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【女子プロレス小説】小さいだけじゃダメかしら?~中篇~

2017年05月18日 | Novel

 一週間後――
 試合は既に終了したにも拘わらず、怒り冷めやまぬ観客から発せられる、失望と落胆の怒号がいつまでも止まない《東都女子プロレス旗揚げ三周年記念大会》会場の、選手控室はまるで通夜のように重い空気が漂っていた。闘い終えたばかりの赤井七海は顔に手を当て、声を殺しながらずっと泣いたままで選手たちは誰ひとり声を掛けられず、彼女を囲むように距離を置き、下を向いて呆然と立ち尽くしていた。いつもはどんな事があっても努めて明るく振る舞っているユカでさえも、口を震わせて泣く大親友に冗談など言えるわけもなく、ただ側に寄り添い優しく肩を抱いて、彼女の気持ちを落ち着かせようとするのが精一杯だった。
 この日のメインエベントは東都女子のエースである七海と、約三年ぶりに古巣に“里帰り”した元エース浦井との《遺恨清算マッチ》と銘打たれた三十分一本勝負のシングル戦で、積年の恨みを晴らそうと七海は相当に気張っていた。対する浦井も、彼女の想いを理解し場の空気を読んでいれば、熱の入った激しい試合になる――はずであったがそうはならなかった。
 浦井は序盤から七海の、怒りのこもった激しい攻撃に一切付き合う事なく、ことごとくスルーし彼女や観客たちを苛立たせた。

「何やってるんだ、赤井!」「浦井、ちゃんと試合しろ!」

 セミファイナルまではユカや他の選手たちの頑張りもあり好勝負が続き、メインに向けて観客たちの興奮も上がりっぱなしだった会場だったが、開始五分も経過しない内に場内の空気が急に冷めていくのが分かった。この日の観客は、過去と現在のエースによる激しいぶつかり合いや意地の張り合い、願わくばふたりの“和解”までを期待していたのだが、一方的に浦井が七海の代名詞である打撃技を避けまくり、時折帳尻合わせとばかりに組み合うもののそれ以上の進展はなく、無駄な時間が刻々と過ぎていくだけだった。一方的な七海の熱い想いとは裏腹に、極力彼女との接触を避けまくり“逃げ”のレスリングに終始する浦井――視察に来たオーナー他役員たちは三周年記念興行の目玉として、大きな期待をもって招聘した彼女の、あまりの身勝手さに頭を抱えるしかなかった。結局試合は残り時間が僅かに迫った所で、神経をすり減らしすっかり集中力の落ちた七海を、いとも簡単に丸め込みスリーカウントを奪って試合終了とした。
 結局七海は、必殺技の二段回転蹴りはもちろん、尻餅(シットダウン)式パイルドライバーであるファルコンアローも一度たりとも出せず、只々退屈なだけの試合に観客たちは当然怒り狂った。怒りの捌け口を求めて投げるごみがリング上を飛び交う中、力なく若手に肩を担がれ退場していく七海を尻目に、満足そうに薄笑いを浮かべる浦井は、リングの中央で大きく両手を広げその存在を誇示するものの、誰のひとりも彼女を支持する者などいなかった。堕ちた女王――彼らはこう呼んで元エースを罵った。

 いつもは女子選手たちを憚って、滅多に控室へ入る事をしない元川も、七海の様子をスタッフから聞いて慌てて駆け付けた。

「ちくしょう、こんな事になるのが分かっていながら……すまない、僕にオーナーや役員たちを説き伏せるだけの力が無かったばかりにっ!」

 いつまでも下を向いてすすり泣く七海を前にして、膝を折り床に頭を擦りつけんばかりに謝る元川。こんな重苦しい試合後の控室は初めてだ――ユカには大親友と信頼する“仲間”が沈んだ顔で、ネガティブな修羅場と化したこの場の空気にとても耐えられなかった。彼女はリングコスチュームを着たまま控室を飛び出し、自然と足は会場地下の駐車場へと向かっていた。確証はなかったがまだこの場所に浦井冨美佳がいる、そんな気がしたのだ。どうしても彼女にひと言文句が言いたいユカは、埃と排気ガスの残り香が漂う地下駐車場を隈なく捜してみた。
 浦井はすぐに見つかった――彼女は、退団後新たに立ち上げた自身の団体の、男性スタッフに誘導されながら、エンジンをかけて待機する黒色のワゴン車へと向かう最中だった。

「こんな試合で満足ですか、浦井さんっ!」

 約百メートルも離れた場所から、ユカは腹の底から思いっきり叫んだ。自分の名を呼ぶ声に気付いた浦井は、ふと足を止める。そしてユカの姿を見つけると試合後から、ずっと硬かった表情を崩しリラックスした表情で笑みを浮かべた。それは相手を小馬鹿にしたような嘲笑ではない、懐かしさから出た自然な笑顔だった。

