本書は集英社文庫のための書き下ろし作品である。警察庁により全国各地から寄せ集められた少人数の警察官がチームを組み、警察庁・刑事企画課の理事官の指揮の下で、ある刑事事件の捜査プロセスについてその適切性を検証捜査する。その捜査プロセスを描くというのがこの小説のテーマである。いわゆる冤罪事件の解明を描くというもの。
伊豆大島の大島署に左遷された神谷悟郎警部補が、突然本庁の刑事部長から電話で呼び出される。特命事項として直ちに神奈川県警に出頭せよとの命令を受ける。現地では警察庁・刑事企画課の永井理事官の指揮下に入れという。理由を全く知らされないままで神谷は横浜に急ぐ。刑事部長からは、この特命案件でうまく結果を出せば、左遷処分が解除される可能性を匂わされる。
神奈川県警本部前にやっと辿り着くと、永井理事官が待ち受けていた。連れて行かれたのは県警本部内ではなく、横浜の中心であるがなぜか古びた雑居ビルの一室だった。
1名を除き特命を受けたメンバーは既に揃っていた。神谷が遅れてきた最後の人間だった。最初から、雰囲気が悪い。
一応メンバーが揃ったところで、永井理事官が目的を参集者に告げる。3年前に発生した戸塚事件に対し高裁で無罪判決が出る見通しがあり、事件が振り出しに戻るという。そこでこの事件の捜査プロセスを検証捜査して、捜査が適切だったかどうかの証拠を集め報告するというのが使命なのだと。そのために警察庁にこの特命チームが編成されたという。「期限はひとまず、一か月。その間は、一時的に警察庁へ出向という人事的措置ががとられます」という説明である。
戸塚事件は、女性3人が連続して乱暴され、殺された事件で、被害者は横浜市戸塚区の狭い範囲に集中していたという特異なものだった。一審は裁判員裁判となり、死刑判決がだされたが、被告が公訴していたのである。高裁では、弁護側が証拠の不備を突いて、徹底して攻撃をしてきた結果、無罪判決が出ると予測される。世間の目が厳しくなってきている時代でもあり、警察庁はこの事件を検証捜査することに決めたという。
神谷はその類いは監察官室が取り扱う範疇ではないのかと反論したのだが、身内だと往々にして調べが甘くなるので、今回は神奈川県警以外の警察官でチームを作って検証捜査をするのだという。神谷は警察庁がどこまで本気なのかと問うが、永井は自分が決めたことではないから分からないと答える。検証捜査班の活動は不明瞭な形で始まって行く。つまり、これは前例のない新しい試みである。
神谷にとってはなぜ左遷されている自分が特命を受けたのかに始まり、東京都ではなく神奈川県警の問題に関わることに、釈然としない思いを抱くのである。この検証捜査の真の目的は何なのか? この捜査の究極の行く末は? 神谷には様々な問いか胸中に沸き起こる。
捜査を行う前に、それに携わるメンバー間で互いの気心が分からないとチームとして動けないと、神谷は思うが、集まったメンバーで互いに知り合うという手順もなく検証捜査班がスタートしていく。神谷はまずチームとなるメンバーの考えや人物を知ろうとするが、それ自体が一苦労という次第。永井理事官自体が、上から降りてきた命令を黙って受け止めて動く中間管理職の典型のような形で、必要なことしか話さない。この辺りからまず、おもしろい設定である。神谷はこの検証捜査が警察庁の一種のアリバイ作りではないかとも憶測する。
どんなメンバーが各地域から選抜されてこの特命チームに加わったのか?
