12m超のクジラを引っ掛けた船の「突起」何のため? その名もバルバスバウ
2020.10.29 乗りものニュース編集部
太平洋フェリーの「いしかり」に、12mを超える大型のクジラの死骸が「引っ掛かり」ました。
船の底から長く突き出た突起「バルバスバウ」に引っかかったものですが、
この部分、運航に際して重要な役割を持つ部位です。
水中へ5m突き出た「バルバスバウ」
2020年10月22日(木)、
苫小牧港から仙台港へ入港した太平洋フェリーの「いしかり」が運んできた「珍客」が、
SNSなどで話題になりました。クジラの死骸です。
仙台港へ着岸する際、船体の下部にクジラらしき生物がいることを港の社員が確認。
陸揚げしてみると12mを超える姿が明らかとなり、
その後の調査で、死後1週間程度が経過したニタリクジラであることが判明しました。
なお死骸は回収され、標本にされる予定です。
太平洋フェリーによると、
航行中、浮遊していたクジラの死骸を船底に引っ掛けたまま運航したと見られるとのこと。
「生きたクジラが衝突したのなら、衝撃も大きかったのでしょうが、特に気づかず……」といい、
同社にとっては初めての経験だったそう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/09/24b94651142353728c4002fda4ba173e.jpg?1604230355)
12mを超える巨体を引っ掛けた部位、
それは、船底から前方へ伸びた「バルバスバウ」と呼ばれる突起です。
航行中は海中にあるので見えづらいですが、
「いしかり」(全長約200m、全幅27m)のバルバスバウは、5mの長さ。
太平洋フェリーの全ての船に、この突起があるのこと。
バルバスバウは、
たとえば旧日本海軍の大和型戦艦や、はたまた「宇宙戦艦ヤマト」にも見られるものです。
船は水面をかき分けて前進すると波が立ちますが、この波が逆に航行の妨げになります(造波抵抗)。
そこで喫水線下の船首下部にあえて突き出た部分(バルバスバウ)を作り、
これによって生じる波と、船体が造る波との干渉効果によって波を打ち消し、抵抗を減らすのです。
こうすることで速度の向上や燃費の改善が期待できます。
ただ、大型船のバルバスバウにクジラの死骸が引っ掛かった事例は、アラスカなどでも発生しているほか、
日本近海でも生きた大型動物が高速船などにぶつかるケースもしばしば起きています。
太平洋フェリーは今回の事案を受け、「クジラとの接触リスクを減らすため、
クジラが多く出現する海域を避ける航路選定が検討できないか、
生息海域や出現しやすい時期等の生態系について専門家に相談しています」
ということです。
太平洋フェリー「きたかみ」のバルバスバウ(画像:三菱重工)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/f6/4216181c7c78b91f7dca548506ae44af.jpg?1604230853)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5c/2d/c63f974ba65c1acc6fb9a95c4e402e61.jpg?1604230853)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/69/2b27b660fbccf6d913d97413d4bb71d3.jpg?1604230853)
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バルバスバウ誕生の歴史から現在まで
バルバスバウをご存じですか?船の先端の下のほうについている丸い物体です。
バルバスバウは英語で、Bulbous Bowと書きます。
Bulbousというのは「丸くふくらんだ、球根の」という意味で、
Bowは船舶用語で「船首」という意味があります。
日本語では「球状船首」と書かれることが多いです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/1e/c10f50b28949edbc9d26ef88668d54a5.jpg?1604231211)
バルバスバウの役割
バルバスバウの役割は船のタイプによって少し異なります。
◼️スリムで中速・高速な船(コンテナ船やフェリーなど)では、
船が進む際に造る波が大きくなるため、これを打ち消して抵抗を減らすのに役立つ
◼️ぽっちゃりした低速な船では、(タンカーなど)では、
できるだけ船のまわりの水の流れをスムーズにして抵抗を減らすのに役立つ
※船の抵抗に関してはこちらの記事をご参照ください
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バルバスバウの歴史
バルバスバウはもともと武器だった!?
バルバスバウの前身ともいえるものは紀元前の古代ギリシャの海戦までさかのぼります。
ram(日本語では衝角しょうかく)という金属でできたツノのようなものを船首につけて、
相手の船へ体当たりすることで穴をあけて船を沈めたり、
当時オールでこぐ相手の船の横側を攻撃し推進力を奪ったりしていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/02/6ca8f95048c83aea9d11f809916f2d6e.jpg?1604264216)
武器から推進性能向上のためのパーツへ
やがて、ramは攻撃以外の目的で通常の船にも役に立たないかと考えられるようになりました。
1778年にフランスの科学者チャールズさんは、船の抵抗を減らすのに役立つのではないかと発表しましたが、
実際に建造で取り入れられることはありませんでした。
しかしその後、1867年にイギリスのエンジニアであるフルードさんがこの考えを支持し、
数々の実験を行った結果、ramが抵抗を減らすことは証明できませんでしたが、
代わりに船の長さとスピードとの関係を解明しました。
これが有名な「フルード数」です。
話がそれましたが、フルードさんの研究をもとに、
1905年についにアメリカ海軍研究所のデビット・テイラーさんが、
高速の条件下では船首につけた丸いものが造波抵抗を減らすことを考案しました。
(同時期にロシアでも、フルードさんの研究をもとにユルケヴィッチさんが考案していました)
以降は、ドイツやフランス、アメリカの客船に適用されたり、日本では戦艦ヤマトにも適用されていきました。
日本人、タカオ・イヌイの大いなる貢献
1961年には東大の乾 崇夫(いぬい たかお)先生が、明石海峡岩屋沖において、
バルバスバウをつけた「くれない丸」と姉妹船「むらさき丸」の並走実証実験を行い、
実用化にあたって重要なデータを発表しました。
乾先生は、船型開発と合わせて波を消していくことを焦点に
(波なし船型といいます)どんどんバルバスバウを開発していきました。
これが”Inui Bulb”として世界的に有名になり、
現代のバルバスバウにつながっています。
”Takao Inui”の名は船舶工学の世界では知らない人はいないほど有名です。
バルバスバウの今後
バルバスバウのない船が最近増えてきています。
理由はいろいろとあると思います。
1つには、造るのに手間がかかること。
バルバスバウの大きく曲がったパーツは機械溶接では造れず、
熟練の職人の手によって1品1品手作りです。
その職人が毎年少なくなっているのも現状です。
工期や厳しい価格競争にも影響するでしょう。
もう1つには、船型開発が進み、
バルバスバウがなくても波が立ちにくい船型ができるようになったことです。
船首がまっすぐ下に降りた形(Vertical Stem)が多いです。
昔の豪華客船のようですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/cc/5f047cf2bb78ba1f15cd7116de2449e8.jpg?1604265741)
バルバスバウのない船が増えていくのはなんだか寂しいですが、
船の開発が今も活発に続けられ進化しつづけているのは素晴らしいことですね。
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