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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

高橋廣敏氏 6/6  

2021-04-20 13:41:25 | 文化

 

> そして、今、富裕層の親御さんに圧倒的人気があるのは医学部です。 >確実に見返りがあるからです。>医師の子どもしか行かないような医学部専門の塾があります。>個別指導も含めると年間1000万程度かかるのは珍しくないですし、中にはそれ以上払う親もいます。 

 

開業医の息子は開業医ですかね。政治家の息子は政治家、役者の息子は役者ということになりますかね。      

 

>でも、医師には適性がありますよね。>人の命を預かるからには志も必要だと思います。 

 

そうですね。アメリカのように医育機関は大学院にしたら良いでしょう。 大学院 (medical school) は学士入学しか認めませんね。  

 

>ところが、偏差値が高ければ医学部へ行くという風潮がある。>消費とサービスの感覚なんです。 

 

子供だましのようなものですね。序列メンタリティには個性という言葉がない。      

 

>○教育を消費するだけになっている  >――教育は親の満足を追求するサービス産業になっているのでしょうか。 

 

子供の教育から個人主義が完全に消え失せていますね。親が金を出す。そして、その親が満足する。      

 

>高橋:そういう側面もあります。 >例えば、大学の場合、90分の授業では本当は何が起こるかわからない。 >そして何が起こるか分からない授業の方が面白いんです。 >今後、アクティブラーニングが導入されれば益々そうかもしれません。>でも、親御さんからの「サービス」の要望に応えるために、今、大学の授業はシラバスに授業内容を細かく書かなければいけなくなっている。

 

授業内容の透明化ですね。受講者には便利ですね。      

 

> そういう意味では教育全体が歪んでいるのかもしれません。>例えば私立の中高一貫校であれば、伝統校であっても自由で独創的な発想を生む校風は理解され辛くなり、学校の価値を東大合格者数で測ろうとしています。 

 

そうですね。数値は序列化が簡単であり判定が分かりやすいすね。   

 

>それは本来の意味での教育ではないですよね。>親として子どもの教育をしているのではなく、消費者として存在しているという印象を受けます。

 

そうですね。親の満足が目的になっていて、子供の個人主義とは関係ありませんね。   

 

>子どももそうです。>親から買ってもらった予備校の講座をひたすらこなしている。>買って消費するだけではなく、一生のうち一回ぐらい生産者になりなさいと言いたいですね。  

 

特亜三国 (日本・中国・韓国) の民には、現実があって非現実がない。現実を内容とする文章はあるが、非現実を内容とする文章が存在しない。だから、技術 (実学) があって、哲学 (考え) がない。考えの内容は人様ざまであるので、個性的になる。だが、特亜三国においては、英米流の高等教育が成り立たない。現実の内容を現実の中で再現すれば、それは模倣をしたことになる。非現実の内容を現実の中で実現すれば、それは創造になる。特亜三国の民は、模倣が得意で創造が苦手である。だから、模倣の競争には参入者が多く、創造には少ない。模倣の競争は没個性の競争であり過酷なものになりがちである。アニマル風の競争である。個性を伸ばそう。創造力をつけよう。そして、ゆとりある人間らしい生活をしよう。   

 

>※近日公開予定の続編では、子どもの学力を上げるために「本当に必要なこと」を伺います。><取材・文・撮影/熊野雅恵>

>熊野雅恵 >くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。 >早稲田大学法学部卒業。 >行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。

>(以上)

 

 

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高橋廣敏氏 5/6  

2021-04-20 13:40:13 | 文化

> 例えば、今の40代から50代のいわゆる難関大学に要求される英単語の目標レベルは大体8000語ぐらいでしたが、今の子どもたちの目標は2000語です。 >古文単語はかつては800ぐらいでしたが、今は200ぐらい。 >受験はどんどんぬるくなり、学力が低い者同士がコスパを追求し合って競い合っている。 >しかも勉強は好きではなくガマン大会になっています。 

 

好きこそ物の上手なれ’ を生かしたいものですね。  

 

> 推薦対策の塾もたくさんあります。 >志望理由書も全てストーリーを作って対策してくれますので、それで受かるケースも多いです。>学歴がお金で買える時代と言っても過言ではないでしょう。  

 

何でもお金で買える便利な時代になりましたね。 お金は目的にはならないが有力の手段にはなる。だから、お金は大切です。しかし、お金を手段ではなく目的にしている人は、守銭奴 (けちん坊として嫌われます。手段の目的化が起こっているからです。これが空しい原因です。人生の目的をお金で買うことのないようによく確かめておきましょう。    