最小限のプロフィールを紹介しておく。これすら、徐々に分かっていくという成り行きなのだが。
永井理事官:警察庁・刑事企画課所属。キャリア。自信無さそうな物腰。
皆川慶一朗:福岡県警捜査一課刑事、32歳。大学は関東。箱根駅伝をしていたという。 神谷の質問に「体力要員」だろうと自虐気味の返事をする。
桜内省吾 :埼玉県警捜査一課。ごつい中年男。
保井凜(やすいりん):北海道警刑事企画課。女性刑事。神谷を寄せ付けない態度。
性的犯罪被害は自分の専門分野なので選抜されたと解釈している。
島村:大阪府警・監察官。職務柄、県警刑事の事情聴取を中心に担う役割となる。
神谷の一見では「デブのオッサン」。
このメンバーに神谷が加わるのである。
基本的にストーリーは神谷警部補の目を通し、彼の行動と状況分析を主軸としながら展開していく。そのため、神谷と組む相棒の刑事との関わりが中心になる。そこに検証捜査班の人間関係と捜査の全体進捗状況が織り交ぜられていく。
勿論、この検証捜査が実施されることは神奈川県警に通告されている。高裁の判決は無罪と出る。ここから検証捜査班の活動が本格化していく。もちろん、「一種のアリバイ作り」ではと疑う神谷は、捜査自体になかなかエンジンがかからない。警視庁で加わっていたある事件の捜査活動を背景にして、神谷が捜査から外され、左遷されたという事実があるために、自分が警視庁から選抜されたということに一種のこだわり、裏に何かあるのではという思いが重なるからである。
左遷されたという原因が何なのかが、読者にも知らされない。左遷の背景事実を前提に思考する神谷の思いと行動を読者は読み進めることになる。そこに読者を引きこんでいく契機のひとつがある。事件の謎と神谷の左遷の謎が重奏しながら、ストーリーが展開される。チームのメンバーも左遷という表層的な事実は知っているが、その原因までは知らない。神奈川県警の刑事も同様なのだ。
さらに保井凜という女性刑事の立ち位置である。神谷のスタンスや行動を毛嫌いする感じすら示す。自分自身については一切語ろうとせず、特命班での与えられた課題をシビアに効率よく進めることに専念している。だが、そこに神谷はすこし異質なものを感じるのである。何が保井凜を突き動かしているのか? ここにもまたベールがかかった状態で、捜査活動が進展する。そこに第二の読者を引きこむ要素が含まれる。ぶつかり合う二人の関係がどういう進展を捜査プロセスでみせるのか? それはこの検証捜査自体とどう関わっているのか? 捜査が進むにつれ、二人の立ち位置に微妙な変化が加わり、二人の背景がこの捜査の解明に重要な作用を及ぼしていく。
また、神谷がこの検証捜査班に加わるために横浜に入った当日に、神奈川県警の刑事らしき男に尾行されるという事態すら発生するから、おもしろい。神奈川県警と検証捜査班は、冒頭から対立関係にあることのシンボルだから。警察組織内の攻防戦である。
高裁は無罪判決を下す。桜内と皆川の傍聴感想では、一審の事実がほとんどひっくり返された。捜査方法に重大な瑕疵があると指摘。犯罪行為は立証できないと認定された。被告の柳原が事実否認を始めたのは、一審の途中からだったのである。初公判では容疑を認めていたのだ。一審ではそれが裁判員の心証を悪くしたのだろうと桜井は読む。
