遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『カルテット3 指揮官』 大沢在昌  角川書店

2016-06-02 10:22:10 | レビュー
 単行本で読んだのでそのまま読後印象記をこの1冊としてまとめておきたい。
 2015年10月に、『解放者 特殊捜査班カルテット2』 (角川文庫) として、このカルテット3と次のカルテット4が既に合冊本となり、角川文庫化されている。後で知ったことなのだが・・・。因みに、「解放者」というのは『カルテット4』の副題である。

 特殊捜査班はその特異性故に、カルテットのメンバーが集合する場所は変化する。この第3作でクチナワが用意したのは、JR渋谷駅に近い雑居ビルの一室である。クチナワがカスミとここで会話をするところからストーリーが始まる。
 『生贄のマチ』の任務においてカスミ・タケル・ホウ(=アツシ)の3人のチームの間には「特殊なシンパシーが生まれた」とクチナワは理解し、また、この特殊捜査班という部隊にはカスミの存在が不可欠とクチナワは評価している。クチナワはカスミにトレーニングの継続を指示し、新しい任務は1ヵ月以内に決まるはずと告げる。

 この第3作で、カスミとクチナワの関係が少し解り始める。ストーリーの冒頭でわかることがある。カスミが藤堂という人物の娘であること。そのカスミは父・藤堂と会うための手段としてクチナワとの関係を築いた。だがクチナワは藤堂とは敵対関係にある。つまり、クチナワが国家権力としての警察機構における特異な鋭角的存在であるのだから、藤堂は反国家体制の側に居ることになる。それが裏社会につらなるのか、反政府側につらなるのか不明だが、特異な組織背景の頂点に立つ人物らしいことが推測できる。
 もう1つ、『特殊捜査班カルテット1』の背景に登場する『グリーン』のマスターが、かつてクチナワが構想した最初の特殊捜査班の組織において、指揮官を務める立場にいた優秀な警察官だったことがクチナワのカスミに対する返答からわかる。私はこの『グリーン』のマスターが、このカルテット・シリーズでどういう役割を果たすことになるのか、関心を抱いているのだが・・・・。この第3作で、ほんの半歩近づけただけで、やはりベールに包まれている。カルテット5以降に持ち越しという感じだ。

 さて、カスミがタケルとホウを福島県と栃木県の境の山奥の温泉地にあるお寺みたいな修行場に連れて行きたいと言い、それを実行することから具体的なストーリーが始まる。その修行場は、カスミの父親の知り合いで、郡上(ぐじょう)という人物が主宰しているという。ボランティアでドラッグ経験者のヤク抜きと木工技術などを修得させる社会復帰援助をしているという。
 カスミがタケルとホウを郡上に引き合わせたいと考えたのは、チームの結束力を強めるために、己のことを語る一つの証とし、父親・藤堂のことを語るつもりでもあったと私は読み込んでいる。だが、その郡上に久しぶりにカスミが再会し、2人を引き合わせたるという機会が、とんでもない事態に展開していく。結果的にカスミの告白は途中までとなってしまう。第3作は特殊捜査班の任務から言えば、カスミの考えによる独自行動が引き寄せた事態であり、サイド・ストーリーとしての悲劇的挿話となる。
 だがその事態がトリガーとなり、クチナワが一歩踏み込んだ情報を提供せざるを得なくなる。そしてそれが、後半のストーリー展開に転じていく。
 この作品は、カスミ・タケル・ホウの3人のチームがその結束力を強め、カスミが指揮官で、タケルとホウは指揮官の手足となって動くという機能分担をはっきりと位置づけていくというプロセスでもある。クチナワと藤堂の敵対関係という大きな謎を秘めた背景に繋がり、結果的に駒を一つ、二つ進める形となるストーリー展開である。
 この第3作では、シリーズの全体構想の中での重要な伏線となる事項がすこしずつ明かされていき、先はどうなる・・・・という期待を抱かせる布石の展開ストーリーとも言える。
 布石として語られて行く事実のいくつかにふれておく。どういう風にそれらの情報が組み込まれていくかを、読んで楽しんでみてほしい。
 1. 郡上は藤堂の親友あるいは片腕的存在だった。だが、袂を分かち、離れた。
 2. 藤堂は国際的なあるグループのリーダー。郡上は現代の海賊と例えた。
 3. 修行場でのとんでもない事態は、グルカナイフの使い手が引き起こした。
   グルカナイフはタケルの家族が惨殺されたときにも使用されたとクチナワが発言。 4. グルカナイフの使い手の利用は東京ではできない掟を「一木会」が決めている。

 郡上の主宰する修行場でのとんでもない事態が、グルカキラーの存在を浮かび上がらせ、「一木会」に結びついていく。大きな構図の中で、タケルの家族が殺されたことも繋がっていた可能性が高まる。謎が増える。タケルはグルカキラーに関する情報を得るための独自行動をとる。後半のストーリーは、タケルの行動をカスミが予測して、ホウが動き出し、タケルのサポート行動をとるという展開になる。
 まあ、これは結果論だが、チームのトレーニングというコインの裏面的な形となっていくストーリー展開である。布石となる情報が、さらに謎を深めるというところが巧みである。こんな会話の一端が、ストーリーの後半に点在する。それぞれは違う会話文脈からの抽出である。

 「それは、御前の親父が奴の家族を殺させたからか」

 「あいつは全部計算していやがた。タケルがキレること。キレたら俺たちがタケルを取り戻すために、任務を引きうけるしかないこと」

 「俺はほとんど何も知らない。ただカタギの一家が殺され、それがなぜか問題になった。そしてそれ以降、グルカキラーに関する取り決めが作られた」

 最終段階では、カスミが携帯電話を介して父親・藤堂とわずかだが、会話をする場面が出てくる。藤堂が初めて声としてだけだが登場してきた! その会話からさらに意外な事実の一端が明らかになる。

 この第3作はカルテット・シリーズの先を期待させるサイド・ストーリーと言える。
 エピソードは完結しながら、事実の一端が明らかになると共に、そこからさらに様々な謎が波紋を広げていく。実にうまい語り口である。この物語、楽しめる。


 ご一読ありがとうございます。

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