「流石に宇宙空間ばっかりだと、季節を感じないよな…」
戦艦『ボルテール』の窓の外は、限りなく広がる漆黒のビロードと、そこに散らばせたビーズのような星々のきらめき。
ただそれらをぼんやりと見つめながら、ディアッカが誰ともなしにぼそりと呟いた。
「何を言う。今は世界の均衡が保たれているとはいえ、未だ反政府分子は存在している。今日の地球…いや、オーブからの特使を迎えるにあたって、手落ちがあっては我々の名折れだ。それはつまりラクス・クラインへの恥となる。それだけは防がねばならん。」
漆黒を映す窓に反射して見える、プラチナブロンドとアイスブルーの瞳。
(なんだかすっかり隊長ってのが板についたよな、コイツも…)
同じ赤を着て、同じくストライクを追って砂漠の中を苦戦し、ニコルを失い、感情に流されるままの子供だったあの頃とは大違いだ。
いや、後の大戦の渦中で一部隊の隊長となったあの時はむしろピリピリしていた方だ。視線を前に向けたまま緊張を張り巡らせていたのに、今はこうやって自分の方を向いて、説教の一つもできる。
(それだけ今は平和になったってことか…)
ぼんやりと考えていたそこに
<小型戦艦到着。オーブからのものです>
「よし、照合確認した後、こちらにお招きしろ。粗相があってはラクス・クラインへの失礼に値するからな!」
きびきび指示を出す隊長・イザーク。
だったら俺も居住まいを正しますかね…
―――と思ったその時、
<ゾクリ💧>
「な、何だ!?」
ディアッカの背筋を走る、謎の悪寒。
「おい、どうしたディアッカ。」
イザークが怪訝な顔で振り向く。
「いや、何だかちょっくら悪寒が走ったというか…」
「まさかお前曰く、季節感もないこの戦艦で流行性感冒にでもかかったとかではなかろうな?」
「違う。…でもなんか以前、同じような感覚を味わったような―――」
そうして、過去の出来事を邂逅するディアッカ…
(そうだ!思い出したぜ!)
あれは前の大戦、第2次ヤキンデューエ戦の始まる直前だった―――
***
「銃を向けずに話し合おう」
そう言って、何と戦うべきなのか、わからなくなったまま、必死にそれを探し続けて模索した、あのAAでの日々。
メンデルでイザークと対峙し、言葉を交わし、自分の真意を伝えた。
その後だ。
<キラ君が倒れたそうよ。>
AAの艦長・マリューがそう話していたのが聞こえた。
そりゃそうだろうな…あれだけのZAFTと連合のMSを、パイロットの人命を救いながら動きだけ止めるなんて技、とんでもないコーディネーターだってことはその時思い知ったよ。だが、所詮は人間だ。集中力精神力に限界だってあるだろう。ましてやアスランの話じゃ、正規軍にいたこともなく、ただの学生だったって話だぜ?メンタルの修練なんてやってこなかっただろう。
「大丈夫だってよ。今ピンクのお姫様が、坊主の事、看てくれているってさ。」
何だか気が合ったマードックから、MSの整備をしながらそんな話を聞いた。だったら大丈夫だろう。
ただ…少し気になったのは、そう、アスランの事。
ラクス・クラインはアスランの婚約者だったはず。だが気づけば彼女が常にそばにいるのはキラの傍らだ。
(アスランのヤツ、この状況、知っているのか…?)
人間関係が希薄なのは知っているが、婚約者が別の男と一緒にいるっていうのは、流石にちと不味いんじゃね?
そんな漠然とした感覚を持ったまま、倒れたキラの分も機体調整をし続けた。またいつ出撃するか分からないからな。
そうして、暫くした後、
「すいません、ディアッカさん。僕もやります。」
声のする方を見れば、少しばかり目を腫らせたキラが無重力空間をゆっくりと飛んできた。
「もう、大丈夫なのかよ?」
「えぇ。ちょっと色々ありましたけど…ラクスが話を聞いてくれて、それで…」
「ふんふん…―――え!?お、お前、ラクス様にそんなことをしてもらったのか!?」
「してもらったというか…成り行きで…?みたいな。」
キョトンとした無垢な表情。
全く…キラ・ヤマトが最強のコーディネーターだとしたら、戦闘以上にこの「人たらし」というか、人懐っこさじゃねーのか?
ラクス様と何があったのかは知らんが、すっかり仲良くなり、アスランもコイツの言うこと信じるし、そいうやあの砂漠の虎と恐れられたバルドフェルド隊長まで一目置いてるんだもんな。
頭をポリポリと搔きながら、現場を交代する。自分の機体はやっぱ自分の手でメンテした方が安心だもんな。
そういうことで、俺は自分の機体のところに向かうと、そこにはオーブのお姫さんと何か話しているアスランを見つけた。その瞬間
(あぁ!?何なんだ、アイツはよ!)
ここでも俺は違和感を思いっきり感じた。
だってあのアスラン・ザラだぞ!?