「無実だというなら、最初から否認すればいい、と考えるのは自然である。その背後には、警察は無茶をしないという先入観がある。ちゃんと調べて、本人の自供も得ているのだから間違いない。公判の途中で証言をひっくり返すのは、判決が近づいてきて、何とか実刑を逃れようと足掻いているだけだ、と思ってしまう」(p130-131)
また、この日検証捜査班の拠点の部屋で、神奈川県警の現・捜査一課長と管理官の二人に行われた事情聴取の感想として、桜内は、捜査の進め方に「予めシナリオがあった」と感じ取ったと神谷に告げる。神谷は「シナリオも書きたくなるだろうな。こういう事件は、早く解決しないと、プレッシャーが高まる一方だから」と一旦は応じるのだった。
検証捜査班としては、島村監察官が主に神奈川県警の事件関係者への事情聴取を担当。桜内、皆川、保井、神谷の4人が2人1組となりながら、事件の被害者並びに事件に巻き込まれた人々を対象に仕切り直しの事情聴取と事件記録の検証を始める。尚、神谷にはチームの中ではベテランの部類に入るので、島村と組んで神奈川県警の刑事たちを調べる機会も増えていく。
一方で、石井弁護士との面談ならびに、石井を介して無罪となった柳原に面談して、被疑者として警察で受けた取り調べの状況について事情聴取することも実施される。それを神谷・皆川が担当していく。柳原に面談し事情聴取した二人は、共に柳原を気持ちの悪い男と感じたのだ。しかし、この戸塚事件に関しては柳原が犯人ではないと神谷は断言する。
戸塚事件の全貌を一から把握し直し、裁判記録・事件調書記録などとの比較検証をする形で捜査が進められていく。チームとして総合的に検証していくプロセスになる。
結果的にこの検証捜査プロセスでは、主に、神谷は保井を相棒として行動していく機会が増える。それは二人がそれぞれ己の内に抱える影の部分を明らかにしていく機会にもなっていく。この検証捜査との関わりがそうさせるのだから・・・・。
被害者及び其の周辺の関係者への事情聴取は、戸塚事件の捜査調書には記録されていない事実を浮彫にしていく。さらに証言者の記憶の曖昧さから刑事の誘導にかかった証言になっていると推定できる記録箇所も分かってくる。漠然とながら、犯人像の見直しを迫られる方向に歩み始める。
そんな最中にタレコミが入る。神谷がその人物と接触する。タレコミしてきた男は神奈川県警に関係する男だった。検証捜査が急速に進展し始める。捜査は、戸塚事件が発生した折に捜査に携わり、現在は定年退職した元刑事への事情聴取まで、広がって行く。更には、神奈川県警に留まらず、警視庁まで波紋が広がっていく。
二重三重に複雑な構造になっている。おもしろい構想の小説だ。一気に読み進める結果になった。
*自ら左遷と言う神谷を警視庁の誰が検証捜査班に選抜する働きかけをしたのか?
その真意は何か?
*この検証捜査は、警察庁の冤罪捜査に対するアリバイ作りなのか?
検証捜査の真の狙いはどこにあるのか? だれが異例な形の捜査を発想したのか?
*神奈川県警と検証捜査班との間にどういう対立関係が進展するのか?
*予めの捜査シナリオが書かれていたとするなら、それは誰が書いたのか?
*無視された事実は何か?
無視された事実があるならどこまで犯人像を明らかにすることにつながるのか?
*戸塚事件が発生した地域限定の様相に何か大きな意味が隠されているのか?
その地域に集中することで犯人にとってなにか利点があったのか?
*柳原はやはり犯人ではあり得ないのか?
*少なくとも神谷と保井の過去に何があったのか? それがこの捜査にどう関わる?
*永井理事官は指揮者としてどういう行動を取っていくのか?
