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【小説】竹根好助の経営コンサルタント起業6章 苦悩 1 切ない秋がやってきた

2024-10-25 12:21:00 | 【小説風】竹根好助のコンサルタント起業

  【小説】竹根好助の経営コンサルタント起業6章 苦悩 1 切ない秋がやってきた 

 
■ 【小説】 竹根好助の経営コンサルタント起業 
 私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。
 これからコンサルタントを目指す人の参考になればと、私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。
【これまであらすじ】
 竹根好助は、私の会社の後継者で、ベテランの経営コンサルタントでもあります。
 その竹根が経営コンサルタントに転身する前、どのような状況で、どの様な心情で、なぜ経営コンサルタントとして再スタートを切ったのかというお話です。

 1ドルが360円の時代、すなわち1970年のことでした。入社して、まだ1年半にも満たないときに、福田商事が、アメリカ駐在事務所を開設するという重大発表がありました。
 角菊貿易事業部長の推薦する佐藤ではなく、初代駐在所長に竹根が選ばれました。それを面白く思わない人もいる中で、竹根はニューヨークに赴任します。慣れない市場、おぼつかないビジネス経験の竹根は、日常業務に加え、商社マンの業務の一つであるアテンドというなれない業務もあります。苦闘の連続の竹根には、次々と難問が押し寄せてくるのです。
 日常業務をこなしながら、アテンドという商社マンにつきものの業務を自分なりに見つめ直す竹根です。慣れないニューヨークを中心としたアメリカでのビジネスですが、時として折れそうになってしまいます。そのようなときに、若い竹根の支えとなってくれるのが、本社で竹根をフォローしてくれるかほりで、実務支援だけではなく、存在の有り難さに感謝を竹根です。

◆6章 苦悩
 商社マンは、商品を輸出すれば良い、というのが、それまでの商社の生き方でした。はたしてそれで良いのか、疑問に纏われながらの竹根好助でした。その竹根が、何とか現状で仕事をしながら活路を見いだそうと考えていました。
 しかし、問題は、そんなに簡単なものではなく、苦悩する竹根です。
  ※ 直前号をお読みくださるとストーリーが続きます。
     直前号 ←クリック

6-1 切ない秋がやってきた
 いつの間にか、東京に似た蒸し暑いニューヨークの夏は去り、短い秋に入っていた。東京では四季の移ろいを体感できるが、ニューヨークでは、夏と冬ははっきりしているが、春と秋はいつの間にか通り過ぎてしまう。
 竹根のアパートはアイビーのツタに絡まれているため、それが紅葉して燃えるような外壁である。近所のケセナパークは、赤や黄色の落ち葉の絨毯を踏む散策の人で賑わっていた。
 感傷的な雰囲気は、顕微鏡のことに追われていた竹根に、残酷にもかほりのことを思い出させた。本社便でのやりとりには、かおりからは結婚のことは一切触れられていないし、今も竹根のフォローを担当してくれている。先生方のミッションが来たときに国内営業を担当している海部の話では、すぐにも結婚するのではないかというように竹根には聞こえ、絶望のどん底に落とされたことを思い出した。
――かほりさんは、まだ結婚してないのだろうか。結婚しても、竹根に報告する義務もないので、そのまま竹根の担当を続けて夫婦共働きをしているのだろうか――
 かほりのことを考えまえとするが、またかほりのことを考えている。
――手に届かないところに行ってしまったかほりさんのことを考えるのはやめよう――
 そのように自分に言い聞かせると、かえってかほりのことを考えてしまう。
『卒業』という映画を観たことがある竹根は、あの映画にあるダスティン・ホフマンのように、教会の窓をドンドンとたたいて、花嫁を連れ去るようなまねは自分にはできないだろうと思ったりもした。
 『ある愛の詩』という映画も思い出した。
――その映画の中では、住む世界が異なる二人が結ばれたようには、自分がかほりさんと結ばれることはないだろう。かほりさんにとっては、自分より、今の彼と結婚する方が幸せなのかもしれない――
 ケセナパークを抜け、住宅街を歩き続けた。どこをどのように歩いたか、竹根にはわからない。ポプラ並木の広い通りに出てみて、自分の行くべき方向がようやくわかった。
――かほりさんのことは忘れ、彼女の幸せを考えれば、きっと彼女への思いを断ち切れるだろう――
  <続く>

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【小説】竹根好助の経営コンサルタント起業6章 苦悩 1 切ない秋がやってきた

