40年近い船員生活を過ごしてきた柚木静一郎は最後の航海に臨んでいた。彼の最後の伴侶となる船がパシフィックローズ号。本書のタイトルはこの船名に由来する。
パシフィックローズ号は船齢24年の不定期貨物船。1万総トン、15,000トン積みでほとんどあらゆる貨物を運ぶ船。満載すれば14ノットがせいぜいというところ。
パシフィックローズ号の船長である柚木と機関長山根亨以外の乗組員は外国人であり、総勢18名。10月下旬、午前10時20分に生ゴム12,000トンを積みスマトラ島中部のドゥマイ港を離岸した。目的地は横浜。ハーバーパイロットの嚮導で国際航路への合流点に達したのが13時10分。ここから柚木が操船の指揮を執り、シンガポール海峡を抜け北北東に進路をとる。
夜間航行中に、柚木は三等航海士ミゲロの報告で、500総トンほどの小型タンカーの火災を知る。双眼鏡で確かめると船名は「サンタクルス」号。ミゲロが救難用の国際VHF無線で交信を試みるが応答無し。救難要請も発信なし。サンタクルス号に一番近い船がパシフィックローズ号だった。胸騒ぎがするも、船舶火災を無視できないと判断した柚木は救出に向かう。炎上するサンタクルス号に接近した時点で、国際VHFに救出の応答があった。だが、一瞬の胸騒ぎが当たる。それは海賊の罠だった。パシフィックローズ号は、ハイジャックされてしまう。これがこのストーリーの始まりとなる。
2000年に作家デビューした著者笹本稜平は、2003年にこの『太平洋の薔薇』で第6回大藪春彦賞を受賞した。2003年8月、中央公論社から単行本が刊行され、2006年3月に光文社文庫となっている。
文庫本奥書の書名記載には、長編冒険小説と付記されている。文庫本で実質864ページに及ぶ長編である。ハイジャックされることにより、柚木船長は大型船の水域としては危険な珊瑚礁やサンドウエーブの海域の航行、接近する台風に向かう航行、日本列島を挟んで太平洋側と日本海側を進む二つの低気圧が生み出す高波、波浪の峰に向かう航行などを迫られることになる。強いられた冒険に果敢にも乗組員とともに挑んでいく。それは、乗組員全員を無事に生還させるという目的のためだった。
パシフィックローズ号は、生ゴムという積荷の強奪と乗組員の身代金目的でハイジャックされたのではなかった。ハイジャックの裏では、テロリストが周到な計画のもとに糸を引いていたのである。積荷の強奪は単なる余録であり、テロリストはある危険物を運搬させる目的のもとに柚木とパシフィックローズ号を狙ったのだった。
この小説は、メイン・ストーリーとして、柚木船長と乗組員がこの危難を克服し無事生還できるかどうかを描きあげて行く。柚木船長が破天荒な条件下にある海域を如何にダイナミックにかつ周到に操船し、危難を克服していくかがまず読ませどころになる。
さらに、柚木船長が乗組員の生還とパシフィックローズ号奪還を目的に定め、ハイジャックした側のリーダー格でありアララトと名乗る男と対峙する。その頭脳戦が併せて読みどころとなる。柚木とアララトの対峙を通じて、アララトの目的とその人物像が徐々に明らかになっていく。
さらに、複数のサブ・ストーリーがパラレルに進行していく。
1. 主人公は柚木夏海。27歳。柚木静一郎の娘。夏海は一流の国立大学を卒業後、海上保安庁に就職。昨年からICC(国際商工会議所)の下部組織IMB(国際海事局)が運営するクアラルンプールの海賊情報センターに出向している。夏海は小学2年の時、父に同行する形で、まだ船齢の若かったパシフィックローズ号で船旅を経験し、この船を熟知していた。
パシフィックローズ号がハイジャックされたことを知ると、海賊情報センターの任務として、キャプテン・コンディリスの指揮下で、父の乗るこの船の捜索・発見活動にキーパーソンとして関わっていく。海賊情報センターは実働部隊を持たないので、その業務は緊急時でも情報の発信と調整業務が中心となる。
父を救出しなければという危地に投げ込まれた夏海の心理と行動が描かれる。
