ツイッターや、フェイスブックなどで「ブログ更新しました」とお知らせをして
いったい何人の人がこの「ヘイ・イズ・イマムラブログ」にアクセスしてくれるのだろう。
で、なんで俺はわざわざ、他愛も無い事を文章に記し皆様にお知らせしてまで発表するのだろう。
色々考えている。
ここまで来たあなた、ありがとう。ようこそ。
俺は数日前から一人暮らしをしている。
間もなく第四子が産まれる。出産のため、嫁は子供らをつれ横浜の実家に帰った。
1DKの我が家は10日前とはまるで違った沈黙の中にある。
あの頃俺は、「はよ子供ら寝らんかな。早くギター弾いて作曲したい」など思っていた。
この一人暮らしが始まれば毎日自由にギターをかき鳴らし作曲ができるのだと楽しみにもしていた。
そして、いざ一人になりギターを鳴らすがなんもいい感じの曲ができない。
なぜ出来ないのかと考え込んでしまう事もある。
革命前には出来ていたのに。
ZAKIの誘いをきっかけに三宅洋平の選挙フェスへ2度行った。
正直、虜になった。
国会前の反原発のデモにも3度ほど参加した。
当時、俺は文章にしたと思うが、勿論、原発には反対であるが、なんかでかい組織やシステムに
立ち向かう人の熱を感じたかったのだ。
当時、確かに国会前には何かが起こりそうなピリピリとした熱が立ち込めていた。
今回の選挙フェスはそれににているのだが、デモと明らかに違うのが、虜にさせる対象が人で
そこにいて、歌も最高で、演説かましても最高だった。
やられたと思った。
俺は、音楽で政治的な事をいうのを避けていた。
クラッシュとかピストルズとか好きだが、「あの頃のロンドンと今の日本では時代が違うのだ」と思っていた。
が、よくよく考えてみろ。震災があり、原発が爆発してそういう時代になってしまった。
だが、避けてきた。なんかダサいと思っていたのだ。
だが、三宅洋平はそれを堂々とやってのけた。とてもクールに。
やられたと思った。
彼の言わんとする事のスケールやそれに対する姿勢と、
俺自身の楽曲やライフスタイルを比較した。
ちょっと前からよく言ってきた事だが、自身の表現について他人の評価を気にしていてはいかん。
絶対的な自信をもって発表しているのだから、だれになんと言われようと作品は「完璧」なもんなのだ。
だが、俺は本当に「絶対的な自信をもって発表」しとるのか、
それについて一生懸命やっとるのかってトコに比較してしまったが為に「疑問」を感じてしまったのだ。
自分で自分に疑問を感じる事はとてもたちが悪い。
それに追い討ちをかけるかのように、
これもまた三宅洋平だが、「ジプシーソング」っちゅう名曲に出会ってしまった。
脳天をぶち抜かれた。
毎日、3回づつ聴いている。
「こんな凄い曲があるだけで幸せやないか。わざわざ俺がつくる必要などないわい」と戦意を完全に喪失させるほどの
衝撃だった。
とにかく、三宅洋平っちゅう男には完全にやられた。全部俺の負けですスンマセンみたいに。
で、音楽家だった俺は今何をしとると思うか?
