――気持ち悪い、それに……寒い。
埃臭く薄暗い空間に自分がいる、という事だけは未だ意識もはっきりせず、視界も定まっていないRINAにも嗅覚等でわかっていた。ただ、今自分がどのような状態で、何処にいるのかが不明な為、得も言われぬ恐怖をひとり感じていた。
まず身体を起そうにも両手両足が固定されていて動く事が出来ない。そして背中から尻にかけて、硬く冷たい感触がありずっと同じ体勢でいたのか、特に背中の辺りが痺れて痛い。叫び声を上げようにも口の中には、ごわごわとした繊維質な物体――多分タオルが咥えさせられていて、舌は動かせず低い呻き声だけが漏れるだけだ。
RINAはスカートの中が外気に触れている事に気が付く。いったい自分はどんな体勢を取らされているのだろう、そう思うと恥ずかしさと恐ろしさの入り混じった感覚が、震えと変化して身体中を駆け巡る。
ぱっ! 突然目の前が明るくなった。光のまぶしさに彼女は一瞬目を閉じる。RINAの視界に映ったもの、それは天井の梁に備え付けられている舞台照明用の大きなライトだった。
可動域の狭い首を動かし辺りを見渡すと、固定式の連結椅子が自分の周辺を囲むように設置されていている。どうやら自分が今拘束されている場所が、劇場か何かである事を理解した。
両手首や足首には革製の枷が施されており、それぞれが小さな舞台の四隅に固定され、繋がれた腕や脚が無理矢理広げさせられ大の字を描くRINAの身体。また舞台と身体とを固定する金具の長さが短いので、彼女は身を起こせず腰を僅かに浮かせる事ぐらいしか出来なかった。
身体は動かせず言葉も発せられない、出来る事はといえば卑猥に尻を動かすのみ。RINAは絶体絶命の状態に陥っていたのだった。
「……おいおい、あんまり動くとスカートの中が丸見えになっちゃうぜ。お嬢さん?」
何処からか男性の声が聞こえた。
RINAは反射的に脚を閉じようとするが、大股を開かされたまま舞台に固定されてしまっているので、閉じる事も隠す事も不可能だ。結局彼女は無駄に抵抗するのを止めるしかなかった。
劇場の出入口から、ぞろぞろと体格の良い男たち数名が入ってくる。しかし彼らの多くは腕なり脚なりを怪我しているらしく、どこかしかに包帯が巻かれており湿布薬の匂いが鼻の奥を付く。
厚手の濃紺のジャンパーを着た吊り目の男が、舞台に上りRINAの頭の側でしゃがみ込み、真上から見下ろすように彼女の顔を覗いた。
「よぉ、覚えているかい?……俺だよ。温泉街で会ったよな」
鶏冠(とさか)のようにつんと立てた髪、そして額にはタオルの鉢巻きをした男――朱堂(すどう)ケンジの顔が、消えかかっていた記憶の底から浮かびあがりRINAは、はっ!と目を見開いた。彼女が温泉街に着いて真っ先にトラブルに巻き込んだ、その《張本人》がそこにいるのだ。背後にいる男たち数名も、どうやらその時彼とツルんでいた連中らしい。
「嬉しいねェ、感動の再会ってヤツだ。おっと、そのままじゃ喋れねぇよな」
ケンジはRINAの頭を起してタオルで作った簡易猿轡を解くと、ようやく楽に口呼吸が出来るようになった彼女は大きく息を吸った。唾でぐっしょり濡れた猿轡を手にすると男は、匂いを嗅いだりして己の《変態性》をわざとRINAに見せつける。
その行為を目の当たりにし嫌悪感丸出しの表情をするRINA。
「どういう事よ? 私を暗がりで気絶させ……こんな場所へ連れ込んで」
ケンジの顔をぐっと睨みつけるが、彼はまったく動揺する素振りを見せないどころか、顔をすぐ側まで近付けて彼女が嫌がる様子を楽しむ余裕まであった。RINAの《武器》である拳脚を拘束し、抵抗できなくしたからこそ可能な行動ではある。
「どういう事? 決まってるじゃねぇか、お前への《復讐》だよ!」