2. 世界一周航海を行っている豪華客船スターライト・オブ・シリウス号の船内でのストーリーが始まっていく。主な登場人物はドクター・ザカリアンとこの船の船医藤井慎也である。場所は晩秋のアドリア海から始まる。32歳で独身の藤井は2週間前にサウサンプトン港で新任船医として乗船したばかり。ドクター・ザカリアンは、この船の最上階の船客VIPたちの一人でひときわ異彩を放つ人物。1921年生まれの82歳。医師。旧ソ連からアメリカに亡命した天才科学者で、細菌学と免疫学の国際的権威。ザカリアン研究所を設立し、アメリカの代表的な富豪の一人となった。この豪華客船の処女航海以来この船上で暮らし、キャビンは個人的に買い取り、スターライト・クルーズの20%を所有する大株主でもある。ザカリアンの許には、執事一人が同船していて、ザカリアンの世話をしている。
ストーリーの冒頭の導入場面の次に突然このサブ・ストーリーが始まる。最初は読者としてとまどうが、徐々にこのザカリアンの独特の雰囲気と謎に関心を抱くことになる。徐々に彼が重要な人物であることが見え始める。
3. イルクーツク州立病院内科に運び込まれた患者が出血熱の一種だと診断され、病室が立入禁止となる場面から始まる。その病室を検分するのが州公衆衛生局防疫部長イリヤ・ミロノフである。彼は内科部長から状況説明を受ける。
この事態にFSB(連邦保安局)イルクーツク州支局が絡んでくる。FSBは元を辿ればKGBである。支局長ルシコフからステパーシンFSB中尉は命令を受ける。シベリア連邦管区大統領全権代表レオニード・クルコフ将軍からの直接の指示だという。イルクーツクから200kmほど北西の小さな町、チェレンホーヴォのBBI(バイカル・バイオケミカル研究所)からモスクワの本部に、保管してあった特殊な細菌が一週間前に盗まれたと報告が出された。BBIは民間に払い下げられる前は、バイオプレパラートの一つだった。それは1970年代にソ連が推進した生物兵器開発計画の研究施設の総称を意味する。
国家にとって大問題が発生していたのだ。ステパーシンは国家的機密事項の追跡捜査と奪還を担う立場に投げ込まれる。一方、ミロノフはこの事態を己の出世のチャンスと捉えていく。このサブストーリーがどのように絡んでいくのか、読者としては興味津々となる。
4. 諜報活動のサブストーリーが始まって行く。アメリカのNSA(国家安全保障局)西アジア担当情報分析官ロナルド・フィルモアが長年追跡してきたティグラネスというコードネームの男・宿敵に関わる通話をNASA自慢のスーパーコンピュータから弾き出したのだ。ティグラネスはASLA(アルメニア解放秘密軍)がベイルートに拠点を置いていた当時の最高責任者だった。フィルモアがCIAに所属し、ティグラネスを追跡していたとき、恋人のファティーマがティグラネスの仕掛けにより爆殺された。フィルモアの執念の行動が始まって行く。このサブ・ストーリーがどのように関わるのか。当初はリンクする接点が見えぬまま、進展して行く。それが関心を喚起していく。
5. パシフィックローズ号を所有する東伸海運では、船との通信が取れなくなった時点で、不定期船グループのチーフ猪谷行男が海上保安庁に通報した。海上保安庁では緊急対策本部が立ち上げられた。前例のアロンドラアレインボー号事件のときと同じ対応が始まる。シンガポールにヘリ搭載型の巡視船「かいもん」、航空機ファルコン900、SST(海上保安庁特殊警備隊)一個小隊が派遣されることに。勿論、夏海はシンガポールのチャンギ空港からファルコン900に搭乗し、海上保安庁の一員として海上捜索に加わる。
シンガポールに到着した「かいもん」は燃料と食糧、水の補給を済ませると早速捜索のために出航する。キャプテンは矢吹晃三等海保監である。日本を離れた赤道直下の熱帯の海で捜索活動が始まっていく。矢吹は柚木静一郎の伝説的なエピソードを知っていて、柚木に私淑していた。それだけにこの捜索には力がこもっていた。
一方、海上保安庁もまた官僚組織である。船には島村という業務管理官が乗船していて、矢吹らの行動を監察している。事なかれ主義の島村は、矢吹にとっては行動を制約される障害になっていく。島村は本部に圧力をかける形で、矢吹の行動を制約しようとする。官僚組織の悪弊が織り込まれていくところが、リアル感につながる。また、ハイジャック問題に対する国際的な連携の難しさが、法制面の制約と各国の実力並びに組織風土という両面から描き込まれる。その渦中で矢吹キャプテンがどのような判断と行動を乗組員とともにとっていくかが、このサブ・ストーリーでの読ませどころとなる。
