=Campanula =
「母さん、これ…」
そういっておそるおそるキラが差し出したのは、青き花の集まった一枝。
カリダは目を見開き驚く。
「キラ、あなた、わざわざ探してくれたの?」
母は知っている・・・愛息子が偶然にして連邦軍の新型開発兵器だったストライクに搭乗してしまい、元々子供のころから穏やかで争いを嫌う息子は友達を守るために文字通り、命と心を削って必死に戦ってきたことを。そして今はまたファウンデーションから愛する彼女を守り、平和を届けようと身を削り、その心が傷つき見えない血を流しながら、ここに戻ってきてくれたことを。
一日ベッドに横たわり、動くことも、話す言葉も少なく、そんな息子をただただ見守ることしかできなかったカリダ。
母として、どうしたら息子の心を癒せるのだろう…
ずっと自問自答し続けた日々。そんな今日、初めてキラが差し出してくれた一輪の花。
アカツキ島は手つかずの森林がカモフラージュの役割をしてくれて、緑が濃い分、野生の花々は見つけにくい。
それを、体を動かすことさえ辛かったであろう息子が、服の端々に泥汚れを付けたまま、ようやく探して見つけてくれたのだろう。
「ごめんね。本当だったらカーネーションを贈れたらよかったんだけど…」
はにかみながら言葉を伝えるキラを、カリダは思いっきり抱きしめた。
「…母さん…?」
「ありがとう、キラ…すごく嬉しいわ」
「こんな野生の花なのに?」
「当り前じゃない!息子が想って贈ってくれたものを喜ばない母なんていないわ!」
カリダは涙を拭うこともなく、キラを抱きしめ続け、そして母も言葉を紡ぐ。
「何があろうと、世界が貴方を苦しめようと、私は最後まで貴方の味方よ。」
「母さん…」
キラの目に涙が浮かぶ。
「うちの子は、こうして優しく温かい愛情を持っているって!たった一つの花であっても、この花が何よりの真実だもの。世界が貴方を責めたら、私が声に出して言うわ。この花が何よりの証拠だって!」
しゃくりあげるように泣く息子を慰める母。
「母の日なのに、母さんを泣かせちゃったね。」
「いいのよ。これは嬉し泣きなんだから。」
「プレゼントも、カーネーションも贈れないのに…」
カリダは首を横に振って、すっかり自分より大きくなった息子を抱くようにして頭を撫ぜた。
「キラ、私たちの元に来てくれてありがとう。戻ってきてくれてありがとう。貴方が生きていてくれることが…コーディネーターであろうと何であろうと、貴方がいてくれることが、私への一番のプレゼントよ。」
花は本当はもっとあったはず。ただ、キラはきっとこの花を選んで探してきてくれたことが嬉しいのだ。
「感謝」―――その一言を告げてくれる、この花を。
=Muscari =
ラクスはおろしたてのピンクのエプロンを身に着けた。
「今日は母の日ですものね。私がカリダさんのお好きなものを作りますわ。」
そういってラクスはキッチンに立つ。もともと料理は好きなのだ。折角の母の日。キラと語らう嬉しそうなカリダに、喜んでもらう食事を作りたい。
「え~っと…コロッケと、唐揚げと、ハンバーグと…あらあら、キラの好きなものばかりになってしまいますわね。」
少しでもキラに元気になってほしい。
そして、カリダと共にキラを少しでも癒してあげたい。
テーブルにささやかな花を活けて、ラクスは忙しく動き回る。
「ラクスさん、貴女も無理はしないで。」
その声に振り返れば、カリダがエプロンを付けてキッチンに立とうとしている。
キラが落ち着いたのだろう。きっとまた眠っているのかもしれない。
だが、ラクスはカリダに言った。
「いえ、今日は母の日ですもの。私は動けますからおもてなしさせてください。少しでもキラに滋養を付けていただきたいですし、カリダ様のお手伝いができれば、私も幸せです。」
そういってにっこり笑うラクス。
その微笑に応えるようにカリダも微笑み返すと、瞬間、カリダがテーブルの上に飾られた、野草を見てほほ笑む。
「貴女もキラと一緒に摘んできてくれたのね。」
「はい…あまりこの時期いいお花が見当たらなくって…」
「優しい子ね、ラクスさんは。きっと貴女のお母様もお優しい方だったんでしょうね。」
「え…」
ラクスは言葉に詰まる。
本当の母は、私をアコードに作った。どういう意図でラクスを連れてメンデルから逃げ出したのかはわからない。
幼い頃覚えている母の面影は、穏やかな、優しい人だった。
しかしアウラからそう出生の秘密を聞かされた時は、何か足元が崩れていくような感覚に襲われた。
一番の信頼の基礎は母子関係。母との愛着ができてからこそ次の人間関係を結べるのだ。しかし、あの瞬間、母に裏切られた気がしたラクスは、不安と迷いに突き落とされそうになった。ただ一つの希望は「キラへの愛情」。それだけを糧に心を必死に保った。
振り切ったつもりでも、まだどこかにアコードという、母の呪縛が残されている気がしていたのに…
「私の母が、どうして優しいと?」
俯くラクスに、カリダは答える。
