hey is imamura-blog

日常の中に俺があり、俺の中に日常がある。それは矛盾の中にひそむ真実である。真実を記録する。それは事実になる。

ライブ前夜

2005年03月30日 23時44分36秒 | Weblog
ライブ前夜。
微妙に鼻とのどの境目が痛む。
花粉症とまるで縁のなかった俺もとうとうやられたか。
風邪かもしれん。
どっちにしろ、明日のライブまでには治さなければいかん。
明日は昼まで仕事や。
ゆっくり休みたいところだが、仕方がない。所帯持ちである。
ダンディズムも大変である。
喜怒哀楽を表に出してはいけない。
つるりとしてしまう。
そうなると、ダンディズムを通り過ぎ
谷村新司になってしまう。
谷村新司はダンディズムだが、ハゲておる。
サングラスをかけると、ロバートクインになる。
髪の毛を少しばかりプロピアするとタモリになる。
もう寝よう。
意味がわからん。とにかく明日はがんばろう。ダンディズムで。
追伸、コメントをいただいたナオさん、みなちゃん、よっしーさん、ありがとうございます
これからも末永く、ながいめでブログを楽しんでね!

本日から連載の小説、毎週、火曜もしくは水曜連載。

2005年03月30日 01時12分20秒 | Weblog
(第一章)前回までのあらすじ
・・・今村18歳の春、分身、大橋綾介に連れられ上京。
バイトと家を見つけ、上京3日目、迫口保彦(やっちん)とバイト先で出会う。
彼にライブを観に下北沢へ。
  
           第二章・パンクロックとの出会い

俺は当時、下北沢という街を知らなかった。
東京で知っている街と言えば、新宿、原宿、渋谷ぐらいのものだった。
もちろん、下北沢が音楽に満ちた街であることなど知らなかった。
やっちんに連れられて行った初めてのライブハウス。屋根裏。
とげ玉男(タマオ)ソロライブ。
彼はステージに座ると、桶でできたようなギターをかき鳴らす。
それはアコースティックギターであるが思いっきり歪んでいた。
歌というよりは、叫び声。
ギターというよりは雷の音。
音のカオスである。
彼は演奏が終わると桶ギターをへし折った。
後で聞いた話だが、彼は自分のギターを一本も持っていなかった。
全て借り物のギターである。ライブの度、ギターをおる。その日で八本目であった。
今、思えばその時のそのライブが、パンクロックとの初めての遭遇である。
当時の俺にはそれは理解できぬ、なんとも奇妙なライブだった。
しかし、其処にはたしかに、反発であったり、悲しみであったり、殺伐とした
空間があった。
そしてその日、屋根裏の楽屋で当時、下北沢をにぎわしていたバンド達とであう。
中国釣具店、偽キング、ソウルビアーズ・・・・。
全員年上だと思っていたが唯一同じ歳の奴がいた。
「初めまして。名前は」と俺は彼に聞く。
「ソウルビアーズでベースやってるシロー。よろしく」
高木史郎との出会いである。彼は当時、ベーシストであった。
つづく。

ライブ二日前の心境

2005年03月29日 00時03分51秒 | Weblog
ライブ二日前である。
今日は久しぶりにスタジオに入った気がする。
上京して一ヶ月で俺は東京での初めてのライブを経験した。
細かいあらすじは明日から毎週火曜日に連載を予定の、
今村竜也の自伝的小説に詳しく書くこととして、本日はあのときの
ライブ二日前の心境を思い出した。
遠足の二日前のようなあの感じを俺は忘れてしまった。
久しぶりのライブで緊張するかもしれんが、あんときの胸の高鳴りは
もう二度と訪れんだろう。
それに似たテンションに自分をもっていくことはできる。
しかしあくまでも疑似体験である。
今年、俺も30歳になる。
この手の淡い感覚を失ってしまったことに対する悲しみはある。
大いにある。
しかし、その代償に得たモノの大きさたるや!
これはこの歳になった人は皆得るものだろうか。
ある程度の快楽を経験した。
辛いモノもたくさん見てきたし、実際に人間的な悪を数知れず経験してきた。
その結果が今である。
開き直り・・いや、ちがう。
余裕・・でもない。
今さら18歳に戻ったとこで、また同じことをするだろう。俺は。
年相応に楽しみはある。
俺はこの感じがたまらない。
結論。
俺は青春を失った代償にダンディズムを手に入れた!か。
もうすぐ咲く桜もあの頃よりずっと心にしみる。ダンディズム。