 

>そういう環境で本当に勉強のできる子、学力が高い子が育つとは思えません。

 

そうですね。あだ花ばかりですね。   

 

>――子どもにお金を掛けさえすれば学力が上がるという考えを持っている親御さんもいるような気がします。 >高橋:最も根本的な問題が親にとっての教育が「投資」や「消費」になり、教育に対してコストパフォーマンスを求めているということです。>お金を出せばいい物が買えるであろうと。>なるべく遠回りせずに確実にリターンが欲しい。>それがコスパです。

 

自分の子供に金をかけるのは、自己が所有する家畜に投資するようなものですね。  

 

>本来教育は消費ではないんです。

>私自身も私立の中高一貫校を出ていますが、6年間で何があるかはわからない。

>どんな先生や友達と出会うか、どのような時を過ごすのか、何を学ぶのか、前もってわかるものではありません。

>だから、途中で学校以外に何かやりたいことを見つけて退学するかもしれない。

>その6年間は大学進学のためにお金を出して買うものではないんです。

> 大学も同じです。

>4年間でどんな出会いがあるかはわかりません。

>消費されるものでもないしサービスでもない。

>でも、親御さんは「これだけお金を払ったんだから見返りが欲しい」と言いますよね。

>だから、クレームも来るし、「就職までなぜ面倒を見てくれないんだ」となる。

>発想が貧困だと言わざるを得ない。

 

徹底的な現実肯定主義で、哲学 (非現実がない。

 

>それは子どもにも伝わります。

>結局、損得勘定が一番大事で、役に立つことしかやらない。 

 

現実肯定主義者には処世術しかありませんね。来るべき世界に期待する内容が何もない。夢も希望もない暮らしですね。このような状態では、時代を先取りすることなど、できるはずもない。             

 

>それが読解力の低下につながっていることは先程話した通りです。 

 

現実は分かるが非現実・考えは理解できない。  

見ることのできる内容は本当の事である。見ることのできない内容は嘘である。誰しも嘘つきにはなりたくない。だから、自分の頭の中にある非現実の内容は語らない。これが、日本人の思考停止の原因である。現実の内容は頭の外にある。だから、見ることが可能である。見ればわかる。だから、考える必要はない。これは楽ちんである。正解はただ一つである。これは人とアニマルが共有する非言語の世界である。非現実 (考えの内容は頭の中にある。だから、見ることができない。それは、ただの話である。その内容を知るには文法に基づいて文章の内容を逐一理解しなくてはならない。これは、骨の折れる仕事である。だから、通常、日本人は理解をしない。忖度 (推察で代用して済ませている。理解は人間だけが持つ言語の世界である。理解と忖度は似て非なるものであるから注意が必要である。忖度 (推察は聞き手の勝手な解釈であるから、話し手には何の責任もない。たとえ両者の間に齟齬が存在しても議論にもならない。現実直視になっていないことを忖度の主に指摘しても、'だって、私は本当にそう思ったのだから仕方がないではないかと懸命に反発するので取りつく島がない。かくして、日本人の対話は成立しない。思慮ある人は ’純粋によく観察する’が、凡人は ‘期待したもの’ しか見ようとしない。

 

 

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高橋廣敏氏 4/6  

2021-04-20 11:25:25 | 文化

 

>(続く)>366267    “東大までの人”を量産~母親主導の受験の弊害~() >ぴぴ           21/04/18 PM09 【印刷用へ】 >続き。>以下、「ハーバービジネスオンライン」 リンク より。

>* * * * * * * * * *

>――マザコン受験生のその後はどうなってしまうのでしょうか。

>高橋:マザコンによる学力向上は、日本の受験では通用しますが、それでハーバードやスタンフォードでは通用しない。>自発的に考える能力がないからです。  

 

そうですね。日本人の言動には受動があって能動がない。  

 

>東大は世界のランキングでさほど高くないところにいるのに、そこで終わる人材を作ってどうするんだということです。> 今の日本は本当のエリートを作っていない。 

 

我が国は、人材作りも外国に頼まなくてはなりませんね。   

 

>国を引っ張れる人材を作っていないと感じます。>日本の国家にとって本当に役に立つかどうかわからない人間をお金を掛けて量産しているようにしか見えません。

 

そうですね。日本人が序列思考から抜け出す道は、やはり英語の勉強の中にあるのでしょうね。  

『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)   

 

>○教育にコスパを求める親たち >――負担の少ない推薦やAO入試、大学の附属校を望む親御さんもいます。  

 

