「夏」と言えば思い浮かぶもの。
海で思いっきりビーチボードやバナナボートで波を切っていく爽快感。もちろん浜辺でビーチバレーや砂遊びをするもよし。
山なら川遊びや魚釣り、グラッピングでのキャンプやバーベキュー、湧き水を沸かして入れたコーヒーを片手に星を見ながら夜遅くまでの語り合い。
楽しいことはいくらでもある・・・が、忘れてはいけないイベントがもう一つ―――
「は?『幽霊が出る』?」
「そうなんですよ!カガリ様!!」
珍しく執務室でマーナ特製のお弁当を広げていると、同じく彼女を前にして、弁当箱を開けている女性秘書官たちが口々に囀り始めた。
「最初はただの、夏によくある「怪談話」かと思ったんですよ。同期の軍令部士官から聞いた話なんですけどね。男女のカップルで軍令部内を一周してくる「肝試し」をやったらしくって。」
「そうしたら、今はあまり使われていない「旧官舎」のところで、誰もいないはずの部屋から、ぼんやり青白い光がフワ~って出た!って。」
「皆『人魂』だ!」って悲鳴上げて全員逃げ帰ったらしいですよ。」
フォーク片手にまるで自分たちまで見てきたように興奮する彼女たちを前に、サンドイッチを置き、コーヒーを一口飲み下したカガリは「ふ~ん」鼻先で答える。
大体この手の話は、伝わっていくうちに尾ひれどころ胸ひれ尻ひれがついて、大仰になっていくものが殆どだ。
その動いていたという「青白い人魂」だって、軍令部の夜間航空機のライトでも反射したものぐらいだろう。「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」ってやつである。
だが、彼女たちは本気にしていないカガリを前に、珍しく息巻いてくる。
「あー、カガリ様、信じていないでしょう!?」
「へ?あ、いや、だって青白い光が揺れていた、なんて見回りの兵士の懐中電灯が当たって反射したとか、そういうのじゃないのか?」
というか、それより軍令部は何をやっているんだ。幾ら今オーブも世界も落ち着きを取り戻し、戦闘状態になるような事態は殆どない。いくら勤務時間外とはいえ、職場で遊ぶような真似をするなど、気が緩んでいるのではなかろうか。やはりこの世界規模の異様な暑さのせいか…今度国家首脳会議があるとき、この温暖化について、もう少し切り込んだ形で議題を出すか。
そう考えているカガリに向って、秘書官の一人がツカツカと歩み出て、<バン!>とカガリのデスクを勢いよく両手で叩くと顔を近づけてきた。反射的にカガリが引っ込むが、彼女は身じろぎ一つせず、真剣なまなざしを真っすぐカガリに突き刺した。
「いいえ!これには凄い信ぴょう性があるんですっ!」
「え、一体どんな…」
「聞いて驚かないでください…何を隠そう、その部屋の主は、先の大戦で出撃中に戦死された陸軍2位の方だったそうです。」
「戦死者の…」
カガリが表情を曇らせる。
軍である以上、当然ながら戦いにおいて命を落とす者もあれば、勤務中に不慮の事故で亡くなった者もいる。彼らのために、毎年軍令部合同で慰霊祭を行ってはいるが、成仏できていないのだろうか。
「それにですね」
秘書官の後方から、もう一人が援護射撃する。
「その二位が亡くなったその日に、最初に青白い人魂が目撃されたらしいんですよ。」
「それからずっと毎夜出てくるのか?」
「いえ、暫くはそんな噂はなかったんですが、今度旧官舎が取り壊されて、新築される予定じゃないですか。その話が出たその日から、人魂目撃情報が出ているんですよ!」
彼女らの力説に、カガリは片肘をついてふと考え込む。
(自分の部屋が無くなるのが嫌なのだろうか…それで魂が成仏しきれずにフワフワと…)
我が国のために散っていった命と思うと、大事にしてやりたいと思いつつ、やはりちょびっと…ほんのちょびっとだが…怖い。
でも、アスランがこれを聞いたら