様々な疑問が、巧妙な伏線のもとに、捜査プロセスの進展過程で徐々に解かれていく。そして、それらが織り交ぜられて、真犯人へのアプローチは意外な展開になっていく。
こんな犯人像は警察物の小説というフィクションの世界だけのお話、エンターテインメントにしてほしい。
紆余曲折、右に左に振り回されながら読む。興味津々・・・・。あとは読み始めるだけである。
ご一読ありがとうございます。
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本書の関連で、関心事項をネット検索してみた。背景情報として一覧にしておきたい。
警察庁 ホームページ
警視庁 ホームページ
犯罪情報マップ
神奈川県警察 ホームページ
犯罪統計資料
警察庁刑事局 :ウィキペディア
警察組織の階級
警察組織・機構図
警察人事異動ノート トップページ
警察機構に設置されている監察官の仕事内容 :「キャリアパーク!」
監察官に日本の良心を見た :「警察おもしろ雑学辞典」
警察本部監察室への手続きを教えてください。 :「教えて!goo」
再審 刑事手続ガイド :「アトム法律事務所大阪支部」
誤認逮捕や冤罪はどう起きるのか 2014.5.7 日刊大衆 :「livedoor NEWS」
いま、闘われている冤罪事件 :「甲山のとなりに」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
伊豆大島の大島署に左遷された神谷悟郎警部補が、突然本庁の刑事部長から電話で呼び出される。特命事項として直ちに神奈川県警に出頭せよとの命令を受ける。現地では警察庁・刑事企画課の永井理事官の指揮下に入れという。理由を全く知らされないままで神谷は横浜に急ぐ。刑事部長からは、この特命案件でうまく結果を出せば、左遷処分が解除される可能性を匂わされる。
神奈川県警本部前にやっと辿り着くと、永井理事官が待ち受けていた。連れて行かれたのは県警本部内ではなく、横浜の中心であるがなぜか古びた雑居ビルの一室だった。
1名を除き特命を受けたメンバーは既に揃っていた。神谷が遅れてきた最後の人間だった。最初から、雰囲気が悪い。
一応メンバーが揃ったところで、永井理事官が目的を参集者に告げる。3年前に発生した戸塚事件に対し高裁で無罪判決が出る見通しがあり、事件が振り出しに戻るという。そこでこの事件の捜査プロセスを検証捜査して、捜査が適切だったかどうかの証拠を集め報告するというのが使命なのだと。そのために警察庁にこの特命チームが編成されたという。「期限はひとまず、一か月。その間は、一時的に警察庁へ出向という人事的措置ががとられます」という説明である。
戸塚事件は、女性3人が連続して乱暴され、殺された事件で、被害者は横浜市戸塚区の狭い範囲に集中していたという特異なものだった。一審は裁判員裁判となり、死刑判決がだされたが、被告が公訴していたのである。高裁では、弁護側が証拠の不備を突いて、徹底して攻撃をしてきた結果、無罪判決が出ると予測される。世間の目が厳しくなってきている時代でもあり、警察庁はこの事件を検証捜査することに決めたという。
神谷はその類いは監察官室が取り扱う範疇ではないのかと反論したのだが、身内だと往々にして調べが甘くなるので、今回は神奈川県警以外の警察官でチームを作って検証捜査をするのだという。神谷は警察庁がどこまで本気なのかと問うが、永井は自分が決めたことではないから分からないと答える。検証捜査班の活動は不明瞭な形で始まって行く。つまり、これは前例のない新しい試みである。
神谷にとってはなぜ左遷されている自分が特命を受けたのかに始まり、東京都ではなく神奈川県警の問題に関わることに、釈然としない思いを抱くのである。この検証捜査の真の目的は何なのか? この捜査の究極の行く末は? 神谷には様々な問いか胸中に沸き起こる。
捜査を行う前に、それに携わるメンバー間で互いの気心が分からないとチームとして動けないと、神谷は思うが、集まったメンバーで互いに知り合うという手順もなく検証捜査班がスタートしていく。神谷はまずチームとなるメンバーの考えや人物を知ろうとするが、それ自体が一苦労という次第。永井理事官自体が、上から降りてきた命令を黙って受け止めて動く中間管理職の典型のような形で、必要なことしか話さない。この辺りからまず、おもしろい設定である。神谷はこの検証捜査が警察庁の一種のアリバイ作りではないかとも憶測する。
どんなメンバーが各地域から選抜されてこの特命チームに加わったのか?