タバコを止め 山に思いをはせ 毎日走っている。
イヤーホンで、ジプシーソングやら、加川良やら、ハイファイセットを聴きながら
ただただ、走っている。
なぜ走っているのか理由も良く分からん。
ギター弾いても何もいいアイデアが浮かんでこんのだ。走るしかないよねってな具合で
わけ分からずにひたすら走っている。
そのうち、アイデアが浮かんだらギターを手にとり、新曲をつくろうと思っている。
のんびりいこうぜと思っている。
子供も生まれるしな。
革命は俺の中で起きて
何かを奪っていった
革命が起きたあと
俺はただ目的も無く走っているだけで
なんか幸せな気分になるようになった
子供が生まれることについて
本当に楽しみで幸せな気分になるようになった
俺の革命は、政治的なものではなく
三宅洋平が最後の演説で言った
「足るを知る」って
言葉に凝縮されている気がするのだ。
いったい何人の人がこの「ヘイ・イズ・イマムラブログ」にアクセスしてくれるのだろう。
で、なんで俺はわざわざ、他愛も無い事を文章に記し皆様にお知らせしてまで発表するのだろう。
色々考えている。
ここまで来たあなた、ありがとう。ようこそ。
俺は数日前から一人暮らしをしている。
間もなく第四子が産まれる。出産のため、嫁は子供らをつれ横浜の実家に帰った。
1DKの我が家は10日前とはまるで違った沈黙の中にある。
あの頃俺は、「はよ子供ら寝らんかな。早くギター弾いて作曲したい」など思っていた。
この一人暮らしが始まれば毎日自由にギターをかき鳴らし作曲ができるのだと楽しみにもしていた。
そして、いざ一人になりギターを鳴らすがなんもいい感じの曲ができない。
なぜ出来ないのかと考え込んでしまう事もある。
革命前には出来ていたのに。
ZAKIの誘いをきっかけに三宅洋平の選挙フェスへ2度行った。
正直、虜になった。
国会前の反原発のデモにも3度ほど参加した。
当時、俺は文章にしたと思うが、勿論、原発には反対であるが、なんかでかい組織やシステムに
立ち向かう人の熱を感じたかったのだ。
当時、確かに国会前には何かが起こりそうなピリピリとした熱が立ち込めていた。
今回の選挙フェスはそれににているのだが、デモと明らかに違うのが、虜にさせる対象が人で
そこにいて、歌も最高で、演説かましても最高だった。
やられたと思った。
俺は、音楽で政治的な事をいうのを避けていた。
クラッシュとかピストルズとか好きだが、「あの頃のロンドンと今の日本では時代が違うのだ」と思っていた。
が、よくよく考えてみろ。震災があり、原発が爆発してそういう時代になってしまった。
だが、避けてきた。なんかダサいと思っていたのだ。
だが、三宅洋平はそれを堂々とやってのけた。とてもクールに。
やられたと思った。
彼の言わんとする事のスケールやそれに対する姿勢と、
俺自身の楽曲やライフスタイルを比較した。
ちょっと前からよく言ってきた事だが、自身の表現について他人の評価を気にしていてはいかん。
絶対的な自信をもって発表しているのだから、だれになんと言われようと作品は「完璧」なもんなのだ。
だが、俺は本当に「絶対的な自信をもって発表」しとるのか、
それについて一生懸命やっとるのかってトコに比較してしまったが為に「疑問」を感じてしまったのだ。
自分で自分に疑問を感じる事はとてもたちが悪い。
それに追い討ちをかけるかのように、
これもまた三宅洋平だが、「ジプシーソング」っちゅう名曲に出会ってしまった。
脳天をぶち抜かれた。
毎日、3回づつ聴いている。
「こんな凄い曲があるだけで幸せやないか。わざわざ俺がつくる必要などないわい」と戦意を完全に喪失させるほどの
衝撃だった。
とにかく、三宅洋平っちゅう男には完全にやられた。全部俺の負けですスンマセンみたいに。
で、音楽家だった俺は今何をしとると思うか?
タバコを止め 山に思いをはせ 毎日走っている。
イヤーホンで、ジプシーソングやら、加川良やら、ハイファイセットを聴きながら
ただただ、走っている。
なぜ走っているのか理由も良く分からん。
ギター弾いても何もいいアイデアが浮かんでこんのだ。走るしかないよねってな具合で
わけ分からずにひたすら走っている。
そのうち、アイデアが浮かんだらギターを手にとり、新曲をつくろうと思っている。
のんびりいこうぜと思っている。
子供も生まれるしな。
革命は俺の中で起きて
何かを奪っていった
革命が起きたあと
俺はただ目的も無く走っているだけで
なんか幸せな気分になるようになった
子供が生まれることについて
本当に楽しみで幸せな気分になるようになった
俺の革命は、政治的なものではなく
三宅洋平が最後の演説で言った
「足るを知る」って
言葉に凝縮されている気がするのだ。