「わかるわ。だって私も母親だもの。自分で子供を産んだわけではないけど、それでも育ててきたからこそキラのことはわかるの。口にできない苦悩も。だからかしらね、」
カリダは微笑むようにして、ラクスに言った。
「貴方も私に甘えてきていいのよ。」
「え?」
ラクスが驚く。カリダは少しおどけるように言った。
「貴女も一人できっと言えないことを抱えているのよね。言いたくなかったら無理に言わなくてもいいわ。でもここにいる間は…いえ、これからもずっと、貴女の母でありたいと、私は思っているの。」
「…」
空色の瞳に涙が溢れる。カリダはラクスに首を垂れた。
「本当にありがとう。キラの傍にいてくれて。でも、貴女もずっと辛かったでしょう? 貴方の母には敵わないかもしれないけど、それでも私は貴女のことも大事にしたいの。」
「カリダさん…お母さま…」
「よく頑張ってきたわね。」
涙をたたえるラクスをそっと抱きしめる。
ラクスも堰を切ったように声を出して泣いた。
テーブルに置かれたムスカリの花。キラと共に懸命に探し出してきたのだろう。
この花言葉と同じく、二人が一歩を踏み出せる場所になればいい。
「明るい未来」に―――
=Carnation =
オーブの慰霊碑の前で、シンはただ一輪の花を捧げた。
(――「母の日」?」)
ルナマリアがシンから突然尋ねられ驚く。シンはオーブ戦で母どころか家族を失っているに、まさか彼の口から「母の日」という言葉が出るとは思わなかったのだ。
(――「うん。ルナはお母さんに何かあげるのか?」)
悲壮感はなく、むしろまるで母が存命しているかのように当たり前の口調。ルナマリアは一瞬不安は感じたものの、きっと乗り越え、今はあの悲劇と向き合えるようになったのだろうと、素直に答えることにした。
(――「一応赤いカーネーションは送るように早めに予約手配したけど…」)
(――「え!?予約しないといけないのか!?」)
驚くシン。ルナは慌てて叫んだ。
(――「ばか!みんな母の日には赤いカーネーション贈るでしょ!?今は戦後処理で花なんて手に入りにくいんだもん。それこそ争奪戦よ!!」)
慌てて探してみたがもう遅い。
「…オーブだったら残っていると思ったんだけどなぁ~」
考えてみれば、オーブもファウンデーションからレクイエムで狙われたり、緊急避難が繰り返されたりで、それどころじゃないのだ。
当たり前といえば当たり前。
「はぁ~俺って何でいつもタイミング悪いかな~」
売っていたのはたった一輪の、しかも白いカーネーション。
「これじゃ、なんか葬式に使う花みたいじゃんか。」
慰霊碑を前に、膝を抱えて顔を伏せるシン。
「そんなんじゃ、お母さんたちとお話しできないでしょ?」
突如背後から話しかけられ、ビクンと姿勢を正せばそこにいたのは
「ルナ、どうしてここに?」
「どうしてって、アンタと一緒にミレニアム待機だもん。モルゲンレーテで修理中だし、その間は陸上待機なんだから。」
「でもわざわざここに来なくても…」
「何かアンタがいそうな気がしたのよね。折角だからデートに誘おうかな、って思ったらもういなくって、街中に出たらアンタが一生懸命カーネーション探して、花屋さん駆け回っていたし。」
そう言って笑うルナマリア。シンは気まずそうに頭を搔いた。
「だってしょうがないじゃん。赤いカーネーションなんてどこにも売っていなくって、とにかくカーネーションありませんか!?って探したら、ようやく「これなら」って出してくれたのがこれ一本だったんだぜ。」
ルナマリアがシンが指さす慰霊碑を見れば、そこには白いカーネーションが、海からの凪いだ風に柔らかく揺れていた。
ルナマリアはそれを見て表情を明るくする。
「よかったじゃない。ピッタリだと思うわよ。」
「え?」
口元が明るくなったので、そのままルナが馬鹿にしてくると思っていたシンは、拍子抜けした。
「何で?だって葬式みたいじゃん。」
「そんなことないわよ。白いカーネーションの花言葉って知ってる?「私の愛は生きています」っていうのよ。」
「「私の愛は…生きている」?」
ルナマリアが頷く。
「そうよ。確かに亡くなった方に捧げる意味として「死んでも私は貴方を愛していますよ」っていうのもあるけど、生きていても亡くなっていても、ずっと大事に思い続ける、っていう誓いの花でもあるんだから。」
「そっか…」
シンはようやく表情を和ます。
「ねぇ、シンのお母さんって、どういう人だったの?」
「別に…普通の母親だったよ。優しいけど、マユと喧嘩するといっつも俺ばっかり怒ってさ。でもご飯はすっごく美味しかったし、テストでいい点とると褒めてくれたし。休みの時は父さんと色んな所に連れて言ってくれたし…」
「そうなんだ。うちのお母さんも同じよ。メイリンと喧嘩するとすぐ「ルナはお姉ちゃんなんだから」ってメイリンばかり可愛がってさ。好きでお姉ちゃんに生まれた訳じゃない!」って喧嘩したこともあったし。」
「わかるわかる!俺もそう!」
