新聞の投稿欄(陽だまり)に
95歳の恩師の文が載っているのを見つけた
「姥捨て山今昔」
一人暮らしになって 入った老人ホームでの生活
「しょせん ここは他人の中」と
気持ちを割り切ってから気楽に話せる人も増え
91歳でパソコンも習い始めた
老後を楽しく生きること これが私の大仕事だ
ここを新たに楽しく生きる楽園にしたい
「楢山節考」 を引き合いにしての
考え思いが綴られていた
嬉しくて 早速電話をかけてみた
少ししゃがれた声だったがお元気な声で
「電話が嬉しかった」とたいそう喜ばれた
昭和21年 旧制の女学校に入った
教育制度の改革で
高等学校付設の中学校と名前が変わり
三年生の時の担任だった恩師である
教鞭に立ち はじめての教え子だった
私たちは先生をよく困らせて面倒をかけたが
一番印象に残る教え子だったと話されていたことがある
最近は
年賀状だけのつながりになっていたが
もうお歳だからと 時々新聞のお悔やみランで
確かめたりしていた ゴメンナサイ
95歳の先生から
88歳の教え子が 楽しく生きることを教わった