能面みたいに表情硬くて、任務に忠実。その上イザークや俺でも敵わん戦闘センス。アカデミーで同期の女子共に絶大な人気を誇っても、本人はどこ吹く風。まぁあの時はラクス様が婚約者だから、彼女しか視界に入らないと思っていたんだが、にしても彼女と向かい合っても、義務的な微笑み浮かべるだけで、何だかいつも薄い仮面を被っているような、あのアスラン・ザラが
「…笑っていやがる…(゚Д゚;)」
心の底から楽しそうに、目を細めてオーブの姫さん見てるじゃねーか。
(これって、婚約の危機じゃねーのか!?)
余計なお世話かもしれないが、恋愛初心者マークをあの広い凸に貼り付けた様な男が、今まさに、友人に婚約者を取られそうになっているんだぞ!?そんなところで呑気にオーブの姫さんと話している場合じゃないだろうが!!
俺は慌ててアスランに声をかけた。
「おい、アスラン!」
二人が振り向く。するとオーブの姫さんは「あ」と気づいたように小さな声を上げ、「じゃ、またな!」とアスランと俺に向って手を振り、軽々と向うへと飛んで行った。
「どうしたんだ、ディアッカ。何かあったか?」
(―――げ!)
一瞬声を上げそうになったぜ!💦
だってよ、一瞬であの満面の蕩けそうな微笑みが、一転して冷たい氷のような目に変わったんだからよ。口角は上がったままだが、目は明らかに「何邪魔してんだよ、お前!」と訴えてきている。
だが、他国の姫と和んでいる場合じゃねーだろうが!!
「おい、こんなところで呑気にオーブの姫さんと話している場合じゃないだろう!?」
「何故だ?」
明かに分かってねーな、コイツ。今の自分の(恋愛における)置かれた状況を!
「いや、ラクス様はどうするんだよ?」
「ラクス?あぁ、今ならキラと一緒のはずだが…」
(そこ!そこを何故疑問に思わん!!)
「あーもう!じれってーな!キラは今フリーダムのところに来て、自分でメンテ始めてるよ。」
「よかった。少しは回復できたんだろうな。精神的に…流石はラクスだ。」
(って、お前、何当たり前に受け入れているんだよ!そこは焦るところだろうが、婚約者として!!」)
「だからいいのかよ。お前婚約者だろう?いくら自分の無二の親友とはいえ、お前の婚約者とくっつきそうなんだぜ?」
「キラとラクスが、か?そうだな。」
この時ほど俺は口がこれ以上開かんほど、ポカンとしたのを覚えてる。幾らなんでもコイツ、鈍感過ぎだろう!
なので俺は告白した。キラから聞いた時は俺だけの秘密にしようと思ったが、もうこうしちゃいられない!
「いいか、よく聞けアスラン。…キラがさっきな、「思いっきり泣いた時、ラクスが膝枕して、ずっと頭を撫ぜてくれたら、凄く落ち着いたんだ」って。「膝枕」だぞ!「膝枕」!!」
俺がそう耳元で叫んだら、みるみるアスランの顔色が変わった。
「…『ひざ…まくら』…?」
ようやく気付いたか。この鈍感!頭いいのに何故ここだけ頭のネジがぶっ飛んでるんだよ。
「そうだよ!あのラクス様の白い足に、アイツは頭を乗せて、その上優しく撫ぜてくれたって。」
アスランの表情が強張る。そして目の焦点が合わないまま、俺に掴みかかった。
「『膝枕』してもらった上に、『撫ぜてもらった』だと!?」
あの冷静なアスランが、戦闘の時よりブチ切れて俺の両肩に指を食い込ませて俺をガクガクと揺さぶってきた。
「お、お、お、落ち着けって!一回深呼吸しろよ、な?」
まさかこんなに取り乱すとは思わなかった。その反面、早く伝えてよかったと思って胸をなでおろそうとしたその時だった。
「俺はまだしてもらったこともないのに!!『カガリ』に!」
「・・・は?」
あ、やべ。コイツ目の瞳孔が開いてやがる(※種割れ)
つーか、その前によ。何故ここにオーブの姫さんが出てくるんだ????
コイツの戦闘でも見たことないほど鋭い目力に圧倒され、背中に悪寒が走る。まるで絶対零度の宇宙空間に漂っていた氷を背中に放り込まれたような。
それこそ凍りつかされたように、何も言えず目が点になったままの俺を「ちっ!」とばかり舌打ちして、全速力でオーブの姫さんが去っていった方に向かっていくアスラン。
(なんか、俺、ヤバい事したか!?)
もし、これでオーブの姫さんに何かあったらいけないと、慌ててアスランの後を追った俺。今考えるとなんて苦労人なんだよ、俺って…ミリアリアとはまだちゃんと仲良くなれていねーのに(※でも少し話を聞いてくれた♥)。
アスランの素早さで、簡単に姫さんに追いついているのを遠目で目視した。
(ヤバい!姫さんに何する気だよ、アスラン!)