「――久しぶりね、ユカちゃん」

 移動を促す複数の男性スタッフを制し、浦井はコスチューム姿のユカに話しかける。怒りで頭に血が上っていた彼女だったが、大先輩に声を掛けられた途端に気持ちは過去の自分に戻ってしまい、思わず会釈をしてしまう。団体と親友に対する“仕打ち”には心底腹が立ってはいるが、「浦井冨美佳」個人に対してユカは七海や元川のように、「顔も見たくない」ほど嫌悪しているわけではないのだ。

「ご無沙汰しています。だけどわたし今、穏やかに話せる状態じゃないですよ?」
「知ってる。だけど逢えて嬉しいわ――これは私の嘘偽りのない気持ちよ」

 ふたりの間にはかなりの距離はあるが、彼女たちの意識の中では無いに等しく、互いの感情が直接心にびんびんと伝わってくる。

「七海の……七海の気持ちを踏みにじるような試合を何故? あれじゃお客さんだって納得いかないですよ!」

 しばらく浦井は、銀色のダクトが縫うように走るコンクリートの天井を仰ぎ、ユカへの返答をいろいろと頭の中で探し出してみる。

「確かに七海はいいレスラーになったわ。だけど私だって“殺る気満々”な相手に付き合う程馬鹿じゃない。ぼろぼろになってひと時の名声を貰うよりも、貶されても次もその次も試合に出られる方を、私は選んたのよ――間違ってるかしら?」

 浦井の出した答えは、プロレスラーとして至極当然な発言だ――ユカは思った。だからといってキャリアも技術のある彼女の事、もう少し《試合》として成立させる術があったのではないか? 全部が七海のせいにされてしまっては、親友として納得がいかない。

「分かります……だからって仮にも“プロ”を名乗る以上、もう少し違った方法があったんじゃないんですか?」
「笑わせないでよ。わたしは高額のギャラを頂いた見返りとして、ここのリングに上がっただけの事。それだけでも“プロフェッショナル”の義務は十分に果たせたんじゃなくて?」

 まるで、リングに登場するまでが今日の“仕事”で、後は相手任せのような言いぶりにユカは遂に怒り出した。

「……そうやっていつも自分の事だけ考えて、周りの事なんて一切気にしない。みんながどれだけ浦井さんに振り回され、苦労させられてると思ってるんですかっ! わたし、あなたの事絶対に許せませんっ!」
「へぇ、じゃあどうしてくれるっていうの? 《旗揚げ三周年記念大会》はあと一戦残っているわ。今日の敗戦ですっかり心の折れた甘ちゃんを、また私にぶつけるつもり? それとも――」

 会話の途中で、それまでじっと待機していた男性スタッフが、助け舟を渡すかのように彼女に急いで車へ乗るよう催促する。クラクションを何度も鳴らして急かす車の方へ、やや強引に連行され離れていく浦井の後ろ姿に、ユカは構わず叫び続けた。彼女が聞いていてもいなくても知った事ではない。今ここで自分の“意見”を伝えなければ後悔すると思ったからだ。

「わたしが浦井さんと闘いますっ! まだ《格》じゃないかもしれないけど……愛する団体が舐められたままで終わりたくないっ!」

 叫ぶユカの目は少し潤んでいた。自分の本心を曝け出す事が怖かったのかもしれない。しかしその“心の叫び”は浦井の耳に十分届いたようで、取り囲む男性スタッフたちの隙間から覗く、彼女の顔はどこか嬉しそうで、それまで表に立つ事を極力避け、自分の“欲”など二の次だったユカの、初めての“自己主張”に喜んでいるかに見えた。
 浦井の乗せた車が排気ガスを吹かせ走り去っていく音が駐車場から、完全に聞こえなくなるまでユカは、その場で呆然と立ち尽くしていた―― 

「もし七海が、このショックから立ち直れない場合、明日のタイトルマッチは中止するしか――」

 《旗揚げ三周年記念大会》第二戦では、現在チャンピオンである赤井七海の持つ、東都女子プロレス認定のプリンセス・オブ・メトロポリタン(POM)王座を懸けて、浦井冨美佳とのタイトルマッチが組まれていた。自団体の看板を懸けて闘う、という只でさえプレッシャーの掛かる試合は“団体”としても危険であるが、何よりも今日の“失態”で観客の前で闘う事に、自信を失いかけている七海が昨日の今日で普段通りのファイトを見せてくれるとは、元川には到底思えないのだ。《プロレスラー》のプライドで「絶対にタイトルマッチは行う」と、間違いなく彼女は言い出すだろう。しかし団体の長としてタイトルよりも何よりも、七海を守ってやる事が最も重要である――彼はそう決めた。覚悟を決めて、虚ろな目をして首を垂れたままの七海にその旨を伝えようとした瞬間、吹き飛ばさんばかりの勢いで控室の扉を開けてユカが入ってきた。