そういうと、RINAの顎を掴み口を強引に開けた。白い歯とピンク色の口内粘膜が男の眼に晒される。次の行動がまるで読めない武芸少女は、胸の奥底から湧き上がる不安で目を潤ませた。
工業用オイルと鉄の匂いが入り混じる、ケンジの武骨な人差し指と中指がRINAの口内へと遠慮も無しに突如侵入する。
「がっ……あぉ゛っ!」
彼は少女の舌や歯茎を、滑る様に指を移動させ口内を蹂躙していく。この行為のあまりの異常さと、ダイレクトに脳内へ届く触感の気持ち悪さで、RINAは吐き気を催した。歯で指を噛み切ろうとしても、顎の関節部分を凄い力で押さえられているので、抵抗すらできないでいた。
「……三年だよ。三年掛かったんだよ、あの角力祭に出場する《権利》を得るまでに。お前は知らないだろうがこの町ではな、あの祭に出場できる人間だけが《強者》として認められ尊敬されるんだ――周りの連中は早々に舞台に上がって闘っているというのに、“神事に参加できる品格に達していない”と伯父貴や神社のお偉いさんに勝手に烙印を押されて、自分一人だけが見物人として見なきゃいけないこの悔しさが分かるか!」
ケンジは散々まくし立てた後に、RINAの口からやっと指を抜く。《口虐》からやっと解放された彼女は思いっきり嘔吐(えず)いた。
「そして今年、やっと許可が下りて明日は大暴れできるはずだった……それをお前が一瞬にして《台無し》にしたんだぞ!」
「げほっ……ちょっと何言ってるの?! 祭に出場できる事と街で女の子を襲う事とは別でしょうが! あんたなんか出場できなくて当然だわ!」
少女に《正論》をかざされてますます頭に血が上ったケンジは、平手打ちを二発RINAの顔へ力一杯に張った。
両頬が腫れあがり真っ赤になる。
しかし彼女は決して怯む事なく、瞳には《怒り》を湛えたままであった。自分に屈しないRINAに対し彼はだんだんと怒りを募らせていく。
ばっ!
ケンジがRINAのセーターの裾を掴むと一気に捲り上げた――彼女の顔色が一瞬で蒼白となる。
微妙に酸味を感じる汗の匂いが、少女の身体から外気へ放出されると、白く弾力のありそうな腹部と彼女自身の清純さを表すような、淡い桃色のブラジャーを纏った小振りな乳房が、男たちの好奇な視線の前に晒された。
RINAは「ひっ!」と小さく悲鳴を上げる。もっと大きく、そして甲高く叫び声が出るものだと自分では思っていたが、彼らの放つ狂気に包まれた、異様な《空気》に気圧されてそれを許さなかったのだ。
誰かがひゅ~と歓喜の口笛を吹いた。
ケンジはRINAの上へ馬乗りになると、枷で動かせない両腕を更に押えつけて、呼吸で波打つ彼女の腹に口を付け、卑猥な音をわざと出して思い切り吸った。
「~~~~~~っ!」
自分の身に起きている信じられない出来事に少女はパニック状態に陥り、叫ぶ事も忘れ口をぱくぱくと開閉させるのみ。更に彼の舌がナメクジの様に這いまわり、瑞々しく艶のある彼女の肌をゆっくりと唾を塗りたくりながら穢していく。
吐きそうなほどの嫌悪感が、頭のてっぺんから足のつま先に至るまで全速力で駆け巡る。
力の限りあげ続けた悲鳴もだんだんと涸れ全身を、そして頭を震わせて嫌がるRINAに構わずへその穴や腋の下を舐め回して、彼女の体内から発せられる《少女のエキス》をケンジは十分に堪能する。
溢れ出る涙と鼻水でぐしょぐしょになるRINAの顔。
「嫌っ、いやっ! やめて変態っ!」
抵抗する度にケンジの厚みのある掌が、少女の頬を打ち据える。何度も何度も叫んでは殴られるを繰り返す末、遂にRINAの瞳から《抵抗》の炎が消えた。あれほど《闘志》にあふれ幾多の敵を撃破してきた《襲撃天使》は、《悪魔》のような彼の暴力に屈し身も心も壊れてしまったのだろうか?
