仏像の鑑賞に対するガイドブックとしてはいくつかのアプローチがある。一番一般的なのが、如来・菩薩・明王・天部という分類のもとに個々の仏像について解説する本である。また、仏師自身が仏像について解説する本がある。さらに仏像愛好家が仏像を語る本も最近は数多く出版されている。著名な写真家による仏像を被写体とした仏像写真集というスタイルの本も数多い。日本に伝来した仏像の伝来経路とそのルーツの側面を重視して仏像を読み解く本もある。これらのアプローチによる市販書籍がそれぞれ数冊ずつ手許にある。それぞれの特徴を生かして、参照している。
もう一つが、日本に仏像が伝来して以降、日本における仏像の歴史的変遷を軸にして通史として仏像を解説する本である。この分野で、座右の書にしているのが、別冊太陽として出版された山本勉著『仏像 日本仏像史講義』(平凡社)である。名著だと思う。
そして新聞広告で、タイトルに冠された「語る」という表現に引かれて購入したのが本書。「はじめに」で著者は大学で「仏教美術史」を担当していると記す。そして、「おわりに」で、30年前に初めて中国に行き、石窟の仏像を現地で見、また東南アジア各国の仏像を現地で見た感動に触れている。そして、「本書は、その感動を多くの方と分かち合いたくて、写真を多く用いて時には余談をはさみ講義風にまとめたものです」(p252)と記す。
本書は、大学での講義よりも少しソフトな語り口にして、日本における「仏教美術史」を解説した本である。新書版という制約の中では著者が記すように写真が要所要所で多く掲載されている。
上記の山本勉著『仏像 日本仏像史講義』は、タイトルに「講義」とあるように、解説はである調の文体で、きっちりとした解説で一貫されている。少し固めな感じはあるが、まさに講義を読む印象が心地よい面もある。大きなカラーの仏像写真との組み合わせがよい。
一方、本書はですます調での語りかけスタイルである。読者としてはまず読みやすいと思う。普段の講義内容をかなりソフトな語り口調にされているのではないかと思う。「仏教美術史」観点からの仏像鑑賞ということをまず「目次」のご紹介でご紹介しよう。
第一章 仏像がやってきた! ~飛鳥時代~ 仏像づくりは大陸の模倣から
第二章 童子風にアレンジしました ~白鳳時代~ 写実表現の模索、仏像の童子化
第三章 やっとできた理想の形 ~天平時代~ 写実表現の完成、素材・技法の多様性
第四章 日本の顔になりました ~密教系仏像と和様化した仏像~
第五章 武士好みにアレンジしました ~鎌倉時代~ 仏像づくりの一大転換期
第六章 実は興味深い室町時代と江戸時代
章見出しのタイトル自体に、一般読者向きのソフトタッチな表現が取り入れられている。
第一章の前に、「仏像の世界へ旅立つ前に」という一文がある。そこでまず、仏像のカテゴリー(如来・菩薩・明王・天部)と仏教寺院の伽藍配置の変遷、最初につくられた仏像が仏教開祖・釈迦の姿であり、ガンダーラ地方でつくられた釈迦像は西洋風の顔の像だと、仏像のルーツに触れている。一方、マトゥラーで始まった仏像づくりは東洋的な風貌であるということにも言及している。
著者は「はじめに」で、講義風のこの仏教美術史の執筆でめざしたポイントを明らかにされている。以下のとおり。
①自分の好きな仏像を見つける。
②仏像を見るだけで、制作年代や仏像の種類がわかるようになる。
③日本の歴史や仏教と仏像のつながりがわかるようになる。
④古代日本と東アジア諸国の関係や影響が分かるようになる。
⑤自分だけの「仏像鑑賞ポイント」をもてるようになる。
⑥有名な仏像だけでなく近所にある仏像鑑賞も楽しめるようになる。
そして、「仏像がより面白くなるきっかけを本書で見つけていただければうれしいな、という思いです」としめくくっている。この本が「自分の好きな仏像を見つける」きっかけになることを一番期待されているようだ。