「待って、元川さんっ!」

 控室にいる全員が、一斉にユカの方を向く。

「ユカ? 今までどこへ行って――」

 元川は彼女に尋ねようとするが、手を前にかざしてそれを強く拒否するユカ。

「タイトル戦中止だけは止めてください。これ以上お客さんの期待を裏切れば、取り返しのつかない事になるわ」
「しかし、七海の事を考えればとても闘える状態じゃ」
「わかってます。七海は闘わなくていいんです」
「……どういう事だ?」

 ユカの発言が理解できない元川や、七海の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「七海がベルトを一旦返上して、《王座決定戦》を行えばいいんですよ!」

 その発想は頭になかった―― 元川はなるほど!とばかりに手を打った。これなら無理をしてまで七海を、もう一度浦井冨美佳と闘わせなくても済む。しかし問題は、七海に匹敵する程の実力を持つ選手が東都女子に存在するかだった。実力の見合わない選手が決定戦に出場した場合、それもまた非難の対象となってしまう恐れがある、と元川は考えていた。

「いい《代案》だと思う……だが、誰が浦井と闘うというんだい?」
「わたしです!」 

 不安げな彼の質問を、ずばっと断ち切るように即答したユカの瞳には、自信だけが満ち溢れ迷いなど一切ない――団体を背負って闘う覚悟を決めた彼女の、全身から漂う威圧感に元川は思わず腰が引けてしまうと同時に、遂に覚醒した《実力者》小野坂ユカをこれほど頼もしく思った事はなかった。彼は意志確認の為、もう一度彼女に問うてみる。

「本気なんだな、ユカ?」
「やります! 絶対勝ちますっ!」

 ユカの揺るぎない意志に、満足そうに口角を吊りあげ微笑む元川。
 バシッ!
 突然、ユカの頬に張り手が飛んできた。それまでずっと沈黙していた七海が、彼女の発言を聞いた途端咄嗟に反応したのだ。平手打ちの乾いた音がまだ耳に残る中、再び場の空気が凍りつく。

「――遅い、覚悟を決めるのが遅すぎるよ。いつだってユカはそう」

 目を見張り顔を強張らせたまま、暫く睨み合うふたり。だがすぐに七海の方が先に表情を崩し、目に涙を溜め再び泣き顔へと変化させた。それはさっきまでの悔し涙ではなく、ユカに対しての感激と感謝の嬉し涙であった。

「ごめん七海……あの時の約束、いま果たすよ」
「うん。明日の王座決定戦、必ず勝ってね。東都女子のため――ううん、私のために」

 自分よりも小さなユカに、大きな身体を折り曲げ彼女の胸に顔を埋める七海。ユカは上を向いたままで、一向に彼女の顔を見られずにいた。それは今下を向くと絶対に、大粒の涙がこぼれ落ちそうだったからだ。

 東都女子プロレスはこの日の夜、公式ホームページ及びSNS上にて「赤井七海が怪我の為、本人の申し出によりPOM王座を返上し、当初予定されていた防衛戦を中止。代わりに浦井冨美佳と小野坂ユカのふたりによる王座決定戦を行う」と発表した。

 普段であれば、誰もいないはずの真夜中の道場。
 昼間はうら若き所属選手たちの、活気に満ちた声でいっぱいなこの場所も、道場外の廊下に設置されている自動販売機のモーター音だけが響き渡るだけ――明日の王座戦を前に、神経が高ぶってなかなか眠れないユカは気持ちを落ち着かせるべく、ひとりこの場所にやってきたのだった。
 彼女はリングの上にのぼり、紫色をした東都女子のジャージの上着を脱いだ。そして黒のショートタンクトップ一枚になると、普段のイメージとは大きくかけ離れた、厚みのある「プロレスラーの証」ともいうべき、筋肉で覆われた身体が現れる。日ごろの鍛錬で作られたその鋼の肉体はユカの、プロレスラーとしての誇りをひと目で表していた。
 彼女はふぅと息を吐くと、おもむろにリングに向かって垂直に前方回転した。背中とマットが接触するとリングは揺れ、大きな音を道場内に響かせる。間髪入れず続いて後方や時には捻りを加えたりと様々な入り方で何度も受身(バンプ)を取った。どんな体勢から投げられ落とされても、肉体への負担を最小限に抑え怪我を防ぐために、プロレスラーにとって受身の習得は重要視される。特に身体の小さなユカにとっては、周りのほとんどの選手が自分より身長が高く、怪我をするリスクが最初から大きかったので、自分の身を護ると共に相手から受ける技の衝撃を、見た目と音で試合会場にいる隅々の観客に分からせる受身は絶対に必要だった。そしてユカは最後の仕上げとばかりにコーナーポストへ駆け上がり、リングの中央へ目掛けてふわりと前転ダイブした。水平に落下した身体がリングに沈むと、自分ひとりしかいない道場に今夜一番大きな衝撃音を響き渡らせる。

