遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『共犯捜査』  堂場瞬一  集英社文庫

2018-12-24 10:55:28 | レビュー
 福岡県警捜査一課強行班の刑事、皆川慶一朗が主人公となる小説である。『検証捜査』の系譜に連なる作品がまた生まれた。『複合捜査』が2作目と言える。この『共犯捜査』がたぶん3作目になるのだろう。誘拐事件発生の現場が九州の福岡、7月13日だ。
 7歳の小学校1年生、松本莉子が誘拐され、犯人とおぼしき者から現金5000万円を用意しろという脅迫電話が入る。被害者の親は、博多派遣サービスの社長で、福岡県では一番大きい人材派遣会社を経営している。親は指定された金額を準備する。その受け渡し場所の指示が犯人側から入るのに合わせて対応し、皆川は助手席に5歳年長の先輩・馬場刑事を乗せた車で待機する。そして、犯人が現金の入ったボストンバッグを取得した時点で、犯人の乗るアルファードを追跡する。この追跡場面からストーリーが始まる。
 追跡に気づいたのか、アルファードは中央埠頭に向かう途中で一気にスピードを上げていく。その結果、アルファードはスピードを落とすことなく、埠頭の先端から博多湾へと飛び込んでしまった。運転していた男は死亡。現金の入ったボストンバッグは車中から発見されなかった。死亡者の身元は捜査で間もなく判明する。
 だが、ここで問題が提起される。皆川が運転する追跡の仕方に無理があり、犯人を追い詰めて焦らせた可能性がなかったかという疑念である。監察が状況究明に動き出す。皆川は古屋監察官から事情聴取を受ける立場になる。一方、佐竹捜査一課長からは謹慎しろと指示される。それは佐竹からの罰だと言う。
 そんな矢先に、市営の海づり公園の防波堤近くで、被害者松本莉子が遺体で発見される。この時点で誘拐殺人事件に発展した。馬場刑事から携帯電話に遺体発見の連絡が皆川に入る。皆川は思わず事件現場に出向いていくが、現場で宮下刑事に呼び止められ、「お前の謹慎は、被害者対策なのだ」と言われる羽目になる。
 この頃、皆川には女児が誕生したばかりの時期で、妻は実家に戻っていた。女児を得たばかりの皆川は、7歳の松本莉子が殺されたことによる両親の思いをわが子に重ねて大きなプレッシャーを感じ始める。
 南福岡署に捜査本部が立つ。死亡したアルファードの運転手は小澤と判明するが、小澤が松本莉子を殺害している余裕がないというところから、事件は共犯者を捜査するという形に進展して行く。謹慎を指示された皆川は、捜査本部とは切り離されて、「自分だけのけ者」という意識にかられる。ふだん自分は熱血刑事ではないと思っている皆川は、自分以上に「熱」のない同期の三山刑事に連絡をとり、同期のよしみで独自の捜査情報を得ようとする。そして、自分の今の立場で何ができるかと考えながら動き出す。しばらくして、皆川は謹慎処分を解除され捜査に復帰する。皆川の行動に徐々に熱が入っていく。皆川の事件に対する姿勢・心理がステップアップしていくプロセスの描写が一つの読ませどころになる。

 このストーリーのおもしろいところは、東京で強盗未遂で逮捕された長池直樹、30歳が取り調べの途中で突然福岡での誘拐事件について自供するという思わぬ展開である。神谷刑事が皆川に連絡を入れる。名古屋での検証捜査を共にした繋がりで、皆川と神谷がリンクするという面白い展開が生まれる。所轄から警視庁の捜査1課に情報が入り、神谷刑事がそれを受けたというのである。捜査共助課経由で、警視庁から正式な情報が福岡県警に入ってくる。皆川は自ら東京で長池が本当に共犯者なのかの取調べをしたいと志願する。その結果、この誘拐事件に関わり己の失点を感じている花澤絵里と一緒に、東京に赴く。
 この東京での取調べで共犯の可能性が明らかになり、長池を福岡に護送して捜査を継続する形に進展して行く。皆川と神谷の関係、並びに神谷のサポートが興味深い。
 東京での取調べに引きつづき、福岡でも皆川が取調べを継続する。長池の応答態度の中に誰かをかばっているような感触を皆川は感じ始める。
 このストーリーでは、この長池の取調べのピロセスがもう一つの読ませどころだろう。どこまで速やかに事実を引き出せるのか・・・・。

 その渦中で、もう一つの誘拐事件が起こっているとのタレコミ電話が警察の代表電話にかかってきた。大嶋智史の息子が誘拐されたという情報である。誘拐そのものの真偽も不明のまま、皆川は急遽まずその状況を調べるように指示される。捜査を始めていくと、奇妙な状況が出てくる。大嶋智史は息子が誘拐されたということを否定する。皆川はそこに何か隠されていると感じ始める。この2件目の情報は、連続誘拐事件となるのか、全く関わりがないことなのか・・・・。当事者の周辺情報を調べていくと、意外な人間関係が浮かび上がっていく。
 この大嶋の息子が誘拐されたというタレコミの事実究明、その捜査プロセスがもう一つの山場といえる。共犯者の捜査が広がる中で、共犯者の人間関係は予想外の繋がりに進展して行く。

 さらにもう一人の遺体が発見される。被害者は共犯者の一人と判明する。2つの誘拐事件に翻弄されながら皆川はその謎解きを推進していく。
 クライマックスでは、追跡される過程で、共犯者が銃を使う事態にまで進展する。皆川は、命をはる熱血刑事に変貌していくことになる。 
 また、このストーリーでは、皆川の同期である三山刑事がおもしろい役回りを果たしている。人それぞれに長所・役割があるという事例になっている。

 このストーリーの構成で、もう一つ興味深い点は、犯人の独白と思われる呟きが太ゴチック体で要所要所に挿入されていくことである。
 それは、67ページの
  「闇。水。
   用無しになった人間は捨てるしかない。
   子どもは軽いものだ。--魂がなくなった分、軽くなるのだろうか。」
から始まり、470ページの
  「ゲームオーバー。
   この先の人生はささやかな余禄だ。」
で終わる。読者はこれが誰の独白なのか・・・・・、それに興味津々とならざるを得ない。

 さらに、この共犯捜査の真の原因を創り出した人間がいたのだ。誘拐犯の供述で明らかになる。その意外性がこのストーリーの要である。だがそれは、捜査方法についての皆川の反省に繋がって行く。

 最後のワンシーンは、『検証捜査』で登場した永井参事官が登場する。福岡県警刑事部総合参事官として8月1日付で赴任してきていた。警察とは関係のない場所で、赴任前に発生した今回の事件の詳細を直接皆川から聴きたいという。話が終わると、二人は握手して別れる。
 これって、アメリカ映画にあるパターンでは! 皆川刑事が永井とともに活躍する新たなストーリーが続くのではないか? そんな期待を持たせるエンディングだ。
 大いに期待しようではないか。

 ご一読ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』  中公文庫
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