赤ひげ （後半戦）

「まあ、キューピーさんたら…。」


独りぼっちで夕食をすませた後、パソコンに向かいマチさんはそうつぶやいた。

赤ひげからは、飲みにいくから夕飯はいらないとTELがあった。

子供たちはとっくに独立し、いわゆるエンプティネストってやつだ。

マチさんがため息を出したのは、5月19日のキューピーさんの壊れブログ記事、

「マチ様の未来写真解説」を読んだからだ。

記事の内容は、ここで説明するのもかったるいが、

要はマチさんのカエル嫌いは幼い頃の心の傷が原因で、

カエル（岡崎次郎）との6Pプレイによってトラウマが癒され、

カエル嫌いが治るどころか、カエルそのものに変身してしまうと言う内容だった。

筋立ては面白いが、所詮はブログに書かれた壊れ記事である。

「感動」という次元でどうこういうものではない。

マチさんは淡白なコメントを書き、しかし記事の中で述べられていた

6Pプレイというものが腑に落ちないことは忘れず書いておいた。

尚、ここでいう6Pプレイとは69の変形バージョンであり、

69の下になった方が背を向けている体位のことである、

とキューピさんは主張されている。


マチさんの人気ブログ「マチの映画日記」に寄せられるコメント、トラックバックの数は、

多いときには数十件にものぼる。

それに対処するため、毎日何時間も費やしている。

キューピーさん（本人曰く精神障害者だそうな）の破廉恥変態ブログになぞ

かまけている暇は無い。



その夜、赤ひげは上機嫌で帰ってきた。

製薬会社の接待で、片町のキャバクラなるものに行ってきたのだと言う。

戦利品のように女の子の名刺をマチさんに見せびらかした。

「せりか、この子が成海璃子ちゃん似。

　ありさ、この子は上野樹里と宮崎あおいを足して割った風。

　さき、この子はキーラ・ナイトレイとエリザベス・テイラーを足して割って

　日本人にしたような子だったよ。」

映画なんか観ないくせに女優の名前には詳しい。

マチさんに話を合わせられるように、赤ひげなりに努力してくれているのは評価しよう。

しかし、男優の名前やタイトルを一向に覚えてくれないのは何故だ。

こないだは、

「キーラ・ナイトレイとオールラウンド・ブルースと一緒に、

　あれあれ、『パイレーツ・オブ・カナディアン』に出ていた有名な人、

　えーと、名前なんだっけ？」

とのたまった。


「あなた、セリカだか、カリーナだか、セルシオだか知んないけど、

　こーゆーの、いつまでも大切にしてるとどーゆーことになるのか、わかってるの？」

「ハイハイ。」

二つ返事で赤ひげは名刺を破ってゴミ箱に捨てた。

「接待なんかしなくったって、ジェネリック使ってやるのにな。」

とかぼやいている。


「ねえ。」

そう言ってマチさんはしなを作った。

30年連れ添った夫婦である。

それだけで、言いたいことは伝わる。

"YES"なら、「おっ、お前色っぽいな」とかである。

「なんだよー。」

赤ひげの返事は"NO"だった。

それでも、今夜は引き下がりたくなかった。

「これ見てよ、これ」

マチさんは自分がカエルとして映っている"未来写真"を見せた。

「なんだそれ、、、、おーっ、おーっ、

まんまじゃん。俺たち二人、そのまんまじゃん。」

心外だった。

いつ私がこんなことしたのよ。

言いかけて止めにした。

それでは喧嘩になる恐れがある。ここは折れよう。

赤ひげだって、何かしら私の至らないところを我慢してくれている筈だ。

我慢や不満を充満しないよう小出しにしていくのが夫婦円満の秘訣だ。

お互いそう了解している。だが、今夜は我慢だ。

「これ、やってみようよ。」

「へ？」

全く予想外だったようだ。

あたり前だ。未来写真の図は、交尾をしている図ではない。

体が逆方向を向いている。

頭のいい赤ひげはマチさんの意を理解した。

「お前、へん。」

「変でもいいじゃな～い。

　付き合ってくれたら、鎌倉行ったの許してあげる。」

「かまくら？」

マチさんはキャバクラを鎌倉と言いまつがいしたのに気付いた。

「え？違う、キャバクラ、キャバクラ！」

………

………

「アハハハハ！」

二人して声を上げて笑った。


「よし、いざ鎌倉。」

赤ひげは服を脱ぎ始めた。

いつも、有言実行の夫である。

マチさんは赤ひげのそんなところが、大好きだ。


「そうじゃないの、私が上になるの。」

「いいじゃないか。俺が気持ちよくさせてやるよ。」

「そんなんじゃないってばあ。」

二人はプロレスごっこのようにじゃれ合った。


暗闇の中で、パソコンのディスプレイだけが光っていた。

画面に浮かぶ二匹のカエルがうれしそうにウインクした。