抵抗できない彼女を《玩具》に、凌辱を楽しみ恍惚の表情をみせるケンジとは対照的に、焦点の定まらない虚ろな目をし、最早生気も失せたRINAは青褪めた唇で小さく、壊れた《喋る人形(トーキングドール)》の様に同じ言葉を繰り返すだけだった。
……きもちわるい……きもちわるい……きもちわるい……
涙も声も枯れ果てぼろぼろの状態となったRINAは、桃色のブラジャーの上からふたつの乳房を鷲掴みにされていても抵抗する事もなく、ただただ一切の思考を停止させ彼の《生すがまま》となっていた。ケンジは小振りながらも形の良い、弾力と張りのあるRINAの胸を強く揉みしだくが、抜け殻のようになってしまった彼女からは何の反応も返ってこない。
「…………」
「ふん……壊れちまったか」
嫌がって抵抗したり罵声も悲鳴も上げず、まるで《人形》を相手にしているような面白味に掛けるRINAの反応に、それまで狂おしいほどに渦巻いていたケンジ自身の《破戒衝動》も萎むように失せていき、自らその身をRINAから退けて舞台を降りていった。
「どうしたんです、ケンジ兄ぃ?」
仲間たちが一斉に彼の側に駆け寄る。ケンジは納得がいかない表情で大きくため息をついた。彼女に対し、傷付けてしまって「悪かった」という思考は残念ながら持ち合わせておらず、あくまでも抵抗しなくなったからイタズラし甲斐が無く「つまらない」と感じたのだ。
「……お前ら、好きにしろ」
「えっ?」
「だって面白くねぇもん、この女。正直飽きちまったよ」
ざわめき立つ周りを余所に、ケンジは舞台の側にある連結椅子のひとつに腰を掛けると、手をひらひらとさせて「さぁ、やれ」と合図を送った。
坊主頭の巨漢が、滾る性衝動を抑えられず一目散と舞台へと上っていく。衣服も乱れ力無く大の字で拘束されているRINAを見るや、ずずっと涎をすすった。
「く、黒髪ポニーテール……たまらんっ!」
巨漢はでっぷりと突き出た腹を揺らし興奮する。そして《行為》に至る前準備として、ベルトを外しズボンを下しかけたその瞬間――醜い尻に激痛が走った。
「痛ぇぇぇぇぇ!」
前屈みになり、尻を押さえ悲鳴を上げる彼に、ケンジをはじめ皆が一斉に注目する。血がだらだらと流れる尻肉には一本の割り箸が突き刺さっていた。
ケンジが割り箸を強引に抜き取ると、更に巨漢の尻から血が吹き出し仲間たちは、今自分たちがいるこの空間が、一気に修羅場へと変化した事に色めき立つた。
「お、落ち着け……落ち着けったら!」
不安に陥る仲間たちをなだめるケンジ。
だがその間にもひとり、またひとりと音もなく飛んでくる《割り箸》手裏剣の犠牲となり、手や太腿に深手を負った男たちは激痛にのた打ち回った。
ケンジは出入り口付近の柱の陰に、怪しい人影を見つけた。
「誰だ?! こんな酷い事しやがるのはッ!!」
彼の怒声に応えるべく、人影が一歩前へ踏み出した。背の高い大柄の女性と、手に割り箸数本とスマホを構えたソバージュヘアの女性がその姿を現した――遥と絵茉だ。
「リナちゃん!」
遥は、舞台の上でぐったりとするRINAへ向かって叫んだ。
すっかり生気を失い、小さく息をするだけの《友達》を目の当たりにして、絵茉は怒りで唇をぐっと噛みしめる。
「……よぉ、バカ坊ちゃんたちが揃いも揃ってご苦労な事で。よくも、よくもリナちゃんを……絶対許さないっ!」
ケンジは、自分の《犯行》の一部始終が記録されているであろう絵茉のスマホを奪うべく、ふたりに向かって突進していった。
