カルガモと比べると半分ぐらいなのが分かります
青森ねぶた祭りや秋田の竿灯祭りにもどこか似ていると感じていたが、勿論、イベントが持つ華やかさや意外性が、祭りという行事に同質性を見るのは、さほど間違っているとはいえないであろう。一年間で半分に近い冬場の生活は、重く覆い被さる雪雲の暗さ、静寂で、底冷えする寒い生活に代弁されやすいが、被害妄想ともいうべき辺境といったイメージに対抗する本音を、代償として行っているようにしか自分には見えない。
北海道函館の生活と単純に比較することは出来ないが、道南と呼ばれる函館よりはるか南に位置する岩手へのイメージが違っていることは、生活してみて判ることであるが、大変便利であるし、冷暖房も良く完備されている。生活に不自由することは全くないといって良い。
確かに本州で最も気温が低く、盆地であるため、冬場の水道管等の凍結(毎晩水を落とすことは必要)や、路面の凍結、積雪への対応には相応の対策が必要である。関東の生活と同じではないが、ケーブルテレビや衛星放送の受信によって、全国的に均質化していることと同歩調であるのは間違いないところで、情報格差はないに等しい。更には、多くの福祉施設を持ち、岩手大学病院を筆頭に、医療・介護施設の充実は他県の追従を見ない。
むしろ、さんさ踊りのイベントが、盂蘭盆会という仏教行事では包含できない次元に押し上げられ、本来持っていた素朴さ(民謡さんさしぐれが奏でる旋律のイメージ)が消失し、さんさ踊りの観光化が全面に出過ぎ、先祖・死者を弔(ともら)うといった感情が霧散しているように思えてならない。(このシリーズ最終回です)