(―――「そんな非科学的なものを信じるのか?最新技術を誇るモルゲンレーテとオーブ軍人とは思えない発言だな。」)
と上から目線で否定するに違いない。無論、ミナに至っては「片腹痛いわ!」と笑って馬鹿にされるのがオチだ。
すると
「でも…実質影響出ているらしいですよ。「人魂が成仏するまで旧官舎の取り壊し反対」を掲げている兵士もいるらしいですし。」
「そうよね~壊して自分たちが祟られたら、嫌だもんね~。」
「「「怖~~~い♥♥♥」」」と半分怖いもの見たさで言い合えているのは、彼女たちが当事者ではないからだろう。しかし、旧官舎の新築のサインを押したのは、紛れもなくカガリたち内閣府だ。
(こうなったら、直接確かめないといけないな…)
だが、どうやって確かめようか。
アスランについてきてもらおうか…でも先の想像通り「非科学的だ。」の一言と共に「君が夜間に捜査なんて、危険な真似をさせられるものか!」と真っ向反対するに違いない。宇宙軍のアメノミハシラにいるミナを呼び寄せるなんて、更に以ての外。
だからと言って、目の前の彼女たちに同行をお願いしようとも、まだうら若き…しかも軍人ではない彼女たちを危険な目に合わせるわけにはいかない。
(だったら、私が一人で行ってみるか。)
決意も新たに冷めかかったコーヒーを<グビリ>と飲み込むカガリだった。
***
そして時は22時半―――
「旧官舎は、っと・・・―――あ、ここか。」
今は誰も使っていない無人の官舎はひっそりと静まり返っている。
周囲を探るが、全くと言っていいほど人影もないどころか蟻一匹だって這っているのを見かけない。
(し、静かだな…)
懐中電灯片手に、一周回る。
時折
<ヒュー>
生温かいものがカガリの首筋に触れる。
「わぁっ! ――ーって、風かよ…」
真夏の湿り気を帯びた暖かい風。普段なら不快ではあっても驚くことはないのに。
(いいや!いいか、幽霊なんて、人魂なんて、非現実だ!非科学的だ!)
アスランだったらきっと
(―――「怖がりだな、カガリは。」)
そう言いながら笑って、頭をクシャリと撫ぜてくれて。
そう思ったら、なんか急にアスランの顔が見たくなって、左手の人差し指をそっと撫ぜる。
護り石の代わりに連れてきた、赤い石のついた指輪。それを抱くとまるで何かに祈っている姿に見える。
(大丈夫、私にはアスランがいてくれる!それに、ちゃんと「武器」も持ってきたし!)
勇気を出して、官舎をもう一度見上げる。灯一つない黒々とした建物。人気のない建物はどこか不気味だ。それでも改築工事に判を押した以上、責任を持ってこれを追求しなければ。何と言ってもオーブ代表なんだから!
「よし!」と頬を叩いて気合を入れ直し、官舎のドアに手をかける。が開けようとしても鍵がかかっているのか<ガチャガチャ>と鳴るだけ、開けることすらできない。
「…やっぱり何かの見間違いか、気のせいだろうな。」
肩で一息つくと、カガリはそのまま内閣府への道に取って返す。すると
「「キャァアアアアアア!!」」
「うわぁああああ!?(ドキン!!)」
突然近くから甲高い悲鳴が上がり、思わず自分まで悲鳴を上げてしまったカガリが、我に返って声の方へ走り出す。するとそこには女性士官が2人。
「お前たち、どうした!?」
「だ、代表!!あ、あ、あれ!💦」
「噂の人魂がぁ~~~💦」
二人は抱き合う様にして腰を抜かしながらも、震える指先が旧官舎の上階をさす。
カガリは目を凝らすが、確かに薄くぼんやりとした光のようなものがあった。目の効くコーディネーターたちだったら、確かにあれは人魂にも見えなくはないだろう。
カガリは振り返る。
「ここの官舎の鍵は?どこに行けば借りてこられるんだ?」
「え、えと、ここは第3官舎だから、多分陸軍総務室に行けば…」
「わかった。お前たちも行くぞ。」
抜けた腰を叩いてやれば、ようやく膝を笑わせながらも立ち上がる二人。
「一体こんな時間に何の用・・・―――って、代表!?」