最小限のプロフィールを紹介しておく。これすら、徐々に分かっていくという成り行きなのだが。
永井理事官:警察庁・刑事企画課所属。キャリア。自信無さそうな物腰。
皆川慶一朗:福岡県警捜査一課刑事、32歳。大学は関東。箱根駅伝をしていたという。 神谷の質問に「体力要員」だろうと自虐気味の返事をする。
桜内省吾 :埼玉県警捜査一課。ごつい中年男。
保井凜(やすいりん):北海道警刑事企画課。女性刑事。神谷を寄せ付けない態度。
性的犯罪被害は自分の専門分野なので選抜されたと解釈している。
島村:大阪府警・監察官。職務柄、県警刑事の事情聴取を中心に担う役割となる。
神谷の一見では「デブのオッサン」。
このメンバーに神谷が加わるのである。
基本的にストーリーは神谷警部補の目を通し、彼の行動と状況分析を主軸としながら展開していく。そのため、神谷と組む相棒の刑事との関わりが中心になる。そこに検証捜査班の人間関係と捜査の全体進捗状況が織り交ぜられていく。
勿論、この検証捜査が実施されることは神奈川県警に通告されている。高裁の判決は無罪と出る。ここから検証捜査班の活動が本格化していく。もちろん、「一種のアリバイ作り」ではと疑う神谷は、捜査自体になかなかエンジンがかからない。警視庁で加わっていたある事件の捜査活動を背景にして、神谷が捜査から外され、左遷されたという事実があるために、自分が警視庁から選抜されたということに一種のこだわり、裏に何かあるのではという思いが重なるからである。
左遷されたという原因が何なのかが、読者にも知らされない。左遷の背景事実を前提に思考する神谷の思いと行動を読者は読み進めることになる。そこに読者を引きこんでいく契機のひとつがある。事件の謎と神谷の左遷の謎が重奏しながら、ストーリーが展開される。チームのメンバーも左遷という表層的な事実は知っているが、その原因までは知らない。神奈川県警の刑事も同様なのだ。
さらに保井凜という女性刑事の立ち位置である。神谷のスタンスや行動を毛嫌いする感じすら示す。自分自身については一切語ろうとせず、特命班での与えられた課題をシビアに効率よく進めることに専念している。だが、そこに神谷はすこし異質なものを感じるのである。何が保井凜を突き動かしているのか? ここにもまたベールがかかった状態で、捜査活動が進展する。そこに第二の読者を引きこむ要素が含まれる。ぶつかり合う二人の関係がどういう進展を捜査プロセスでみせるのか? それはこの検証捜査自体とどう関わっているのか? 捜査が進むにつれ、二人の立ち位置に微妙な変化が加わり、二人の背景がこの捜査の解明に重要な作用を及ぼしていく。
また、神谷がこの検証捜査班に加わるために横浜に入った当日に、神奈川県警の刑事らしき男に尾行されるという事態すら発生するから、おもしろい。神奈川県警と検証捜査班は、冒頭から対立関係にあることのシンボルだから。警察組織内の攻防戦である。
高裁は無罪判決を下す。桜内と皆川の傍聴感想では、一審の事実がほとんどひっくり返された。捜査方法に重大な瑕疵があると指摘。犯罪行為は立証できないと認定された。被告の柳原が事実否認を始めたのは、一審の途中からだったのである。初公判では容疑を認めていたのだ。一審ではそれが裁判員の心証を悪くしたのだろうと桜井は読む。
「無実だというなら、最初から否認すればいい、と考えるのは自然である。その背後には、警察は無茶をしないという先入観がある。ちゃんと調べて、本人の自供も得ているのだから間違いない。公判の途中で証言をひっくり返すのは、判決が近づいてきて、何とか実刑を逃れようと足掻いているだけだ、と思ってしまう」(p130-131)
また、この日検証捜査班の拠点の部屋で、神奈川県警の現・捜査一課長と管理官の二人に行われた事情聴取の感想として、桜内は、捜査の進め方に「予めシナリオがあった」と感じ取ったと神谷に告げる。神谷は「シナリオも書きたくなるだろうな。こういう事件は、早く解決しないと、プレッシャーが高まる一方だから」と一旦は応じるのだった。
検証捜査班としては、島村監察官が主に神奈川県警の事件関係者への事情聴取を担当。桜内、皆川、保井、神谷の4人が2人1組となりながら、事件の被害者並びに事件に巻き込まれた人々を対象に仕切り直しの事情聴取と事件記録の検証を始める。尚、神谷にはチームの中ではベテランの部類に入るので、島村と組んで神奈川県警の刑事たちを調べる機会も増えていく。