母、帰る。

2005年03月26日 20時52分20秒 | Weblog
昨晩は燃え尽きた。
サッカーの話だが、俺はにわかサッカーファンではあるが、昨日の
イラン戦はずいぶんと前から楽しみにしておりました。
上京していた母と叔母は試合前に寝とったが、(今村家の消灯は10時である)
俺と嫁と従兄弟のさとしは燃え尽きた。
泡盛の酔いも一気にさめた。
なっとくがいかず、従兄弟とエキステ(スーパーファミコンのサッカーゲーム)
を存分にやる。親指が折れるかと思うほどやる。
朝、起きてからは家でごろごろと過ごす。
朝飯を喰い、昼飯を喰い、母は帰った。
いつも我が家にゲストが来たときに思うことがある。
俺は十分なおもてなしができたのだろうかと。
今回は親なのでなおさらである。
母ちゃんは東京旅行を腹一杯楽しんだかいな?
まあしかし、子供を持つ身として思うことは、我が子になにしてもらおうとか
あまり思わない。確かに、子供にプレゼントとかもらったら嬉しかろうが、
それより、なにより、親心としては、我が子が笑っている顔を観るのが一番である。
そう考えると・・・今回も十分に親孝行できたと思ってもいいのか。はたまた悪いのか。
親孝行とは?
俺の子供が成長したとき、その答えがでるもんだろう。
そして俺の子供も同じことを考えるもんだろう。
思いは遺伝する。はず。

きっとまた会えるさ

2005年03月24日 22時30分58秒 | Weblog
今日はバイトを五時で切り上げる。
博多の親友、田中こーじんに「金を振り込むけん、吉祥寺のある店に行き、そこで
ブツを購入し空輸してくれんか」というミッションを指令される。
吉祥寺駅を降りて、井の頭動物園を通り過ぎ、ジブリの森を通り過ぎ、歩くこと三〇分。
店の電気は消えていた。「まさか休みか」と思ったら暗闇の店内から店主が現れる。
「博多の田中の使いですが」と言うと店主は「ああ、お話は聞いてるよ。中へ
入りなさい」と店内へ案内される。
空輸先のメモを渡す。店主は煙草に火を付け、電卓をはじく。
作業は思いのほかスムーズにながれる。店主はこの手の仕事に慣れている。
明日の朝、発送だから土曜日の午前だね。と言い煙草の火を消す。
「デリケートなブツだから梱包代が高くつくんだ。」
俺は軽く店内のブツたちを見渡す。薄暗い店内。時間にして五分ほどの
やりとりであった。
無事ミッションを終了した俺は煙草を一服し吉祥寺駅にもどる。
ロンロンで御座候(今川焼き)を六個買い、家路に急ぐ。
電車の中で御座候(今川焼き)をつい一つ喰らう。
家についてもう一つ喰らう。
残りの四つは嫁が喰らう。
そこでやっと俺はいつもの生活に戻る。