絵茉は手元に残っている割り箸を全て投げた。彼女の《気》が注入された箸はコンクリートの床へ鈍い音を立てて突き刺さり、恐怖で足がすくんだケンジはそれ以上前へ進めなくなってしまった。これぞ彼ら《素人》には真似のできない、武林の世界に生きる武芸者たちのみが使える、何の変哲もない生活日用品を己の気を込める事によって、殺傷能力のある武器へと変化させる《内功術》だ。
近距離で向かい合うケンジと絵茉。
絶対に自分ひとりでは敵わないと、分かっているケンジは情けない顔をして絵茉に許しを乞う。
「なぁ、許してよ……ちょっとした《悪戯》じゃな……」
絵茉の、目にも止まらぬショートレンジの肘打ちを顎に喰らい、《言い訳》を全て喋り終える前にケンジの意識は明後日の方向へ飛ばされた。彼はその場へ正座をするように崩れ落ちる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
彼女は収まらない怒りを叫びへと変え、RINAやケンジの仲間たちのいる舞台方向へ駆けていく。
「やっちまえ!」
「ぶっ殺せぇ!」
加速がついた絵茉は両膝を前に突出しジャンプすると、怒号が交錯する男たちの固まりの中に飛び込んでいった。勢いの増した膝小僧は男性ふたりの胸骨に突き刺さり、絵茉の身体を乗せたまま彼らは後方へと転倒した。
すばやく身を起こし背後に迫る馬面男の顔面に肘を、前方にいる歯欠けの男の腹へ前蹴りを叩き込み《活動範囲》を徐々に広げていく絵茉。その間に遥は舞台へと上り、拘束されているRINAの側へ駆け寄った。
舞台と枷とを繋いでいる金具を遥は全て取り外すと、彼女の乱れた衣服を直してあげ、涙と鼻水で汚れた顔も綺麗にハンカチで拭き取った。
「……ちゃん、リナちゃん、わかる? 遥よ!」
聞き覚えのある女性の問い掛けに、自己防衛の為に閉じていた意識が次第に戻っていくRINA。虚ろだった瞳に生気が戻ると、少女は目の前にいる遥に力無く寄りかかり、しゃくり上げて泣き叫んだ。
「はるかさん……わたし……わたし……うわぁぁぁぁ!」
冷たくなっているRINAの身体を温めるように、遥は優しくその身を寄せて抱きしめた。寒さと恐怖で冷え切った少女の小さな身体より伝わる、冷気を打ち消すべく彼女は己の体温を分け与える。
「怖かったねよ、心細かったよね……そしてよく頑張ったね」
幼子をあやすかの如く穏やかに、そして慈しむようにRINAに語りかけ彼女の《心の枷》を解いていく遥。その頃、舞台の下で長い髪を波打たせ闘っていた絵茉は、大勢いたケンジの仲間たちをほぼ始末し終えひと息ついていた。
「……一旦店に戻ろう、遥姉ぇ」
「そうね。リナちゃんをゆっくりと休ませたいしね」
ふたりは未だ脱力したままのRINAを担ぐと、この忌々しい場所から一刻でも早く立ち去ろうと、歩く速度を速めたが、出入口のど真ん中には先程まで姿を見せていなかった筋骨隆々な大柄の金髪白人女性が、通せんぼをして彼女たちを一歩も先へ進ませない。
金髪白人女性から放たれる《闘気》がふたりの気と共鳴し合う。先程まで相手にしていたケンジやその一味のような素人ではない、本物の《武芸者》だけが持ち得る、混り気の一切無い純粋(ピュア)な闘気がびんびんと伝わってくるのだ
。
「ウチのダーリンに歯向う者は誰であろうと叩き潰すっ!」