ソフトな語り口で読みやすいので、仏像美術史の入門書としては流れに乗っかっていきやすい本である。仏像づくりの力点の置き方が変遷していく様子における主要ポイントがきっちりと解説されていく。分かりやすい説明の一方で、学術的な説明用語も補足されている。例えば、飛鳥時代の止利仏師が制作した仏像は正面から見ると堂々とした体躯で整った表現だが、側面は胸板の薄い像であり、側面から見ることは意識されていなかったという。「正面観照性の高い仏像」と表現するとか。そう言えば、例えば法隆寺の金堂は現在では堂内に入って見仏することができる。しかし、当時の金堂は仏の家そのものであり、人々は金堂の外側に立って仏像を拝したという。元々は仏像から距離を置いて正面から礼拝するだけだったのだから、ある意味で理にかなっているとも言える。
その上で、著者は法隆寺の釈迦三尊像と四天王像は同時代の制作だが、どちらがより早くつくられた像か、と問いかける。そして答える。横から鑑賞することで判別できると。四天王像は側面から見た天衣も表現されているので、釈迦三尊像より少し後に制作されたことがわかるのだと。
読み進めながら、仏像鑑賞、見仏に必要な仏像用語が順次学べるようにもなっている。
最後に、講義風解説の要点の一端を引用しておきたい。
*日本では、大阪の夜中寺に伝わる飛鳥時代の半跏思惟像に「弥勒菩薩」と記された銘文が残っていたことから、菩薩半跏思惟像=弥勒菩薩像という見方が一般的になったのです。しかし、中宮寺の菩薩半跏思惟像は、「如意輪観音像」と称されています。 p69
*日本の白鳳仏は、初唐様式を受け継ぎながらも、日本流のアレンジが加えられています。アレンジが目立つのは顔で、初唐様式の仏像より子供っぽい表現になっているのです。 p75
*白鳳時代の「基準作例」と言われる興福寺旧東金堂本尊の仏頭 p75
*仏像の首には「三道」といって横線が三本刻まれていることが多いのですが、・・・・三道がないことと、耳朶(じだ)に穴がないことの二つは、飛鳥から白鳳にかけての仏像の特徴なのです。 p89
*天平仏のキーワードは、「写実の完成」です。・・・・写実とは主観を交えずありのままに表現することです。如来や菩薩など、仏像が表現するのは仏であって人間ではありませんが、それでも仏像は人間に近づいていきます。礼拝の対象である仏が、人に近い形であることを人々が願っていたからでしょうか。 p101
*密教はインドで誕生し、古代インドのバラモン教から発展したヒンドゥー経の神々をもとにした仏像がつくられるなど、他宗教の影響を強く受けてきました。 p148
*密教経典の「金剛頂経」と「仁王経」による「三輪身説(さんりんしんせつ)」・・・とは、本来は如来である仏様が、相手によって菩薩の姿で現れたり、憤怒の形相で現れて教えを説くことを意味し(ます)。 p149
*仏像を拝するとき、この翻波式衣文を確認したら、「平安初期の像だとほぼ確定できる」と言えるほど大きな特徴になっています。 p162
*仏像が完全に和様化されるのは12世紀に入ってからで、ちょっと怖い顔の承和様式から脱して和様化に向かう過程でつくられた仁和寺の阿弥陀如来像は「プレ和様」の仏像と呼ばれています。 p166
*定朝が生み出した木像の阿弥陀像は、仏像の歴史の転換点となる作品でした。 p173
*康慶はまた、細かい部分にも改革を起こしました。・・・これを「玉眼」といって、歴史の教科書などには、「鎌倉時代につくられた仏像の特徴」と記されています。
しかし厳密に言えば、平安時代の末期から玉眼入りの仏像がつくられていました。
もっとも古い玉眼の作例:奈良県の長岳寺 阿弥陀三尊像 p194
*鎌倉時代の多くの仏師は僧綱を与えられ、社会的にも認められた仏師でしたが、室町時代になると、世俗の人たちが仏像づくりを行うようになります。 p228
これらの引用から、本書の講義風語りの雰囲気は感じていただけることだろう。
本書の末尾には、イラストを付して、「仏像のつくり方」の紹介が載せてある。
金銅仏、一木造、寄木造、塑像、乾漆像の制作方法である。
仏像鑑賞を日本の仏教美術史の観点から学ぶ入門書としては読みやすくて有益だと思う。私にとっては、相互に補完しあう部分もあり、本書と山本勉著『仏像 日本仏像史講義』が相乗効果をだしてくれるように感じている。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『仏像 日本仏像史講義』 山本勉 平凡社
『仏像のひみつ』・『続 仏像のひみつ』 山本 勉 / 川口澄子 朝日出版社
