日々雑感

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 お化け物語6-54

2013年06月02日 | Weblog
 お化け物語
首相公邸に幽霊が出るという森元首相の体験談をテレビで見た。似た様な体験があるのでそれを書いてみる。

がちゃ、がちゃ、がちゃ、がちゃーん。
 
食器棚がひっくり返って、かなりの数の茶碗が割れるような音だ。
 ぎゃおー  ギャオー 、ウウウー   わー、ぎゃおー
猫とも虎ともはっきりしないが、野獣のうなり声だった。とにかくものすごい音がして眼が覚めた。
 はっと身を半分、布団の上に起こして、入り口の方を見ると、ふすまに片手をかけてオンナが立っている。ものすごい形相だ。噴火山のように怒りで髪の毛は逆立っている。顔は赤い。
ほんの一瞬だが、僕と眼があった。それからにらみ合いが始まったのだが、彼女はすうーっと静かに姿を消した。彼女は十二単衣のように着物を何枚も重ね着していて、一番上は白の羽二重の打ち掛けみたいな着物だった。

 夢か。僕は頭に手をやって、いましがたの出来事を頭の中で反芻した。
本当に夢なのだろうか、現実なのだろうか、両者の判別は30年を経た今でもはっきりしない。しかし半身を起こして確認したのだから、決して夢ではないと信じている。
布団の上に身を横たえて天井を見ながら、夢の続きを見ていたのとは訳が違う。

 本拠地は大阪にあったが、仕事の関係で東京にはよく出張した。仕事先への交通の便を考えて僕は四谷に定宿をとった。
 交通の便利が良いにもかかわらず、辻が一ッ本、路地の奥へ入っていたので、不思議にも、信じられないくらい静かだった。
女将は典型的な江戸っ子で、気っ風がよく、そのちゃきちゃきの歯切れ良さが、僕の気性にマッチして、いつのまにか、したしく口を利く間柄になった。
 
四谷と言えば四谷怪談が有名で、たいていの人は内容の中身は詳しくないにしても、四谷の地名くらいは知っている。
東京に詳しくない僕は、気安くなった女将に四谷にかこつけて、四谷怪談の事について話を差し向けたことがあった。彼女は独断偏見もいいところで、物語を聞かせてくれた。
 
 あらすじはこんな事になろうか。
江戸時代の話。この四谷に、この物語のネタになった事件が実際に起こった。
おとなしい一人の女のもとへ養子がきたが、こいつが性悪な奴で、妻になった女をいじめたおし、挙げ句の果ては、その女房を毒殺する。その後、妻は怨念の固まりとなって、幽霊という姿をとってこの夫に復讐をするというストリーである。

因果応報説がそれなりに定着していた江戸時代だけでなく、いつの時代にも、程度の差こそあれ、こういう話は実際に起こっていることだ。
現代ならもっとえげつない事件だって新聞やテレビで報道されている。
 どうしたことか、人間関係の中では、すべからく、どんなに意を尽くしたところで、どこかにおいて、行き違いが生じる事が多く、これは人間がこの世にいる限り、起こる事だから今後もこの種の事件は絶えることが無く、発生するものと思われる。
 ずいぶんひどい奴もいるもんだ。こんな奴にひっかっかって犠牲になったら、お岩さんだけでなく俺だって、この世に幽霊となった現れて復讐の鬼になってやる。
僕は義憤に似たものを感じながら、こうつぶやいた。

 話は話として、ある日、僕は四谷怪談に付いて考えてみた。鶴屋南北がこの物語を創作するに至った経緯をさぐると、この物語りの筋書きには、何がしかのネタがあるはずだ。そのネタが怪談のストーリーと、どのくらいの関係を持つものか。発生した事件そのものを、忠実に再現したものか、あるいは作者が考え出した虚構であるか、いずれにせよ、全く空の状態から、すなわち根も葉もないところから、この作品がわき出たものでないことは確かである。原型はどんな形にせよ、あったはずだ。この作品と一致するような事件が起こっていたかもしれないし、これに似たようなような事件が起こって、それをヒントに脚色したのかもしれない。

 いずれにせよ、男と女の悲しい物語があったのだ。それはなにも昔に限ったことではない。今の世の中でも起こりうる事件だし、事実たぶん起こっていることだろう。ただし四谷怪談を地で行くような形ではなくて、本質は同じでも現代流にアレンジされてはいるだろうが。

                 女の幽霊
 
この村にある墓地が削られて道路になってから、幽霊が出る、という地元の報道が割に頻繁に流れた。僕はこの道路を何回も通ったことがあり、知っているだけに、この報道に吸い込まれた。
 
時節は忘れた。梅雨の頃だったかもしれないし、秋雨前線が居座るころだったかもしれない。ある日、このうわさを聞きつけて、東京から取材に来たテレビ局は中継 車をだして、夜ライト照らしてその現場を撮影し放映した。墓の横の細い道に中継車を乗り入れて、地面には筵がしかれ、そこでは霊能者が待機していた。当日は雨だった。が、いよいよ中継がはじまった。僕は食い入るようにテレビに釘付けになった。レポーターは女性で、しかもうら若い、ちょっと気の弱そうな人だった。傘も差さずに髪の毛を濡らしながら、幽霊出没のその場所を右手で指さしていたが、表情は恐怖感が一杯で見ていて、気の毒だった。出るとマークされたところは、墓と道路が接している所なのだが、声もひきつっていたし、第一、指し示す指がわなわなとふるえていた、同時にマイクを持つ手もまたふるえていた。あれは演技では出来ないふるえかただ。彼女は余程こわがっていたのだろう。
 それに加えて、途中で電源が切れるというハプニングもあった。
一瞬真っ暗闇、演出かと勘ぐったが、場面はすぐ切り替わったものの、それは原因不明の停電であった。事後の解説では、起こり得ない故障、ということでミステリーにされた。
 やがてその場所の撮影並びに放映は済んだが、次は幽霊と霊能者の話が始まった。
 再現してみるとこうなる。
アナウンサー「今はどうなってますか。」
霊能者「はい。今ここへ来ておられます。」
アナウンサー「では聞いて下さい。なぜこんな所に、夜な夜な現れて来るのか。一体何が言いたいのか。その辺の所をしっかり聞いて下さい。」
 