安全第一ですね。   

 

>高橋:今後は学校推薦型選抜(旧推薦入試)や総合型選抜(旧AO入試)が増えていきますが、受験という自己鍛錬の機会を奪ってしまうのではないかと思います。  

 

受験勉強は没個性の励みですから、ほどほどにしないと良くないですね。個性を伸ばす励みを奨励すべきですね。   

 

>また、大学の附属校の人気は親が苦労させたくないという願望の現れです。>親も子も「ラク」が本当に好きなんです。>子どもたちの言葉は「最小限の努力で最大の効果」です。>合格最低点の1点上で受かることが目標なんです。 

 

処世術 (現実) に徹していますね。学問 (非現実) に王道なしですね。現実は千変万化しています。現実に振り回されないことを願いますね。   

山本七平は、<ある異常体験者の偏見>の中で、日本人の絶対化について述べています。「日本軍が勝ったとなればこれを絶対化し、ナチスがフランスを制圧したとなればこれを絶対化し、スターリンがベルリンを落としたとなればこれを絶対化し、マッカーサーが日本軍を破ったとなればこれを絶対化し、毛沢東が大陸を制圧したとなればこれを絶対化し、林彪が権力闘争に勝ったとなれば『毛語録』を絶対化し、、、、、、等々々。常に『勝った者、または勝ったと見なされたもの』を絶対化し続けてきた―――と言う点で、まことに一貫しているといえる。」と書いています。  

 

 

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高橋廣敏氏 3/6  

2021-04-20 10:53:48 | 文化

 

> 現在の入試改革は「主体性を育む」と謳っているのにママのロボットになった人間が合格するというのはやはりおかしいですよね。  

 

そうですね。日本人には意思 (will) がない。意思は英語の未来時制の文章内容であるが、日本語の文法には時制 (tense) というものがないので、日本人には意思がない。

意思のあるところに方法 (仕方) がある。Where there's a will, there's a way. 日本人には意思がない。仕方がないので無為無策でいる。優柔不断・意志薄弱に見える。能動がなくて受動ばかりの生活を送っている。戦時中は玉砕するまで戦い抜いた日本兵であった。生きる力 (vitality) が不足している。困った時には '他力本願・神頼み' になる。日本人の頼るべきものは核の傘外国製のワクチンである。

 ' やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かず' 山本五十六 (やまもと いそろく)    

 

>母親が受験の主役になっている。>結局、ママの自己実現なんです。

 

個人主義のない国の自己実現ですね。没個性の国の処世術の全国大会のようなものですね。    

 

>○マザコン受験生のその後 >――高校生ぐらいになれば好きな女の子ができて、お母さんと一緒にいることに気持ち悪さは感じないのでしょうか。>ある本には「恋愛は受験の無駄なので禁止すべき」と書いてあるのも見掛けました。

 

恋愛は没個性ではないから マザコン受験生の心の敵でしょうね。

 

>高橋:今の子は恋愛しないです。 >例えば、昔だったらクラスに一人美少女がいたら男子は浮足立ったりしましたよね。 >そういうのは今、全く見掛けません。 >ノーマークです。 >何しろママが大事です。 >母親に代わる存在を見つけられないんです。

 

社畜・家畜になる為の人間ですね。   

 

>大学卒業後、女性と付き合っても女性に対してママを求めるのではないのでしょうか。 >「ママはやってくれたのになぜ君はやってくれないの?」と。>今は内定式も入社式も母親が行くらしいですが、結婚しても一生それは続くでしょう。>それは子どものためにならない。>どこかで親離れしないと。

 

核の傘外国製ワクチンの精神ですね。有用であると知ってはいるが、日本人は自分自身ではそれらを用意しない。自国の存亡にかかわる事柄ですけれどもね。自分に大切なことは、自分自身でやる心構えができていない。しかし、意思の無い人間には、それも無理なのかもしれませんね。面倒なことは、全て大国に丸投げしている。無哲学・能天気の国には、大人になる為の教育がない。 

我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英語にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。  

 

> お母さんの言う通りに勉強して褒められて東大入って、いい会社か官庁に入って出世してまた褒められる。 

 

立身出世は序列社会における序列人間の喜びですね。   

 

>そして妻に褒められなければ拗ねる。>でもそれは成功した場合ですよね。

 

成功しなかった人が一杯いますね。    

 

>母親がすべて管理して受験勉強をさせて、失敗したらどうなるか。>そちらのリスクも考えて行動しないのは危険です。>受験において親の過度な期待に応えようとしても結果が出なかった場合、子どもが精神的に追い詰められて家庭が崩壊しまう例を見て来ました。>母親の徹底管理は、失敗すれば家庭が崩壊し、上手く行ったところで「東大まで」の人を作るだけ。>お勧めはしません。 