 はぁ、はぁ、はぁ……

 裸の腹を上下させ、LED照明が取り付けられている天井を仰ぎ見たまま、ユカはマットの上で大の字に寝そべっていた。そして瞳の中では、かつての先輩である浦井との、練習中でのやり取りがリプレイされていた――

 それはユカが東都女子の旗揚げ前、“エース”浦井冨美佳をコーチに自分や七海を含めた練習生たちが、デビューに向けてトレーニングを受けていた時期。初めてコーナーからの前方受身が成功した時の事だった。

「痛かった、ユカちゃん?」

 マットに着地し寝たままのユカに向かって、浦井が声を掛けた。コーナーポストのあまりの高さに、落ちるのを何度も躊躇し、決心するまでかなりの時間が経過した後のチャレンジで、身体に伝わる衝撃の強さに目を丸くするユカ。

「痛かった……というよりビックリしました」
「よしよし。これがスムーズに出来るようになれば、すぐにでもお金を取れるようになるからね」

 浦井はユカをマットから立たせ、背中を優しくさすって激励する。ユカはそんな彼女の心遣いがとても嬉しかった。普通ならスター選手であれば後輩など――ましては入門したての練習生には自分の威厳を誇示するため厳しく接するものだが、浦井に限っていえはそれはなかった。それは彼女自身の人柄なのかもしれないが、昔ながらの“師従関係”ではなく“トレーナーと生徒”という、結びつきがそれほど深くない関係を、新しく入門した女の子たちに望んでいるようだった。
 
「浦井さん。どうして七海たちにはもう技を教えているのに、いつまでもわたしだけ受身や、マットレスリングの基礎ばかりを指導するんですか?」

 別の場所では同期入門の七海や他の子たちが、別のトレーナーから本格的にプロレス技の指導を受けているのを見て、ユカは恐る恐る浦井に尋ねてみた。もしかしたら怒られるかもしれない――そう思っていたが浦井はその理由を分かりやすく彼女に説いてみせた。

「小さい子は小さいなりのレスリングをしないと、せっかくの個性が埋没しちゃうからね。じゃあ聞くけど、同じだけの格闘スキルを持った大柄の選手と小柄な選手、予備知識なしに見てどちらが強そうに見える?」
「お、大きい方です……」
「そうよね。仮に相手がデクの棒でもそう見えちゃうよね? だから小さい方は大柄の選手と同じ事をやっちゃダメだと思うの、身体の大きさの違いで“表現”も変えなくちゃね。だから小さい選手はいっぱい動いて相手の技をいっぱい受けて、自分という存在をお客さんの目に止まらせる。これが理想よね」

 浦井が身振り手振りを交えて語る、彼女自身の考えるプロレスリング理念に、ユカは次第に引き込まれていく。

「それには、どんな攻撃にも耐えきれる受身の習得は必須科目だし、関節技を中心としたマットレスリングは“自分が一番強い”と勘違いして、舐めてかかる相手のために覚えておいた方がいい。試合ごとによって戦士(ウォリアー)と道化(クラウン)の顔を巧みに使い分けられる選手こそ、最も理想的なプロレスラーだと私は考えているの――その才能のあるユカちゃんにはそれが出来ると信じてる。迷惑だったかしら?」

 ユカには断る理由なんてなかった。たとえそれが嘘でも“雲の上の存在”であるスター選手が、自分の事を気に掛けてくれている、いう事が堪らなく嬉しかった。彼女は以後しばらく――浦井が自己都合で退団するまでの僅かの間、全体練習が終わった後にマンツーマンで、プロレスリングのイロハを教わったのだった。
 この浦井による《プロレス教室》は実際デビューした時に大変役に立ったし、彼女が去った東都女子で残った若手同士やロートル選手を相手に、退団前と変わらず熱の入った試合を観客に見せる事が出来たのは、全て浦井の教えのおかげだった。だから今でも彼女の事は元川や七海とは違い、心底嫌いになれずにいる。

「――それでね、さんざん〝小さい、小さい”って馬鹿にしてた相手をボコボコにした後、上から見下ろしてユカちゃんはこう言ってやるの、“小さいだけじゃダメかしら?”って。これはウケるよ~!」

