遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『源平の怨霊 小余綾俊輔の最終講義』  高田崇史   講談社

2020-06-26 21:46:29 | レビュー
 「プロローグ」は平治の乱で源義朝を破り勝利した平清盛が亡き父・忠盛の継室で、義母にあたる池禅尼(藤原宗子)に、捕縛している源義朝の三男・頼朝の助命嘆願を迫られる。将来への禍根を残さぬ為、一族を根絶やしにするのが当然と考える清盛は悩む。嫡男・重盛の意見を採り、頼朝の斬罪は取りやめて遠流にすると決める。その旨、病気の見舞いがてらに池善尼に伝えに行く、という場面が描かれる。
 「エピローグ」は、池禅尼がより具体的に頼朝の助命を嘆願する状況を重ねるように描く。その上で、遠流先は伊豆国の小島辺りがよいのではと池禅尼が思いつきを語った。だが、それは重盛が清盛に言った地域と一致した。この時の恩赦で牛若丸も生き延び、鞍馬山に送られることになる。池禅尼は頼朝の助命嘆願をした4年後に享年60でこの世を去ったという記述で終わる。

 清盛が池禅尼の嘆願を受け入れた結果、25年後に平氏一門が滅亡する結果となる。
 この歴史的事実の経緯に潜む様々な謎について、この小説の主人公たちがその謎解きに取り組んで行く歴史ミステリーである。
 副題は、「小余綾俊輔の最終講義」。これが、この小説の構想としておもしろいところである。
 小余綾(こゆるぎ)俊輔(以下、俊輔と記す)は、東京・麹町にある日枝山王大学の民俗学研究室の助教授である。俊輔は3月半ば、残された日数で残務を整理し晴れて退職を迎えようとしている。その時日本史関係の専門誌では「源平合戦」を特集していた。この源平合戦に関しては、俊輔の民俗学的立場から見ても、大きな疑問点を抱いている。俊輔は大学との縁が切れれば、悠々自適で気ままな生活をし、己の疑問を解くために時間を使うつもりでいた。
 俊輔が煩雑な事務手続きなど最後の雑務に追われる中で、ひょんなことから、二人の聴講生に対して私的な最終講義を行うことになる。この最終講義においては、二人の聴講生がそれぞれの課題でフィールドワークをする。聴講生二人のフィールドワークを踏まえ、諸資史料を縦横に使いながら、俊輔は持論並びに論理的推論を展開し、現地のフィールドワークの結果で裏付けを行っていく。最終的には3人がそろってフィールドワークに出かけ、最後の講義が無事締めくくられるという展開になる。

 俊輔はいくつかの原則的な考え方を己の研究のスタンスとしている。
1.民俗学という専門分野の枠組みを飛び越えて他分野にも手を広げて研究する。
 所謂、学際的視点の立場に立った研究である。専門分野は便宜的な区分けにすぎない。全部繋がっていると考えている。民俗学・文学・日本史(古代史、戦国史、・・・・)・伝統芸能・化学・数学・物理学・・・・全部繋がっている。すべてが等しく必要なのだと。
2.時代の一部分だけを切り取って考えていては真実が見えない。常にその萌芽は前の時代にある。
3.考えが自由でないとだめだ。知識を学んだ上に、得た知識をもとに自分の頭で考えることが重要で、それがすべてと言っても良い。

 聴講生の一人は、堀越誠也(以下、誠也と記す)で日枝山王大学歴史学研究室の助教。謹厳実直な教授の熊谷源二郎に気に入られ、そう遠くない時期に助教授になることが確実視されている。熊谷教授は小余綾助教授を研究者として快くは思っていない。それで、堀越が俊輔に近づくことには嫌悪心を露わにする。誠也は「源平合戦」を研究テーマとしていて、祖父母に幼い頃から源氏の家系であると教えられ、また、源義経が好きでたまらないという研究者である。
 もう一人は、加藤橙子(以下、橙子と記す)で日枝山王大学の卒業生。フリーの編集者として大手出版社で働きながら、日本伝統芸能、特に歌舞伎や文楽の評論家を目指している。

