのが具志川市に住む上原正章老人。この上原老人から修拳会館とはまったく違う空手、伝統的な沖縄の空手を教えられ、棒術と整体術も同時に習う。その結果、「美崎整体院」を開業しているという設定である。武術を捨てきれないという点は竜門と同じ。違うのは身体的な差異と、美崎は竜門の様に武術家に意識を切り替えるための変身の儀式めいた行為はとらないところ。武術家として行動するときは己の意志で、身銭をきって行動するのは同じである。
私立探偵の能代が美崎の武術家としての側面を引き出すという手法は同じである。刑事ではないため、その扱う課題の枠が広くなった。作品のテーマ設定が広がったように思う。シリーズ化されることを期待したいのだが・・・・。
では、本作品についての本筋の読後印象に移りたい。
本作品の見かけのテーマは人探しであるがそこには秘められた思いがあったというもの。少しひねった展開を含ませた構成がなかなかおもしろいところ。そのネタばらしは勿論しない。武闘シーンを絡めていくところがやはり著者の得意とする次元に導いている。
冒頭は、もう20年もサンシャイン60から駅へ向かう道を利用するサラリーマンの池谷昭治が、この道の途中でオヤジ狩りの対象にされるというシーンだ。「電車賃、貸してよ」「ふざけるんじゃない」のやりとりからおきまりの暴力沙汰へ。そこに人間離れした体格の男が現れて、少年たちの暴力行為を力で阻止する。そして即座にその場から立ち去ってしまう。そこにTシャツの上に迷彩のベストを着て、黒いキャップを被った集団が入れ替わるように現れて、池谷と少年たちへの事後処理-警察と救急車-をする。このことで池谷は救われる。池谷が目にしたのは狼男つまり人狼なのだ。迷彩Tシャツ・黒キャップの集団はCR(シティーレンジャー)、いわば自警団だった。この自警団の一部が後ほど「人狼親衛隊」という集団に先鋭化していくことになる。
この作品には、現代の都会に集まってくる若者世代の社会風俗や暴力行為という実態が描き込まれている。現代社会の持つダークな局面を著者は見つめている。
なぜこのイントロが語られるか。それは人探しのテーマになるからである。能代が美崎整体院に一人の患者を紹介する。それはかつて修拳会館で指導員をしていて、今は独立して道場を経営する黒岩豪である。腰の治療が目的であるが、実はそれに加えて、もう一つねらいがあった。私立探偵の能代は黒岩から人探しの仕事の依頼を受けたのだ。能代はこの人探しのプロセスに、亡くなった娘の彼氏であった美崎の手助けを得たいという腹づもりがあったのだ。
黒岩の依頼とは真島譲治という弟子を探してほしいということ。黒岩は今話題になっている狼男、人狼が多分真島だと思うので、狼男を見つけて、それが真島であれば大事が起きる前に止めさせたいというのだ。真島が練習に出なくなり、アパートも引き払い突然失踪した時期と町の不良をやっつける狼男の出現時期が重なるという。
真島は黒岩が鍛えあげた弟子であり、黒岩が独立した時、修拳会館に残らず黒岩に随行した。修拳会館がオープン・トーナメントを開催した時、真島は出場を拒否されたという。苦しい練習を積み上げてきたのに、試合に出て腕試しをする機会は閉ざされた。黒岩は真島の実力、肉体は凶器そのものだと断定する。その責任をも感じるというのである。取り返しのつかない事態が発生する前に、真島を見つけて話し合いたいと言う。真島と戦わなければならない場面を想定し、己の体をベスト・コンデションにしておきたくて整体治療を受けたいともいう。勿論、美崎は整体治療を引き受ける。
狼男は本当に真島譲治なのか。真島の武術家としての力量はどこまでなのか。
能代の巧妙な持ちかけ方は、美崎の心を動かし始める。育子の件で能代に負い目を感じているという心理も内奥にある。さらにCR、人狼親衛隊がどういう組織で、どういう機能を持ち、真に何を狙っているのかも気になる点なのだ。
知らぬふりができなくなった美崎は、能代に連絡する。そしてまずは、能代が調べたCRの代表者の事務所に同行し、代表者の徳丸忠から話を聞くことから始める。
そうこうしているうちに能代がある少年グループにオヤジ狩りに遭う羽目になる。能代はその結果入院。いよいよ、美崎は己が繁華街に出て行き、狼男に遭遇する機会を作らざるをえなくなる。実際に活動を始めて、いろいろな疑問が噴出してくるのだ。ストーリーは思わぬ方向に展開していく。
本作品では竜門整体院のような女子事務員は美崎整体院には居ない。代わりに、笹本有里という新体操の選手で大学生が登場している。体を酷使する新体操のせいで、笹本有里は美崎の治療を受けに来ているのである。この笹本有里が人探しのプロセスに、一色添えていく役回りとなる。美崎と都会の少年たちとのリンキング・ポイントになるのだ。
美崎はCRの代表者と会った後には、赤城警部補にCRの代表者や狼男の件で関わりを持っていく。
後は本書をお読みいただき、ストーリーの意外な展開を含めて、お楽しみいただくとよい。尚、本作品では能代育子の自殺理由は明かされない。笹本有里は美崎の治療を受ける患者という域を出ない。赤城警部補もちょとしたサポート役割になっている。
育子の自殺理由がストーリーに関わったり、赤城警部補が積極的に美崎にかかわったりすることが、今後の作品であり得るのだろうか・・・・。継続作品に期待したい。
ご一読ありがとうございます。
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いくつか関連する語句を調べてみた。一覧にしておきたい。
おやじ狩り :ウィキペディア
ストリートギャング :ウィキペディア
少年犯罪データ・ベース 主宰・管賀江留郎氏
オープン・トーナメント :「空手道禅道会」
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その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『フェイク 疑惑』 講談社文庫
『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』 双葉社
『エチュード』 中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』 徳間文庫
『龍の哭く街』 集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』 新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』 徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』 集英社
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新2版