慌てて敬礼する軍令部事務士官。どうやら夜勤の途中だったらしく、奥からTVの音が聞こえてくる。
「ちょっと鍵を借りたいんだが。」
「はぁ、鍵ですか。どこの施設でしょう?」
カウンターの下から帳簿らしきものを取り出す士官。どうやら貸し出した鍵の記録を取っているらしい。
「旧官舎だ。第3官舎の入り口の鍵なんだが。」
すると彼は「…え…?」と不審な表情をする。
やはり例の噂のせいで、彼も躊躇しているのだろうか。
だが、彼の表情は「恐怖」によるものではない。寧ろ「弱ったな…」というような、いわゆる「困り顔」だ。
人の心の機微に敏感なカガリだからこそ見抜ける。そうだ―――彼は何かを隠している。しかも自分のせいではなく、寧ろ自分より上官に口止めされている、あの表情だ。
「どうした?誰か使用しているのか?」
カガリが詰め寄る。
「い、いえ、その…」
彼の額から流れ落ちる汗。この冷房完備の事務室で、こんな汗をかくのは暑さのせいではないことは明らかだ。
「それを見せろ。」
カガリが片手でクイクイと帳簿を見せろ、と仕草する。しかし
「そ、その…旧官舎の鍵は、改築のために、もうこの貸し出し簿には付けていないので…」
汗に加えて目が泳いでいる。カガリははっきりと言い切った。
「誰がお前に断って、旧官舎の鍵を持ち出した?私はオーブ首長国代表だぞ!つまりは軍の総轄大将だぞ!私の命令が聞けないのか!?」
「い、いえっ!」
慌てて敬礼する彼に、更に詰め寄る。
「帳簿につけていないとしたら、管理責任者は誰だ?」
すると半泣き状態の彼は、恐る恐る帳簿を差し出してくれた。
私はふんだくってそのページをめくる。
「・・・・・・・・・・・・。」<パタン>
目を通した後、黙って帳簿を閉じる。
先ほどの女性士官二人が、ビクビクしながら声をかけてくる。
「い、いかがされましたか?アスハだいひょ―――ヒィッ!」
彼女たちは確かにその夜、恐ろしいものを見た。
人魂ではない―――代表の背中から沸き出でてくる、本気の怒りのオーラを。
カガリは走った。
先ほどまであんなに怖がっていた官舎の前に立つ。まだ青白い光はそこに揺らめいている。
カガリの足はそのまま鍵のかかった表玄関―――ではなく、先の帳簿に記載のあった、厨房があった裏玄関に向かう。想定通り、そのドアは簡単に開いた。
そして真っ暗な廊下を怒りのオーラで照らしながら、カツカツと階段を駆け上がり、部屋の前に立つ―――そう、例の青白い光がその個室のドアの隙間から漏れている。
カガリは臨戦態勢に入る。手には最強の武器『すとらいくふりーだむ』を抱えて。
ドアノブに手をかけて目を閉じる。そして次の瞬間、目を見開くと
(せーの!)
<バタン!>
ドアを全開すれば、中の人魂―――ではなく人影が驚き跳ね上がった。
「おーまーえーはぁああああああああ!!(# ゚Д゚)」
<スパァーーーーーーーーン・・・>
再び余韻を残し、『すとらいくふりーだむ』がダイレクトに当たったそれは床に崩れ落ちる・・・というか、頭を抱えてへたり込んでいた。
「痛いよ、カガリ。···それよりなんで、ここを…」
「『なんで』じゃなかろうが!(# ゚Д゚) お前こそ、一体こんなところで何やっているんだ、アスランっっ!!」
「いきなり叩くなんて、酷いじゃないか。」
確かに。理由も聞かずにいきなり叩くのは正義じゃない。(いや、こんな「怪談話」になるようなことをした時点で、始末書物だが)
私も最初は気合を入れてドアを開けただけだ。そして「一体こんなところで何をやっているんだ?」と聞くつもりだった。
だがドアを開けて0.2秒で目に飛び込んできたのは―――
青白く光るPC画面
そこに映し出されているのは、何処からどう見ても私の写真。
しかも広報部からの依頼で撮影されたものではない、私の勤務中や、休憩時間のもの、果てはオフショットまで…
こんなものを見つけて、誰がその凸一発叩かないですむものか!