 ストーリーは日付という章立てのもとに、フィールドワークと俊輔の最終講義が織り交ぜられながら進展していく。ストーリーの大きな流れをご紹介しておこう。
《3月13日(土)赤口・神吉》
 俊輔の疑問点の提示から始まる。
    「源義経は何故、怨霊になっていないのか?」
    「池禅尼はなぜ清盛に頼朝の助命嘆願をしたのか?」
 誠也のフィールドワークの進展:「義経の坂落としは行われたのか?」
  神戸市兵庫区・鵯越、一の谷の古戦場。戦の濱。敦盛塚。須磨寺。
 その結果、四谷にある日本蕎麦屋で俊輔と誠也が対話する。誠也がフィールドワーク結果を報告し、疑問点について論議が進む。

《3月14日(日)先勝・黒日》
 橙子は実家に帰省し彼岸前の墓参りを済ませると、続きにもう一つの目的にしていた探訪に回る。その探訪で橙子は義経嫌いの再確認をする形になる。
 山口県下関市・赤間神宮、七盛塚、芳一堂と探訪地を巡り、橙子は疑問を抱く。
   「七盛塚」なのに、なぜ名前に「盛」がつく人間は6人なのか?
   江戸時代に「判官贔屓」と言われたように義経人気の理由の定説は本当か?
   何か他に理由がないのか。
 俊輔に疑問を投げかけようと携帯電話でコンタクトをとる。東京に戻った後、四ツ谷駅近くの居酒屋「なかむら」に居る俊輔・誠也に合流する。3人の会話は誠也が図書館で源平関係の資料調べをした結果の話から始まって行く。そして、橙子の提起した疑問と義経嫌いの表明が続いて提起される。
 そこに、俊輔の疑問が加わることになる。退職の残務整理で動けない俊輔の代わりに二人がフィールドワークをすることを引き受けることになり、俊輔が私的な最終講義を行うという話に発展する。

《3月15日(月)友引・十死》
 誠也がフィールドワークに出かける。京都への出張予定の橙子が途中まで同行する。新幹線の道中では、「保元の乱」について誠也が橙子に講義をする。
 誠也のフィールドワーク先は、知多半島にある野間大坊。義朝たちの墓がある所である。
 橙子は、歴史作家美郷美波との打ち合わせの前に、白峰神宮を訪ね、仕事を済ませた後、宇治平等院に行く。源頼政最後の地である。
 夜、3人は四谷の台湾家庭料理店に集合し、それぞれが報告する一方、俊輔が講義をする。
 
《3月16日(火)先負・月德》
 退職のための書類仕事に嫌気がさした俊輔は、昨日の思いつきから池禅尼の謎の追跡を資料や年表をもとにし始める。そこに誠也が、熊谷教授に注意され俊輔の講義を聴けない旨伝えに来る。熊谷教授の耳に入った原因は橙子にあったことがわかる。俊輔にわびに来た橙子は、逆に昼食をしながら俊輔の話を聴くことになる。歌舞伎になった話材を主に使いながら、義経談義が始まる。そして、俊輔から歴史的な背景を聴くと、橙子の義経嫌いが揺らぎ始める。義経を知る上で、興味深い話が語られて行き、おもしろい。
 
《3月17日(水)仏滅・大明》
 橙子のフィールドワーク。鎌倉には観光的には有名な寺社が沢山ある。ところが、ここでは鎌倉にあるがあまり知られていない場所で俊輔の最終講義に関連する史跡を橙子が探訪する。いわば、マニアックな鎌倉裏史跡巡りである。
 由比若宮(元八幡)、勝長寿院跡、白旗神社、鶴岡八幡宮、段葛、御霊神社、滝口明神社、龍護山満福寺、伝義経首洗井戸、藤沢の白旗神社。
 このあたり、鎌倉から藤沢にかけてのちょっとしたマニアックな裏観光ガイドにもなっている。数時間で行ける距離なら、この本を片手に巡ってみるのもおもしろいのではないかという気がする。関西からでは手軽には行けなくて残念至極・・・・。
 橙子に俊輔から連絡が入る。夜の講義は取りやめだと。謎が解けたという。その確認を兼ね、翌朝、大学に出勤したら、そのあと修善寺に出かけるという。
 
