高城賢吾シリーズの第三弾、書き下ろし長編で、2009年8月に文庫本が刊行された。
藤井碧の妹が、姉の失踪の件で失踪課三方面分室を1週間前に訪ねてきた。藤井碧は2年前にコンサルティング会社から引き抜かれ、港区にある森野女子短大の総務部長となり、年齢は40歳。姉は責任感の強い人で仕事を放り出していなくなるとは考えられないと妹は言った。だが、その藤井碧の遺体が仙台市内の広瀬川の中州で発見された。法月大智がその確認に出張し、戻って来たところからこのストーリーが始まる。法月も現場を見て他殺や事故を疑う余地はないと判断したと報告した。
藤井碧が引き抜かれ、大学の総務部長になった背景には、今後大学の倒産が少子化を背景に現実問題となり、大学サバイバルの時代にむかっているという趨勢があった。
そんな矢先に、占部佳奈子が第三方面分室を訪れてきた。息子で40歳になる占部俊光が行方不明になったという。俊光は渋谷区に所在する学校法人港学園の理事長。急逝した父の職を35歳で引き継ぎ理事長に就任していた。占部母子の住所も大学の所在地も第三方面分室の管内である。
届出を受理した高城は明神愛美を相方として、占部俊光の自宅の捜査から着手した。その後、大学を訪ねると応対に出たのは嶋田総務部長だったが、捜索願が出ていると言っても、何も申し上げることがないと応答を拒否する姿勢を貫いた。そこに常務理事の竹内が介入してきて、警察は大学の内部事情に首を突っ込むなという強硬な姿勢で応対したのだ。高城は一旦引き下がらざるを得なくなる。だが、構内で法学部教授三浦尚志が高城に声を掛けてきた。三浦は思わせぶりな発言をする。そして、占部理事長を「突貫小僧」と評した。
高城が捜査を始めた矢先に、占部佳奈子が第三方面分室に、これ以上捜査はしなくていいという電話を掛けてきた。電話を受けたのは愛美だった。当然彼女は憤慨した。
阿比留真弓室長は、高城の報告に対して、即座に捜査のストップを指示した。だが、高城は占部の出身地である仙台に行き捜査を継続することを主張した。真弓室長は、高城が夏休みの取得という形で仙台に出かけるならその捜査行動を黙認すると言う。事件性が確信できる時点で出張に切り替える事後処理をすればすむからと。
高城が真弓室長との変則的な合意をした直後に、本庁捜査二課の三井と名乗る管理官が分室を訪れ、藤井碧の死の事実確認について傲慢な態度で問いかけて来た。さらに最後に「ここの仕事に何の意味があるか知らんが、俺たちの大事な仕事にも、少しは協力してくれないと困るんだよ。頭と耳を使ってな」と捨てゼリフを高城に言う。二課は表面化していない事件を掘り起こすのが役割である。高城は藤井碧が大きな事件の端緒に絡んでいたのではと逆に推測することになる。
このストーリーのおもしろいところは、この変則的な形で高城が仙台にでかけたところから、実質的な捜査が始まって行くことにある。
法月は長い刑事生活での人脈を情報源として独自に動き回っていた。そして、高城にいい情報を仕入れたと告げる。8日前に占部が仙台にいたことがNシステムのデータとある程度一致すること。8日前に仙台市の隣りの名取市内で占部の銀行のキャッシュカードがATMで使われている事実があること。一方、高城は仙台に出かける前に、関係する大学について基礎研究を行い、背景情報を把握する行動に出る。
仙台を発祥地とする港学園の所在地を現地確認し、名取市のATMが使われた銀行でのビデオ記録の確認と聞き取り捜査から、高城は占部俊光について、背景情報をジグソーパズルのピースの様に、累積していくことになる。いつもの事ながら、高城の地道な聞き取り捜査のプロセスの進展がリアルでおもしろい。現地に行かなければ、人から人への繋がりと聞き取り捜査ができない側面がある。地道だが確実な情報収集。これが読ませどころになっている。
徐々に占部のプロフィールが形を成していく。さらに占部の人間関係の一端に事件解明の糸口が生まれていく。
このストーリー展開での特徴を列挙しておこう。
1.宮城県での高城の単独捜査による情報の累積が大きな梃子となっていく。
