『検証捜査』から波及したシリーズとみると、第4作になる。このストーリーの中心人物は、大阪府警の島村保。明日で大阪府警梅田署署長として2年の勤務を終え、明後日からは警察学校長に就任することが決まっている。署長退任までのカウントダウンが始まった状況の中で、事件が連続して発生して行く。このストーリーは、とてつもない事件の陣頭指揮を執らざるをえない状況に曝されていく島村署長を軸に警察の対応行動が描き込まれていく。
島村は大阪府警から検証捜査に加わったメンバーである。今回も悪縁なのかどうなのか、警視庁の神谷刑事が結果的に事件に絡んでいく局面が生まれるという関係から第4作と言える。
ストーリーは、太陽の塔の空中あたりが燃えているのを万博記念公園駅構内から目撃した人が119番に通報するシーンから始まる。大阪のシンボルが燃えている!
署の幹部クラスにより行われた曽根崎新地での島村署長送別会を終えて、島村は梅田署の最上階にある官舎に戻った。風呂に入ろうとしていた矢先に、妻の昌美が脱衣所に飛び込んで来て告げる。太陽の塔が燃えているというテレビ報道が流されているのだった。そこに新たなニュースが入る。大阪市中央公会堂で火災が発生しているという情報だ。
島村署長は勿論、即座に1階の梅田署に降りて行く。そして、3カ所目。USJ入口の地球儀が燃えているという通報が午後11時前に入ったという。梅田署管内ではないが、ピンポイントを狙った事件が連続で起こっている。連続テロか? 極左の手口ではなさそう・・・・。そんなやりとりが署内で交じわされる。島村は情報収集を指示するが、その矢先に、あべのハルカスで同種事件発生の連絡が入る。そして二次レベルの警戒警報が出る。
梅田署管内は平穏だったが、島村は管内をパトカーで一回りしてこようと思った。待機組の警察官の一人が、警備課長の指示で、パトカーの運転を担当することになる。指示を受けたのは下倉。彼は射撃の選手として大阪府警の顔であり、静岡での大会に参加する直前だった。北⇒東⇒大阪駅と管内視察をしようと署の裏手からパトカーで新御堂筋へ出ようとした矢先に、増島課長から島村のスマートフォンに連絡が入る。JR大阪駅構内で発砲事件発生の情報が12時ちょうどに110番に入ったという。まだ電車が動いている時間である。発砲が事実ならば、梅田署署長最後の1日にとてつもない事件が所轄管内で発生した事になる。島村は下倉にパトカーのキー返却と署内待機を命じて、己は大阪駅に向かう。
事件はJR大阪駅構内の時空の広場で起こっていた。発砲により、広場の端にあるガラス製の壁の一部が割れていた。現場付近で島村が制服警官に状況を尋ねていると、再び一発の銃声が轟いた。島村が今話していた制服警官が左の二の腕を撃たれると言う事態が発生する。傍にいた制服警官に島村は偵察を指示する。犯人は広場のノースゲート側に近いカフェに居て、男女1名ずつの人質が取られたようであり、ライフルを持っているようだと確認した。後から銃を突きつけて、人質を座らせているのを視認する。カフェが「要塞化」されてしまう。
大阪の有名スポットで連続的に起こった火災事件で、大阪市内は大混乱に陥り、機動隊はテロ警戒で各地に分散している。そんな最中に、JR大阪駅構内での大事件発生である。島村署長は、そのまま陣頭指揮を取り始める。大阪駅構内と近辺の混乱の回避、時空広場近辺でこれ以上一般人の巻き込まれが生ずる危険の防止、人質の無事解放、そして犯人確保。そのための体制をどのようにしていくか。「緊急事態だ!テロどころの騒ぎやない。機動隊を、全部ここへ投入させろ!」と島村は無線で署に連絡を入れ叫ぶ。
犯人が何人いるのか、犯行の目的は何なのか。先に4カ所で発生した事件とこの駅構内での人質をとった発砲事件は関係しているのか、それとも偶然の重なりか。
島村は署長としての最終日である。署長権限で陣頭指揮できるのも一日限り。「定年まで2年。こいつはキャリアの最後でとんでもない落とし穴になりかねん。」トップとして大きな事件現場に立つのは島村にとっては初めてである。己が指揮命令できる時間は限られている。タイムリミットがあるのだ。島村はこの事件を限られた時間内に絶対に解決すると誓って取り組み始める。まさに時限捜査である。立て籠もり犯たちに対峙して事件解決を目指しながら、一方で事件の背景の解明を含め、犯人割り出しなどを迅速に捜査していかねば事件の全容がつかめない。適切な対処もできない。