『仏師から見た日本仏像史 一刀三礼、仏のかたち』 江里康慧 ミネルヴァ書房
『ぶつぞう入門』 柴門ふみ 文春文庫
『見仏記ガイドブック』 いとうせいこう みうらじゅん 角川書店
『見仏記』 いとうせいこう・みうらじゅん 中央公論社
『秘見仏記』 いとうせいこう・みうらじゅん 中央公論社
もう一つが、日本に仏像が伝来して以降、日本における仏像の歴史的変遷を軸にして通史として仏像を解説する本である。この分野で、座右の書にしているのが、別冊太陽として出版された山本勉著『仏像 日本仏像史講義』(平凡社)である。名著だと思う。
そして新聞広告で、タイトルに冠された「語る」という表現に引かれて購入したのが本書。「はじめに」で著者は大学で「仏教美術史」を担当していると記す。そして、「おわりに」で、30年前に初めて中国に行き、石窟の仏像を現地で見、また東南アジア各国の仏像を現地で見た感動に触れている。そして、「本書は、その感動を多くの方と分かち合いたくて、写真を多く用いて時には余談をはさみ講義風にまとめたものです」(p252)と記す。
本書は、大学での講義よりも少しソフトな語り口にして、日本における「仏教美術史」を解説した本である。新書版という制約の中では著者が記すように写真が要所要所で多く掲載されている。
上記の山本勉著『仏像 日本仏像史講義』は、タイトルに「講義」とあるように、解説はである調の文体で、きっちりとした解説で一貫されている。少し固めな感じはあるが、まさに講義を読む印象が心地よい面もある。大きなカラーの仏像写真との組み合わせがよい。
一方、本書はですます調での語りかけスタイルである。読者としてはまず読みやすいと思う。普段の講義内容をかなりソフトな語り口調にされているのではないかと思う。「仏教美術史」観点からの仏像鑑賞ということをまず「目次」のご紹介でご紹介しよう。
第一章 仏像がやってきた! ~飛鳥時代~ 仏像づくりは大陸の模倣から
第二章 童子風にアレンジしました ~白鳳時代~ 写実表現の模索、仏像の童子化
第三章 やっとできた理想の形 ~天平時代~ 写実表現の完成、素材・技法の多様性
第四章 日本の顔になりました ~密教系仏像と和様化した仏像~
第五章 武士好みにアレンジしました ~鎌倉時代~ 仏像づくりの一大転換期
第六章 実は興味深い室町時代と江戸時代
章見出しのタイトル自体に、一般読者向きのソフトタッチな表現が取り入れられている。
第一章の前に、「仏像の世界へ旅立つ前に」という一文がある。そこでまず、仏像のカテゴリー(如来・菩薩・明王・天部)と仏教寺院の伽藍配置の変遷、最初につくられた仏像が仏教開祖・釈迦の姿であり、ガンダーラ地方でつくられた釈迦像は西洋風の顔の像だと、仏像のルーツに触れている。一方、マトゥラーで始まった仏像づくりは東洋的な風貌であるということにも言及している。
著者は「はじめに」で、講義風のこの仏教美術史の執筆でめざしたポイントを明らかにされている。以下のとおり。
①自分の好きな仏像を見つける。
②仏像を見るだけで、制作年代や仏像の種類がわかるようになる。
③日本の歴史や仏教と仏像のつながりがわかるようになる。
④古代日本と東アジア諸国の関係や影響が分かるようになる。
⑤自分だけの「仏像鑑賞ポイント」をもてるようになる。
⑥有名な仏像だけでなく近所にある仏像鑑賞も楽しめるようになる。
そして、「仏像がより面白くなるきっかけを本書で見つけていただければうれしいな、という思いです」としめくくっている。この本が「自分の好きな仏像を見つける」きっかけになることを一番期待されているようだ。
ソフトな語り口で読みやすいので、仏像美術史の入門書としては流れに乗っかっていきやすい本である。仏像づくりの力点の置き方が変遷していく様子における主要ポイントがきっちりと解説されていく。分かりやすい説明の一方で、学術的な説明用語も補足されている。例えば、飛鳥時代の止利仏師が制作した仏像は正面から見ると堂々とした体躯で整った表現だが、側面は胸板の薄い像であり、側面から見ることは意識されていなかったという。「正面観照性の高い仏像」と表現するとか。そう言えば、例えば法隆寺の金堂は現在では堂内に入って見仏することができる。しかし、当時の金堂は仏の家そのものであり、人々は金堂の外側に立って仏像を拝したという。元々は仏像から距離を置いて正面から礼拝するだけだったのだから、ある意味で理にかなっているとも言える。