 そういって笑っていた、かつての浦井の顔が未だに脳裏に焼き付いて離れない――

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【女子プロレス小説】小さいだけじゃダメかしら?~前篇~

2017年05月10日 | Novel

 小野坂(おのさか)ユカはふわりと宙に舞った――

 自分よりも倍以上あろう体躯を持った対戦相手から、重量感のあるタックルを真正面で喰らった彼女は、まるで交通事故の如く軽々と吹き飛ばされたのだ。リングの四方からその“惨劇”を目撃した観客たちは、その「飛びっぷり」の良さに驚きの声をあげる。まだ二試合目だというのに、三百人も入れば超満員マークの付く小さな公営体育館では、大柄の対戦相手よりも小さいながらも技の受けっぷりがよい、女子プロレスラー・ユカへ注目が集まり、既に熱狂の渦に包まれていた。
 ユカは歯を食いしばりふらふらと立ち上がると、壁の如く立ち塞がる目の前の敵に向かって、ありったけの力を込めエルボーバットを何度も叩き込んだ。肘を相手の胸元へ打つ度に彼女の、脱色したショートヘアーが実年齢よりも幼い顔を隠すほど大きく揺れ、その小さな身体からは信じられない程強い“圧力”に対戦相手は、圧倒されてしまいポジションをじりじりと後退させていった。
 「頑張れ!」「攻めろ!」叫ぶような観客たちの声援がユカに集中する。
 いける!と踏んだ彼女は大きく叫び気合を入れると、自ら反対側のロープへ向かい走り出す。背中全体で硬いロープを受けて反動をつけスピードアップさせ、敵の顎へ目掛け“肘爆弾”を叩きつけるべく腕をフルスイングさせた。だがこのユカの攻撃を既に読んでいた相手は、身を屈めて難なく回避すると今度は自分がロープへと走りリバウンドした後、一撃必殺のクローズラインを逆に彼女の喉元へヒットさせる。
 加速プラス、ウェイトの十分に乗った相手選手の攻撃を、再び喰らったユカの身体は、着衣しているコスチュームに附属するフリルを波打たせて木の葉のように回転し――そのまま頭からマットへ落下した。意識が朦朧とする中、自分の上半身にずっしりと重くのし掛かる、対戦相手の体重を感じながらユカは肩を上げることも出来ずに、黙って敗北へのスリーカウントを聞くのであった。

 今夜の大会も何のトラブルもなく無事に終了し、決して大きくはない会場内の控室では、帰り支度をする選手たちで一杯になっていた。リング上を彩っていた窮屈なコスチュームも脱ぎ、すっかりリラックスした彼女たちは下着姿である事も気にせず、まるで修学旅行での旅館のように騒ぎながら、シャワーの順番待ちや差し入れのつまみ食い、そしてスマートフォンを使ってのツイッターやブログ更新の《情報発信》など個々に忙しく活動している。控室の外では唯一の男性である団体代表の元川瑛二(もとかわえいじ)が中にも入れず、廊下に掛かっている壁時計を見ながら泣き顔で、迫る体育館の撤収時間を気にしていた。

「ユカさん、今日はありがとうございました」

 薄い青色の下着姿のままくつろいでいたユカに、大柄の女性が礼儀正しく挨拶をする――先ほどの対戦相手だった。どうやら彼女はユカの後輩らしく、リング上ではあれほどパワフルなファイトを見せていたにもかかわらず、第三者からは見えない“上下関係”の壁なのか、身体を縮ませてユカに接している姿が何だか可笑しい。

「今日のファイトも最高だったね! この調子で臆せずどんどんいけばきっとすぐトップを張れるよ、わたしが保証するって!」

 数分前に自分を“負かした”相手だというのに、ユカはそんな事も関係なく目の前の後輩を褒め称え励ます。彼女にとっては勝ち負けなどは大した問題ではなく、自分たちの試合を見て、会場にいる観客が喜んでいるかどうかの方に関心があるのだ。

「ほらぁ、みんな早く着替えて着替えて! 遅くなると追加使用料が発生するから、外で待ってる元川さん涙目だよぉ!」
 
 控室中に響き渡るほど大きく掌を打って、遅々として進まない帰り支度を催促するのは、本日の興行でもメインを務め上げたこの団体のエースである《レッド・ストライカー》赤井七海(あかい ななみ)だ。170㎝近い高身長という恵まれた身体に加え、格闘技の経験もあり正に《女子プロレスラー》になるべくしてなった“逸材”である。ここにいる他の誰よりも、選手歴の長い七海の言葉に誰も反論するわけはなく、皆スイッチが入ったようにてきぱきと身支度のスピードを早めだした。

「ユカ、あんたも急ぐの! みんなより年上なのにいつも一番遅いんだから全く」

 急に“お小言”が自分の方に向いてきて、すっかり意表を突かれたユカは長椅子から立ち上がると、急いでTシャツを羽織りだした――七海の話はまだ終わらない。

「それで支度が終わったら、いつもの店で集合ね。待ってるから」

 そう言い終えると彼女は足早に控室を後にする。ひとり残されたユカは七海の去った方向を見つめたまま、黙々と着替えを進めるのであった。

 「三ツ星」「行列のできる」という女子受けしそうなキーワードとは縁遠い、何の変哲もないごく在り来たりな、商業ビルの一階に設置されている古ぼけた小さなレストラン――ここが彼女たちふたりの“集合場所”だ。団体が管理する彼女らの住む選手寮から一番近く、あまりお金の無かった練習生の頃から、自由に使えるお金がちょっとだけ増えた現在に至るまで事あるごとに利用する、地方出身者であるふたりにとっては《実家》のような安心感のある店なのだった。 
 最寄りのバス停から走ってきたのか、息を切らせてユカが入店すると壁側の一番隅っこの席に座っていた七海が、大きく手を振って彼女を呼んだ。