2.今回法月がなぜかかなり無理をした独自の捜査行動を続ける。そして倒れる。
そのサブ・ストーリーの展開が今回の読ませどころの一つになる。
法月はなぜそこまでやるのか? その謎は最後に明らかになる。
3.三浦という大学教授の思わせぶりな発言が何を意味するのか。このひっかかりがおもしろい。
大学という組織の運営、経営に潜む様々な利害関係が内部の視点でやや揶揄的だが語られる。大学の裏事情の一例として興味深い。いずこも五十歩百歩なのかも・・・・。
4.捜査二課の三井管理官が高城に接触してくるが、彼の発言が逆に高城に失踪事件の筋読みに対するヒントになる。かつ単なる失踪事案にとどまらず、不可解な闇に繋がる大きな事件を予感させるのだ。つまり、高城の刑事魂が爆発するトリガーになる。逆効果を呼ぶところがおもしろい。
占部俊光の身辺と併せて、高城は藤井碧の身辺を改めて捜査することになる。
5.「邂逅」という言葉は、「[しばらく会わない人に]思いがけない所で(機会に)会うこと」(『新明解国語辞典』三省堂)という意味がある。高校時代から時を隔てて、偶然に出会った時に、同類のビジネスに携わり、同じ悩みを抱えていた。それが始まりとなる。過去の思いと現在の思い。結果的に「空回り」がこの事件のキーワードになる。
失踪事件の捜査が、殺人未遂事件の立件となるストーリー。なぜ、そうなったのか。
そこは、このストーリーを読んで楽しんで確かめていただきたい。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『相剋 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『蝕罪 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
=== 堂場瞬一 作品 読後印象記一覧 === 2021.12.15時点 1版 22册
藤井碧の妹が、姉の失踪の件で失踪課三方面分室を1週間前に訪ねてきた。藤井碧は2年前にコンサルティング会社から引き抜かれ、港区にある森野女子短大の総務部長となり、年齢は40歳。姉は責任感の強い人で仕事を放り出していなくなるとは考えられないと妹は言った。だが、その藤井碧の遺体が仙台市内の広瀬川の中州で発見された。法月大智がその確認に出張し、戻って来たところからこのストーリーが始まる。法月も現場を見て他殺や事故を疑う余地はないと判断したと報告した。
藤井碧が引き抜かれ、大学の総務部長になった背景には、今後大学の倒産が少子化を背景に現実問題となり、大学サバイバルの時代にむかっているという趨勢があった。
そんな矢先に、占部佳奈子が第三方面分室を訪れてきた。息子で40歳になる占部俊光が行方不明になったという。俊光は渋谷区に所在する学校法人港学園の理事長。急逝した父の職を35歳で引き継ぎ理事長に就任していた。占部母子の住所も大学の所在地も第三方面分室の管内である。
届出を受理した高城は明神愛美を相方として、占部俊光の自宅の捜査から着手した。その後、大学を訪ねると応対に出たのは嶋田総務部長だったが、捜索願が出ていると言っても、何も申し上げることがないと応答を拒否する姿勢を貫いた。そこに常務理事の竹内が介入してきて、警察は大学の内部事情に首を突っ込むなという強硬な姿勢で応対したのだ。高城は一旦引き下がらざるを得なくなる。だが、構内で法学部教授三浦尚志が高城に声を掛けてきた。三浦は思わせぶりな発言をする。そして、占部理事長を「突貫小僧」と評した。
高城が捜査を始めた矢先に、占部佳奈子が第三方面分室に、これ以上捜査はしなくていいという電話を掛けてきた。電話を受けたのは愛美だった。当然彼女は憤慨した。
阿比留真弓室長は、高城の報告に対して、即座に捜査のストップを指示した。だが、高城は占部の出身地である仙台に行き捜査を継続することを主張した。真弓室長は、高城が夏休みの取得という形で仙台に出かけるならその捜査行動を黙認すると言う。事件性が確信できる時点で出張に切り替える事後処理をすればすむからと。