2024-10-25 12:03:00 | 【小説風】竹根好助のコンサルタント起業

  【小説】竹根好助の経営コンサルタント起業6章 苦悩 1 切ない秋がやってきた 

 
■ 【小説】 竹根好助の経営コンサルタント起業 
 私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。
 これからコンサルタントを目指す人の参考になればと、私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。
【これまであらすじ】
 竹根好助は、私の会社の後継者で、ベテランの経営コンサルタントでもあります。
 その竹根が経営コンサルタントに転身する前、どのような状況で、どの様な心情で、なぜ経営コンサルタントとして再スタートを切ったのかというお話です。

 1ドルが360円の時代、すなわち1970年のことでした。入社して、まだ1年半にも満たないときに、福田商事が、アメリカ駐在事務所を開設するという重大発表がありました。
 角菊貿易事業部長の推薦する佐藤ではなく、初代駐在所長に竹根が選ばれました。それを面白く思わない人もいる中で、竹根はニューヨークに赴任します。慣れない市場、おぼつかないビジネス経験の竹根は、日常業務に加え、商社マンの業務の一つであるアテンドというなれない業務もあります。苦闘の連続の竹根には、次々と難問が押し寄せてくるのです。
 日常業務をこなしながら、アテンドという商社マンにつきものの業務を自分なりに見つめ直す竹根です。慣れないニューヨークを中心としたアメリカでのビジネスですが、時として折れそうになってしまいます。そのようなときに、若い竹根の支えとなってくれるのが、本社で竹根をフォローしてくれるかほりで、実務支援だけではなく、存在の有り難さに感謝を竹根です。

◆6章 苦悩
 商社マンは、商品を輸出すれば良い、というのが、それまでの商社の生き方でした。はたしてそれで良いのか、疑問に纏われながらの竹根好助でした。その竹根が、何とか現状で仕事をしながら活路を見いだそうと考えていました。
 しかし、問題は、そんなに簡単なものではなく、苦悩する竹根です。
  ※ 直前号をお読みくださるとストーリーが続きます。
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6-1 切ない秋がやってきた
 いつの間にか、東京に似た蒸し暑いニューヨークの夏は去り、短い秋に入っていた。東京では四季の移ろいを体感できるが、ニューヨークでは、夏と冬ははっきりしているが、春と秋はいつの間にか通り過ぎてしまう。
 竹根のアパートはアイビーのツタに絡まれているため、それが紅葉して燃えるような外壁である。近所のケセナパークは、赤や黄色の落ち葉の絨毯を踏む散策の人で賑わっていた。
 感傷的な雰囲気は、顕微鏡のことに追われていた竹根に、残酷にもかほりのことを思い出させた。本社便でのやりとりには、かおりからは結婚のことは一切触れられていないし、今も竹根のフォローを担当してくれている。先生方のミッションが来たときに国内営業を担当している海部の話では、すぐにも結婚するのではないかというように竹根には聞こえ、絶望のどん底に落とされたことを思い出した。
――かほりさんは、まだ結婚してないのだろうか。結婚しても、竹根に報告する義務もないので、そのまま竹根の担当を続けて夫婦共働きをしているのだろうか――
 かほりのことを考えまえとするが、またかほりのことを考えている。
――手に届かないところに行ってしまったかほりさんのことを考えるのはやめよう――
 そのように自分に言い聞かせると、かえってかほりのことを考えてしまう。
『卒業』という映画を観たことがある竹根は、あの映画にあるダスティン・ホフマンのように、教会の窓をドンドンとたたいて、花嫁を連れ去るようなまねは自分にはできないだろうと思ったりもした。
 『ある愛の詩』という映画も思い出した。
――その映画の中では、住む世界が異なる二人が結ばれたようには、自分がかほりさんと結ばれることはないだろう。かほりさんにとっては、自分より、今の彼と結婚する方が幸せなのかもしれない――
 ケセナパークを抜け、住宅街を歩き続けた。どこをどのように歩いたか、竹根にはわからない。ポプラ並木の広い通りに出てみて、自分の行くべき方向がようやくわかった。
――かほりさんのことは忘れ、彼女の幸せを考えれば、きっと彼女への思いを断ち切れるだろう――
  <続く>

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【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月24日 ◇カシャリひとり旅 函館・トラピスチヌ修道院で心が洗われる ◇侃々諤々 