これらサブ・ストーリーがメイン・ストーリーとパラレルに進行し、やがて集約・統合されていく。
荒れ狂う海での操船描写がダイナミックであり、そのシーンを想像する楽しみを十分すぎるくらい与えてくれる。この小説、ミステリー調のストーリー展開を軸にし、CGを駆使して航行のダイナミックな場面をふんだんに盛り込み、一方で、シリアスな状況・事象も要所要所に登場させる必要性があるので、映画化すればおもしろい作品になるのではないか・・・・そんな気がする。リアルな映画化を想定すれば、相当な制作費が必要になるだろうとも思う。
20年近く前の作品だが、古さを感じさせずリアルに読み進められるストーリーだと思う。大藪春彦賞は納得である。書棚に眠らせておかずにもっと早く読めばよかった。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
海賊インフーメーションリンク :「日本船主協会」
アロンドラ・レインボー事件 :「国土交通省」
IMB(国際商業会議所の国際海事局)による統計 :「日本船主協会」
ダッソーファルコン900 :ウィキペディア
海上保安庁の装備品一覧 :ウィキペディア
「しきしま」級巡視船の整備 :「海上保安レポート2010」
ヘリ搭載 最大級巡視船「あさづき」就役(2021年11月12日) YouTube
海賊行為の発生件数 :「社会実情データ図録」
海賊行為の動向とホットスポット :「gard」
IMB海賊情報センター発表/ソマリア、ナイジェリア近海で海賊事件急増 :「IMOS」
生物兵器禁止条約(BWC)の概要 :「外務省}
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『相剋 越境捜査』 双葉社
『指揮権発動』 角川書店
『転生 越境捜査』 双葉文庫
『最終標的 所轄魂』 徳間書店
『危険領域 所轄魂』 徳間文庫
『山狩』 光文社
『孤軍 越境捜査』 双葉文庫
『偽装 越境捜査』 双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20冊
パシフィックローズ号は船齢24年の不定期貨物船。1万総トン、15,000トン積みでほとんどあらゆる貨物を運ぶ船。満載すれば14ノットがせいぜいというところ。
パシフィックローズ号の船長である柚木と機関長山根亨以外の乗組員は外国人であり、総勢18名。10月下旬、午前10時20分に生ゴム12,000トンを積みスマトラ島中部のドゥマイ港を離岸した。目的地は横浜。ハーバーパイロットの嚮導で国際航路への合流点に達したのが13時10分。ここから柚木が操船の指揮を執り、シンガポール海峡を抜け北北東に進路をとる。
夜間航行中に、柚木は三等航海士ミゲロの報告で、500総トンほどの小型タンカーの火災を知る。双眼鏡で確かめると船名は「サンタクルス」号。ミゲロが救難用の国際VHF無線で交信を試みるが応答無し。救難要請も発信なし。サンタクルス号に一番近い船がパシフィックローズ号だった。胸騒ぎがするも、船舶火災を無視できないと判断した柚木は救出に向かう。炎上するサンタクルス号に接近した時点で、国際VHFに救出の応答があった。だが、一瞬の胸騒ぎが当たる。それは海賊の罠だった。パシフィックローズ号は、ハイジャックされてしまう。これがこのストーリーの始まりとなる。
2000年に作家デビューした著者笹本稜平は、2003年にこの『太平洋の薔薇』で第6回大藪春彦賞を受賞した。2003年8月、中央公論社から単行本が刊行され、2006年3月に光文社文庫となっている。
文庫本奥書の書名記載には、長編冒険小説と付記されている。文庫本で実質864ページに及ぶ長編である。ハイジャックされることにより、柚木船長は大型船の水域としては危険な珊瑚礁やサンドウエーブの海域の航行、接近する台風に向かう航行、日本列島を挟んで太平洋側と日本海側を進む二つの低気圧が生み出す高波、波浪の峰に向かう航行などを迫られることになる。強いられた冒険に果敢にも乗組員とともに挑んでいく。それは、乗組員全員を無事に生還させるという目的のためだった。
