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妄想武侠小説 死亡坑道~Tunnel of Death~ 【RINA 対決!蹴撃天使】

2015年11月07日 | Novel
 今宵も月は、小さな星のひとつひとつまでよく見えるほど澄み通った夜空を、優しく照らしていた。

 仕事場から戻り就寝するまでに空いた、僅かの時間を利用して趣味である武芸の修練に励んでいた体躯の良い男が、ぼんやりと夜道を照す街灯の下をとぼとぼと自宅への帰路についていた。
 彼の目前に、高架下に作られた古いトンネルが現れる。鉄筋コンクリート製のかなり年期の入ったもので、天井や壁面に設置されている蛍光灯の、薄暗い光が何処か心許なく、得も言えぬ不安感を煽るのだった。

 最近この近辺で、物騒な噂を耳にする。

 この時間帯、このトンネルを通り抜けようとする者に対し、武芸での《勝負》を挑んでくる輩がいるというのだ。これが近所のコンビニの駐車場などで、騒いでいる不良高校生の集団であれば、全く彼の敵ではない。問題なのは自分と同じ《武芸者》である可能性がある――という事だ。
 そして今、もうひとつの問題が発生した。

 ぐぅーっ
 腹が減ったのだ。
 このトンネルを越えた処に、空きっ腹を満たしてくれる牛丼屋がある。彼は今宵その《敵》が現れない事を祈り、歩くスピードを速めた。

「……あなた、ASARYUさん?」

 若い女の子の声が耳に入った。
 まさか援助交際か?
 やれやれという表情で声の方へ顔を向けると、ポニーテールで制服姿という絵に描いたような女子高生がそこにいた。但し、手には年頃の女の子には似つかわしい、黒光りのする木製のヌンチャクが握られている。

「あ、はい。自分がASARYUですが何か……?」
 ――腹が減ってんだから早く向こうへ行ってくれよ。
 トンネルの向こうの牛丼屋が気になりつつも彼女の、意思が強そうな瞳から目が離せなかった。

「人通りも今はないようですし……とっとと始めましょうか?」
「始めるって何を?」
「どちらが強いか勝負ですっ!」

 ――しまった、彼女が噂の《武芸者》だったか!
 すっかり見た目に誤魔化されたASARYUは、右や左へと謎の女子高生が放つ、鋭い蹴りをかわすだけで精一杯だった。
 彼女の履くローファーの靴により鉄筋コンクリート壁の表面が削られ、砂埃が辺り一面に舞う。

「こんな時に聞くような事じゃないけど……な、名前は何ていうの?」
「呆れた人ですね。いいでしょう……RINAです、私は《蹴撃天使》RINA!いざ覚悟!!」

 ――もう、どうにでもなれ!
 ASARYUは呼吸を整えぐっと拳を握り直すと、当面の《敵》であるRINAを撃破する、その一点のみに意識を集中させた。
 高架を走る列車の音も、通りを走る自動車の音も聴こえなくなり、今耳に入るのはRINAの息遣いと彼女の身体の周りを舞っているヌンチャクの音だけだ。
 ――いざ!
 彼女と目が合った。全力で闘える嬉しさで、RINAは少し笑みを浮かべているように見える。きっと自分も同じような顔をしているに違いない。
 その瞬間、瞳の奥で稲妻が炸裂した!



 勝負は、僅かの時間で決着を迎えた。
 ASARYUの耳に再び都会の喧騒が戻った時、飛び込んできたのは激闘で疲れきったRINAの顔と、ボタンが弾け飛んだシャツの襟元からちらりと見える水色のブラ紐、そして身体から発せられる《少女》の匂いだった。
 力なく地べたへ座り込んでいるRINAに、近くに落ちていた彼女の大切なヌンチャクを拾い渡すと、彼はトンネルの方に向かって歩いていった。

「ま、待って下さい!」
「ん?」
「あの……強いですね」
「いやいや、今回はほんの僅差で勝てたようなもんで、RINAってぃ~も十分強かったよ、こちらこそ感謝です」

 ASARYUは手を差し出して立つように促すと、彼女は一瞬躊躇いの表情をみせたが、素直に従って地面から腰を上げた。

「RINAってぃ~?随分馴れ馴れしいですね。それでその《僅差》って何ですか?今後の参考に聞きたいです」
「うーん、大した理由じゃないんだけど、ひとつは《男の意地》かな? 武芸修行中の身とはいえ、あなたみたいな可愛らしい女の子に負けたら、スケベ心丸出しだから負けたんだろ?と言われるのが悔しくてさ」
「へぇー、意外にまともな理由で驚きました」
「もしかして今の今まで《スケベなおっさん》だと思ってやしませんか?……まぁいいや、それがひとつめの理由ね。そしてもうひとつ!これが一番重要だった」

 興味津々で彼の顔に近付くRINA 。

「……すごく腹が減っていたんだよね。早く終わらせて向こうの牛丼屋へ行きたい行きたいって思って、多分普段の実力以上の力が発揮できたんだと……思う」

 予想だにしなかった《理由》にしばらく固まるRINAだったが、我に返った瞬間怒りに任せて絶叫した。

「あっきれた人!こんな奴に負けたの私?もー嫌ぁ!」

 ぐぐぐぅーっ!
 何処かで腹の虫の音が聞こえた。
 だが今度の《虫の音》はASARYUからではなかった。音の出所を辿っていくとそこには恥ずかしさで顔を赤らめているRINAの姿が。

「ははっ、凛々しい女武芸者の顔もいいけど、やっぱりRINAってぃ~は 女子高生姿が一番可愛いよ」
「女子高生姿ってコスプレみたいに……実際高校生なんですぅ、私は!」

 ニヤニヤと笑うASARYUに対し、彼の太い腕に強めの一発を入れて照れ隠しをするRINA 。

「……いいですか?」
「えっ?」
「私にも牛丼、奢ってくださいね」
「もちろん!」

 微妙に揃わない靴音を響かせて、トンネルの先にある牛丼屋へ向かう二人。自分の隣には可愛い女子高生――こんな嬉しい事なんて滅多にあるはずもないのにASARYUは少しだけ顔を曇らせた。
 世間の目が気になったのではない。
 ただ、練習着で来てしまった為に持ち合わせの金が少なく、二人分の代金が払えるかどうかが心配だったのだ。

                                                                  
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