《3月18日(木)大安・神吉》
 俊輔は大学に出勤後、橙子と待ち合わせの四ッ谷駅に向かう。誠也が俊輔を追ってくる。その結果、3人そろって、修善寺にフィールドワークで出かけることになる。
 余談だが、このストーリーの構成としてのページ量配分をここで掲げておこう。
   3/13(45p)、3/14(69p)、3/15(71p)、3/16(57p)、3/17(64p)
   3/18(127p)
 つまり、俊輔の大学勤務最終日当日のフィールドワークと最後の講義の締め括りの比重が最も高くなっている。俊輔の講義の結論が導き出される極みへと盛り上がって行く。
 修善寺に向かう途中で、昨日の橙子のフィールドワークに絡んだ話から始まって行く。ここで頼朝が怨霊として扱われているという俊輔の解説から入って行くところが興味深い。
 修善寺に着けば、勿論修禅寺に。日枝神社、庚申塔、修禅寺本堂、宝物殿、指月殿・頼家墓、十三士墓、範頼の墓、横瀬八幡神社、比賣神社を巡る。さらに帰路、3人は蛭ヶ小島を立ち寄る。
 そして、帰路の新幹線車中から俊輔の最後の講義が始まっていく。
 俊輔の視点に立った平安・鎌倉を通しての約280年にもわたった合戦の真実がこの最後の講義で結論づけられる。
 この結論に到る論証プロセスが、このストーリーである。フィールドワークを軸に進展して行く俊輔の講義というスタイルになっている。この論証プロセスが実に刺激的である。
 また、上記しているが、このフィールドワークの個所は、一種の観光ガイド資料としても役立つ。著者の他のシリーズに通じる特徴がこの小説にも手法的に取り入れられている。

 このストーリーの各所に、俊輔がこのことは今のストーリーと離れるからまたの機会にという口調で言及を保留する事項が含まれている。
 例えば、俊輔は講義の途中で、平将門と菅原道真に触れ、この二人は怨霊ではなかったという立場を誠也と橙子に語った。彼らをどうしても「怨霊にしておきたかった」人々がいた、ということにとどめておこうと言って、この事項を打ち切っている。
 これを伏線と考えると、この小余綾俊輔のシリーズ化が今後期待されるのではないか。大学を離れ、悠々自適の学際人小余綾俊輔の自由自在な探究の旅が始まるのかもしれない。それを期待したい!

 本書は2019年6月に出版された。
 ご一読ありがとうございます。

本書に出てくる史跡事項で、関心の波紋を広げてネット検索してみた。一覧にしておきたい。
須磨浦公園  :「神戸の公園ナビ」
義経の鵯越の逆落し(須磨浦公園) :「平家物語・義経伝説の史跡を巡る」
大本山 須磨寺 ホームページ
比叡山延暦寺 ホームページ
義仲寺~木曽義仲の墓所~  :「中世歴史めぐり」
赤間神宮 ホームページ
白峰神社 ホームページ
世界遺産 平等院 ホームページ
大御堂寺野間大坊 ホームページ
鶴岡八幡宮 ホームページ
白旗神社~鶴岡八幡宮~  :「鎌倉手帳(寺社散策)」
勝長寿院跡  :「鎌倉タイム」
極楽寺の御霊神社  :「鎌倉タイム」
満福寺  :「鎌倉タイム」
相州藤沢 白旗神社 ホームページ
曹洞宗福智山修禅寺 ホームページ
天守君山 願成就院 ホームページ

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『QED ~ortus~ 白山の頻闇』  講談社NOVELS
『QED ~flumen~ 月夜見』  講談社NOVELS
『QED ~flumen~ ホームズの真実』  講談社NOVELS
『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』  講談社NOVELS
『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』  講談社NOVELS
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』  講談社NOVELS
『鬼門の将軍』   新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』  講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS


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