先週は昔、青森県の弘前市へ行ったエピソードを投稿した。弘前公園の桜もそろそろ終盤ではないだろうか。たまたま昨日、小林秀雄の本を読んでいたら、「花見」という題の随筆に弘前城の桜の話が出ていた。少し紹介したい。
昭和39年、小林が文藝春秋社の講演会で弘前を訪れた時のことである。当時、文藝春秋では数人の作家を一組にして、各地で文化講演会を開催していた。講演を好まない作家でも、文士仲間との講演旅行で地方を訪れるこの催しは楽しみだったらしい。
その年も、小林は同行する今日出海から弘前城の桜が見頃だといわれ、花見を楽しもうと出かけたのである。前泊地の山形県酒田市ではもう桜は散っていた。若草色の野山を抜けて弘前へと走る汽車は、彼には、桜に追い付こうとしているかの様に感じられた。
随筆から引用する。
「弘前城の花は、見事な満開であった。背景には、岩木山が、頂きの雪を雲に隠して、雄大な山裾を見せ、落花の下で、人々は飲み食い、狂おしいように踊っていた」
(写真はいずれも弘前市HPより)
夜の講演を終えて会場を出ると、目の前は「ただ、呆れるばかりの夜桜」である。城近くの料亭に懇親の場が設けてあった。座敷の障子は取り払われていて、お堀の桜の「花の雲が、北国の夜気に乗って、来襲する」。同行した円地文子が「狐に化かされているようだ」とつぶやく。桜の名所は各地にあるが、お城の桜は一段と興趣深い。
料亭の風雅はいまは衰退してしまったが、その夜、一行は極上の心地であったろう。
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