パシフィックローズ号は、生ゴムという積荷の強奪と乗組員の身代金目的でハイジャックされたのではなかった。ハイジャックの裏では、テロリストが周到な計画のもとに糸を引いていたのである。積荷の強奪は単なる余録であり、テロリストはある危険物を運搬させる目的のもとに柚木とパシフィックローズ号を狙ったのだった。
この小説は、メイン・ストーリーとして、柚木船長と乗組員がこの危難を克服し無事生還できるかどうかを描きあげて行く。柚木船長が破天荒な条件下にある海域を如何にダイナミックにかつ周到に操船し、危難を克服していくかがまず読ませどころになる。
さらに、柚木船長が乗組員の生還とパシフィックローズ号奪還を目的に定め、ハイジャックした側のリーダー格でありアララトと名乗る男と対峙する。その頭脳戦が併せて読みどころとなる。柚木とアララトの対峙を通じて、アララトの目的とその人物像が徐々に明らかになっていく。
さらに、複数のサブ・ストーリーがパラレルに進行していく。
1. 主人公は柚木夏海。27歳。柚木静一郎の娘。夏海は一流の国立大学を卒業後、海上保安庁に就職。昨年からICC(国際商工会議所)の下部組織IMB(国際海事局)が運営するクアラルンプールの海賊情報センターに出向している。夏海は小学2年の時、父に同行する形で、まだ船齢の若かったパシフィックローズ号で船旅を経験し、この船を熟知していた。
パシフィックローズ号がハイジャックされたことを知ると、海賊情報センターの任務として、キャプテン・コンディリスの指揮下で、父の乗るこの船の捜索・発見活動にキーパーソンとして関わっていく。海賊情報センターは実働部隊を持たないので、その業務は緊急時でも情報の発信と調整業務が中心となる。
父を救出しなければという危地に投げ込まれた夏海の心理と行動が描かれる。
2. 世界一周航海を行っている豪華客船スターライト・オブ・シリウス号の船内でのストーリーが始まっていく。主な登場人物はドクター・ザカリアンとこの船の船医藤井慎也である。場所は晩秋のアドリア海から始まる。32歳で独身の藤井は2週間前にサウサンプトン港で新任船医として乗船したばかり。ドクター・ザカリアンは、この船の最上階の船客VIPたちの一人でひときわ異彩を放つ人物。1921年生まれの82歳。医師。旧ソ連からアメリカに亡命した天才科学者で、細菌学と免疫学の国際的権威。ザカリアン研究所を設立し、アメリカの代表的な富豪の一人となった。この豪華客船の処女航海以来この船上で暮らし、キャビンは個人的に買い取り、スターライト・クルーズの20%を所有する大株主でもある。ザカリアンの許には、執事一人が同船していて、ザカリアンの世話をしている。
ストーリーの冒頭の導入場面の次に突然このサブ・ストーリーが始まる。最初は読者としてとまどうが、徐々にこのザカリアンの独特の雰囲気と謎に関心を抱くことになる。徐々に彼が重要な人物であることが見え始める。
3. イルクーツク州立病院内科に運び込まれた患者が出血熱の一種だと診断され、病室が立入禁止となる場面から始まる。その病室を検分するのが州公衆衛生局防疫部長イリヤ・ミロノフである。彼は内科部長から状況説明を受ける。
この事態にFSB(連邦保安局)イルクーツク州支局が絡んでくる。FSBは元を辿ればKGBである。支局長ルシコフからステパーシンFSB中尉は命令を受ける。シベリア連邦管区大統領全権代表レオニード・クルコフ将軍からの直接の指示だという。イルクーツクから200kmほど北西の小さな町、チェレンホーヴォのBBI(バイカル・バイオケミカル研究所)からモスクワの本部に、保管してあった特殊な細菌が一週間前に盗まれたと報告が出された。BBIは民間に払い下げられる前は、バイオプレパラートの一つだった。それは1970年代にソ連が推進した生物兵器開発計画の研究施設の総称を意味する。
国家にとって大問題が発生していたのだ。ステパーシンは国家的機密事項の追跡捜査と奪還を担う立場に投げ込まれる。一方、ミロノフはこの事態を己の出世のチャンスと捉えていく。このサブストーリーがどのように絡んでいくのか、読者としては興味津々となる。