「お疲れぇユカ。ささ、水でも飲んで」

 差し出されたコップ一杯の水を、ユカは立ったまま一気に飲み干すと、ふぅ~っと大きく息をつき七海の正面の席へ座った。ふたりの顔に笑顔が宿る。
 頃合いを見計らってテーブルに料理が並べられていく。七海は大根おろしが雪のように肉の表面を覆う和風ハンバーグ、ユカは具が大きなビーフシチューだ。料理から発生する熱と匂いが試合後でお腹の空いた彼女たちの食欲をそそる。欲に負けたユカは備え付けのロールパンを少し千切ると、熱々のシチューに浸し口いっぱいに頬張った。シチューに溶け込んだ牛肉の旨みが、口から鼻へと抜け彼女は幸福感に浸る――と同時に、急いで口に入れた為に料理の熱で、少し舌を火傷してしまった。

「バカね、急いで食べるからよ。水いる?」

 七海から渡された水を飲み口の中を冷やすユカ。ころころと変わる彼女の表情を見ていると、同期であり親友である七海はいつも癒されるのであった。

「七海、今日もメインご苦労様」
「いやね、ユカがしっかりと身体を張ってお客を沸かせているからこそ、こんな私でもどうにかカッコついてるのよ。礼を言うのはこっちよ」

 謙遜し合うふたり。それはお互いが真にそう思っているからこそ、自然と口から感謝の言葉が出る。「私が一番」な個人主義的なレスラーの多いなか、彼女たちのような《立場》に対して欲がない選手というのは珍しいかもしれない。それはふたりが必死になって、ゼロの状態から団体を盛り立てていったから他ならない。
 メジャー団体を退団した元スター選手を担ぎ出して旗揚げした、ふたりが所属する団体《東都女子プロレスリング》だったが、数カ月も経たないうちに「方向性の違い」を理由に彼女ほか数名のスタッフが離脱、最大の《目玉商品》を失った団体はいきなりピンチを迎えてしまう。そこでデビューして間もないユカと七海はいろんな団体へ《出稼ぎ》を行い、そこでふたりは闘ったり組んだりして自団体の知名度と自分たちの《商品価値》を高めていき、「半年で潰れる」と揶揄されていた東都女子もなんとか三年目を迎え、ようやく彼女たちの頑張りが女子プロレスファンの間にも認められ、団体にも固定客が付くようになったのだ。

「ただね――ユカの“本当の”実力も、そろそろ見せていい頃じゃないかと思うの。いつもいつも有望な選手の“引き立て役”やコミカル路線ばかりで本当に満足?」

 今夜初めて見せる七海の浮かない表情。彼女とは長い付き合いだからこそ、自ら進んでやっているとはいえ、現在のユカのポジションにはあまり納得がいかない様子だ。彼女の繰り広げるコミカルな試合は決して嫌いではない。生真面目な自分には出来ないからこそ、彼女に尊敬の念を抱いてもいる。だからその情熱を少しだけ、トップ盗りにも向けて欲しいなぁと七海は思うのである。

「うん? 楽しいよ。下の子がどんどん試合数を重ねて上手くなっていく姿を見てるとね、こっちもすごくやりがいを感じるんだ。トップに上がりたくないわけじゃないけど、小っこいのが団体のチャンピオンってカッコつかないじゃない? 在るべき人が在るべきポジションに付く。それが筋ってもんでしょ」

 しかし何度説得してもいつもユカの“答え”は同じ。欲が無いのか自信が無いのか、東都女子の“広告塔”には喜んでなれども、看板を背負う気などこれっぽっちも無いようだ。

「でも、もし七海がピンチになった時――その時は“助太刀”させてもらうから、それまでエースのお努め頑張ってね」 
「また調子のいい事を……本気にしちゃうわよ?」

 一瞬だけ真剣な表情に変わった彼女に、七海は淡い期待を寄せてみた。だがユカはやっぱり楽天家のままだった。

「いいよ。下の子が伸びてきたらその子に全部任せちゃうから」
「もーっ、そうやって責任から逃れようとする!」

 したり顔のユカを前に、七海は呆れて笑い出してしまった。だけどちゃんと分かっている、決して彼女は逃げたりはしない事を。それは長年の付き合いと実際に、練習や試合で肌を合わせた彼女だけが持てる“自信”だった。
 ふたりだけの楽しい夕食会は、料理の皿が空になっても一向に終る気配は無かった――