2024-10-25 08:21:00 | 【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 10月24日 ◇カシャリひとり旅 函館・トラピスチヌ修道院で心が洗われる ◇侃々諤々 

  平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

  私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

10月24日

 新型コロナウイルスが5類となったのが2023年5月で、24年4月までの1年間で、死者数が計3万人を超えたと、厚生労働省の発表で解りました。これは、季節性インフルエンザの約15倍にもなるそうです。しかも、65歳以上が約97%と、大部分が高齢者です。現在でも多くの人が脅威にさらされていることになります。
 「高齢者は自己防衛を、それ以外の人は他の人への思いやりを」という基本が第一のようですね。

 ちょっと空き時間ができましたので、写真集を開いてみました。庭園めぐりの旅を始めてからはまだ日が浅いですが、それ以前に撮りためた名所旧跡・寺社仏閣の写真は、全国各地の漫遊結果です。

 

「インスタ映え」という言葉が市井を走っていますが、何も飾らない、ひとり旅の旅先で感じて、見て、カシャリとした写真を、動画としてお届けしています

北海道  函館・トラピスチヌ修道院 

 https://www.hakobura.jp/db/db-view/2010/04/post-49.html

 

 日本初の女子観想修道院として1898(明治31)年に「厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院」として創立されました。

 この修道院は、真ん中に函館市街地を挟んで、函館山がその対極に位置しています。やや高台に、ひっそりとたたずまいをしています。

 発足当時は、1893(明治26)年にパリ外国宣教会のアンドレ・ベルリオーズ司教が70ヘクタールの土地を購入して建てた旧孤児院を使用していました。

 1903(明治36)年、大嵐で木造の修道院は崩壊し、その2年後に、レンガ造り2階建ての本館正面棟の一部が完成しました。1913(大正2)年までに竣工した本館正面棟と聖堂は、1925(大正14)年に発生した火災で焼失するという被害に遭っています。

 教皇ピオ11世から義援金や各修道院からの寄付金が寄せられ、1927(昭和2)年に再建された聖堂が現存しています。煉瓦の外壁、半円アーチの窓などゴシックとロマネスクの混在するデザインが印象的です。

 修道女らは祈り、労働、聖なる読書を日課の3本柱に共同生活を送っています。祈りは3時半の起床から、19時45分の就寝までに一日7回行われます。

 生計を立てる収益事業として製造するマダレナケーキやクッキーは、修道院を訪れた際の土産物として人気です。

 立ち入ることができるのは前庭のほか、売店併設の資料室の見学が可能で、院内での生活や修道院の歴史などを紹介しています。2016年以降、定休日なしにオープンされています。

 トラピスチヌ修道院の前に市民の森があり、そこの売店のソフトクリームは有名ですので、食べてみるのもよろしいでしょう。

 森には、白樺の木もあり、北海道に来たという感動を得られます。

 

 

カシャリ映像でお楽しみください

https://youtu.be/wD6QxQFAx48

■【今日は何の日】

 当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

 この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。 

■【今日のおすすめ】

  【経営四字熟語で目から鱗が落ちる】3-07 侃侃諤諤 三人寄れば文殊の知恵 信ずることを遠慮せずに堂々と議論を闘わせる

  四字熟語には意味深長で、視点を変えて見ると、意味が異なって見えることもあります。

 経営コンサルタントの視点で見た四字熟語を「経営四字熟語」と勝手に命名して紹介しています。

 「侃々諤々」はよく使われますが、異なる読み方で使う人が多いようです。

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

■ 国連の権威とは? a24

 10月24日は国連の日です。

 国連の前身である国際連盟から日本が脱退し、第二次大戦に突入してしまいました。

 不幸な出来事のスタートでした。

 しかし、その背景には、日本バッシングがあり、日本としてはやむにやまれぬ選択であったという一面もあります。

 だからといって、戦争をして良いという理由にはなりません。

 国際的な紛争が戦後地球上で絶えたことがないとう悲しい状況が続いています。

 子供の頃、「国際警察」という言葉を見つけたときに、かっこよさを感じました。

 しかし、安保理が有名無実化している今日こそ「国際警察」は必要だと、いまでも考えています。

 真の力を持ち、「国際司法裁判所」とともに、機能を発揮すれば、パレスチナ問題も、どこかの国のように海洋進出を我が物顔でしたり、他国に軍事脅迫をしたりするようなことも解決できます。

“真”の拘束力というのが前提ですが・・・

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

■バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db

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