4. 諜報活動のサブストーリーが始まって行く。アメリカのNSA(国家安全保障局)西アジア担当情報分析官ロナルド・フィルモアが長年追跡してきたティグラネスというコードネームの男・宿敵に関わる通話をNASA自慢のスーパーコンピュータから弾き出したのだ。ティグラネスはASLA(アルメニア解放秘密軍)がベイルートに拠点を置いていた当時の最高責任者だった。フィルモアがCIAに所属し、ティグラネスを追跡していたとき、恋人のファティーマがティグラネスの仕掛けにより爆殺された。フィルモアの執念の行動が始まって行く。このサブ・ストーリーがどのように関わるのか。当初はリンクする接点が見えぬまま、進展して行く。それが関心を喚起していく。
5. パシフィックローズ号を所有する東伸海運では、船との通信が取れなくなった時点で、不定期船グループのチーフ猪谷行男が海上保安庁に通報した。海上保安庁では緊急対策本部が立ち上げられた。前例のアロンドラアレインボー号事件のときと同じ対応が始まる。シンガポールにヘリ搭載型の巡視船「かいもん」、航空機ファルコン900、SST(海上保安庁特殊警備隊)一個小隊が派遣されることに。勿論、夏海はシンガポールのチャンギ空港からファルコン900に搭乗し、海上保安庁の一員として海上捜索に加わる。
シンガポールに到着した「かいもん」は燃料と食糧、水の補給を済ませると早速捜索のために出航する。キャプテンは矢吹晃三等海保監である。日本を離れた赤道直下の熱帯の海で捜索活動が始まっていく。矢吹は柚木静一郎の伝説的なエピソードを知っていて、柚木に私淑していた。それだけにこの捜索には力がこもっていた。
一方、海上保安庁もまた官僚組織である。船には島村という業務管理官が乗船していて、矢吹らの行動を監察している。事なかれ主義の島村は、矢吹にとっては行動を制約される障害になっていく。島村は本部に圧力をかける形で、矢吹の行動を制約しようとする。官僚組織の悪弊が織り込まれていくところが、リアル感につながる。また、ハイジャック問題に対する国際的な連携の難しさが、法制面の制約と各国の実力並びに組織風土という両面から描き込まれる。その渦中で矢吹キャプテンがどのような判断と行動を乗組員とともにとっていくかが、このサブ・ストーリーでの読ませどころとなる。
これらサブ・ストーリーがメイン・ストーリーとパラレルに進行し、やがて集約・統合されていく。
荒れ狂う海での操船描写がダイナミックであり、そのシーンを想像する楽しみを十分すぎるくらい与えてくれる。この小説、ミステリー調のストーリー展開を軸にし、CGを駆使して航行のダイナミックな場面をふんだんに盛り込み、一方で、シリアスな状況・事象も要所要所に登場させる必要性があるので、映画化すればおもしろい作品になるのではないか・・・・そんな気がする。リアルな映画化を想定すれば、相当な制作費が必要になるだろうとも思う。
20年近く前の作品だが、古さを感じさせずリアルに読み進められるストーリーだと思う。大藪春彦賞は納得である。書棚に眠らせておかずにもっと早く読めばよかった。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
海賊インフーメーションリンク :「日本船主協会」
アロンドラ・レインボー事件 :「国土交通省」
IMB(国際商業会議所の国際海事局)による統計 :「日本船主協会」
ダッソーファルコン900 :ウィキペディア
海上保安庁の装備品一覧 :ウィキペディア
「しきしま」級巡視船の整備 :「海上保安レポート2010」
ヘリ搭載 最大級巡視船「あさづき」就役(2021年11月12日) YouTube
海賊行為の発生件数 :「社会実情データ図録」
海賊行為の動向とホットスポット :「gard」
IMB海賊情報センター発表/ソマリア、ナイジェリア近海で海賊事件急増 :「IMOS」
生物兵器禁止条約(BWC)の概要 :「外務省}
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『相剋 越境捜査』 双葉社
『指揮権発動』 角川書店
『転生 越境捜査』 双葉文庫
『最終標的 所轄魂』 徳間書店
『危険領域 所轄魂』 徳間文庫
『山狩』 光文社
『孤軍 越境捜査』 双葉文庫
『偽装 越境捜査』 双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20冊