大阪府警の村本刑事部長が現場に出てくる。現下の状況を把握した後、この現場の指揮は島村署長に一任するという。そして、「もちろん、今日中には解決して、明日の朝には予定通りに警察学校長として赴任してもらう」と指示する。先の4カ所の事件は全てドローンを使った新しい手口であり、連続テロと想定して捜査中である。刑事部と警備部が協力体制で進めていて、両方の面倒をみなければならないから、島村に指揮権を委ねるのだという。用意できる人員、資材は全て回すと言う。島村は全面的に陣頭指揮し、要所要所で村本に伝達し、指示を仰ぐ立場になる。島村署長の大勝負が始まって行く。
警視庁捜査一課の神谷刑事は、テレビの臨時ニュースでまずこの「JR大阪駅で発砲事件 負傷者が出た模様」という事態を知る。神谷は島村ともその後連絡を取り合っているのだ。島村に電話するのを控えるが、事件は気がかりである。島村のキャリアにも関わって行くだろうから尚更である。
神谷は、午前4時に電話で叩き起こされる。神谷刑事の自宅から歩いて10分位のところで、殺人事件が起こっていた。所轄の連中は現場に行っているので、先に現場に出向いてもらいたいとの同僚からの連絡だった。事件は有楽町線の赤塚駅の南側にある小さな公園で発生していた。所轄署の刑事課長は神谷の同期・光岡だった。神谷は小さな公園を歩き回り、犯罪の手掛かりを探す。残るはゴミ箱・・・・そして、真新しいガラケーが捨てられているのを発見する。鑑識員はプリペイド式携帯電話だと判断した。現場の状況から、遺体が発見されたのは午前3時。殺されたのは、おそらく午前1時とか2時と推定される。
被害者の身元が割れたことから、この事件は意外な展開を見せ始めていく。神谷の関わった事件がどうして島村とリンクしていくのか、それがこのストーリーの構想のおもしろさでもある。
島村は人質救出に苦慮しつつ、立て籠もり犯と対峙し、様々な対策の手を打っていく。現場近くに指揮車が設置され、現場本部となる。府警本部からは今川警備課長が現場指揮に参画してくる。島村は彼を作戦を考える軍師扱いして意見を求めていく。
梅田署の代表番号に直接犯人からの要求連絡が入る。犯人の要求はJRに現金10億円、警察には逃走用ヘリとパイロットの用意である。要求を受け入れないならば、午前11時に人質を処刑するという。また駅の構内5か所に爆弾を仕掛けているという。午前3時半までにバリケードを撤去しないと、派手に眠気覚ましをやると通告してきたのである。現場の人質情報なども要求の話の中に出ており、悪戯電話でなく、犯人からの要求とわかる。
要求は明確になったが、事態はさらに紛糾することになる。JRとの交渉、爆弾の捜査など・・・・。JRとの交渉は刑事部長側があ引き受けるという。
この小説のおもしろい観点をご紹介しておこう。
*全体の構成の特異性にある。時空広場のカフェに立て籠もった犯人グループに警察側の交渉者が話し合いを試みるが全て虚しく終わる。つまり、立て籠もり犯グループは直接交渉を一切しようとしない。そのため、犯人たちに対峙する島村は今川課長と話し合いながら、現場の状況を判断し、状況対応型で己の考えを対策としてあの手この手で繰り出していく。警察側の組織的な対応行動とそれに対する犯人グループの反応という形で具体的に描写していくことが中心のストーリーが展開する。読者は主に島村署長の視点で事態を読み進めることになる。警察組織の役割・機能分担がよくわかるところが一つの副産物である。
*島村の息子啓介が重要な役割を担って登場する。啓介は大阪府警に技術系職員として入り、科学捜査研究所に所属している。そして、この一連の事件での物証についての分析を担当する側になる。緊急事態という状況の下で、総指揮をとる父親にダイレクトに電話でコンタクトをとり、タイムリーに分析結果の所見や私見を連絡する。父親の島村はその情報を己の指揮命令に取り入れて行くという進展が興味深い。
組織的ルート・手続きを経るというコミュニケーションを飛ばすという異常行為と緊急事態のリスクマネジメントにおけるコミュニケーションを考えさせる材料でもある。
啓介は画像を含めた物証の客観的分析と一歩事件から距離を置いている結果、全体を思考できる立ち位置にいる。そこから己の推理・仮説を父親に伝える。それがまた相乗効果を現していく。このあたり、父子の自由な対話がプラスに働いていく。興味深い要素をこのストーリーでは組み入れている。