一方で、石井弁護士との面談ならびに、石井を介して無罪となった柳原に面談して、被疑者として警察で受けた取り調べの状況について事情聴取することも実施される。それを神谷・皆川が担当していく。柳原に面談し事情聴取した二人は、共に柳原を気持ちの悪い男と感じたのだ。しかし、この戸塚事件に関しては柳原が犯人ではないと神谷は断言する。
戸塚事件の全貌を一から把握し直し、裁判記録・事件調書記録などとの比較検証をする形で捜査が進められていく。チームとして総合的に検証していくプロセスになる。
結果的にこの検証捜査プロセスでは、主に、神谷は保井を相棒として行動していく機会が増える。それは二人がそれぞれ己の内に抱える影の部分を明らかにしていく機会にもなっていく。この検証捜査との関わりがそうさせるのだから・・・・。
被害者及び其の周辺の関係者への事情聴取は、戸塚事件の捜査調書には記録されていない事実を浮彫にしていく。さらに証言者の記憶の曖昧さから刑事の誘導にかかった証言になっていると推定できる記録箇所も分かってくる。漠然とながら、犯人像の見直しを迫られる方向に歩み始める。
そんな最中にタレコミが入る。神谷がその人物と接触する。タレコミしてきた男は神奈川県警に関係する男だった。検証捜査が急速に進展し始める。捜査は、戸塚事件が発生した折に捜査に携わり、現在は定年退職した元刑事への事情聴取まで、広がって行く。更には、神奈川県警に留まらず、警視庁まで波紋が広がっていく。
二重三重に複雑な構造になっている。おもしろい構想の小説だ。一気に読み進める結果になった。
*自ら左遷と言う神谷を警視庁の誰が検証捜査班に選抜する働きかけをしたのか?
その真意は何か?
*この検証捜査は、警察庁の冤罪捜査に対するアリバイ作りなのか?
検証捜査の真の狙いはどこにあるのか? だれが異例な形の捜査を発想したのか?
*神奈川県警と検証捜査班との間にどういう対立関係が進展するのか?
*予めの捜査シナリオが書かれていたとするなら、それは誰が書いたのか?
*無視された事実は何か?
無視された事実があるならどこまで犯人像を明らかにすることにつながるのか?
*戸塚事件が発生した地域限定の様相に何か大きな意味が隠されているのか?
その地域に集中することで犯人にとってなにか利点があったのか?
*柳原はやはり犯人ではあり得ないのか?
*少なくとも神谷と保井の過去に何があったのか? それがこの捜査にどう関わる?
*永井理事官は指揮者としてどういう行動を取っていくのか?
様々な疑問が、巧妙な伏線のもとに、捜査プロセスの進展過程で徐々に解かれていく。そして、それらが織り交ぜられて、真犯人へのアプローチは意外な展開になっていく。
こんな犯人像は警察物の小説というフィクションの世界だけのお話、エンターテインメントにしてほしい。
紆余曲折、右に左に振り回されながら読む。興味津々・・・・。あとは読み始めるだけである。
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本書の関連で、関心事項をネット検索してみた。背景情報として一覧にしておきたい。
警察庁 ホームページ
警視庁 ホームページ
犯罪情報マップ
神奈川県警察 ホームページ
犯罪統計資料
警察庁刑事局 :ウィキペディア
警察組織の階級
警察組織・機構図
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警察機構に設置されている監察官の仕事内容 :「キャリアパーク!」
監察官に日本の良心を見た :「警察おもしろ雑学辞典」
警察本部監察室への手続きを教えてください。 :「教えて!goo」
再審 刑事手続ガイド :「アトム法律事務所大阪支部」
誤認逮捕や冤罪はどう起きるのか 2014.5.7 日刊大衆 :「livedoor NEWS」
いま、闘われている冤罪事件 :「甲山のとなりに」
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徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