醜女とて その心映え 紅の花
酒田駅からまっすぐに伸びる商店街は、昭和が古び廃れ行くままに身を任せているようだった。が、街中を散歩すると、伝統ある町独特の、落ち着いた、昭和というよりは江戸時代の繁栄を偲ばせる風雅をあちこちに漂わせていた。
相馬楼にその感を強くした。現代アーチストに要望して描かせたという2階の襖絵など、リニュアールにがっかりする部分もあったが、往時そのままの一階の小座敷(いったいいくつあるんだろう)に、酒田の豪商、旦那衆の、粋で洗練された美意識に溜息を洩らした。和歌が建築と化した世界、建築が和歌と化した世界。こんな時「ああ、お掃除専門のはしためで良いから、旦那方や芸妓さん達の会話を聞いてみたい」と妄想してしまう。自分とはあまりにも縁なき世界ゆえ。というわけで最近、芸者さんや銀座のホステスさんの書かれた本など読んでます。
二階の宴会用お座敷の畳は濃淡の紅花で染めたピンクの市松模様、山形は紅花の里でもあります。芭蕉は奥の細道の旅吟で色っぽい句を詠んでます。
行すゑは誰肌触れむ紅の花
紅花は末摘花とも呼ばれ、源氏物語の末摘花の姫君の、象のように長く先っぽが赤い鼻を例えるに引用されていると知りました。光源氏は醜女の末摘花を笑いものにしながらも、いったん関係をもったからにはきちんとめんどうみるんですね。我が国を代表するドンファンはまめで親切で太っ腹。哀れにも貧しく、無垢な、生活力ゼロの深窓の醜女姫は源氏と出会ってラッキーだったかも。
末摘花を浮かべながら以下の肖像画を思い出しました。末摘花のスペイン版です。髪こそブラウンですが末摘花もつややかで豊かな黒髪の持ち主。これを愛撫しながら光源氏はいかなる美女を思い浮かべたのか。初めて見た素顔にがっくりを通り越してお笑いにいたります。
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