「一体いつお前、こんなもの撮っていたんだよ!?てか普通に「盗撮」じゃないか!肖像権は50万以下の罰金だとあれ程言ったのに!お前は何で学習できないんだよ!?」
「だって、仕方がないじゃないか!」
またコイツは諦めの悪い主張を繰り返す。
「携帯の写メが駄目なら、せめてデジタルじゃなく、紙ベースで引き延ばして取っておこうと、アルバムを作っていたんだ。誰の目にも触れさせないし、持ち出すつもりも一切ない!俺だけの大事な宝物なんだ‼」
足元を見れば、今時珍しいフォトアルバム。一冊手にとって広げてみる。アスランは「!Σ( ̄□ ̄|||)」と青白い顔をさらに蒼くしていたが、私のオーラで近づけなかったようだ。
それを見れば
タイトル『今日のカガリ』
「○月△日、登庁時の横顔」
「□月×日、会議棟へ移動中」
「◆月☆日、今日もご飯がいっぱい食べられて幸せな顔」
これが足元にあるだけで「No1~16」まである。しかもきっちり綺麗に日にちを追って順番に一つ一つタイトルまで付けて几帳面に作られているあたり、流石というか、生真面目というか。
もう声に出すのもあきれ果てた。
「お前、これ何時から集めていたんだ…」
すると正座中だったアスランはちょっと顔を赤らめ、ぼそぼそと話し出す。
「無論、俺がきちんとオーブに入隊して以降だ。最初はSPをやれて、傍に居られたからそれで満足だったけれど、この地位になったら、もう君のSPを志願しても、その他の俺がいないとできない任務が重なっていることが多くなって。でも君が心配で、オート撮影のドローン式監視カメラを作って、それに撮影させて確認していたんだ。最初は無事であればデータを消去していたんだが、あまりにも君の姿が凛々しくて、綺麗で、それで…///」
「···もういい。」
ハァーーーーーーーーーーー・・・・・・・・(´Д`)
恐らくだが、この部屋の主が亡くなった日の灯りは荷物整理をしていたときに、何かが反射したのだろう。
最近目撃されている幽霊ーーーつまり青白い人魂の正体は、アスランの使っていたPC.
揺れているように見えたのは、アスランがプリントアウトした写真をアルバムに張る作業で、室内を行ったり来たりしていたから、光が付いたり消えたり移動しているように見えた訳だ。
「何でまた、こんなところで…」
「どうしても作業が夜になると、官舎でプリンターの作動音が隣室に響けば迷惑がかかるだろう? だからここなら誰も来ないし。」
「で、最近になって連日のように作業していたのは…」
「ここがもうすぐ改築工事で使えなくなるから、始まる前に完全に仕上げておこうと思って。」
何でそこだけ活き活きと話すんだよ。
ともかく、これ以上アスランを人魂騒ぎの元凶にさせて置くわけにはいかない。
軍の施設がまさかの准将によって改築が進まなかった、なんて言ったら、もう立場がないだろうが。
さて、この決着をどうつけようか。
確かに今私たちは、なかなか時間を共有できない。私が指輪にアスランを重ねて頼っていたけれど、やはり本当は触れ合う距離にいて欲しいと思う。
アスランもキラをはじめ、友人知人は皆プラントだ。たった一人この地にいるのは、幾ら大人であったとしてもやはりどこか寂しさを覚えるに違いない。
私が支えてやると、誓ったんだ。なら―――
「なぁ、この写真は私と一緒にいられないときの物なんだよな。」
「あぁ。それ以外は撮っていない。」
「だったら、今度は一緒の写真にしよう。」
「え…?」
「だから、公休日はなるべく一緒に過ごして、写真撮るならその時一緒に撮ろうと言っているんだ!お前と一緒に撮ったものがあれば、犯罪行為じゃなくなるし、何より気持ちを共有できるだろう!?」
「それじゃぁ…✨」
こうしてオーブの夏は、カガリとアスランのデートが目撃され、あっという間にそちらの騒ぎが広がるとともに、いつの間にか人魂の噂は消えていったという・・・
めでたしめでたし(?)
***
もう書かない~と言いながら、もうこれ以上書くとザラが本当に変態になってしまうので、やめようと思いつつ、またカキカキしちゃったよ💦
というのも、昨日Twitterで、フォロワーさんが「アスランがカガリの写真撮りまくっている」ネタをプレゼントしてくれたので、思わず妄想してしまい、それが止まらず…💦
思いっきり変態なのは書いた人ですから。
アスランに罪はありませんので。
やっぱりこの夏の猛暑が悪いんです。書いた人の頭がおかしくなっているくらい暑いので。
サクッと読み流して、きれいさっぱり忘れてください(T0T)ゞ