折角同盟まで結べたのに、ここで奴が親友と婚約者の蜜月(?)に怒りのあまりに、オーブの姫さんに当たり散らしでもしたら、国際問題に発展するんじゃないか!?
余計なことするんじゃなかった、と、慌てて二人に手を伸ばそうとしたその時
「カガリ!」
キョトンとする姫さんの両肩を乱暴につかむアスラン。
「どうしたんだよ、アスラン。ジャスティスの整備するんじゃなかったのか?」
「それどころじゃないんだ!」
確かに、ある意味それどころじゃない修羅場だろうが、姫さんを巻き込むな!
(やめろ、アスラン!―――)
「俺に『膝枕』してくれ!」
「…は?」←カガリ
「…へ?」←ディアッカ
尚も荒ぶる男が必死に説明を続ける。
「キラがラクスに膝枕してもらったそうだ。だったら俺だって君に素足の『膝枕』してもらって、その上「ナデナデ」して欲しい!」
「・・・」←カガリの点々
「・・・」←遠くからディアッカの点々
呆けること数秒―――たちまち顔中真っ赤にした姫さんが、慌ててアスランに言った。
「ちょ、ちょっと待てっ💦何をいきなり…というか、こんなところで膝枕なんてできないだろう!?人目もあるし、それに素足はちょっと///」
(…姫さん、『膝枕』すること自体は承認するのか?))
そう言いながらモジモジする姫さんに、尚もアスランが必死に懇願する。
「だったら俺が君を『膝枕』する!そして『ナデナデ』させてくれ!」
(そっちかよ!Σ( ̄□ ̄|||))
すると姫さん
「うん、まぁ…お前も連戦で疲れているだろうからな。それなら認めてやってもいいぞ!」
(姫さん、『漢』過ぎるだろう!Σ( ̄口 ̄|||) てか、アスランはする方でも癒されるのかよ!?)
・・・そんなわけで、人通りの少ないところで、姫さんの頭を抱き、ヨシヨシするアスランの、満足げな表情ときたら…
それを見て、俺はようやく確証したんだ。
ラクス様はキラが。
アスランは、オーブの姫さんが。
(やれやれ…余計なことをしたもんだ。いや、雨降って地固まるってことをしたのかな、俺は。)
そっとその場を離れる俺。
いつか俺もミリアリアと、あんな風になれたら…
***
あの時はそりゃ驚いたけど、今ならなんか妙に府に落ちる。あの姫さんだからこそ、あのアスランという人間を受け入れるだけの器があったっていうことなんだな。器というより、鍵と鍵穴がぴったりと合う。この世でたった一つ、結ばれることができる相手。それをあの不器用な男は見つけられたってことだ。
「おい、貴様。何を呆けている。」
腕を組んで突っかかるイザーク。俺は軽く顔を横に振った。
「いや、別に。…そういや、オーブからの特使って誰が来るんだ?ラクス様直々のお招きっていうんだから、姫さんがくるのかな。」
「それだと国賓級だろう。」
訝し気なイザークに、俺は茶化すように言ってみた。
「いや、案外あの姫さん、こっちの想定外の事してくれるからな。デュランダル議長と対面した時だって、スケジュールの穴こじ開けて、自ら乗り込んできたって言うし。」
俺は狭い艦内生活の窮屈さから逃れるように思いっきり背伸びをした。
「ラクス様と会合だったら、姫さんドレスとか着て来るかな? ああ見えて姫さん、プロポーションバッチリだったからな✨ 足細かったし、どうせだったらあの膝を枕にして撫でて欲しいくらい…―――ーっ!?!?」
背筋に緊張が走る―――いや、絶対零度の宇宙から持ち込んだ氷の塊を、背中に入れられたような冷たさと悪寒。
(そうだ…俺のこの悪寒は、あの時感じたのと、同じ―――)
「誰が、誰の膝枕をして欲しいって…?」
背後からとてつもない殺気と、それをオブラートに包んだような涼しい声の、オーブ軍服を身に包んだ―――彼がそこに立っていた。
・・・Fin.
***
こんばんは。かもしたです。
唐突にSS投下です。
いえ、双子誕生日SS以来、あんまり書いてないな―と思っていたら、丁度Twitterの方で「彼の秘密♥」シリーズみたいな話を語り合ってしまったら、なんとなくリクエストいただいていたので、ちょろちょろっとプロット切るのと同時にカキカキしちゃいました💦
最初のTwitterの方は運命後の設定で場所もオーブ設定だったのですが、完結させちゃたので、ディアッカさんに生贄(哀)になっていただきました。
直書きなので、全く見直ししていませんから、文章のつじつま合わない部分とか、誤字脱字多めですが、それでも楽しめそうな方は、読み流してやってください。
あと。
ちょっと今Twitterの方は鍵かけてます。
状況が落ち着いたら、また開錠すると思いますので、それまでお待ちいただけるとありがたく思います<(_ _)>
でも呟いている内容は、個々と大差ありませんwご安心ください♥