相手の沈黙を恐れるな
一般的に人は相対することが苦手な相手には沈黙する傾向がある。人の話を聞きながら必要のない相づちを打つこともそのような場合だ。TVトークショーで一般人を傍聴客として招待した時、製作陣が最も混乱する部分は傍聴客があまりにもよく相づちを打つことだ。
傍聴客の立場では静かに話を聞くだけでは何か相手のいごごちを悪くすると考えるから、そのような配慮をしてくれるのかも知れない。自分が話をしている時、相手が何の言葉もなく聞いてばかりいると気分がすぐれなくなるなるように、相手も自分の話に耳を傾けてくれなければ不安な気持ちになる。
すなわち、対話と言うものは聞く側の同意がなければ不安に陥らされるものだ。自分は一生懸命話をしているのに相手が沈黙で一貫したなら話す人は心理的に萎縮したり、普段の余裕を失ったりもする。
例をあげると、上司の前で重要な業務報告をする時も、反応が全くなければ間違いがなくても不安になる場合がある。反応が来ない沈黙はすなわち自分に対する軽蔑だと判断するから一瞬慌てるのだ。
または、当惑感を必要以上に強く感じて怒ったり、説得の機会を失ってしまう場合もある。事実、対話の相手の反応が遅いほどに説得しようとする人の心は針のむしろに座ったように苦しいものだ。
しかし、相手の沈黙を恐れたならば、対話を続けることはできなくなる。こちら側で先に怖がるからこれ以上話が浮かばなくなるのだ。このような時は興奮しないで落ち着いた態度で相手の話を待つ。どのように話をすればいいのか頭に浮かんでこないから一生懸命考えている最中なのに、それを自分に対する無視だと考えて気後れしてしまったならば対話が不可能になる。
しばし余裕を持って反応を待って、それでも沈黙が続いたならばこちら側から先手を打つことも必要だ。
「私の意見はこうですが、部長の考えはどうでしょうか。」
もし、あなたが堂々と信じるところがある態度でこのように聞いたならば相手も答えを急ぐことになる。そうでなく他の考えに浸っていたならば自分の不誠実を謝って「お、これはすまない、私が今、重要な問題を処理しているところで、ちょっと集中できなかったよ。すまないがもう一度説明してくれないか。」と問い返すかも知れないことではないか。
※ 相手の沈黙に必要以上に執着するな。
相手が口をつぐんでいる理由は話したくないからではなくて、
何を話すか思索中であるからかも知れない。