師走
大掃除もまだである。窓ふきも、神さんのお礼参りも、まだ済ましていない
。だのに、年末は慌ただしい。気ばかりが慌ただしくて、身体はこたつに入ったままである。
物理的な時間は1日24時間。普段の日と何ら変わらないのに、気ぜわしい。
そのくせ手をこまねいて動こうとしない。一体これは何だろう。
年の瀬になると、気持ちの慌ただしさが違う。せかせかして普段通りの気持ちではいられない。そんな状態の中で落ち着かない1日がくれていく。
これは僕ひとりに起きる現象では無い。周りの雰囲気が気ぜわしいから、それに包み込まれて、地に足が付かないのだろう。と言うことは周辺が慌ただしいと言うことだ。
そんな中でもう5日も経てばまた歳を1つとる。ありがたくないなー。
もういくつねるとお正月、、、と歌った時の場面を思い浮かべるが、あの頃は正月が来るのは楽しみだった。父も母もいた。今は孫がいる。確実に時は流れすぎた。しかし幼い日の想い出を引きずっているので、あの頃と今が交錯する。
大して仕事もしないが、今日も気ぜわしさを残して、一日がくれていく。
年の暮れの31日紅白を見ていたら、電話がかかり、友人の急死を知らせてきた除夜の鐘を聞きながら、駆けつけた事を思いだす。あれからもう10年の年月が流れた。何事も無く師走をむかえる事は慶事なのだろうが。
特段喜びの気持ちが湧いてこない。同年配の人もこんな感覚で年の瀬を迎えているのだろうか。
大掃除もまだである。窓ふきも、神さんのお礼参りも、まだ済ましていない
。だのに、年末は慌ただしい。気ばかりが慌ただしくて、身体はこたつに入ったままである。
物理的な時間は1日24時間。普段の日と何ら変わらないのに、気ぜわしい。
そのくせ手をこまねいて動こうとしない。一体これは何だろう。
年の瀬になると、気持ちの慌ただしさが違う。せかせかして普段通りの気持ちではいられない。そんな状態の中で落ち着かない1日がくれていく。
これは僕ひとりに起きる現象では無い。周りの雰囲気が気ぜわしいから、それに包み込まれて、地に足が付かないのだろう。と言うことは周辺が慌ただしいと言うことだ。
そんな中でもう5日も経てばまた歳を1つとる。ありがたくないなー。
もういくつねるとお正月、、、と歌った時の場面を思い浮かべるが、あの頃は正月が来るのは楽しみだった。父も母もいた。今は孫がいる。確実に時は流れすぎた。しかし幼い日の想い出を引きずっているので、あの頃と今が交錯する。
大して仕事もしないが、今日も気ぜわしさを残して、一日がくれていく。
年の暮れの31日紅白を見ていたら、電話がかかり、友人の急死を知らせてきた除夜の鐘を聞きながら、駆けつけた事を思いだす。あれからもう10年の年月が流れた。何事も無く師走をむかえる事は慶事なのだろうが。
特段喜びの気持ちが湧いてこない。同年配の人もこんな感覚で年の瀬を迎えているのだろうか。