義父の命日なのでお坊さんにお経をあげていただく
結婚する二年前に亡くなったので生前の義父を知らないが 誠実な人だったらしい
教育者だったが 敗戦後樺太から引揚げ後は 宗谷の寒村で開拓生活を送り
不遇の生涯だったようである
その翌年の命日に はじめての孫(仙台に住む甥)が生まれた
50数年を経て義母も義兄も亡くなったが 夫が両親を尊敬し思う気持ちは変わりなく
私も出逢ったことがあるような気持ちで仏壇に手を合わせる
義父の命日なのでお坊さんにお経をあげていただく
結婚する二年前に亡くなったので生前の義父を知らないが 誠実な人だったらしい
教育者だったが 敗戦後樺太から引揚げ後は 宗谷の寒村で開拓生活を送り
不遇の生涯だったようである
その翌年の命日に はじめての孫(仙台に住む甥)が生まれた
50数年を経て義母も義兄も亡くなったが 夫が両親を尊敬し思う気持ちは変わりなく
私も出逢ったことがあるような気持ちで仏壇に手を合わせる