「いいから私から手を放せ!ザラ准将!」
怒りの混じった鋭い目が俺を睨みつける。
既に周りが見えていない、冷静さを失っている彼女は、もう見るに忍びなかった。
「だったら―――!」
咄嗟に先ほど医師が用意してくれていた薬を水と共に口に含む。そして尚も起き上がろうとする彼女を押さえつけた。
本気で抵抗してくる彼女―――だが、全くと言っていいほどその抗う力は、本人も気づいていないであろう程弱々しかった。
肩を抑えつけ上半身でのしかかる様にして、その華奢な全身を抑え込む。驚く彼女はその刹那、身に起こるであろうことの予測ができなかったのであろう。驚きに戸惑う隙にその鼻を摘めば、喘ぐように簡単に口を開けた。
「な、お前、何して―――んっ!」
瞬間、俺の口で彼女のそれを覆う。
片腕で頭をかき抱きながら、薄く目を開いてみれば目の前には見開かれたままの金眼。歯列を舌先で割り入れ、口に含んでいた物を喉に押し込むようにして飲み込ませる。「ん―――ぷはっ!」
頭を抱いたのは咽て吐き戻すのを防ぐため。どうやら無事に飲み下した嚥下のか弱い音が俺の鼓膜に届いた。それを聞き遂げてゆるゆると唇を離す。
僅かな銀糸が俺たちの唇を繋ぎ、ぷつりとゆっくり切れ落ちていく。
ハァハァとまだ喘ぐ彼女。金眼の端に湛えた涙は、息苦しさのための涙か、それとも…
(カガリ、眠るんだ…)
今はただそれだけを願い彼女を見守る。自分が何をされたのか、ようやく悟った彼女が更に怒れる瞳を俺に射るが、
「お前、私に何を―――…あ…」
数分もしないうちに、腕の中で、彼女の首がカクリと力を失った。
そのまま静かにベッドにその身を横たえる、
内閣府に設けられている医務室のベッドは冷たく固い。そこに横たわる彼女に触れる俺の指先には、温かくて柔らかな彼女の肌の感触が心地よく伝わってくる。
涙で頬に張り付いたままの金糸をそっと梳いてやれば、柔らかくて抵抗の無い、まるで猫のようなそれが絡んではサラリと零れ落ちていく。
その抵抗の無さが、俺の不安を掻き立てていく。
先ほど定例議会の始まる前に見た彼女は、明らかに疲労の色が濃かった。
赤道に近いオーブ、その照り付ける太陽よりも眩しかった彼女。それが黒雲が覆う空のように生気を失いかけていた。
俺にとってはオーブの安全以上にカガリのことが心配でならず、正直会議に身が入っていなかった。
その矢先―――
<ガタン!>
「アスハ代表!?」
彼女が倒れた。
「代表、いかがされましたか?」
「大丈夫ですか!?」
彼女に群がってくる閣僚たち、まるで我先にと彼女に手を伸ばすその様を見て、ギリと奥歯が鳴った。
「触るなっ!」
オーブに来て、今度こそ正規軍の一員として籍を置いて以来、部下の前でもこんな大声を張り上げたことはない。自分でも不安から感情的になっているのが分かっている。
だけど俺にも止められなかった。
直ぐに抱き上げた彼女は―――まるで霞を抱いているような感覚に襲われた。
(カガリはこんなに軽かっただろうか…?)