*『共犯捜査』では、犯人の一人が東京で事件を起こし逮捕された後、福岡での犯行を自供したという関連で、神谷刑事が福岡の皆川刑事と絡んで行く形であった。このストーリーでは、殺人事件という東京で発生した事件に神谷刑事が関わって行く。読者は、神谷が島村に絡んでいくことは、神谷が登場することで推測しても、『共犯捜査』とは違い、どのように絡むのかは当初見えてこない。このあたり、ストーリーの構成が巧みである。ほぼ同時進行している東西の事件がどこで接点をあらわして絡んでいくのか、先を早く読みたいという思いになる。
*射撃選手として注目されている下倉という警察官をこのストーリーでは登場させる。
射撃の大会を直前にした府警の顔としての下倉を大会に専念させようとする周囲の思いとプレッシャー。一方で、緊急事態の大事件の中で警察官としての本務を尽くしたいという下倉自身の思い。下倉の内心の葛藤と行動を織り込んでいくところが、ひとつの読ませどころとなる。読者にとっては、下倉をどのように使うのだろうかと、関心を寄せさせることになる。
なぜなら、事件の進展につれ、島村は警備部の特殊急襲部隊であるSATの応援を要請し、時間がかかったがSATが現場で配置について行くからである。さてどうなるのか、である。
*ドローン、画像解析・分析技術、情報検索・照合技術、スマートフォンを媒体としたコミュニケーションと情報処理、インターネット社会のブラックな側面、警察の装備など、様々な素材が巧みに組み合わされていく点が自然であり、違和感がなく、おもしろい。
*この小説が巨大都市の中枢となる交通の要衝地点で大事件を発生させたという想定は、現実性のあるリスクのシュミレーションと受け止めることができる点が興味深い。
「虚を衝かれる」「虚につけ込む」「虚に乗ずる」という言葉がある。このストーリーは、意図的にその「虚」を創り出す発想から事を起こしている。そんなリスクへの対応をやはり現実に想定して行く必要があるのだろう。
このストーリー、視点を少しずらせると「手駒」という言葉がキーワードになっている。それはインターネット社会の裏面ともつながっていく時代背景が絡んでいる。「手駒」の意味合いが大きく変貌してきている。そんな犯罪発生の安易さと怖さを引き出す言葉に変容拡大してきているなと感じる。この言葉に新たな意味づけが加わったと思う。この小説を読みそう感じた。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
島村は大阪府警から検証捜査に加わったメンバーである。今回も悪縁なのかどうなのか、警視庁の神谷刑事が結果的に事件に絡んでいく局面が生まれるという関係から第4作と言える。
ストーリーは、太陽の塔の空中あたりが燃えているのを万博記念公園駅構内から目撃した人が119番に通報するシーンから始まる。大阪のシンボルが燃えている!
署の幹部クラスにより行われた曽根崎新地での島村署長送別会を終えて、島村は梅田署の最上階にある官舎に戻った。風呂に入ろうとしていた矢先に、妻の昌美が脱衣所に飛び込んで来て告げる。太陽の塔が燃えているというテレビ報道が流されているのだった。そこに新たなニュースが入る。大阪市中央公会堂で火災が発生しているという情報だ。
島村署長は勿論、即座に1階の梅田署に降りて行く。そして、3カ所目。USJ入口の地球儀が燃えているという通報が午後11時前に入ったという。梅田署管内ではないが、ピンポイントを狙った事件が連続で起こっている。連続テロか? 極左の手口ではなさそう・・・・。そんなやりとりが署内で交じわされる。島村は情報収集を指示するが、その矢先に、あべのハルカスで同種事件発生の連絡が入る。そして二次レベルの警戒警報が出る。
梅田署管内は平穏だったが、島村は管内をパトカーで一回りしてこようと思った。待機組の警察官の一人が、警備課長の指示で、パトカーの運転を担当することになる。指示を受けたのは下倉。彼は射撃の選手として大阪府警の顔であり、静岡での大会に参加する直前だった。北⇒東⇒大阪駅と管内視察をしようと署の裏手からパトカーで新御堂筋へ出ようとした矢先に、増島課長から島村のスマートフォンに連絡が入る。JR大阪駅構内で発砲事件発生の情報が12時ちょうどに110番に入ったという。まだ電車が動いている時間である。発砲が事実ならば、梅田署署長最後の1日にとてつもない事件が所轄管内で発生した事になる。島村は下倉にパトカーのキー返却と署内待機を命じて、己は大阪駅に向かう。