 霊能者と幽霊の会話が始まった。逐一霊能者はアナウンサーに会話の内容を伝えている。
幽霊「私は本来、この土地の人間ではありません。東京で散髪屋をしていました。主人は戦争にとられ、技術のない私は主人の商売を引き継ぐ事もできず、また空襲があって、疎開しなくてはならず、縁者を求めたが誰もおらず、縁もゆかりもないここまでやってきました。当時私には乳飲み子と幼い女の子がいて、背中に子供を負いながら、もう一人の子供の手を引いてここまでやってきました。女の子は栄養失調であるにも拘わらず、食事も満足に与えることが出来ず、ここへ来るまでに死にました。
葬式もしてやれず、山の墓地に隠すようにしてほってきました。それから、ここ迄たどり着きましたが、親類縁者など知り合いはなく、誰も助けてくれる人もなく、食べるものも本当になくなってしまいました。背中の子もどんなにかお腹を空かしていたことでしょう、お乳をほしがってずいぶん泣きましたが、私が何も食べていないから、乳も出ません。そしてついにその時が来ました。まず子供が死んだのです。子供は二人とも死んでしまいました。この時点で私は自分がもうダメだと言うことを悟りました。
背中の子供が死んだとき、今ここの墓地に捨てるより他に方法が無かったのです。そして私もここで倒れました。それからのことは、はっきりしませんが、たぶんこの村の方が私たち親子の事に気がつかれ、この墓地の隅っこに葬ってくれたのでしょう。」

霊能者「おうおう、そうでしたか。お気の毒に。そしたらお子たちと二人はここにおられて、もう一人の子供はどこかわからないのですね。大変だったのですね。ご同情申しあげます。  
それでお尋ねしますが、いまどうしてあげたらよいのでしょうか。
出来ることはさせていただきますので、何なりとおっしゃっていただけますか。」

幽霊「話の分かるよいお方と巡り会いました。幸運です。これがもっと早く巡りあっていたら、こんなことにはなっていなかったでしょうに。 縁がなかったのですね。
 さて本題に入りますが、近頃私の上を人やら車やらがひっきりなしに通り、気の休まる事がありません。もともと生前にも、信心気は全然なかったもんだから、今私がいる世界から抜け出ることができません。いま私は地獄だか極楽だか知らないが、とにかく苦しい苦しい所に閉じこめられているのです。この苦しみから逃れたいために私は今回のように皆さんに知ってもらおうと必死になって、姿形をとったのです。迷惑は十分承知していますが、人の迷惑に考えが及ばないほど苦しんでいるのです。そこでお願いですが、私をこの苦しみから助けると思って力を貸して下さい。

 一つは小さい石の地蔵さんを彫って、さっきあのリポーターが立っていた付近に建てて下さい。そしてもう一つは、徳の高いお坊さんに21日の間、ありがたいお経を供えてもらいたいということです。こうすることによって私の苦しみは大分軽減する事でしょう。もし生前にこんな事を知っていたなら出来るだけのことはしたでしょうに。何も訳が分からなくて、こちらの世界の方には丸で無関心。だからなんの徳も積んでいません。
 まことに手前勝手なお願いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。どうか私を助けてください。」

「ああ、ああ。わかりました。わかりました。地蔵さんの件とお経の件でしたね。必ずやりますのでどうか安心して下さい。」
 話はここで終わった。そして姿をすーうと消したと霊能者はアナウンサーに話した。いやとぎれたと言うべきかもしれない。本当は子供のことなど、もっとしゃべりたかったに違いない。ここまでやってくる途中で亡くなって、みもしらずの墓地に捨ててきた子供のことや、ここで飢え死にした幼子のことについてきっとしゃべりたかったことだろう。だが彼女が姿を消したことによってそれらのことは永遠の闇の中に消えた。

 こう言うことを自分が体験したり、見聞したりするに及んで、僕は自分なりのある仮説を立てるようになった。
 肉体的存在である人間は、一方では魂の存在でもある。そして肉体は滅びても霊魂は不滅なのである。そこで霊魂があまりにも傷つくような、苦しい目にあうと、他に救助を求めて何らかのサインを現世の人に送る必要がある。しかも人に何らかの強烈な印象を与える為には尋常の事ではダメである。
つまり効果のある事をしなくてなならない。そのためには人を驚かせたり、こわがらせたり、することである。すなわち、蔭だけのような幽霊に姿を変えて、人々にうったえるのである。
 
四谷のお化けの話も、今回のこの話も、源はそこから始まる。
この世で何らかの事情で怨念を持ったまま、この世を去った人たちは、現世の人々の力を借りて苦しみを解き放とうとしている。そのためには幽霊という姿形をとらざるを得ない、と言うのが実態みたいである。
 話はそれたが、僕が四谷でみたあの女の幽霊は、僕には何も要求してこなかった。
ひょっとしたら姿だけ見せれば、僕のことだから何の催促かと考えてくれるだろうと思って、あえて何も言わなかったのかもしれない。だから、目と目が合うところまでで、それはそれっきりになったのだろう。

 彼女は具体的には何を僕に訴えたかったのか、わからないので、僕としても手の打ちようがない。そう言うわけで30年も昔のことだけど、未だにペンデイングになっているのである。