デュランダル議長との最終決戦を前に宇宙に発つ前、最後に彼女の身体をかき抱いた時とまるで違う。
頼りなく俺に身体を預けてきたその弱々しさに胸が押しつぶされそうになる。
医師の診立てでは「過労」とのことだった。
多分ロクに睡眠も食事も摂っていないのだろう。
医務室から内線で会議室に詳細を伝え、
「代表は暫く休養が必要、とのことです。」
<仕方あるまい。閣議は明後日再開ということで。>
こうして俺は、彼女をしばし見守ることにした。
「カガリ…」
深い眠りについた彼女は、俺の声も届かない。
「おかしいだろう?眠り姫は王子様のキスで目が覚めるのに、俺は眠らせてしまったんだから…」
そう自分で言って気づく。
彼女と最後に交わしたキスから、一体どれほどの時間が経っているだろうか。
この国の一員として彼女を助けると心に誓い、そのために彼女への私欲を決して悟らせまいと決めた。
夢は同じだ―――
カガリの夢はオーブを立て直し、国民が安心して暮らせる国を作り上げること。
そんな彼女の夢を支えるのが俺の夢だ。立場は違えど、同じ夢に向かっているはず。
だから俺も隙を見せず、甘えを見せることもせず、必死に今の立ち位置を維持した。
そして、この国が復活すれば、きっとカガリも笑顔を取り戻してくれるはず―――
なのに
「君は、何時笑顔を失ったんだ…?」
ベッドサイドの椅子に腰かけながら、ずっとその寝顔を見つめたまま。
指で彼女の頬とわずかに残っていた涙を拭ってやる。すると
「…ぅ…」
小さな喘ぎ。
もしかして礼服のまま横にしたから苦しいだろうか。
先ほど医師に診せた後、看護師が衣服を元に戻していたが、無意識にそっとボタンを外す。
すると、たちどころに見えてくる白い肌。
(ゴクリ…)
もっとその肌が見たくなって、一つ、また一つ、とボタンを外していく。
露になった彼女の胸元。そしてインナーに包まれたままの柔らかな隆起が、呼吸に合わせて一定のリズムで上下している。
「…」
触れたい―――
ただそれだけ
地位も名誉も、そして「俺」という人間を形作っていた理性ですら、この瞬間「不要」と一瞬にして俺の頭からかき消される。
「…カガリ…」
そっと顔を寄せ、静かに唇を重ねる。
先ほどは獣が噛みつくような口づけだっただけに、抵抗なく受け入れてくれる彼女に、まるで今の行為が許されているかのようで…
たまらず首筋に、柔らかな胸元に唇を触れる。
最初に彼女を抱きしめたときと、何一つ変わらない彼女の香り。
「カガリ―――」
何時上着を脱ぎ去ったのだろう。記憶にない。ただ肌を重ねたかった。その欲だけが脳内を支配している。
それでも彼女の身体に自分の身体を重ねる。伝わってくる体温と、自分の身体を受け止めてくれる滑らかで柔らかな肌。夢中で摺り寄せる。
「カガリッ!」
ベルトのバックルに手をかけた瞬間、我に返った。
「…アス…ラ…」
「―――っ!」
閉じられたままの彼女の瞳から、一筋ツゥ―と流れ落ちる涙。
深い眠りの中で、それでも絞り出すように俺に助けを求める彼女を前にして
(俺は、一体何を…)
俺が欲しいのは彼女の身体じゃない。俺が…俺が一番欲しいのは―――
―――「アスラン!」―――
そう言って振り返るとき見せてくれた、あの太陽のような―――
「君の笑顔、なのにな…」
何をやっているんだ、俺は…私欲に負けて、彼女の弱みに付け込んで、こんな恥ずかしい真似をするなんて―――
「クソッ!」
自分の感情に吐き捨てる。そうした時、ようやく冷静になったらしい俺の耳に、外のざわめきが聞こえてきた。
「アスハ代表が倒れられた!?」
「代表の容体はいかがでしょうか?」
多分行政府入り口に群がっている記者達だろう。この騒ぎを聞きつけて、まるで餌に群がる蟻のように食いついてきたらしい。
彼女の体裁を整えて、どうにかこの喧騒からだけでも遠ざけてやりたい。
そして、誰憚らず昔のように笑い合えたら…
俺が君に出会って、ようやく笑顔を取り戻せたように。
「笑顔を…取り戻した場所…?」
閃いて俺は立ちあがる。
「そうだ、あそこに行こう、カガリ。君が一番君らしかった場所へ。そして―――」
一瞬でもいい
今はこの一時だけでもいいから、
無邪気で眩しかった
あの日に帰ろう…
・・・Fin.
***
運命の出会い記念日に投下した「あの日に帰ろう」。
前編と後編でお届けしたんですが、前編読んだ皆様から「後編は、絶対R18シーンから始まると思っていたのに!」というお嘆き(笑)の感想をいただきまして。
確かに、ザラがいかがわしそうなことを考えてもおかしくないのですが(ヲーイ)、そうしたらブログに載っけられないので、普通に無難にしたんですよ。成人指定にするなら本宅かpixivにしなきゃいけないんですけど、そこまでの作品でもなかったので、読み流して下されれば十分だったんですが。
今日ぼんやりしていたら、ぼんやりと書き上げてしまった💧
うん、熱のあるせいだ♥←現在37.6℃(´∀`*)ウフフ ちょっと風邪気味らしい。コロナではないと思うけど、ヤバかったら明日救急外来行きます。