笑い飛ばせばいいのさ

2005年03月23日 23時37分51秒 | Weblog
本日は母と叔母が子供の顔を観に上京。
みんなで刺身やイカシュウマイを喰いながら過ごす。
今村家は笑いで満ちあふれておりました。
おい、世の中よ。幸せはここにあるぜ。と笹塚の中心でアイを叫ぶ。
テレビではタレントの皆さんやらが討論をする番組をやっている。
なにか為になる討論をするかと期待をしておりましたが、
だめやったね。テーマが悪い。
討論とは、どちらサイドが勝つとか負けるとかではないと思う。
両サイドの意見が熱を帯びて重なり合い、一つの結論に達さなければ
意味がない。お前だめだなあ、俺もだめだけど、しかしがんばろう的な。
笑うタイミングのない会話に何の救いがあるというのだろうか。
救われないのならば、家で一人で飲んでおるほうがよい。
神棚にむかい念仏を唱えていた方がよい。
世の中結構楽しいぜ。笑い飛ばせばいいのさ。

ぼやぼやしているとおいてかれっちまうぜ

2005年03月22日 21時10分10秒 | Weblog
やあみなさん。
バイトあがって、飯喰らって、子供とじゃれていたら、あっという間に九時や。
子供が生まれてからというものの毎日の時間のスピードがやたらと速い。
子供が生まれる前は、三ヶ月前と今とでは、状況の変化に気が付かなかった。
しかし子供が生まれた現在、3ヶ月という月日はなんと長く、変化に富んだ
月日なのだろうか!と思う。子供の成長のスピードたるや恐るべし!
と思う。彼らの3ヶ月と俺らの3ヶ月は時間的には一緒。
しかし、なんというか・・吸収力、日々の重要性はまるでちがうのだろう。
彼らにとっての一日とはなんて面白い変化に富んだ一日なのだろう。
俺にとっての一日は、なんとなく、もう数時間で終わろうとしているのに!
ここは、むりをしなければいけない。
肉体的に疲れたなどと言っている場合じゃないぜ。
寝る暇ぐらいは削っていかないと、今日という日に何も起こらない気が
してしまう。
と言うわけで、これからスタジオに入ることにする。
4月8日のイマムラソロライブに向けての練習や。

坂本竜馬ばりの動きをみせんとな。

天災恐るべし

2005年03月20日 19時06分25秒 | Weblog
我が故郷、福岡市で震度6の地震が発生した。
俺は生まれて18年福岡で暮らしたが、震度2以上の地震など経験した記憶がない。
それもそのはず、福岡では300年ぶりのでかい地震だそうだ。
いや、しかし正直びびった。
神戸、新潟に続く大災害になるとこだったが、俺の知る範囲内では死人はでていない。
よかった。実家にやっとこさ電話がつながったので様子を聞いたところ、
弟の部屋のテレビが落ち、食器棚の食器は全て割れ、冷蔵庫の扉は開き、全ての食材
が飛び出したそうだ。タンスはかろうじて元海上自衛隊の父ちゃんがささえて大丈夫
だったそうだ。今村家にはけが人なし。
とりあえずよかった。
さすが下山門団地。見た目はぼろいがしっかりしている。
「明日は我が身」である。
ここは東京である。天災は防ぎようがないが、
覚悟ぐらいはしておかないといかん。

ゆとりの生活を。

2005年03月18日 23時44分50秒 | Weblog
本日はバイトの給料日である。
しかも嫁の産休手当、私の確定申告の戻り等を合わせると・・・。
やりました。素晴らしい。これ以上は言えません。感無量。
衝動的に、すしとエビスビールをいただく。
明日からは怒濤の三連休。
日曜競馬は阪神大賞典。春が、春が来ましたよ。
いくつになっても、この季節のこの感じがたまらない。
風がぬるい感じ。忘れてはいけない季節のにおい。

いらっしゃいませ。

2005年03月17日 22時03分11秒 | Weblog
みなさんこんにちは。
いよいよ始まりました。今村ブログでございます。
個人的な日々の憂鬱とか、喜びとかをなるべく毎日書いていこうと考えております。
同時に、私の個人音楽活動、IMAMURA-LIVEのホームページ的な役割をはたせたらなあなんて思っております。そんなこんなで、あいさつがてら私の友人二人の写真でも載せときます。こころなしか二人も「みなさんこんにちは」的な表情に見えるのは気のせいか。