 東都女子の道場には、大きな悲鳴が響き渡った。
 「何事か?」と遠巻きに恐る恐る見つめる者もいれば、「あぁ、またか」と“惨状”を知っていても見向きすらしない者もいる。両極端な態度の違いがそのまま、この団体におけるキャリアの差となっているのだった。フロアの真ん中付近に設置されているリングの上では、寝技中心のスパーリングが延々と行われていた。悲鳴を上げたのはデビューを目指している練習生で、上げさせているのはあの小野坂ユカだ。まだ線が細いとはいえ長身の彼女を、いとも簡単にテイクダウンさせ、押え込み動けなくして関節を決める一連の動作には、一切の無駄がなく美しくすら感じる。スパーリングが開始されてからまだ三分も経たないうちに、練習生の彼女は既に汗まみれで疲労困憊となっているのに対し、ユカの顔にはまだまだ余裕の笑顔が浮かんでいた。マットレスリングの強さ――これが《能天気ダイナマイト》小野坂ユカの隠し持っている“実力”だった。

「わかったでしょ? レスリングの強さは身体の大小に関係ないって事を――ユカもそろそろ止めてあげなって、大人げないわよ」

 リングに上がり両者を分ける七海。手も足も出せないまま、ひたすらユカの餌食となっていた練習生は、体力を奪われてしまい「稽古」を付けてもらった礼も言えず、どうにか頭だけ下げると同じ年頃の子に肩を借りてリングを降りて行った。いつも笑顔で誰とでも公平に接している彼女なだけに、この「もうひとつの顔」は入門して間もない練習生にすれば“恐怖”以外何物でもないだろう。“遊び相手”がいなくなり、リングを囲む黒いロープを蹴ってつまらなそうにしているユカに、七海が声を掛けた。

「私で良ければ相手になるわよ、どう?」

 彼女の提案を聞いた途端、ぱあっとユカの表情が明るくなる。

「うん、やろうやろう!」

 余程嬉しかったのか、茶髪のショートヘアを浮かせて跳ね回る元気娘。そんな彼女を正面にして、拳を軽く握りアップライトで構える七海。道場内に緊張感が走り、各々練習していた他の選手や練習生たちがリングを囲むように集まった。
 七海の隙のない立ち姿に、興奮を隠せないユカはぺろりと舌を出すと、低い姿勢で彼女の周りを移動しテイクダウンを奪おうと隙を窺った。対する七海も縦に横にとフットワークを使いながら、時折蹴りを出し威嚇してユカを自分の間合いへ入れないようにする。
 突然、それまで細かく動いていたユカが仰向けになって寝転がった。驚いた七海の足が一瞬止まると、ユカの脚が下から這い上がるように絡みつき、気が付けばマットに倒されていた。そのままユカは相手の足を脇に挟み固めると、関節が曲がらない方向へと一気に捻る。踵固め(ヒールホールド)を完全に決められた七海は、最早痛みから逃れる術もなく、ユカの腿を叩いてギブアップせざるを得なかった。ユカは得意気な表情で人差し指を一本突き出し、七海に対し「一本先取」した事をアピールした。
 親友とはいえ、先にギブアップを奪われて面白くない七海は、もう一度構え直しユカとのスパーリングを再開した。一本先取している事で気持ちに余裕のあるユカは、意地悪にも七海の痛めた方の脚に向かってタックルを仕掛け、もう一度関節技で一本勝ちを狙う。マットを這うような低い片足タックルが彼女の脚を捉えるが、七海は逆にユカの身体に覆い被さり彼女の動きを止めた。背中の上からは重圧がかかり、胸の下には腕が回され固定されてしまい逃げる事が出来ない。焦るユカをよそに七海は、彼女の背中の上で体勢を変えると、足を股に引っ掛けて四つん這いの体勢を崩し、空いていた首筋に素早く腕を巻き付け締め上げた。
 べたんと腹這いに寝かされ尚且つ裸締め(スリーパーホールド)を決められてしまっているので、力の入れ処も無いユカは無念にも、マットを叩いてギブアップを宣言する。これで両者は1体1のイーブンとなった。

「うぉぉぉっ!」

 悔しさで一杯のユカは立ち上がると、七海の腕を掴むと思いっきり正面のロープへ振り飛ばした。バウンドして戻ってきた彼女に高く鋭いドロップキックを放ち、七海は胸元に被弾し大きく後方へ倒れる。胸を押さえ痛がる大親友の髪を掴んで無理矢理立たせると、今度はそこへエルボーバットを二発三発と叩き入れる。
 押されっぱなしでたまるか! と七海は四発目のエルボーを腕でブロックすると、逆に肘をユカの顎へと思いっきりぶち込んだ。体重の乗った、彼女のエルボーバットはたった一発でユカの動きを止める。ダメージを受けふらふらと左右に揺れるユカのどてっ腹へ向かて、今度は七海が連続でミドルキックを叩き入れていく。一発また一発と打ち込まれる度にユカの身体が浮き上がる。そして止めとばかりに七海は、彼女の頭部へ目掛けてハイキックを発射した。だが彼女の技を読んでいたユカは体勢を低くして、大きく弧を描く七海の蹴り脚を避けた――はずだった。実はこのハイキックはフェイントで、かわされた七海は顔色一つ変える事も無く、身体を捻ると今度はニールキックを中腰の状態でいたユカの顔へヒットさせた。《レッド・ストライカー》赤井七海の必殺技のひとつ、二段回転蹴りだ。
 顔を両手で押さえ痛がるユカの元へ七海が駆け寄った。