事件はJR大阪駅構内の時空の広場で起こっていた。発砲により、広場の端にあるガラス製の壁の一部が割れていた。現場付近で島村が制服警官に状況を尋ねていると、再び一発の銃声が轟いた。島村が今話していた制服警官が左の二の腕を撃たれると言う事態が発生する。傍にいた制服警官に島村は偵察を指示する。犯人は広場のノースゲート側に近いカフェに居て、男女1名ずつの人質が取られたようであり、ライフルを持っているようだと確認した。後から銃を突きつけて、人質を座らせているのを視認する。カフェが「要塞化」されてしまう。
大阪の有名スポットで連続的に起こった火災事件で、大阪市内は大混乱に陥り、機動隊はテロ警戒で各地に分散している。そんな最中に、JR大阪駅構内での大事件発生である。島村署長は、そのまま陣頭指揮を取り始める。大阪駅構内と近辺の混乱の回避、時空広場近辺でこれ以上一般人の巻き込まれが生ずる危険の防止、人質の無事解放、そして犯人確保。そのための体制をどのようにしていくか。「緊急事態だ!テロどころの騒ぎやない。機動隊を、全部ここへ投入させろ!」と島村は無線で署に連絡を入れ叫ぶ。
犯人が何人いるのか、犯行の目的は何なのか。先に4カ所で発生した事件とこの駅構内での人質をとった発砲事件は関係しているのか、それとも偶然の重なりか。
島村は署長としての最終日である。署長権限で陣頭指揮できるのも一日限り。「定年まで2年。こいつはキャリアの最後でとんでもない落とし穴になりかねん。」トップとして大きな事件現場に立つのは島村にとっては初めてである。己が指揮命令できる時間は限られている。タイムリミットがあるのだ。島村はこの事件を限られた時間内に絶対に解決すると誓って取り組み始める。まさに時限捜査である。立て籠もり犯たちに対峙して事件解決を目指しながら、一方で事件の背景の解明を含め、犯人割り出しなどを迅速に捜査していかねば事件の全容がつかめない。適切な対処もできない。
大阪府警の村本刑事部長が現場に出てくる。現下の状況を把握した後、この現場の指揮は島村署長に一任するという。そして、「もちろん、今日中には解決して、明日の朝には予定通りに警察学校長として赴任してもらう」と指示する。先の4カ所の事件は全てドローンを使った新しい手口であり、連続テロと想定して捜査中である。刑事部と警備部が協力体制で進めていて、両方の面倒をみなければならないから、島村に指揮権を委ねるのだという。用意できる人員、資材は全て回すと言う。島村は全面的に陣頭指揮し、要所要所で村本に伝達し、指示を仰ぐ立場になる。島村署長の大勝負が始まって行く。
警視庁捜査一課の神谷刑事は、テレビの臨時ニュースでまずこの「JR大阪駅で発砲事件 負傷者が出た模様」という事態を知る。神谷は島村ともその後連絡を取り合っているのだ。島村に電話するのを控えるが、事件は気がかりである。島村のキャリアにも関わって行くだろうから尚更である。
神谷は、午前4時に電話で叩き起こされる。神谷刑事の自宅から歩いて10分位のところで、殺人事件が起こっていた。所轄の連中は現場に行っているので、先に現場に出向いてもらいたいとの同僚からの連絡だった。事件は有楽町線の赤塚駅の南側にある小さな公園で発生していた。所轄署の刑事課長は神谷の同期・光岡だった。神谷は小さな公園を歩き回り、犯罪の手掛かりを探す。残るはゴミ箱・・・・そして、真新しいガラケーが捨てられているのを発見する。鑑識員はプリペイド式携帯電話だと判断した。現場の状況から、遺体が発見されたのは午前3時。殺されたのは、おそらく午前1時とか2時と推定される。
被害者の身元が割れたことから、この事件は意外な展開を見せ始めていく。神谷の関わった事件がどうして島村とリンクしていくのか、それがこのストーリーの構想のおもしろさでもある。
島村は人質救出に苦慮しつつ、立て籠もり犯と対峙し、様々な対策の手を打っていく。現場近くに指揮車が設置され、現場本部となる。府警本部からは今川警備課長が現場指揮に参画してくる。島村は彼を作戦を考える軍師扱いして意見を求めていく。
梅田署の代表番号に直接犯人からの要求連絡が入る。犯人の要求はJRに現金10億円、警察には逃走用ヘリとパイロットの用意である。要求を受け入れないならば、午前11時に人質を処刑するという。また駅の構内5か所に爆弾を仕掛けているという。午前3時半までにバリケードを撤去しないと、派手に眠気覚ましをやると通告してきたのである。現場の人質情報なども要求の話の中に出ており、悪戯電話でなく、犯人からの要求とわかる。