その上で、著者は法隆寺の釈迦三尊像と四天王像は同時代の制作だが、どちらがより早くつくられた像か、と問いかける。そして答える。横から鑑賞することで判別できると。四天王像は側面から見た天衣も表現されているので、釈迦三尊像より少し後に制作されたことがわかるのだと。
読み進めながら、仏像鑑賞、見仏に必要な仏像用語が順次学べるようにもなっている。
最後に、講義風解説の要点の一端を引用しておきたい。
*日本では、大阪の夜中寺に伝わる飛鳥時代の半跏思惟像に「弥勒菩薩」と記された銘文が残っていたことから、菩薩半跏思惟像=弥勒菩薩像という見方が一般的になったのです。しかし、中宮寺の菩薩半跏思惟像は、「如意輪観音像」と称されています。 p69
*日本の白鳳仏は、初唐様式を受け継ぎながらも、日本流のアレンジが加えられています。アレンジが目立つのは顔で、初唐様式の仏像より子供っぽい表現になっているのです。 p75
*白鳳時代の「基準作例」と言われる興福寺旧東金堂本尊の仏頭 p75
*仏像の首には「三道」といって横線が三本刻まれていることが多いのですが、・・・・三道がないことと、耳朶(じだ)に穴がないことの二つは、飛鳥から白鳳にかけての仏像の特徴なのです。 p89
*天平仏のキーワードは、「写実の完成」です。・・・・写実とは主観を交えずありのままに表現することです。如来や菩薩など、仏像が表現するのは仏であって人間ではありませんが、それでも仏像は人間に近づいていきます。礼拝の対象である仏が、人に近い形であることを人々が願っていたからでしょうか。 p101
*密教はインドで誕生し、古代インドのバラモン教から発展したヒンドゥー経の神々をもとにした仏像がつくられるなど、他宗教の影響を強く受けてきました。 p148
*密教経典の「金剛頂経」と「仁王経」による「三輪身説(さんりんしんせつ)」・・・とは、本来は如来である仏様が、相手によって菩薩の姿で現れたり、憤怒の形相で現れて教えを説くことを意味し(ます)。 p149
*仏像を拝するとき、この翻波式衣文を確認したら、「平安初期の像だとほぼ確定できる」と言えるほど大きな特徴になっています。 p162
*仏像が完全に和様化されるのは12世紀に入ってからで、ちょっと怖い顔の承和様式から脱して和様化に向かう過程でつくられた仁和寺の阿弥陀如来像は「プレ和様」の仏像と呼ばれています。 p166
*定朝が生み出した木像の阿弥陀像は、仏像の歴史の転換点となる作品でした。 p173
*康慶はまた、細かい部分にも改革を起こしました。・・・これを「玉眼」といって、歴史の教科書などには、「鎌倉時代につくられた仏像の特徴」と記されています。
しかし厳密に言えば、平安時代の末期から玉眼入りの仏像がつくられていました。
もっとも古い玉眼の作例:奈良県の長岳寺 阿弥陀三尊像 p194
*鎌倉時代の多くの仏師は僧綱を与えられ、社会的にも認められた仏師でしたが、室町時代になると、世俗の人たちが仏像づくりを行うようになります。 p228
これらの引用から、本書の講義風語りの雰囲気は感じていただけることだろう。
本書の末尾には、イラストを付して、「仏像のつくり方」の紹介が載せてある。
金銅仏、一木造、寄木造、塑像、乾漆像の制作方法である。
仏像鑑賞を日本の仏教美術史の観点から学ぶ入門書としては読みやすくて有益だと思う。私にとっては、相互に補完しあう部分もあり、本書と山本勉著『仏像 日本仏像史講義』が相乗効果をだしてくれるように感じている。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『仏像 日本仏像史講義』 山本勉 平凡社
『仏像のひみつ』・『続 仏像のひみつ』 山本 勉 / 川口澄子 朝日出版社
『仏師から見た日本仏像史 一刀三礼、仏のかたち』 江里康慧 ミネルヴァ書房
『ぶつぞう入門』 柴門ふみ 文春文庫
『見仏記ガイドブック』 いとうせいこう みうらじゅん 角川書店
『見仏記』 いとうせいこう・みうらじゅん 中央公論社
『秘見仏記』 いとうせいこう・みうらじゅん 中央公論社