「あーやっぱり!お母さんって皆そうなんだね。」
二人は顔を見合わせて笑いあう。ひとしきり笑った後、二人は自然と慰霊碑を見つめた。
「母さん、喜んでくれたかな?」
シンがぽつりとつぶやくと、ルナマリアが頷く。
「きっとそうよ。こうしてシンの家族への愛は生きているんだもん。」
白いカーネーションは、愛の証。
「今度アスハ代表に言ってみようかな。ここをさ、白いカーネーションの花を植えたいって。」
嘗てのシンの口からは絶対聞けなかっただろうその言葉。
ルナマリアは満面の笑顔で頷いた。
「きっと代表なら言ってくれるわよ。「とてもいいアイディアだな」って。」
「よし!もう一つ目標ができた!」
シンは立ち上がる。
キラさんがいなくても、俺が代わりにここに花を植え続けるよ。
これからもずっと家族への、オーブへの愛は生きているから。
=Alstroemeria =
オーブの海岸を二つの影が並んで歩く。
海風を孕んだ金の髪を片手で押さえながら、足元の波が引くと同時に、カガリは屈みこんで抱えていたガーベラの花束を投げる。
波は優しく抱く様に花束を包み、沖へとそれを運んでいく。
「慰霊碑に捧げるのかと思ったら、海だったとはな。」
花がゆっくりと沖へと消えゆくのを見送りながら、アスランは呟いた。
カガリは立ち上がると、同じく視線を海に向けたまま、それに答えた。
「まぁな。本当は慰霊碑でもいいんだろうけれど、そこにいない人たちもいるから。」
「カガリの母親か?」
「私の実の母はここにはいないよ。あの後詳しく調べてもらったら、メンデルの遺伝子研究所を最後に消息を絶っているし。」
そう、たった一度だけその腕に抱いてくれた母は、この地球にはいない。
「育ての母、というか、お父様の奥方様はいらっしゃったみたいだけど、私が物心つく頃にはもう亡くなられていて、私には母親と呼べる人がいなかったからな。」
その告白にアスランは心が締め付けられる。
「ごめん。」
「何だよ?何でお前が謝る必要があるんだ?」
「その…カガリが二人も母親を亡くしているのに、俺は無神経なことを言って・・・」
「無神経も何も、今までお前に一言も私の母親についてなんて話したことなかっただろう?知らないのが当然であって、怒る筋合いないじゃないか。」
さっぱりとした表情で、カガリはアスランを見やる。
そんな彼女を見てアスランは切なくも思う。
なんで彼女はこうしていつも、広い心で受け止めてくれるのだろう。
「それに―――」
カガリは再び海を見つめる。
「私にはマーナがいてくれるしな。姫様姫様って行儀作法には滅茶苦茶うるさくて、いっつも反発していたけど、多分お母さんってあんな感じなんだろうなって思って。」
「そうか。」
アスランも思わず口元が緩む。一時SPだった時、カガリとマーナのやり取りを見ていたが、確かにあのドタバタを見ていると、つい昔を思い出した。
まだ幼少の時、キラがカリダさんに
(―――「もう、早く宿題しなさいって何度も言っているでしょう!」)
(―――「もう、早く宿題しなさいって何度も言っているでしょう!」)
(―――「ほーら、おやつを食べる前に、まず手を洗ってきなさい!」)
その度にキラは剝れて「は~い」と渋々向かっていたが、それがマーナさんとカガリに重なる。
本当に離れていても、双子は双子だ。
「…何か可笑しかったか?」
カガリにいつの間にかのぞき込まれていたらしい。アスランは笑って「いや、昔を思い出して」とごまかす。すると
「なぁ、アスランのお母さんはどんな人だったんだ?」
カガリが不意に尋ねてきた。
「そうだな…」
アスランは心の奥に大事にしまっていた記憶の箱を、何年ぶりかにそっと開いて見た。
「俺は父親が厳しかったからな。その分母は優しかった。テストの点数でも、成績でもなく、俺が頑張ってくれたことを喜んでくれる、そんな人だったよ。もっとも、二人とも仕事でほとんど家にいた記憶がないから、寂しくても我慢していたほうだったな。」
こう思うと、二人揃って母親というものに対して縁が遠かった気がする。
「アスランのお母様は、キャベツの研究をしていたんだろう?みんなの下に、宇宙でも自給自足できるように。」
「あぁ。」
その農業プラント―――「ユニウスセブン」は地球軍の核攻撃で…
「…ごめん。」
今度はカガリが謝る。
「何でカガリが謝るんだ?」
「だって、その、辛いだろう?お母様が亡くなったこと・・・」
アスランが斜陽に目を細め、それでも落ち着いていった。
「確かにあの時は怒りと悲しみしかなかった。だからこそザフトに入隊する決心をしたんだし。…でも、こうしてカガリと会えた。」
戦場に出なければ、きっと出会うことがなかったはず。キラとの再会も。そして何より、あの時の母よりきっともっと大事にしたいと思うカガリと。
「お前のお母様は、その…私なんかがアスランの側にいて、喜んでくれる…かな?」
正直自信がない。女性としてアスランを幸せにしてあげることができるだろうか?