高城が真弓室長との変則的な合意をした直後に、本庁捜査二課の三井と名乗る管理官が分室を訪れ、藤井碧の死の事実確認について傲慢な態度で問いかけて来た。さらに最後に「ここの仕事に何の意味があるか知らんが、俺たちの大事な仕事にも、少しは協力してくれないと困るんだよ。頭と耳を使ってな」と捨てゼリフを高城に言う。二課は表面化していない事件を掘り起こすのが役割である。高城は藤井碧が大きな事件の端緒に絡んでいたのではと逆に推測することになる。
このストーリーのおもしろいところは、この変則的な形で高城が仙台にでかけたところから、実質的な捜査が始まって行くことにある。
法月は長い刑事生活での人脈を情報源として独自に動き回っていた。そして、高城にいい情報を仕入れたと告げる。8日前に占部が仙台にいたことがNシステムのデータとある程度一致すること。8日前に仙台市の隣りの名取市内で占部の銀行のキャッシュカードがATMで使われている事実があること。一方、高城は仙台に出かける前に、関係する大学について基礎研究を行い、背景情報を把握する行動に出る。
仙台を発祥地とする港学園の所在地を現地確認し、名取市のATMが使われた銀行でのビデオ記録の確認と聞き取り捜査から、高城は占部俊光について、背景情報をジグソーパズルのピースの様に、累積していくことになる。いつもの事ながら、高城の地道な聞き取り捜査のプロセスの進展がリアルでおもしろい。現地に行かなければ、人から人への繋がりと聞き取り捜査ができない側面がある。地道だが確実な情報収集。これが読ませどころになっている。
徐々に占部のプロフィールが形を成していく。さらに占部の人間関係の一端に事件解明の糸口が生まれていく。
このストーリー展開での特徴を列挙しておこう。
1.宮城県での高城の単独捜査による情報の累積が大きな梃子となっていく。
2.今回法月がなぜかかなり無理をした独自の捜査行動を続ける。そして倒れる。
そのサブ・ストーリーの展開が今回の読ませどころの一つになる。
法月はなぜそこまでやるのか? その謎は最後に明らかになる。
3.三浦という大学教授の思わせぶりな発言が何を意味するのか。このひっかかりがおもしろい。
大学という組織の運営、経営に潜む様々な利害関係が内部の視点でやや揶揄的だが語られる。大学の裏事情の一例として興味深い。いずこも五十歩百歩なのかも・・・・。
4.捜査二課の三井管理官が高城に接触してくるが、彼の発言が逆に高城に失踪事件の筋読みに対するヒントになる。かつ単なる失踪事案にとどまらず、不可解な闇に繋がる大きな事件を予感させるのだ。つまり、高城の刑事魂が爆発するトリガーになる。逆効果を呼ぶところがおもしろい。
占部俊光の身辺と併せて、高城は藤井碧の身辺を改めて捜査することになる。
5.「邂逅」という言葉は、「[しばらく会わない人に]思いがけない所で(機会に)会うこと」(『新明解国語辞典』三省堂)という意味がある。高校時代から時を隔てて、偶然に出会った時に、同類のビジネスに携わり、同じ悩みを抱えていた。それが始まりとなる。過去の思いと現在の思い。結果的に「空回り」がこの事件のキーワードになる。
失踪事件の捜査が、殺人未遂事件の立件となるストーリー。なぜ、そうなったのか。
そこは、このストーリーを読んで楽しんで確かめていただきたい。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『相剋 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『蝕罪 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
=== 堂場瞬一 作品 読後印象記一覧 === 2021.12.15時点 1版 22册
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