見た目からはおよそ程遠い、彼女の口から出た流暢な日本語も然る事ながら、《ダーリン》というこれまた意外性のある単語に絵茉と遥は目を丸くする。
「は? ダーリンって……誰よ?」
きょろきょろと辺りを見回すふたり。そこへ今しがたまで気を失っていたケンジがふらふらと立ち上がり、金髪女性の元へ歩み寄った。彼が「ビアンカ」と名を呼ぶと、彼女は黙ってケンジの頬にキスをした。
「俺だよ、彼女は俺様の嫁なんだよ! おいビアンカ、俺を色香に惑わせる悪女たちをやっつけてくれよ!」
当然、勝手に《悪女認定》されたふたりは黙ってはいない。かといって《妻》のビアンカに、これまでの経緯を話してもどこまで信用してもらえるか分からない。絵茉は肉体によるコミュニケーションに賭ける事にした。
「ここに来て《本物》のお出ましとは……ここはあたしが引き受けた、だからリナちゃんを安全な場所へお願いっ、遥姉ぇ!」
「わかった、だからアンタも気を付けて! 只者じゃないよ彼女」
遥の忠告にこくりと首を縦に振ると、絵茉は掛け声と共にビアンカの首筋へ肘を思いっきり叩き込んだ。
だが鍛え上げられたビアンカの肉体には全くダメージは無かった。ゴムのように硬く弾力のある筋肉に阻まれて、彼女の肘は《攻撃対象》を打ち抜く事ができず、いとも簡単に弾かれてしまった。このビアンカの強靭な《筋肉の鎧》を前に、戸惑いの色を隠せない絵茉。
――こうなったら、闇雲に攻撃して突破口を開くしかないっ。
絵茉は不動の白人女性へ向けて肘や拳、それに脚も総動員しての連続攻撃を開始した。確かに肉体へ己の《武器》を当てている感触はある。しかしその攻撃がちゃんと効いているのか? というと正直彼女にも自信は無い。ひとつでも《当たり》がいいのが入って相手が怯んでくれればチャンスはある、ぐらいの希望的観測でしかなかった。
だがその《希望》も早々に砕かれた。
ビアンカが絵茉のスピードのある攻撃に徐々に慣れだし、ボディーへ無数に打ち込まれる攻撃のひとつをキャッチする事に成功したのだ。
「しまった!」
絵茉の顔から血の気がさーっと引く。
ビアンカはニヤリと笑うと、彼女の身体を軽々とリフトアップした。そして日常生活では有り得ない高所からの視界に驚く絵茉を、劇場に備え付けられている連結椅子へ放り投げた。肉の塊が無機物へぶつかる衝撃音が響き、息も詰まるような激痛が絵茉の身体中を駆け巡る。
「く……っ!」
彼女は思わず痛みで顔をしかめた。
そして壊れた椅子を周辺に投げ捨てながら、痛みでその場にうずくまっている絵茉の元へ一歩、また一歩とビアンカが近付いていく。どんな時も持ち前の強気と愛嬌で乗り越えてきた《泰拳姑娘》だったが、今回ばかりはそうは簡単にいきそうもない。相手の持つ肉体の強靭さに加え圧倒的な体重差……この状況下では戦局をひっくり返すのは不可能に近かった。
コンクリートの床を引き摺る音が近付くにつれ、絵茉の鼓動が次第に速くなる。
――ここまでなのか?
絵茉は無念の表情で目を閉じた。
諦めかけたその時、別の方角から靴を擦る音か聞こえた。
ざっ!
絵茉は顔を上げると、そこには厳しい表情をしてビアンカと視殺戦を展開している遥の姿があった。
その身体こそ多少大きくなったが、それでも彼女から醸し出される雰囲気は《襲撃天使》を名乗っていた現役時代の頃と全く変わらなかった。謎の引退を遂げてから早十年――悠木はるか、いや今井遥が闘いの舞台へと還ってきたのだ!