だがアスランは一度目を閉じてゆっくり呼吸すると、カガリに向き直り、その手を伸ばして抱きしめる。
「ちょっと、お前、いきなり―――」
「喜んでくれているよ。だって、今日海に花を捧げてくれたのは、俺の母のためでもあったんだろう?」
カガリが<ギクリ!>と体を震わせる。
「な、何でそれを―――」
「『ブレイク・ザ・ワールド』…ユニウスセブンの残骸は今は地球に落下して、多くが海の中で抱かれている。その中には、きっと俺の母もいるはずだ。世界のどこに落ちたかはわからないけれど、地球は全て海で繋がっている。だから、カガリは母の日の今日、こうして俺の母のことも思って、海に流してくれたんだ。」
「…」
そうか、アスランはとっくに気づいてくれていたんだ。
「アスラン。」
「どうした?」
「もうちょっと、このままでいてくれないか?」
「…」
アスランは言葉の代わりに、カガリを抱く手を強める。
カガリはそのまま目を閉じる。
静かな夕暮の浜辺には、どこかの親子連れだろうか。
子供を呼ぶ母親の声、そして家路に向かう人たち。
当たり前のこの光景が、つい1年前までは荒れ果てた戦場だった。
瓦礫と銃撃音と泣き叫ぶ声。
それが嘘のように今は穏やかだ。
目を瞑ったまま、カガリは呟く
「普通って、こんなに幸せなものだったんだな。」
「あぁ。失い続けてきた俺たちには、眩しすぎるほどだ。」
「私は諦めないからな。ずっとこういう時が続いていくことを。」
だから願いと誓いを込めて、花束を流した。
ガーベラ―――「常に前進」し「希望」を携えるその花言葉と共に。
「あ、そういえば、お前もさっき花束に何か入れてくれって言ってたよな。」
カガリが頼んだガーベラにアスランが「これも頼む」と入れてもらったのは『アルストロメリア』。
「確かにガーベラだけでもよかったけれど、少し違う花を入れてアレンジしてもらうのもいいかなと思って。」
「うん、お前にしてはなかなかのセンスだったと思うぞ。」
「…それは褒めてくれているのか?」
「無論だ。」
つんと澄ましながらカガリは告げる。
「いい花を選んだじゃないか。「未来への憧れ」だなんて。」
「似合うと思ったんだ。この前誓っただろう? キラとラクスに頼ることなく、今見えるこの情景を未来まで守り続けると。」
アスランがそういうと、カガリは力強く頷き、そして海に向かって祈りを捧げる。
多くの母親に、この願いが届きますように。
その横顔を眩しく見つめると、アスランは彼女の髪に隠し持っていた小さなオレンジの花をそっと挿した。
「アスラン?」
カガリがそれに触れる。
「今のカガリに似合うと思って、一つだけ取っておいた。」
「これってでも、アルストロメリアでもガーベラでもないけど、何だ?」
「それは…秘密だ。」
「何だよ!ここまで来て教えろよ!」
笑うアスランの背中をポカポカと叩くカガリ。
オレンジの花びら―――『ガザニア』が彼女の耳元で揺れて囁く。
―――「貴女を誇りに思う」と。
・・・Fin.
***
母の日を記念して。突発SS
母親の皆様へ―――いつもありがとうございます✨感謝を込めて<(_ _)>