「大丈夫、ユカ?……えっ」

 七海が側へ近寄った途端、ユカはヘッドスプリングで起き上がると、状況が把握できず棒立ち状態の彼女に跳び付き、太腿で頭部を挟み後ろへ反り返ってそのままマットへ突っ込ませた。今度はユカによる縦回転の脳天杭打ち(パイルドライバー)ともいうべき難度の高い技、フランケンシュタイナーがずばりと決まった。ユカと七海による、試合さながらの激しいスパーリングは、リングの外で見ている後輩や、まだデビューも決まっていない練習生たちの心を熱くさせていき、次第にふたつの陣営に分かれ声援を送りはじめる。さながら道場は小さな試合会場と化していた。

「そこまでだユカ、七海。ホラみんなも練習に戻って戻って」

 “女の園”に闖入するひとりの男性――団体代表である元川だ。彼は手を叩いて選手や練習生に注意を促しながら、ユカと七海のいるリングへ歩んでいく。
 まだ年齢も四十台と若いがプロレス団体のスタッフ歴は長く、チケット売りから移動バスの運転手にリングアナウンサー……出来る事は何でもやった。その熱意が認められた結果、三年前に複数のプロレス団体を運営するマネージメント会社から、新しく設立した東都女子の代表に任命されたのであった。旗揚げ三ヶ月目でスター選手やスタッフの大量離脱という憂き目にあったが、それでも安易に団体を畳む事なく、新人の中でも頭角を現してきた赤井七海と小野坂ユカに未来を託し、二人三脚――いや三人四脚で東都女子の名を世間に知らしめるために奔走した、「選手と代表」という枠を超え彼女たちの《同志》ともいえる人物だ。元川の姿を見て、それまで激しく闘っていたふたりが、どちらからともなく手を離しスパーリングを中止した。

「どうしたんですか、元川さん? 珍しいですね道場まで来るなんて」
「あっ、もしかしてスパーリングの相手になってくれるとか? それとも夜の方かな?……なんちゃって」
「ユカ、そういう冗談はシャレにならんから言うな。仮にも女子プロ伝統の『三禁』を謳ってるんだから、練習生たちに示しが付かないじゃないか――ってそうじゃなくて」

 真面目な話をしようにも、七海はともかくユカにいつも冗談ではぐらかされ、なかなか本題に入っていけない元川であるが、今度ばかりはそうもいっていられない様子だ。ユカの顔にトレードマークの笑顔が消える。

「マジっすか」

 こくりと首を縦に振り返事をすると、彼はふたりの間に入り話し始めた。

「――今度の」

 幾度もあった経営危機の時にも、自分たち選手の前では決して見せなかった元川の苦々しい表情に、七海たちは只事でない事を直感する。

「《旗揚げ3周年記念シリーズ》に彼女の参戦が決定した……」

 ――!!

 “彼女”という単語ワードを発する時の、彼の嫌そうな表情を見てふたりは即座に誰だか理解した。浦井冨美佳(うらい ふみか)――団体設立当時の看板選手であり、この東都女子に最大の危機をもたらした、三人からすればあまり良い感情を持っておらず、出来れば関わりを避けたいくらいの忌まわしき人物であった。

「何でですか? 何故自分で見限って捨てた、この団体にあの人が上がるんです?」

 信じられない、と言わんばかりの表情で七海は元川に喰ってかかるが、返答に窮していた彼は黙って彼女に身体を揺すられる他なかった。

「お、オーナーからの指示なんだ。アニバーサリー・ゲストと言う事らしい……感情よりも観客動員を優先する、という事で僕の反対意見は無視されたよ」

 何も言わず、黙ってリングから飛び出し道場を後にする七海。
 “正義感”の強い彼女には未だ三年前の、冨美佳による身勝手な行動を許せずにいた。頼るべきリーダーが突然、自分たちの前から姿を消すという出来事は、当時まだ駆け出しだった七海には心身的なショックが大きく、その衝撃は今でも深く心に刻みついたままだった。
 リング上に取り残されたユカは、七海の行動に対しどう対処すればよいか分からず、彼女の消えた方向を元川とふたりでただ黙って眺めているしかなかった。

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