 

受験勉強の失敗は、家庭内暴力の原因になっていますね。わが国には何でもあるが、ただ夢と希望だけがない。     

 

 

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高橋廣敏氏 2/6  

2021-04-20 10:28:22 | 文化

 

>○受験が母親の自己実現になっている >――昨今では、コロナ時代こそ「受験は母親が9割」と題して、「母親がしっかりサポートすれば、どんな子も東大に合格できる!」と謳った本も出ています。 >そのこと自体の是非は別として、朝起きる前に靴下をはかせる、勉強スケジュールも母親が作る、丸付けは母親がする、母親ができなかった問題のコピーを取ってノート作りをするなど母親が徹底管理した、いわば思考停止の状況の中で勉強し続けることは、学力の向上につながるのでしょうか?

 

我々は序列人間であり、わが国は序列社会 (縦社会) です。わが国の受験は学問に名を借りた序列競争です。学問には王道なし’ (There is no royal road to learning.) ですが、受験には処世術があります。  

日本語には階称 (言葉遣い: hierarchy) というものがある。だから日本語を発想する場合には、‘上と見るか・下と見るか’ の世俗的な判断が欠かせない。上下判断 (序列判断) には、通常、勝負の成績が用いられる。近年では偏差値なども都合の良い資料として利用されている。わが国が学歴社会であるいうのも云うのも、実は序列社会の言い換えに過ぎない。   

日本人の礼儀作法も、序列作法に基づいている。だから、序列社会の外に出たら序列なきところに礼儀なしになる。礼儀正しい日本人になる為には、世俗的な序列順位を心得ている必要がある。'人を見損なってはいけない' という想いが強迫観念の域に達していて、人々は堅ぐるしい日常生活を送っている。こうした観念は天皇制・家元制度・やくざの一家の構造にまでつながっている。

日本人は序列の存在を知れば、それが一も二も無く貴いものであると信ずる共通の序列メンタリティ (考え方) を有している。これは序列信仰の域に達している。日本人の尊敬は、序列社会の序列順位の単なる表現に過ぎないため、個人的精神的な意味がない。下々の衆は上々の衆の祟り (仕返し) を恐れて神妙にしている。上々が無哲学・能天気である事については、下々にとって何ら気になることではない。だから、日本人の尊敬には浅薄さが付きまとう。 

 

>高橋:お母さんがいてくれた方が精神的にも安定するし、ストレスも減ります。>母親に環境を整えてもらって管理された子どもの学力が上がるか否かと言われれば、それは上がります。> ただ、母親が敷いたレールに乗って勉強だけオートマチックにやっていれば東大に入るのかもしれませんが、それでは「東大まで」の人になってしまう。>「東大から」の人にならないといけないですよね。  

 

大学に入学したら、大人になる為の勉強 (哲学) が必要ですね。自分自身の哲学を作成できる能力を持つようになれば、学士・修士・博士へと進むことができるでしょう。      

 

>昨今は東大生クイズ王がもてはやされていますが、問いに答えているだけで褒められるのは大学受験まで。  

 

日本人は思考停止の状態にあるので自らの発想はなく、暗記した内容が知識の全てですね。ですから、卒後は受け売りの専門家になるより他ないですね。

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。

評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)   

 

>社会人はその知識を活かして社会の問題を発見し、解決を目指していかなければならない。>問いに答えることの先に行くべきですが、母親に管理されて勉強だけしてきた子どもたちはその先に行けるのでしょうか。>思考停止の人間を生んでいるようにしか見えません。

 

見ることのできる内容は本当の事である。見ることのできない内容は ‘嘘’ である。誰しも嘘つきにはなりたくない。だから、自分の非現実は語らない。これが、日本人の思考停止の原因である。日本語には、非現実 (考え) の内容を語る為の時制のある構文がない。

 

> 受験の母子一体型はかつてから言われて来ましたが、最近の子どもたちの母子一体型は凄いです。>ちなみに、言われたことを素直にやる子が受験には強いので、マザコン率は偏差値の高さと比例すると見ています。 >特に昔も今も東大進学者のマザコン率はすごいですね。>学校の先生よりも母親が偉く、彼らの人生に影響を与えるような尊敬できる先生がいないというのもあります。 >父親の影も薄いように感じます。

 

無哲学・能天気の国の序列感を表していますね。  

 

 

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