要求は明確になったが、事態はさらに紛糾することになる。JRとの交渉、爆弾の捜査など・・・・。JRとの交渉は刑事部長側があ引き受けるという。
この小説のおもしろい観点をご紹介しておこう。
*全体の構成の特異性にある。時空広場のカフェに立て籠もった犯人グループに警察側の交渉者が話し合いを試みるが全て虚しく終わる。つまり、立て籠もり犯グループは直接交渉を一切しようとしない。そのため、犯人たちに対峙する島村は今川課長と話し合いながら、現場の状況を判断し、状況対応型で己の考えを対策としてあの手この手で繰り出していく。警察側の組織的な対応行動とそれに対する犯人グループの反応という形で具体的に描写していくことが中心のストーリーが展開する。読者は主に島村署長の視点で事態を読み進めることになる。警察組織の役割・機能分担がよくわかるところが一つの副産物である。
*島村の息子啓介が重要な役割を担って登場する。啓介は大阪府警に技術系職員として入り、科学捜査研究所に所属している。そして、この一連の事件での物証についての分析を担当する側になる。緊急事態という状況の下で、総指揮をとる父親にダイレクトに電話でコンタクトをとり、タイムリーに分析結果の所見や私見を連絡する。父親の島村はその情報を己の指揮命令に取り入れて行くという進展が興味深い。
組織的ルート・手続きを経るというコミュニケーションを飛ばすという異常行為と緊急事態のリスクマネジメントにおけるコミュニケーションを考えさせる材料でもある。
啓介は画像を含めた物証の客観的分析と一歩事件から距離を置いている結果、全体を思考できる立ち位置にいる。そこから己の推理・仮説を父親に伝える。それがまた相乗効果を現していく。このあたり、父子の自由な対話がプラスに働いていく。興味深い要素をこのストーリーでは組み入れている。
*『共犯捜査』では、犯人の一人が東京で事件を起こし逮捕された後、福岡での犯行を自供したという関連で、神谷刑事が福岡の皆川刑事と絡んで行く形であった。このストーリーでは、殺人事件という東京で発生した事件に神谷刑事が関わって行く。読者は、神谷が島村に絡んでいくことは、神谷が登場することで推測しても、『共犯捜査』とは違い、どのように絡むのかは当初見えてこない。このあたり、ストーリーの構成が巧みである。ほぼ同時進行している東西の事件がどこで接点をあらわして絡んでいくのか、先を早く読みたいという思いになる。
*射撃選手として注目されている下倉という警察官をこのストーリーでは登場させる。
射撃の大会を直前にした府警の顔としての下倉を大会に専念させようとする周囲の思いとプレッシャー。一方で、緊急事態の大事件の中で警察官としての本務を尽くしたいという下倉自身の思い。下倉の内心の葛藤と行動を織り込んでいくところが、ひとつの読ませどころとなる。読者にとっては、下倉をどのように使うのだろうかと、関心を寄せさせることになる。
なぜなら、事件の進展につれ、島村は警備部の特殊急襲部隊であるSATの応援を要請し、時間がかかったがSATが現場で配置について行くからである。さてどうなるのか、である。
*ドローン、画像解析・分析技術、情報検索・照合技術、スマートフォンを媒体としたコミュニケーションと情報処理、インターネット社会のブラックな側面、警察の装備など、様々な素材が巧みに組み合わされていく点が自然であり、違和感がなく、おもしろい。
*この小説が巨大都市の中枢となる交通の要衝地点で大事件を発生させたという想定は、現実性のあるリスクのシュミレーションと受け止めることができる点が興味深い。
「虚を衝かれる」「虚につけ込む」「虚に乗ずる」という言葉がある。このストーリーは、意図的にその「虚」を創り出す発想から事を起こしている。そんなリスクへの対応をやはり現実に想定して行く必要があるのだろう。
このストーリー、視点を少しずらせると「手駒」という言葉がキーワードになっている。それはインターネット社会の裏面ともつながっていく時代背景が絡んでいる。「手駒」の意味合いが大きく変貌してきている。そんな犯罪発生の安易さと怖さを引き出す言葉に変容拡大してきているなと感じる。この言葉に新たな意味づけが加わったと思う。この小説を読みそう感じた。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
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